第二章(その1)

 改めて書くが僕は三十歳である。

 静かにして物を書いて居たらば何時の間にか三十歳に成った。したがってこの書き物

は僕の、三十歳という年齢に対する不安と霊感によって綴られて行くだろう。

 十七歳から今日までこんなふうにして机の上で、歴史の水平線の歪みを探して来たが

その何と多い事だろう。理性が感性の句読点を埋め知が血の野生を哀れんでいる。人間

はそういう明るい大きなビルディングを建てその中に数多くの書物を持ち込んだに過ぎ

ぬ。

 僕はこの世に脳性麻痺児として生を受けて以来歴史の細かい凸凹を目障りだと感じて

居た。凸凹は丁度十七歳の頃からはっきりと見え出したのである。

 僕はもっと見たいと思った。生後一週間で後三箇月の命だと宣告された僕の生涯の好

奇心は歴史へのそれと成った。

 好奇心、この大いなる旅は僕の命の短さから始まったと言って良い。

 思うに僕が音楽を聴き始めたのも十七歳であった。アントン・ブルックナーの第四ー

Symphonieの冒頭での澄み渡ったホルンの音に、十七歳の僕は言い知れぬ歴史の水平線

を見て居た。

 「ロマンティック」と題されたブルックナーのーSymphonieが僕の、鼓動を掻き立て

乍ら完全な風景を創り上げたのだった。風景がそれから僕の内部に広がり憩いの場所と

して存在した。僕は懸命に成って初めて見る自分の風景の中を走り回った。

 真夏の積乱雲のようなブルックナーの管楽器が時折、力強く響いて親しみ深い旋律が

僕の目の前で踊った。親しみ深い旋律は僕の周りに、紫色の小さな花の形をして散らば

っていた。

 十七歳の好奇心を抱きつつ僕は毎日、その一枚のアナログディスクの溝の中に居た。

 父親は義務教育を受けられ無かった僕の事をまるで、子供扱いだったからこの一枚の

レコードを僕が聞く事さえ嘲笑ったが母は違った。母は黙ってそれを僕に買い与え、ブ

ルックナーの壮麗な響きを聴き乍ら震える僕の身体を支えてくれていた。

 僕の身体は何か見たり聞いたり或いは刺激を与えたりすると筋肉が急に硬く成るとい

う病である為に僕にとって十七歳のブルックナー体験は衝撃的なものであったと言える

。そうして「ロマンティック」体験の中、僕の青春の歯車は動き始めていた。

 歯車は「出来事」と咬み合ってあたかもレコード針の如く振動を開始した。「出来事

」も又無数のスクラッチノイズを理想という溝に記憶して回り続ける。

 しかし僕の人生は理想という溝の上でのみ青春の大胆さとメランコリアとを感じて居

たのである。更にこの「出来事」の最中に僕は優美な言葉の夢を観て居た。優美な言葉

は日常生活に何時しか散らばり、観念によって色付いた。

 僕にとって「出来事」とは常に言葉に在った。というよりもまず日常生活が総て、活

字の間に見えていたと言える。

 「出来事」をして言葉が生まれるのでは無く、言葉から十七歳が流れて行ったのであ

る。

 ブルックナーの力強い管楽器に創られた僕の風景の大部分が言葉に思われた。好奇心

がその風景に実った言葉を欲したが突然現れたゲーテに取られて仕舞った。

 僕は唖然として言葉の実を掴むゲーテの大きな手を見詰めて居た。それまで僕は全く

そういう大きく逞しい手を見た事がなかった。否、僕には確かに覚えが在る。

 僕が六歳の頃に亡くなった祖父の手は、当時の僕の頭を包んで仕舞う程大きく逞しか

った。何かに付けて怒りっぽく、短気な祖父だったが幼い僕には何時も優しい人だった

。バランスが全然取れずにふらふらして居た僕の、身体を支え乍ら祖父は毎日肩ぐるま

をしてくれたのだった。

 人一倍背の高い祖父の肩ぐるまで散歩する事は随一の僕の楽しみであった。少し生え

上がった祖父の頭の後頭部で僕の心臓は常に何かを伝えるように打っていた。

 時折祖父の右の耳を引っ張ると、彼の優しいけれども鋭い眼が振り向く。嬉しそうに

笑う眼、僕はその眼の中に底知れぬ力を感じるのが好きだった。そしてそれが僕に出来

る唯一つの悪戯であった。そんな悪戯をして居る間でも、祖父の大きな手は僕の脇腹と

肩とをしっかりと支えてくれていた。

 祖父のあの大きな手と底知れぬ眼の力とが僕に、数多くの言葉を与えたのかも知れぬ

。よく考えてみると十七歳の時、現れたゲーテの大きな手は入り組んだ記憶からの夢だ

ったのだろうか。

 肩ぐるまの快感と祖父の右の耳からの暖かい雰囲気が、言葉を「出来事」を生み出そ

うとして居たのである。

 多分ブルックナーの第四ーSymphonieは記憶から中継された細やかな僕の、歴史の切

れ端だったのだろう。僕の十七歳は而も、ゲーテと己の過去との出会い時でもあった。

ブルックナーとゲーテと僕の懐かしい過去と、それはどうしても僕の心の中で調和して

居た。

 調和した三つの光が僕の「出来事」であった。

 「ロマンティック」というーSymphonieに揺り起こされた言葉が真実を夢見て懐かし

く優しい過去を思い出す。やがて僕はゲーテ的アポロ的自画像をミケランジェロの彫刻

