金色の針=独りぽっちの音楽

日比 工

  十

 例えば春、未だ桜の咲き始めて歩道に陽の浮き出る午後、僕は散歩した。

此処洛西の坂道、なだらかな坂道を僕の電動車椅子はゆっくり動く。僕はこの坂道に言い難い愛着を感じていた。

 あの頃僕は若かった。坂道の振動はその若い肉体を車椅子に固定するためのベルトを通じて、下腹にかんかんと生在るものの鼓動として伝わって来た。坂道は僕を乗せて眼の前にうねるばかりだった。

 僕は進んだ。なだらかな坂道、僕はゆっくり動いた。元より速さというものの欠落した僕の肉体に此の冷たい足は多少速さを与えた。時速四キロ、生在るものの鼓動は何時も僕を訪れた。

 椿の紅い斑点と欅の寒い影、坂道は眼の前にうねるばかりだった。僕は進んだ。あの頃坂道は静かだった。時間のどれ程経ったか知れぬが、僕は【花の寺】の立札を見上げて居た。<これより2キロ>大きく旧い立札にはこう記されその矢印の先に今迄登ったことの無い急な坂道の続いていた。

 僕は振り返り其処迄の道程を思い出そうと、竹林に囲まれた坂道を眺める。坂道はなだらかに下がり、深い竹林の中へ沈んでいる。恐ろしくなったけれども、にも拘らず【花の寺】の文字の何か気に掛かった。記憶の不明のまま痰の絡むのを感じつつ僕は【花の寺】へ険しい坂を進む。

 竹々は空を切り裂き、白い臓物を涌き立せ乍ら流れて来る。空は今にもその鋭い破片を僕の頭上に落として来そうであった。坂道は尚険しく空へと向かい電動車椅子もゆっくりと大地を離れて行く、そんな気もした。「洛西高等学校」ふと僕の記憶の何処からともなく突然こんな立て看板の現れて一瞬の内に又消えてしまった。何故消えたか、それは坂道の左に美しい苔色の池の見えたからだった。グリーンともブルーとも言えぬ美しい水に僕の記憶の一切れは、まるで達磨落としの積み木のように抜かれたのである。見れば見る程この上無い色彩だったが、或いは又それ故に大地との距離を思わずにはいられなかった。夕陽の竹の間から雫れて水の面に夢を積み上げては風はそれを奪い去る。稀に見る色彩の競演に、僕は見惚れるばかりだった。

 レオナルド・ダ・ヴィンチの描いたのはおそらく水その物ではない。水上に始めて現れる色彩の素直な動きなのだろう。僕は何時の間にかそんなことを考え乍ら、又坂道を登っていた。

 坂道は眼の前に聳えるばかりだった。風は竹林に絡まり僕の頭上を駆け抜けた。『花の寺』の立札の魅力は未だ僕の胸を去らなかった。僕の耳の裏に風の冷たく掠めた瞬間あの音楽を感じたのだった。あの音楽、あの二つの耳を隠した青年の憧れに満ちたピアノは【花の寺】へ僕を誘うように思われた。聴こえたのではない、感じたのだ。その坂道では感じることこそ全てだった。坂道は尚竹林の奥へ続いた。僕の顔面は竹々の冷たい息吹の中に、息苦しい呼吸を続けたけれども鼻筋の辺りには熱を保っていた。僕は進んだ。

 モーツァルトのハ短調『ファンタジア』を全身に受け止めて、それはあたかも個々の竹の鳴っている様であった。僕の肉体さえ鳴っていたかも知れぬ。スイスの澄み切った森を歩き、詩人セナンクールも又そうやって音楽の世界に身を投じたのだろうか。「感じることこそ生きる事」この詩人には実感だったに違いない。音楽は耳に鳴るのではなく記憶の一部として鳴るのでもない。音楽は僕等の信じた凡てのものから、それを信じた瞬間に聴こえるのである。あの時僕の信じたのは坂道、深々と続く竹林、そして【花の寺】だった。

 僕は坂道を進んだ。少し平担な地面に出ると、其処は観光客の為の車置き場になっているらしかった。未だ桜には速過ぎる。赤いくすんだ車の一台止っていたが、それは妙に光景にそぐわなかった。辺りを見回したけれども誰も居ない。ハ短調『ファンタジア』は依然として僕を抱き抱えたままだった。僕は何かそんな車に興味を覚え、近付いてフロントガラスを覗き込んだ。「洛西高等学校」ベースボールバックにバットをねじ入れて薄汚れたタオルも散らかっていた。僕の左足は激しく硬直して震えた。下り坂に消えた筈のあの忌まわしい記憶のすっぽり戻って来たのだった。

