ロマネスクBBSバックログのインデックスページへもどる|ロマネスクBBSへ
ADSLですか 投稿者:Hiroshi 投稿日:07月01日(日)13時37分37秒
、、、世の中進んでますね(涙) まだ今のところ私の方はモデムでの接続です。 つい最近まで9年ものMacを使っていた人間ですので大目にみて下さい。 (汗) <何故、自国語での学問が成立するのかについて> 実は、『キリスト単性説』についてwebで検索し、行き着いたサイトの1つで西欧史 の研究者からある貴重な意見を伺いました。 『成る程ね』と、納得出来る面もあっ たわけです。 URL ↓ それによると、 『ラテン語などをあやつることが「インテリの証明」だった時代があり、そこから 「自国語で記述する」ことに意味がある、という一種の『文化の革命』を経て、 近代に至った』 という解説でした。 その後、このことについてずっ〜と、考えていたのですが、やはり「近代」という ことが気になりました。 この時期は民族主義や国家主義の時代でして、先日の 教科書問題に発した『歴史教育』ところでも問題にしましたが、歴史学が非常に 歪な格好で発達した時代だと思います。 それが自国語でする歴史学という流れ を作ってきて、さらに日本では戦後イデオロギーが絡み合い。現状のような状況 になったのではないかと思います。 今日「イデオロギーの時代」から「文化の衝突の時代」に世界は移りつつあると 思います。 その中で、果たして自国主義で済むのか? むしろ世界に向けて 発信する時代でなければならないという思いを強く持ちました。
開通しました。 昨日までのモデムが嘘のようなはやさです(笑)
アルツハイマーについで、パーキンソン病でも異常蛋白の蓄積が問題か? URL ↓ 数年前は異常蛋白の蓄積とか言っても『生物学的意味あるの?』と否定的な反応が 多かったけど、(今でもですが >名古屋近辺で 汗) 主流となるか? 今後は 非遺伝性(孤発性)でどうかが焦点になりそう。 Back to work back to work (^^;;;
はホントに好きな1冊になってしまいました。 この本を読んで、かって阿部謹也 先生の本の中で 『西欧という土地を掘り進めていくとカチンと岩盤に行き着く、 それがロマネスク時代である』という文章に出会った時の感動を思い出しました。 EUの統合に揺れるヨーロッパと、その中で苦悩する友人たちの後ろ姿を目にして以来、 私の『統一ヨーロッパの原型探し』の旅が始まったわけですが、この本はそれに見事 答えてくれました。 これは70年前に書かれた本ですが、現代的意味を持つ名著だ と思いました。 (これに比べると10年で古くなってゴミ箱行きの我々の世界は悲しいです、、、涙) たしかにカール大帝の帝国は最初から矛盾をはらみ物理的にも脆弱で、たとえ蛮族の 侵入がなかったとしても崩壊する運命にあったのでしょう。 しかし、彼の帝国は 1つの重要な『理念』を具現した。 その『理念』が遥かに強靭な生命力を持ち、 ロマネスク時代に蘇り、そしてそれが1200年後の現代ヨーロッパにも再度蘇った といえるでしょう。 そう考えると、あのEU首脳のアーヘンでの最初の会合はなんと 象徴的なことか! いずれにせよ、カール大帝からロマネスク時代までの2世紀あまりを、これまで たった一行で済ませてしまっていたような、私の西欧中世史理解をより深めてくれた のは間違いありません。
人文科学(哲学)の論文は自然科学(医学・生物学)の論文より大著であるか? について具体的に調べてみました。 前者は邦文で書かれ、後者は英文で書かれ たという違いがありますが、文字数の比較を具体的に行ないました。 その結果ほぼ同数である、という予想外の結果が出ました。 ともに本文及び 参考文献等、テキスト情報すべてを含みますが、生物学に関してはこのほか図・ 表が添付されましので、論文の量としては多少増加します。 なお生物系の論文 は印刷時には5ページ程度の平均的サイズになるはずです。 哲学 22,926文字 生物学 24,288文字 (なお図4ヶ[総数9ヶ]を添付) 個別を取り上げて一般化することの問題はありましょう。 しかし、すべて具体 例から入らないと一般化出来ないということも事実だと思います。 『薔薇の花』『菊の花』そして『花』 西欧史を研究されている方から「日本語で発表する西洋史の研究」の位置づけに ついてある掲示板で意見を伺い『成る程そういう面もあるのか』と認識を新たに した面もあります。 詳細は下記URLで↓ 6/24の書き込みから
