第四章
生きる為に非凡なる人間を剥き出しにせねばならなかったベートーヴェンの怪物性を、今更云々する積もりは無い。僕は唯、此の非凡な音楽が何故にピアノから現れたのか知りたいのである。しかし知ることは困難なのかも知れぬ。
知ることとは知られざることをその儘認識することではあるまいか。確かに知ることは虚しい。僕等はその空しい知識を以て以来、知られざることを認識出来なくなって仕舞った。僕のベートーヴェンの音楽に対しての知識は彼の音楽の鳴り出した瞬間常に無になる。そうして僕の頭には快い神秘の広がるばかりだ。
今も『月光』ソナタの最中に此の神秘を愉しんで居る。ベートーヴェンの透明な音の重なりと流れとは、もう僕という個を人類の夢に結び付けて仕舞う。やはり僕も生きる為には平凡であることを拒絶せねばならぬ人間なのだろう。
普通でないことの哀しみ、非凡であることの恐怖、僕の生きて来たのは何時も人とは異なる所に力の入った人生だった。
人生は僕に平凡の一言を与えなかった。
平凡に生きることは僕に死を意味していた。例えば人は自分の肉体の面積を出来るだけ地面に付けた状態が最も楽な筈だが、僕の肉体はそれを拒否し続けて居る。つまり人の肉体の最も休まる姿勢は僕の肉体にとって耐え難い苦痛なのである。したがって何事に対しても僕は己の人生を信じなかった。異常にして非凡な僕の日常生活は、故にベートーヴェンの音楽の必要だった。異常なものとしてではなく、此の世に嘗て類を見ぬ程正常なものとして必要だった。
今も尚『月光』ソナタはアルフレッド・ブレンデルのピアノに鳴っている。
空間と物体とが光と闇に結び付いたこんなに静かな聖なる夜、僕はまだベートーヴェンのピアノを聴いて居る。夜明け近くベートーヴェンはまだ動かぬ。
普通でないことの哀しみ、非凡であることの恐怖、此の部屋はそんな苦悩に震えて居る。否、震えているのは世紀末である。僕は震えて等居ない。僕はベートーヴェンのように動かぬ。
良ろしい、影よ僕の影よ、ピアノを弾こう。
生きる為に非凡なる人間を剥き出しにせねばならなかったベートーヴェンと、生きる為に異常に敏感な肉体の中に人生を過ごさねばならぬ僕との神経の通った夜である。ピアノを愛する独りの、ピアニストになれなかったピアニストとして僕は今宵、『月光』ソナタ等弾いてみる。
夜明け近くベートーヴェンはまだ動かぬ。そして僕もじっとして居る。じっとして故郷を想う。
故郷、それは僕に一種独特の響きを残し乍ら心に何時も沈んでいる二つの文字に他ならぬ。果たして僕に故郷は在るのだろうか。
夜明け近く、僕はふと考える。僕は己の過去の全ゆる風景にも、故郷と呼べるものの無いことを覚悟して居た。けれども僕は故郷を想うのである。思考の途切れた時に或いは眠る前の、僅かな時間に故郷という文字は頗る活発になる。
確かに産まれた土地は有る。
人はそれぞれの産まれた所を故郷として記憶するのだろうか。否である。
少なくとも僕にとっての故郷は或る風景、或る場所ではない。故郷という文字である。喘息の発作のように僕は時折、故郷という二つの文字の苦しがっているのを感じる。
胃袋の上辺りに苦しそうに動いている僕の故郷、ベートーヴェンのニ長調ピアノ・ソナタ『田園』はそんな故郷を優しくあやしてくれる。
『田園』ソナタのアンダンテは如何にも人間の故郷に通じている。平凡を殊の外嫌い乍らベートーヴェンは、此の第十五番のソナタに人間への限り無き信頼を込めたのではあるまいか。彼の記した最後の優しいアンダンテは、僕の故郷を何度も何度も守ってくれたのだった。ほら、今も故郷という二文字はベートーヴェンの音楽の上に快く眠って仕舞いそうだ。
ピアノを愛する独りの、ピアニストになれなかったピアニストとして僕は此のアンダンテに感謝せねばならぬ。
夜明け近く、僕はふと考える。僕は己の過去の全ゆる風景にも、故郷と呼べるものの無いことを覚悟して真夜中にピアノ等弾いてみる。限りなく優しいベートーヴェンの『田園』ソナタは若しかしたら僕のまだ知らぬ故郷を知っているかも知れぬ。
人は皆、それぞれのふるさとを見詰めている。しかしそのふるさとは、全て過去に有った土地だとは限らぬ。産まれ育った場所だとも限らぬ。故郷とは人の生きた最も安らかな時間のことである。一体僕にはどんな故郷の在るのだろう。
遠い故郷、移ろい行くふるさと、まだ見ぬ美しい故郷、此の真夜中僕は僕の故郷に少し近付いたようだ。
空間と物体とが光と闇に結び付いたこんなに静かな聖なる夜、故郷に就いて考えて居る。
夜明け近い窓は静かに湿っている。眼鏡のレンズに微かな僕の息の白さを感じる。故郷という二つの文字は又心の奥に沈んで行くのだろう。