 【花の寺】はもう直ぐ眼の前に有った。しかし僕は今、自らの胸に戻って来た一切れの記憶の為にどうにも肉体のコントロール出来ぬまま、暫く時間は流れた。忌わしい出来事、それは一時間余り前の或る男の一言だった。

 <コラッ、ソコノクルマイスドケロナ>

 角張った顔の背の低い頭の大きくがり股に歩くその男は下手なノックを連発し乍ら、一塁線のやや右に少年の日の夢を白いセカンドベースの上に起つ砂煙に映し見ていた僕を指ししかも僕に云うのではなく、マネージャーらしい女の子に怒鳴り付けたのだった。<アホカ>僕は電動車椅子の周りにトレーナー姿の女子高校生の三人集まって困り果てる迄其処を動かなかった。裏門を出る時にあの男のノックの音は僕の右足に震えを呼んで、奥歯に激痛を感じつつ実に色々な音だと半ば呆れた。

 <オラオラ、ナニシトルンジャイボケ>

 男の声は次第に遠くなるに連れて激痛はやがて治まったが、時折心臓の下のくるっと動いた。魂に形の在るならばその動いたものは僕のそれだった。

 魂も苦しんでいる、僕はそう思った。それから真っ直ぐ坂道を登ったのである。

 深い竹林と、苔色の池と、蒼い空と、そうしてモーツァルトの『ファンタジア』、僕はあの日【花の寺】を愛したのだった。

 深い竹林と、苔色の池と、蒼い空と、そうしてモーツァルトの『ファンタジア』、僕は門を見上げた。紛れもなく西行の庵の小さな寺であった。<アホカ>僕は静かに言葉を淡い緑の石畳に捨てた。『ファンタジア』は又、四方八方から返って来る。僕はそれを受け止める。まさしく西行法師の庵の寺を通過した『ファンタジア』は美しい。この音楽を西行なら何と詠むだろう。

 このバウンドしたばかりのハ短調『ファンタジア』はそれにしても何と雄弁なのだろう。僕は何だか満足を覚えふっと息を吐いた。すると心臓の下に又何か動いた。僕の吐いたものは白くなって、木樹の間にうっすら光る星に吸い込まれてしまった。

 モーツァルトよ君の音楽はこういう瞬間にこそ綺麗に跳ね返って来るのだ。跳ね返って尚美しく響く君のパッセージを僕はあの日以来大切にしようと思った。あの日以来僕は【花の寺】に何度も向かったけれども、今度は君の音楽の止まってしまうのである。水上に風と光との戯れを見た辺り、坂道は突然消えて『ファンタジア』もやはり鳴り止む。そうして、やがて恐ろしくなって引き返す。

 僕はあの立札の忘れられず、何人かの友達と本堂に上がったことも在る。しかし音楽は感じなかった。

 僕は【花の寺】の中の(花)に等興味はない。【花の寺】の立札の美しさに感動しただけだ。ものは人在りて物たり得、人は物に自己を写して我を育てる。僕の車椅子は僕の乗った瞬間に、もう僕になり動き出そうとする。其処には既に車椅子は無い。

 あの体験以来僕はそう考えて居る。すなわち物は全て人の眼の中に存在するのである。これは実在する物への他愛ない反抗ではない。牟ろ万物に対する僕の純粋な願いであり、僕の肉体からの忠告である。形有る物は何時か滅び、其処に又新たな力は生まれ形へと結晶するだろう。その瞬間、僕等の肉体の存在はどうなるのだ。幻想か、それとも夢か、モーツァルトよ此の僕に示してくれ。君にとって否、君の音楽にとって物の形と肉体の価値とその役割とは一体どんなものなのか。

 僕はこんな身体であり乍ら、物を一切信じては居ない。僕の日常生活には無くてはならぬ筈の物はしかし僕にとって関係を保つことは困難なのである。僕と物との関係は普通よりも深刻な筈だが、僕はそれを認めたくない。例えば、この五本脚のテーブルはどうだろう。今もこうやって原稿を書いて居るオーダーメードのテーブルは、僕の成せ得る全ゆることに対応するよう創られた物である。この僕のテーブルに就いて僕はその価値を認めぬ訳には行かぬ。にも拘らず、これは一個の物に過ぎぬ。