ロマネスクオフ会の後はふたたびアベラールとエロイーズですね(笑)。 第8書簡には 「礼拝堂の装飾は過剰をさけ、必要なものに止める。きらびやかである よりは清浄であることを旨とする。その中には金製あるいは銀製 のものを置いてはならぬ。但し、銀の聖杯を1個あるいは数個置くことは 差し支えない。絹性の飾りは頚垂帯およびファノネス以外には 使用しない。礼拝堂にはまたいかなる彫像をおいてはならぬ。ただ 祭壇に木製の十字架を建てればたりる。十字架には救世主の 御像を画きたければ画いてもよい。しかしその他の一切の像は 祭壇に置くべきではない。。。。。 と以下修道院のくらしがことこまかにのってます。 フォントネーの写真が似合うかな。 フォントネーでは聖母子でしたが。。 Hiroshiさん向け。 やはりアベラールからエロイーズへ 「討議や評議に際しては何人も自説をのべることを許される。」
ほぼここ数ヵ月の写本に関する私の疑問はこのところの5〜6冊の読書でほぼ納得 のいく段階まで達しました。 、、、正しいどうかは別として(汗) 再度『ヨーロッパの形成』から 『カロリング朝の学者たちは、聖書やローマ式典礼書はもちろん、ギリシャ・ローマ 古典作家の作品であっても、より正確な手稿本を手に入れたいと思えば、イタリア よりむしろイングランドに求めるようになった』 p259 (なぜならば) 『フランスやイタリアでは、ラテン語が日常用語として生きていた関係から、ラテン 化した蛮族が用いる俗語と接触する機会が多かった。 そのため、本来の正確な ラテン語はかえって損なわれてしまっていた。しかるに、イングランドではラテン 語は、古典文献を詳細に研究し、その積み重ねにしか習得できなかった。・・・・ かれらのラテン語はますます洗練され醸化されたのである』 p258 (細密仕上げの写本とその装飾法にかんして) 『前述したような東方的な要素とアングロ・アイリッシュ的な要素を兼備していた・・ ・この流派の新古典主義的傾向は、確かにビザンツ世界に起こった古典文化の復興(1) から大きな影響を受けているが、おそらくそれは南イタリア(2)からやってきた写学生 によって、北ヨーロッパに移植されたものと思われる(文献)』 p262 (文献)Cf. A. Goldschmidt, German Illumination (Carolingian Period) p7-10 (1)シリア生まれのギリシャ人テオドルスとアフリア生まれのハドリアヌス? (2)カシオドルスによって創立されたビバリウム修道院やモンテ・カッシーノ修道院等? 注)(1)(2)は私が勝手に前後の文脈から考えたもので(文献)はこの本の中で実際に 参考文献として挙げられていたもの さて、ここで文献として紹介されているGerman Illumination (Carolingian Period)も ページ数にしてわずか4ページ、我々の比較的短い論文に相当するものです。 文科系の論文がいずれも大著であるというのも<こと歴史学にかんしては>間違い ですね。 それはそうでしょう。 だって我々の10ページに満たない論文だって、数年の研究 の積み重ねである場合が殆どですから! 論理がはっきりしていて、証拠が明瞭ならば、 あの20世紀最大の発見の1つである『ワトソン・クリックの二重螺旋』の論文だっ て実質1ページですからね!!!!
ADSLいいですね.私の住んでいる横須賀はまだ使えません.今か今かと待っ ているのですが.ボストンでは最高640kbpsのADSLに入っていました.ADSL ルータを使って家庭内LANを組んでとても快適な環境でした. 昨日,ビルバオ出張から帰ってきました.土曜日はパリにも1泊しました. ビルバオは清潔なビジネスの町という印象でした.きれいな地下鉄も走って いました.スペインは夕食の時間が遅いため,帰りは連日1時頃になってい ましたが,外を一人で歩いても何ら不安は感じませんでした.バスクは教育 水準が高いので治安もいいのでしょうか.気候も概ね快適でした. 今週末からは夏休みを取ってフランスアルプス縦断ドライブに出かけます. ジュネーブからブリアンソン経由でニースまでのルートです.
