母、午前3時の  

日比 工 

四 「骸骨」

  
 シューマンの音楽はどれ程、小さな時刻にも克明な陰を残し得るのだった。例えば『Liederkreis,Op39』の冒頭のピアノパートはどうだろう。歌が未だ唱い出される前にあのピアノパートは既に歌とは異なる場所に息をしている。罪深き歌とは全く次元を異にしたピアノが先ず言い知れぬライン川の流れを現し、故に罪を許された歌はまるで小舟のようにその流れを行く。
 実は最近そういう骸骨を夢によく観るのである。それはシューマンの骸骨かどうかは判らぬが、僕の夢の中に集中的に一つの形の出て来るのは初めてだ。
 母の葬式の後、火葬場に行く途中に僕の頭に在ったのは母のどの部分の骨を骨壷に入れるかということであった。やがて母が僕の目の前に現れ、坊さんが説明を始めた。僕の車椅子をずっと押していた筈のMという画家の友人が何時の間にか僕の前に腰を屈めて僕の顔を見ていた。強い日差しに細い目を一層細くして彼は「何処が好い」と聞いた。「右の股」僕の頭に在った応えではない応えが唇から零れて仕舞った。母の白い骨は何も訴えようとせずに唯そこに横たわっていたが、僕達の足下に陽炎が騒がしく浮いていた。哀しかった。そして何よりも無念であった。
 母の骨、右の股、僕の身体の全てはあの骨に育てられたのだった。生まれて今迄母の右の股に僕は支えられて生きて學び泣いて眠りそして笑ったのである。
 母の骨、右の股、僕の身体、僕の人生、あの日やはり母は何かを話してくれたのかも知れぬ。「人生というのは哀しむほどの暇なんてありませんよ」と。以来僕の夢の中に何故か骸骨は住み着いたようだ。僕も以来色々な骸骨を想像する。
 想像とは如何なる意味に於いて、制約の無い最も罪深い行為だとしても骸骨を想像する等は滑稽だろうか。僕の夢の中に想像したのはショパンを弾くホロヴィッツの骸骨、オテロを激唱したデルモナコの骸骨、「セントジェームス寺院」を陽気に歌うサッチモの骸骨、それ等が僕の眠りと共に目覚めるのだ。目覚めた骸骨は必ず、僕の夢の端に薄ら笑いを浮かべている。骸骨の薄ら笑い、然し僕は僕の骸骨を想像したことはない。否、想像したくないのかも知れぬ。シューマンは己の骸骨を想像したのだろうか。音符の中を颯爽と歩く影法師は、シューマン自身の骸骨ではあるまいか。シューマン自身の骸骨はピアノを弾く。彼の時間が肋を吹き過ぎ背骨に巻き付いてもピアノは鳴り止むことはない。ピアノがその影法師の存在をシューマンに告げた時、シューマンの存在は既に薄らいでいたと言えるだろう。
 精神は二つの焦点に挟まれて苦しい呼吸を続け乍ら、一つの肉体を歩く。肉体はピアノを弾く。二つの目が一つの物を見るのとは、反対に一つの肉体は二つの魂を愛せなかった。二つの魂というよりも、それは幾つもの物語となってシューマンの肉体を出入りした。シューマン自身の夢の中に出入りしたのは、音楽というヘレナと音符というメフィストであった。
 音楽は如何にも美しい。けれども音符は正しく寂しい。二つの魂は焦点の合わぬ儘、一つの肉体を往復する。シューマンは己の肉体を往復する音楽に神経を擦り減らされつつ、飽く迄ピアノに拘り続けたのだった。擦り減らされたのは彼の神経だけではなく、彼の人生も同様だった。
 僕は今僕以外に頼るものを知らぬが、然しシューマンの音符を頼ろうとして居るのかも知れぬ。例えばやはりあの懐かしい「トロイメライ」を。


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