 一つの物体に過ぎぬテーブルは何時しか僕の肉体になり得た瞬間に【花の寺】のような、あの神秘な時間は訪れるのかも知れぬ。或いは今そんな神秘は既に訪れているのだろうか。

 とまれ友よ、アマデウスよ、僕の此の瞬間に君の君らしいパッセージを飾ってくれ。飽く迄このテーブルは今僕の肉体なのか。僕は信じてみる。

 言葉をこうして手繰り寄せて居る今僕は一つの物を信じてみる。クリーム色の変形した僕のテーブルは確かに僕の中へ中へと近付いて来る。最初クリーム色の何だか気に入らずベージュの濃いシートを掛けワープロの文字を追って居たが、何時の間にかそのクリーム色の清潔さに言葉の隠れていそうな気もして来るのだった。言葉は清潔でなければならぬ。常にそう祈りつつ僕はクリーム色を見詰めた。クリーム色は言葉の海に想われた。

 言葉の海、モーツァルトの音楽はそういうクリーム色の明るい海からも小さく鳴っていた。

 アマデウス、君の快活なピアノソナタ第十番は何と見事な風景と流れとを持ち合わせていることだろう。其処に在るのはただ有ると言うことさえ愚かしい微妙なエネルギーに抑えられた一種のニュアンスであった。

 何時だったか再び【花の寺】に行こうとして坂道を登り掛けた僕に<Tサン、コンニチワ>と、優しく挨拶したY嬢の声の蔭に微かに尾を引いたのはこのピアノソナタであった。

 なだらかな坂道、陽炎は白いバレエシューズにゆっくりと割れて時速四キロの歩行を続けると車椅子のコントローラーの高い温度も僕の右掌に感じられる夕暮れだった。僕は年下の女性にセカンドネームを呼ばれることに良い気はしなかった。けれどもこのY嬢には何かとそれは似合っていた。Y嬢とは洛西に越してから知り合ったが、と言ってもY嬢は歯科衛生士、僕は患者ということになる。

 バス停にソフトクリーム片手のY嬢、白いジーパンと水色のカッターシャツのY嬢は今日も一人らしかった。

 なだらかな坂道、僕は進んだ。Y嬢の声は澄み渡ってはいたがアルトよりも少し高く、柔らかな京都言葉だった。

 <ドコニイッテキハリマシタン?>又しても【花の寺】に行く勇気を失った僕は、Y嬢に近寄った。大きな眼と整った口元とそうしてはっきりとした明るい表情と仕草とは若き日のリタ・シュトライヒそのままだった。

 僕はリタという往年のソプラノ歌手のLPレコードを大切にして居るが、それはモーツァルトの歌曲だった。「ローマの休日」のオードリー・ヘップバーンのような髪飾りを付けたリタの写真と声と黒い瞳、それ等は今僕の前に在った。僕は暫くY嬢と話しをして【花の寺】への熱冷ましを試みようとしたのだった。なだらかな坂道、その坂道に人や車の次々に飲み込まれて行く有り様は美しく寂しかった。凡てを飲み込む坂道、なだらかな静かな坂道、時間は流れる。Y嬢の乗ったバスも坂道に沈んで行く。リタの歌った「すみれ」はどうやらゲーテのペーソスに満ちていた。けれどもこのモーツァルトの小唄には、モーツァルトにしか表すことの許されぬようなイロニーも含まれていた。

 Y嬢はバスの中から手を振った。

 僕は又時速4キロの時間に舞い戻ったが僕の中のリタは未だ「すみれ」を歌っている。

 あの髪飾りと黒い瞳とはやはり僕の熱の上を飛び跳ねて軽やかな涙のように走り去った。

 軽やかな涙、モーツァルトの遺した歌曲は内容的に言えば彼の歌劇やピアノ協奏曲よりも決して勝ってはいない。否、彼の殆どの歌曲は後のシューベルトやシューマンのように精神の底から込み上げるものを書き採ったのではない。しかしそんな軽やかな涙は、僕等の青春の憂鬱な涙と混じり合う瞬間に他に類を見ぬ程の美しい響きを打ち鳴らすのである。

 【花の寺】その旧い道標に僕の青春は或る形となって宿り、あの日リタ・シュトライヒの「すみれ」に開花したとは言えぬだろうか。

 あの髪飾りと黒い瞳とはやはり僕の熱の上を飛び跳ねてモーツァルトの涙を僕に手渡したのだ。


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