議論とは関係ないですが、 来週始め7/1にADSLがはいりそうです。 ODNのものでJDSLってやつです。 それで昨晩はADSLモデムの取説をよんだりケーブルを引き回して 一日がおわりました。 これがつながれば自宅でも気軽な常時接続でうれしいいです。 それまで更新できないとおもいます。 あしからず。
ボルテールの言葉を Hiroshi さんがどのように考えて引用されているのか不明ですが… 中沢さんのゾクチェン研究所の HP に物理学者ピート・ハット氏ヘのインタビュウー 「宇宙物理学とゾクチェン」また、ちょっと長いので大変ですが、宮坂有洪さんとの対談 「仏教をこえて仏教へ」があります。 僕は特に後者の対談では、僕が友人の僧侶に絡んでいる理由に通じるものを感じましたし、 現状の仏教界批判、仏典の解釈学者への批判にも賛成です。 そのうちにでも、ゆっくり、御感想をいただけませんか。
地中海の反対側からの写本が伝わった可能性について。 ヨーロッパの形成;p235 『(北イングランドの記載に続いて)ちょうど同じ頃、南部イングランドでも同様 の文化活動が進められていた。 その担い手となったのは、668年にローマ教会 から派遣されたシリア生まれのギリシャ人、大司教テオドルスとアフリア生まれの 修道院長ハドリアヌスであった。 この二人の東方出身の人物のうちに、我々はあら たに東方から高度な文化の潮流がイングランドに伝わって来たことをうかがい知る ことが出来る。 そして、この東方からの高度な文化の伝ぱんという事実によって、 北へきの地に住むアングロ・サクソン人のうちにどうして高度な学問研究が起こり 得たのか、またベーダやアルクインが、トウールのグレゴリウスや「ヒスペリカ・ ファミナ』を著わしたケルト人作家の粗野な文章に比べて数段優れたラテン語を書 くことができたのはなぜか、といった謎が大方解明できるのである。<この二人を 生んだアフリカや東方諸州は、ビザンツ帝国領内でも特に高度なローマ古典文化が 強く生き残っていた地方であった>。 特に最後の文章(< >で私が囲んだ部分)から、地中海の反対側から、カロリング・ ルネッサンスの担い手の一人である、アルクインに繋がる系図がはっきりと読み取る ことが出来ます。 それから、イタリア語の先生のURL ↓ 入力し忘れました。 いかん、いか〜ん、仕事にもどらねば〜 r(^^;)~~~~
先日(6/11-12)議論したことに関して、たまたまイタリア語の先生 URL↓ から薦められ、いま読んでいるウンベルト・エコーの本『完全言語の探求』平凡社; ISBN4-582-47631-7 で巻末に膨大な参考文献が載っていたので、調べてみました。 その結果278冊の内93冊が、我々の論文の分量に相当(2ページから数十ページ) するものでした。 これから少なくとも美学、記号論学、思想史、哲学の分野 (彼、及び彼を評価する人達が定義している部門)においては必ずしも大作 ばかりが論文ではないと言えそうです。 これは以前ル・ゴフの論文集も読んだ 時かなり短編だったので、同じ印象を私は感じていました。 おっと、と、仕事に戻らねば (^^;;;
ちゃんと意味が通じていない場合が多くて誤解を招くことがあるかと思います。 私が古典は別だと云ったのは、現代人の常識や倫理が古代や中世では通用しないので、 文字通りに訳しても誤解を招くことがあります、ですから研究が必要です。 例えば よく例に出されるように『鳥』という言葉が時代によって別の実体を指すような場合、 これは比較研究が必要となるでしょう。 それと『古典』は現代の作品でないという意味です。 ですから「梁塵秘抄」も 「平家物語」も古典だと考えていますが? さまざまな宗教書も当然古典であるで しょう。 それと学者が偉いなどとは全く言っていませんし、考えてもいません。 誤解がない ようにお願い致します。 むしろ自分としては、その対局にいる人間になりたいと 常々思っています。 中沢さんの作品が学術書であるという人がいても、そうでないという人がいても構わ ないし、それを容認する社会であることを望んでいます。 今一度、ボルテールの 言葉を我々は思い出すべきではないでしょうか? 『貴方の意見に私は反対だ、しかし貴方がそう言うことを、私は命をかけてまもる』
古典からの翻訳は別、と言い切ったところで論理的に破綻している。 古典 ≒ 文学 とかりに考えます。僕は中沢さんのシンパでも何でもありませんが、 彼の翻訳しているものと、文学との違いが定義されていない。 チベットで言えば、ミラレパと言う人は宗教を結局「詩」にして成功しています。 キリスト教も然り、梁塵秘抄など、あるいは平家物語もまた宗教書とも言えます。 学者はそれほど偉いのでしょうか?