普通でないことの哀しみ、非凡であることの恐怖、此の部屋はそんな苦悩に震えて居る。否、震えているのは世紀末である。僕は震えて等居ない。
影よ僕の影よ、ベートーヴェンも恐らくそういう哀しみと恐怖とを、背中にして『田園』ソナタを書いたのである。此れは平凡な生活の、最後に記された彼の暖かい幻想の世界だった。以来ベートーヴェンは幻想を観なかった。
彼は往来を行く人々の顔を見ず、俯きがちに早足に歩いて行く。両手を大切そうにコートのポケットに突っ込み、分厚い唇から白い息を吐き彼は大股に歩いて行く。僕はそういう武骨なベートーヴェンに毎夜、夢の中に出会って居る。
何故か冬になるとベートーヴェンの夢を見る。しかし彼の大きな陰は僕の夢の壁を、何時も無言の儘通り抜けて行くのだった。こうして今薄いクリーム色の机の上に物を書いて居ると、その大きな陰は又僕を訪れる。
僕の机を訪れた大きな陰、それはまだ見ぬ美しい故郷からの使者かも知れぬ。冷え冷えとした夜明け近く、僕はふと考える。故郷を意識し乍ら僕は物を書くが、実はその書いて居る文字にこそ故郷は密かに眠っているとしたらどうだろう。眠っている故郷を呼び覚ますのはやはりベートーヴェンの音楽に違いあるまい。
遠い古里、移ろい行くふるさと、まだ見ぬ美しい故郷、此の真夜中僕は僕の故郷に少し近付いたようだ。
さてベートーヴェンは故郷をどんなふうに見詰めていたのだろう。影よ僕の影よ、此の寒い夜明け前ベートーヴェンの故郷を僕に感じさせてくれ。肉体の有りし哀しみと肉体の朽ちたる哀しみとの通じた夜明け前、僕の言葉はこんなに快活に動き回っている。しかしピアノの前のベートーヴェンはまだ動かぬ。
彼にとっても故郷は遠くもなく移ろいもしなかった。彼の故郷は彼自身の創り出す音楽の中に在った。次第に失われて行く外部からの音は唯ノイズに過ぎず、激しい耳鳴りは却ってベートーヴェンの静まり返った心という湖に波動として故郷を伝えたのである。
心という湖に彼は小さな音の広がるのを感じ、それは束の間に木霊のように胸に溢れた。ベートーヴェンは此の溢れるものを故郷だと信じていた。無論、それは彼の想像に因って生まれた故郷に相違なかったが、彼はそれを次第に[精神の帝国]と呼び替えるようになった。静まり返った湖の面に微かな音の舞い落ちると、其処は忽ち[精神の帝国]となるのだった。
[精神の帝国]何というベートーヴェンらしい言葉だろう。嘗て孤独のこんなにも多彩に、独りの人間の人生を彩ったことは無い。ベートーヴェンは孤独を愛したとは言わぬ。けれども非凡なる魂は常に平凡の中に在って孤独なのである。夢の壁を、何時も無言の儘通り抜けて行く彼の孤独は、僕の静まり返った肉体にピアノの音を残して行く。
空間と物体とが光と闇に結び付いたこんなに静かな聖なる夜明け前、僕はまだ見ぬ美しい故郷を信じて居る。
肉体の有りし哀しみと肉体の朽ちたる哀しみとの通じた夜明け前、ピアノを弾こう。生きる為に非凡なる人間を剥き出しにせねばならなかったベートーヴェンと、生きる為に異常に敏感な肉体の中に人生を過ごさねばならぬ僕との冬は始まった。
影よ僕の影よ、君に僕は問い掛ける。
あの遠い海は今は寒いか。
あの澄んだ山は今寒いか。
故郷はどうだ。
白い竹林はどうだ。
影よ君は僕の此の問い掛けを、やはりベートーヴェンに預けるのだろう。寒い冬の夜明け前僕の耳に張り詰めた金属音は聴こえ、それはやがて水の面に落ちた円のように広がるのである。心という湖に円は広がる。何時の間にか彼は円の真中にピアノを弾いている。
円は大きい。円は無限に拡がる。
影よ僕の影よ、ベートーヴェンに預けた僕への応えはまだ僕は知ってはならぬのか。円は無限に拡がり、此の部屋から離れて行きそうだ。僕はもう見えなくなった水平線にまだ、ピアノの鳴るのを感じて居る。生きる為の異常に敏感な肉体は此の湖の寒さをどう感じているのだろう。僕には解らぬ。僕に解るのは遠ざかって行く水平線の音楽、更には多彩なる孤独のみである。
僕の今書いて居る書き物は静まり返った湖を掻き乱すものではなく、その湖の深さを形容する為の記録になる。そういう記録の中に故郷を信じ、故郷の音楽を聴き故郷の夢に憧れ僕は己の肉体を離れる。
空間と物体とが光と闇に結び付いたこんなに静かな聖なる夜明け前、故郷は僕の顎骨に流れ込む。僕の際立って白い顎骨は間もなく、故郷を咬み砕きそれを認識するだろう。そうだベートーヴェンの顎骨も恐らくこんなに白かった筈だが、余りにも発達していた。発達した顎を持ったざんばら髪の男ベートーヴェン、確かに彼の風貌はそれに違いなかった。