序
今午前三時、母という名の午前三時である。
母は死んだ。けれども僕は生きねばならぬ。有り触れた決意ではあるが、午前三時を迎える度に恰もそんな決意をたった今僕の胸に念じたふうに思い出す。物を書くとはそういう決意の連続だと言える。連続する決意を書き表すこと、それが僕の日常生活だ。あれから幾度僕に午前三時は訪れ、幾度母を感じたことだろう。午前三時という不思議な時刻は、僕の思い出の為にのみ動いていそうな気がする。そしてシューマンだ。
今日も言葉よ、きみに願いを込めて独り、モニターに向かう僕の顔はやはりモニターの中に微かに見える。その不透明さは部屋の照明の所為ではない。モニターの手入れ不足でもない。僕の右の眼の球に、小さな木の葉はあの日以来張り付いたのである。
木の葉は何時も視界のやや下に不気味な呼吸を続けているが、最近どういう訳かその呼吸の快活に見えるようになった。
昔よく通って居た眼科の或る名医は始め、在りもしない物が見えて而もそれを言葉に言い表せるのは精神分裂症の可能性も有ると云う。
僕の右眼に張り付いた小さな木の葉は、未だ初々しい湿りを帯びた緑色である。幻覚だか何だか知らぬがそれは未だ、枯れ葉には程遠く滾々と生命に溢れている。多分僕の中の母という出来事の大樹の葉なのだろう。確かに出来事は僕の肉体から去った。けれども肉体は出来事を忘れては居ないだろう。
出来事、母という出来事、この一つの部屋に全ての出来事は過ぎて行く。僕はそういう出来事を愛した。そうして時には哀れに想うのであった。
一 「幕開け」
僕の部屋の午前三時、熱く雨の降る午前三時、母は突然頭が痛いと云って倒れた。弟が救急車を呼び母に付き添った。独りでは寝返りさえ出来ぬ僕の為に令子という女性が二年前から僕と生活を共にしていたが、僕は何か母の居なくなった瞬間独りになった気がした・・・(2000/03/01)
ニ 「己の青春を見た」 何物にも形等無く、人の眼に現れた瞬間に形は物に宿るのである。僕の動きを失った掌に触れた瞬間、形を宿したあの「トロイメライ」のオルゴールはその時から限られた空間にさまよえる一つのドラマとなった。ドラマは身に覚えの無い湖の底に辿り着こうとして母という出来事になる・・・(2000/03/18)
三の一 音符に対する野望 その1 ここは古都京都の南の端、竹林を切り開いて間もない町だが僕は竹林に囲まれて生きて居るようにさえ感じる。それ程未だ数多の竹は僕の部屋の下に堂々と息をしている。
竹が匂う。竹は僕の形容詞等無視するふうにこの部屋の畳を押し上げて来る。命だ、生命がそこに在る。僕の部屋の午前三時、未だ日の目を見ず永遠に見ることの無い生命に満ちている・・・(2000/04/01)
三の二 音符に対する野望 その2 或る日繁華街のレコードショップに買い求めた一枚のLPレコードの中に僕の青春は潜んでいた。ディートリヒ・フィッシャー=ディスカウのハイバリトンに歌われたシューマンの、二つのハイネ歌曲集は確かに青春の匂いがした。
シューマンの歌曲が僕に迫ったのはそれが最初だった。あのフィッシャー=ディスカウの冷たい迄に研ぎ澄まされた声の表情に、僕の青春はぐいぐいと押し上げられて来る、ピアノと声との闘いではなく結合でもない処に立ち竦む音楽の優美さ、その凄まじい時間の交錯点から誕生したシューマンの青春・・・(2000/04/11)
四 骸骨 ・・・母の骨、右の股、僕の身体の全てはあの骨に育てられたのだった。生まれて今迄母の右の股に僕は支えられて生きて學び泣いて眠りそして笑ったのである。
母の骨、右の股、僕の身体、僕の人生、あの日やはり母は何かを話してくれたのかも知れぬ。「人生というのは哀しむほどの暇なんてありませんよ」と。以来僕の夢の中に何故か骸骨は住み着いたようだ・・・(2000/04/24)
五 ホロヴィッツの弾く「トロイメライ」 青春とは、それぞれの人の様々な経験に宛われる熱い名のことである。名を宛われた経験はその人にとって掛け替えの無い瞬間になり、青春という思い出となって枯葉のように募る。風が吹いて時折舞い上がる枯葉、然し何時かは過去に落ち着くのである。ホロヴィッツという名の青春、ピアノという名の青春は正しくそういう枯葉の一枚だった・・・(2000/05/09)
六 クライスレリアーナ その1 ・・・母という名の僕の青春はやはりシューマンの激しいピアノ音楽と共に終わった。令子を抱き締めた時彼女の心臓の辺りに鳴ったのは『クライスレリアーナ』だった。シューマンはこんな瞬間にも、僕の中へ竹林の息吹と共に入り込もうとした・・・(2000/05/25)
六 クライスレリアーナ その2 ・・・ピアノ、母の掌はよくピアノの似合う掌であった。シューマンの音楽に僕の母はやはりよく似合うようだ。ピアノ、静かなピアノの鳴る夜、僕は母という名の秘め事に暫く旅をする・・・(2000/06/06)
七 繰り返さねばならぬことへの嘆き ・・・あの夏の朝母は死んだ。唯僕の言いたいのはそんな一つの出来事だった。然し言葉はそれを許してはくれなかった。言葉は最も美しい、と信じて居た僕に母は自らの死を以て問い掛けたのだろう・・・(2000/06/20)
八 僕は僕のピアノを漸く見付けた(最終回) ・・・記憶からの言葉、ピアノという一筋の燻り続けた夢から立ち上る蒼い煙、そうしてやはりあのシューマンの孤独に満ちた音符に辿り着く意識、そうだ言葉よ少女に確かに伝えてくれ。僕は僕のピアノを漸く見付けたと・・・(2000/07/10)
イラストは故山本和寛氏が描いたもの。三好達治「測量船」によっている。詩を含む全画像はこちら。
編集者:iida(ホームページはtoride.com or mac.com)