翻訳(古典からの翻訳は別)は教育であって研究ではないし、 実践は宗教であって、学問研究ではないというのが立場です。 でも、漢訳仏典の語句解釈論というのは該当すると思います。
某教祖の幼稚な狂気と、ニンマ派のポアとを結び付ける必要は全くないでしょう。 ポアの考え方は、禅宗の葬式で行われる引導を渡す「カア〜ッ」という奴に 残っているのかも知れませんね。 心停止、脳波の停止、瞳孔の拡大など死の医学的な定義はあっても、Hiroshi さんの専門の 分子レベルでは生きている細胞もあるでしょうから、 死に行く時間を考えるのは合理的かも知れない。 昨日「梅里雪山」での京大隊の大量遭難(日本人11人、漢人6人)以来雲南省のこの山と地方に 関わっている写真家(小林氏)のスライドショウをみて来ました。 7年後遺体の一部が出て来たそうです。現地はチベット自治区との境にあり、 近くの村に滞在し村びとの生活や、美しい自然を撮っています。遭難当時三年だった彼は 登山隊に参加せず、生き延びていますが、堅気の仕事(?)を辞めてカメラマンに なったそうです。死は意外と近いところにもあり、周りに大きな影響を与えますね。 中沢新一という宗教学者は、死の技術としてのゾクチェンの教えに興味を持って、 これを紹介している。翻訳者であり実践者でもある。宗教学者としての一つの方法では あるでしょう。 実際のところ漢訳の仏典に関しては、未だに語句の解釈論をやっているくらいですからね。
5世紀から7世汲ノかけて、ビザンチンを含む東地中海社会をゆるがしたとされる、 さまざまな神学論争。とりわけ「キリスト単性説」が、ヘレニズムやオリエント 社会の思想的伝統に絡む、かなり深い内容をもった事件だとのことですが、 どうも活字の表面だけを追っかけているようで、全然頭に入って来ません。(涙) やはりここらへんは、キリスト教神学やヘレニズム社会に関してそれなりの知識 のない者にとっては付いていくのが難しい問題ですね。どんどん、どんどん守備 範囲を広げていかないと駄目だと感じる一方で、もう限界と感じる今日この頃(涙)
の最後の章に実はあの<ポア>が出てくるのですね。 しかし説明では 「たとえいつ死が訪れても動ずることなく、確実に心(意識)を身体から ぬきだして、より高い状態へと移し変える為の身体技法である」 p280 と定義され、具体的に5つのレベルの方法が記載されてます。 でも特 に文章を読む限りにおいては、オウムの殺人とはなんら結びつきません。 ただ確かに、低レベルのポアを婉曲して解釈すれば、そう解釈できない こともないでしょうが、それを言い出せばなんだってありですよね。 もっとも、彼の一連の作品を私は学術書だとは思いません。 スタイルが 従来までのものと違う、と言えばそうかもしれませんが、かなりその解釈 には無理があると思います。 何よりも以前から私が主張しているように、 学問には『反証可能性』が保証されてなければいなければならないとする なら資格はないでしょう。(断言) (^^;;; 新しく世に問う新作ではどうなのかしら? というのが目下の私の興味。
に分類される本って引用だらけで引用なのかオリジナルか わからないように周到に書いてるからわけわかんないところありますよね。 最近はその手の本読んでないから知らないですが、 体系的な哲学ってのが否定されるとそういう文章しかだめなのかしらん。
「紅の階梯」というオーム真理教の教科書になった本の他、 3〜4冊しか彼の本はよんでいません。それに難解でした。 オーム事件で批判され、彼のホームページもタイトルだけだったんですが、 再開しているようです。下記 URL 山口昌男さんの本はかなり、読んでいるんですがね、彼がAA研の教授だったとき、 中沢さんが助手か、助教授として拾われたような形になった、のじゃなかったかと いうような気がしますが、正確な記憶ではありません。 いわゆる国立大学の教授の形におさまり切らないタイプじゃなかったでしょうか。 河合隼雄さんとの対談で、オームで批判された時代を述懐しています。 密教を自ら実践し、理解するような態度は学者サイドからも、仏教学者や 仏教界からみても煙たい存在でしょう。 AA研のページ ↓ http://www.aa.tufs.ac.jp/ いろんな事件が起きると必ずそれをまねる人が出る。 こんなところにも、日本人のオリジナリティのなさを感じます。