の中に見るように成って居た。 十八歳の早春の事であった。自画像というよりもそれ

は僕の理想の肉体であると同時に一つの完全なる呈示だった。

 完全なる呈示、そうだ僕はこの偉大な彫刻家の確信し得た肉体に素直に憧れて居た。

 彫刻が人間の肉体を越えた時点でミケランジェロの芸術は初まり常に、創作欲の頂点

に立っている姿を僕は見た。

 僕は或る美術全集の一巻として、手に入れたミケランジェロの作品集には広大な理想

の宇宙が人間の肉体によって表現されていたのである。僕は人の身体が本当に美しいと

思った。しかし美しいと思い乍らも、その完全な肉体に対して嫉妬せざるを得なかった

。こうして完全なる呈示は、机の上に置かれた一冊の画集から膨れ上ったのである。

 ミケランジェロの人間を越えた肉体が、目の前に聳え立った時に僕の人生はすでに表

現へと乗り出していた。驚きと感動と嫉妬と、僕は眼前の「ダビテ像」の手を見詰めつ

つ小麦色の香気に酔い痴れた。「ダビテ像」の手は何か言い知れぬ程ノスタルジックな

香気が溢れ表現への道に僕を導いた。

 以来ミケランジェロの手の魔力に己の青春の形を感じて居たと言えるだろう。

 手が肉体の表現を生み出そうとして動いている様を僕はこの「ダビテ像」に見たのだ

ろうか。その頃から僕の右手の指先が微かな自由を得たのである。

 僕の右手は執拗に何かを握り始めた。

 掌は何時も、何かに触れて居なければ気が済まなかったからその欲望を満たせぬ時は

親指を握り締めて居た。

 ゲーテの云う小宇宙が僕の掌に在るのかも知れぬと確信して「ダビテ像」を毎日眺め

て居たのだった。

 確信した小宇宙が紛れもなく「出来事」と成って、理想を司り思考を繰り返す。それ

が僕の肉体を代表する右手だった。あの「ダビテ像」が何よりも美しい手という自画像

を教えてくれたのだろう。 「出来事」の以前に僕には人生が在った。

 理想がすでに現実よりも人生に深い関係を以て存在した。それ自体が人生に対して思

考という体験を与えたのである。飽くまでも僕の青春は完全なる呈示から初まり、そこ

にタイプライターの小宇宙が誕生する。

 思考が片仮名を追い掛けるように又理想を創り出す為に僕の右手は動いて居た。それ

が僕の存在意識だった。人生は片仮名によって完全な呈示を見たのである。十八歳の自

画像は正しく、ミケランジェロという大彫刻家に導かれた或る種のアポロ的観念と成っ

て僕の人生を守った。それは、ブルックナーの第四ーSymphonieの透明なホルンの音か

ら始まった理想の形であった。

 思考が片仮名を追うとあたかも僕の青春が理想に一歩宛、近付いて行くように思われ

たが恐らくは日常生活の何処にでもその理想という切れ端は在ったのではあるまいか。

僕は十八歳にして完全なる呈示を知りそれを、表現すべく言葉を欲した。その為の言葉

がミケランジェロの理想としての「ダビテ像」の手に握られているような気がして居た

 ブルックナー、ゲーテ、ミケランジェロ。僕の青春の「出来事」はこの三つの光に照

らされ乍ら深い陰翳を僕の眼前に落として居たのである。

 陰翳はやがて僕の右手の辺りで、陽炎のような謎を立ち登らせたまま過去に成って仕

舞う。時間と空間との間に事件が殆ど起こらなかった。時間がさらさらと清らかに流れ

て、空間にはぽつりと白いタイプライターが一つの奇跡のように置いて在った。事件で

は無くて異物の無い「出来事」が片仮名によって言葉と成り、僕の理想としての形に繋

がれば良い。

 ファウスト博士も又「ヨハネ伝」を独語に訳す時「初めに言葉有りき」と書き乍「心

在りき」として更に「力」に変えて最後には「行いありき」と書き終えてはいるが「言

葉」も「心」も「力」も総ては彼の「行い」の為の夢の切れ端だったのかも知れぬ。

 この大いなる夢の膨張がメフィストフェレスを創り出したに違いあるまい。しかし僕

の人生は言葉という夢の欠片が、ただ一つのメフィストへの挨拶の方法であった。

 タイプライターから打ち出される一つ一つの片仮名に、僕の夢が在り現実が有り欲望

がありそうして人生が在った。

 十八歳の自画像はブルックナーの凄まじい管楽器の合奏に目覚め、ゲーテの黄金の著

作に震えてミケランジェロを完全なる呈示だと信じたが故に涙して過ぎて行ったのであ

る。もしかしたら完全なる呈示とは僕の夢見たメフィストの懐に有る水鏡だったのだろ

う。そしてメフィストは「ダビデ像」であった。

 「ダビテ像」=メフィストこれは何だか滑稽な組み合わせだけれども、当時の僕には

最も自然な概念だったと言えよう。

 人生が平面的な絵画の如く見えて居た僕にとって、時間は長さでは無かった。したが

って鏡のような脆く崩れて仕舞いそうな一枚の肖像画を前にし乍ら、僕は何時も「ダビ

テ像」とメフィストとを感じて居た。


第二章その1おわり

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