母、午前3時の  

日比 工 

  六『クライスレリアーナ』 その1

  
 今午前三時になる。意識の無い儘母がS病院に運ばれ幾つかの静かな夜が過ぎて、僕は毎日見舞いから帰る弟の声に耳傾けるばかりだった。けれども漸く自分自身の疲れにそれぞれが気付き始めた夜明け前、電話が鳴った。「先に行く」弟はワイシャツの音と共に僕の部屋にノックをしてその儘出て行くと、僕の中の何かが変わった。僕は直ぐに令子に付き添われて病院へ向かった。「待ってくれ」僕はそれだけを念じた。そして祈った。タクシーの窓はスライドのように時折、僕の眼に風景を送った。病院の自動ドアを潜ると弟が大きな背中を丸めてソファーの上に座っていた。向こうを向いて顔は見えなかったが、確かにその背中は弟であった。
 静かだった。余りにも静かだった。濃いグリーンのソファーとグレーの床の何とアンバランスなことだろう。母は三時三分に逝ったと弟から聞いた。間に合わなかった。クーラーの冷気が掌に冷たく感じた。霊安室の準備をしているので暫く待ってくれ、と看護婦の声が聞こえた。何時の間にか僕は令子と病院の入り口にぼんやりと佇んで居た。佇む僕の掌に「トロイメライ」も佇むように鳴っていた。未だ辺りは夜だった。「トロイメライ」は如何にも母の掌に鳴らされたふうに聴こえたのだった。佇む音楽、佇む「トロイメライ」、母は恐らくそんなふうにピアノを弾いたのだろう。そうして「トロイメライ」の音符もそんなふうに母の掌に佇み続けたのだろう。佇み続けたのは「トロイメライ」だけではない。僕の総てがそこに佇んでいた。僕の過去、僕の夢、僕の故郷、僕の人生、僕の愛、その瞬間総ては母の掌に佇んでそれから又新たに流れようとしていた。
 浮浪者らしい男が僕の前をゆっくり通り過ぎて、コインを販売機に押し込み煙草を取ったかと思うと僕の顔を見て少し微笑んだ。令子は「少し歩きましょ」と云って僕の車椅子を震える手に押した。朝靄を裂くように二つの車輪の動き始めると、それまで佇んでいた総てのものが一斉に飛び散ったのだった。僕の過去、僕の夢、僕の故郷、僕の人生、僕の愛、母からそして母という名の僕の青春から恰もそれ等は旅発つように思われた。然しあの「トロイメライ」は母の掌を去ろうとせず、静かに鳴り続けていた。
 あの朝、僕の涙の流れたのは部屋に戻ってKという友人に母の死を知らせた瞬間である。弟は葬式の用意があるからと、僕と令子とが先に帰宅した。言語障害故に令子の口を借り母の死をKに告げた後、僕は泣いた。令子の身体を抱き締めて泣いた。令子の白くふくよかな胸が僕を誘うように覆った。真夏の乾いた夜がこうして、僕の頬に深い傷跡を残して引き潮のように消えて行く。令子も又僕の肩に力の限り縋った。母という名の僕の青春はやはりシューマンの激しいピアノ音楽と共に終わった。令子を抱き締めた時彼女の心臓の辺りに鳴ったのは『クライスレリアーナ』だった。シューマンはこんな瞬間にも、僕の中へ竹林の息吹と共に入り込もうとした。僕の背中に冷たい汗が令子の掌に又暖められ乍ら、背骨を滑らかに滑って行く。手、優しい掌、それは全ゆる掌の音色に満ちて僕を支えていた。令子の掌はやがて僕の後頭部を巻いて仕舞うと、彼女の涙も僕の左眉に落ちていた。それから暫く僕の顔は彼女の胸に息をして居た。涙は彼女の喉の辺りに静かに乱れ、なだらかな鳩尾に流れた。「休まないと」令子の青と白との、縦縞のカッターシャツに僕の薄い青のカッターシャツが重なっていた。
 あの夏の午前三時、僕は令子の胸に涙を預けて果たして母の死を理解したのだろうか。母の死が、令子の胸の一点の痣のように残され僕はそれを探した。彼女の優しい両の手も、そんな僕の涙に応えようとして僕の髪を弄った。大きな窓にゆらゆら揺れる欅の木から木漏れ日が部屋を照らし僕等二人きりの身体を持ち上げた瞬間、母をはっきりと感じたのだった。あの母の掌を母の乳房を、そうして母の全体を感じぬ訳にはいかなかった。部屋は完全に母になって幾時間かが過ぎたが、何も変わっていない気がした。隣の部屋から廊下を伝って母のスリッパの音はぱたぱたと近付き僕の一日が始まりそうであった。けれどもその一日はもう始まることはない。始まりそうで始まることのない日々に僕は、やはりシューマンのピアノ独奏曲に常に現れては消えて仕舞う美しい旋律を当て填め乍ら考えてみる。精神の危機を自ら認めざるを得なかったシューマンのそれは生への叫びではなかっただろうか。始まりそうで始まることのないものとは、嘗て始まったことの有る何かなのだろうか。それとも永遠に空想を脱し得ぬヴィーナスの姿なのだろうか。始まりそうで始まることのない一日、始まりそうで始まることのないもの、それぞれの中に眠っていた時間のことなのだろう。秘め事の許されぬ人生に、秘め事の許される時間を創ることから始まりそうで始まることのない或るものが育ち、シューマンの場合美しい音符に代わったのである。
 美しい音符に代わった秘め事は、彼の精神の危機に幾度も顔を出す。果たしてそれが、シューマンの生涯を掛けて獲得した女性の名を持っていたのだろうか。否、寧ろ母という名の秘め事だったのではあるまいか。彼の最も憧れる音楽家としての道を拒否し続け、唯、一向法学の路を指し続けた母。然し母という名の秘め事は恐らく、誰にも知られぬようにシューマンが音楽の中に書き込んだ宝物に違いなかった。母という名の秘め事はシューマンにとって、やがて崩壊して行くであろう精神をさえ愛撫してくれる永遠の安らぎだったのだろう。シューマンは己の狂気することの恥じらいの下に、始まりそうで始まることのないものを音符の中に書き記し乍らその運命と闘った。運命との闘い、シューマンの秘め事も僕の秘め事も運命との闘いに違いあるまい。


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