あめがさらにひどいようですね。てっきり昨日おさまっていたと おもってました。 小学校事件は類似事件の再発防止がだいじでしょうし、 一事が万事で警備をふやしたり、先生に暴漢とたたかうようにトレーニング する訓練のコストを考えると、具体的にはどうするのか悩ましいところですね。 小中学校の先生は教育や問題をおこさせないように導くのが大変な仕事だと 思います。私にはとてもつとまりません(汗)。 中沢氏新刊あるのですか。 10年ちょっと前、東大に呼ばれそうだった時、 氏の著作は学問ではないと批判されたとか。 氏の著作はたしかに学問のフォーマットにはそってないですが でもオリジナルの本を日本語ででも書いているその姿勢は 私はよしとします。たしかにエッセーなのかフィールドワーク なのか、歴史なのか・・・判別つかないのでむずかしいんでしょうけども。 その当時西部教授はその反対勢力に大学のスタッフだったら 一年に一本くらい論文や著作をだせといってやめたようですよね。 うらがえせば一年に一本社会学ではかかないのですか、はあ。 という気が今はしています。 西部氏の著作は以前もふれましたがオルテガやホイジンガといった 哲学や歴史の本を読み解くいいイントロダクションだったので 私は好意的な反応をしています。
weather here is changing from sunny to rainy in a matter of minutes だそうです。 今年中にまた行きたいですね。 行けても秋過ぎでしょうが、、、 先日アクセプトされた論文を、pdfファイルにして送ったところ。 しばらく静か だったパリとの会話がまた熱く再開しました。 勿論、共同研究者とはいえ手の内 すべてを明かすわけではありませんからね。 (^^;; 、、、ただ、会話が 弾むと、つい秘密にしておきたいことまで、喋ったりするのがこわいような(汗) フランスと云えば、私も先日、Charlie さんの文章読ませてもらいました。 確かにアジア人の子供に対する接し方と、ヨーロッパ人のそれとは異なりますね。 これはどちらが良いかという問題ではありませんが、違いがあるということは認識 すべきでしょう。 しかしフランスもこれから異民族が、さらにどんどん流入し てくる時代に入ってくると、今のアメリカの様に色々問題が出てくるでしょうね。 こないだの小学校での悲惨な事件に触発されたとのことでしたが、ま、個人的には あの問題は、直接小学校の安全管理の問題とは関係ないと思いますが、、、。 中沢新一氏は最近新刊を出されたということ以外、特に話題を聞きませんが、活躍 されているのでしょうね。あの本も読みたいとは思っているのですが、On line 状態 でして、、、それにwebにも時間を取られる時代ですし、 (^^;;; なかなか。 『人生は短く、、、 』て、やつですね。
やあ、チベット語入門講座に行って来ました。発声練習から入るようです。 中国語の四声よりは易しい印象を持ちましたが、それでも難しい母音が有りますね。 一週間、舌のエアロビ(筋肉トレーニング)の復習ををやっておかないと、 ついていけないかも知れません。 例のアルファベットより発音から入るようです。 外語大の学長戦では中島峯雄さんが落選し、AA研からの女性が選ばれたようです。 AA研は都内のキャンパス(北区)にありますが、来年には都下に移転するようです。 いわば都内での最後の授業(?)に参加していることになりそうです。 山口昌男さんや中沢新一さん等の有名人もAA研にいましたし、けっこう名門ですね。 無料ということもあってか30人近く参加していました。 半年間、落伍せずにいけるか、それが問題です。
一昨日の雨はたしかにふりましたが、昨年のことを 思えばたいしたことありませんでした。 しかし各地で被害がでていたようですね。 四国での水没の映像は昨年の水害をまざまざと思い起こさせます。 Charlieさんのフランスの小学校のレポート興味深く 読みました。制度そのものが異なっているのですね。 大人の監視が行き届いているというのにはちょっと驚きました。 ps. ひさびさにMac OSXからOS 9にもどしてその使い勝手のよさ レスポンスのよさに嬉しさを感じます。これでXくらい 堅牢だったら、と思います。
国立大学の独立法人化、各地の大学で表面化する受験の採点に関する不祥事、 そして沖縄への大学院大学を設置。 URL ↓ 一見別々の問題のようですが、 全体像をみれば文部科学省の狙いは一目瞭然。 http://www.asahi.com/edu/news/K2001062000125.html 沖縄の大学院大学では学生、教授とも半数を外国人枠として、講義はすべて 英語だそうです。 ただし既にこれを実践している私立大学があります。URL ↓ http://www.apu.ac.jp/index_j.html エアロビ仲間がその大学に就職しましたが、1年目は英語での授業の準備で それはもう大変だったそうです。 それはそうでしょう! 留学生の中には英語 が半ば母国語の人間もいますからね。 私たちも論文ゼミの最初の5分程度は英語で要約とイントロをやることになってます。 大抵の学生さんは原稿を棒読みしてますが、何時までもそれでは駄目ですね。
あちこちで道路が冠水し、四駆でもちょっと怖かったです。 道路のあちこちで 下水から水が、噴水のように噴き出していました。 都市型災害の典型ですね、 短時間に大量の雨が降ると舗装された地面では大地に水が吸収されませんから、 直接全部雨が下水に流れ込むですよね。 iidaさんのとこは大丈夫ですか? 前回のようなこともありましたから、今度は 自治体も対策はとっているとは思いますが、、
書き込みがないと、「お久しぶりです」て、言いたくなりますよ!(笑) HPの方、Iidaさんもようやくアップされたみたいだし(汗) 後でゆっくり読ませて 貰います。 G4 PBにiBookのような取っ手があればと思うのは私だけでしょうか? <写本の流れ&ヨーロッパの形成> 実はあれからも、しつこく、写本の流れを探求していました。 (^^;; それで昨夜ようやく明快な一文を見い出しました。 先日の予想は正しかったみたい。 『確かにイタリアの修道院それ自体は、結局ラテン世界の壊滅に巻き込まれ、カッシ オドルスは自国に後継者を残し得なかった。 しかし、彼の偉業は新しい世界の子ら によって取り上げられ完成された。 新しい世界の子ら、それはアイルランドやアン グロ・サクソンの修道士たちであった。彼等こそ実に「道を整える者」達であった。 そしてカロリング朝に至り、ついにキリスト教文化の中に古典文化が復活をみるので ある。』 ヨーロッパの形成;創文社 C・ドーソン p82 この本は色々な意味で古典です。原書は1932年出版だそうです。 当時ヨーロッパに 吹き荒れていた民族・国家主義に対し警告を鳴らす書でもあったよう。序文のところ に以下のような文章がありますが、70年後のヨーロッパをもし著者が見ることができ たら何と感じるでしょう。 『はっきり言っておくが、我々の文化を支えている究極的な礎は、あれこれの民族 国家ではなく、ヨーロッパ統一体なのだ。 成る程、この統一体は今日まで政治的 な形態を取るには至ってない。おそらくは、今後も決して取ることは無いかもしれ ない。けれども、それにもかかわらず、ヨーロッパ統一体は民族より一段上の次元 にあって断固存在し、個々の民族を包括している究極的な統一、つまり現実の社会 なのである・・・』 ついでに、 むかし聖ヒエロニムスが聖書のラテン語訳を作成したとき原書が何語で書かれていた のかについて、以前この掲示板でギリシャ語ではないかと書き込みましたが、実際は ヘブライ語でした。p69 ちょっと意外。 と云うのは聖ヒエロニムスと云えば何と なく古典文化(ここではラテンに対するギリシャ)の信奉者であるとのイメージが あったので、、でも今までどの本覧ても、彼が聖書のラテン語訳を完成したとは書い てあっても、何語からとは解説がないんですよね。 >酔鬼さま アメリカが本格的に世界をリードしたのは、やはり第二次世界大戦以降だと思います。 それまではヨーロッパでしょう。でもしばらくこの体制は変わりそうにありませんね。 でもアメリカの工学系のphDの半分は、米国外から来た人間ということも事実ですから。 問題は、どれだけその国が人を引きつけられるかだと思います。 <科学と技術> 技術が科学を引っぱったという現象はこの10年ばかしの分子生物学に関しても当た っています。 ヒト・ゲノムプロジェクトはその代表例ですね。 わずか10年前、 ヒト遺伝子の構造決定がこんな短期間で終了するとは、ごく一部の人を除いて思って いなかったと思います。 そして、それを誰よりも早く察知し、ビジネスに載せよう とした人をサポートした国がアメリカですね。 これがまさに今日のアメリカの凄さ。 <パソコン> 実は最近職場にWindowzが3台も入りました。主に事務関係で使う為のようですが、 誰も詳しくないので秘書の方は苦労されているみたい(放ったらかし?)、それにし てもMac主流の場所に3台も入れた根拠がいま一つ判りません?? 突然パソコンに目覚 めた財務大臣のせいみたいですが、、皆 知らん顔 (^^;;;; あ、長々と書き込んでしまった。
ほとんど毎日この掲示板は読んでいるのですが、なんとなく公私ともに忙しく、 また季節的に精神的にも肉体的にも停滞する時期で、書き込む元気がありませんでした。 いつぞやは Hiroshi さんからはお呼びがかかったのに無視してしまいゴメンナサイです。 Hiroshi さん、研究が Accept されたとのことオメデトウございます。 先月末に PB G4 500 を買いました。 これで PB を持って出れば外出先でも暇があればパソコンワークができるようになり、 『ロマネスク』も更新できるのでは、と思っています。 まあ、しばらくは新しい OS-X で遊んじゃいそうですが... あとはあまり時間があって、DVD の映画やオペラを観なければですが... さっそく、『ロマネスク』ではありませんが、以前に書き始めていたフランスの小学校のことを アップしておきました。大阪の小学校での事件に関連しています。 URL は、↓↓です。http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Desert/5911/EC-PRIMAIRE.html
Biochemistryならこちとらうらやましいかぎりです。 私の方もACSねらいでNano letterでいきたいなと 思ってます。 恩師のパソコンがこわれて(iMac)ハードディスクを 取り出して私のPowerMacにつなげたら なんと私のPowerMacのハードディスクもいかれて しまいお試し版のノートン先生で無事復旧できました。 てなわけで更新できませんでしたって>いいわけすんなって かんじでしょうか(冷や汗)。 科学と技術は近いようで遠いですね。 私の専門の光合成の方でははやいレーザーの 出現がかなり光合成の研究に影響を与えました。 最近では単一分子キーワードですね。 あらたな技術の出現で科学は新しいねたがつぎつぎ あらわれてくるという幸せなんだか不幸せなんだか。。。。
結局、Biochemistryです URL ↓ 最初はNatureとかScienceとか、身の程しらずのところ に投稿して即、rejectされましたが、身分相応のとこに落ち着いたと云うべきでしょう か。 (^^;; でも、出してナンボの世界ですから、一応<祝>とすべきでしょう。 内容は大腸菌の蛋白ですが、すぐ2〜11週でWWWに出るとのことなので、時間 ないです。(汗) 興味のある人がいれば、ヒトの遺伝子採るのは超〜簡単、 今度はヒトで『勝負!』と考えているのでア、セ、リ、マス。 だって、すべてパソコンの前に座って全部出来ますからね。スタート地点は皆同じ。 ホント、仕事のスタイルが変わりました。 この流れについていけるかしら、、、 『老兵は消え去るのみ? 、、、ヤダ!』
僕はパソコンの設計をやってきました。マニュアルを読み込み、パーツを組み合わせて建築図面を 引くように図面を書いていく。この世界ではアメリカに常に一定の距離を離され、追いつくどころか 並んだことさえないでしょう。完全に技術者の世界です。 バイオの世界も、そんな風になっていくのではと思っています。(?) 人文科学の世界では、成果がお金によって量られることが少ない(?)ようですから楽ですね。 ただ大学などでは予算の分捕り合戦で、それなりの理由をつけなければならないので大変ですね。 ソーカルの「知的欺瞞」も、背景にお金の分捕りの問題があったように思います。この場合、 人文科学側が、一敗地にまみれたようですが。 チベット語は超入門コースで、舌を出して挨拶する習慣は少なくなったようなので、挨拶ていど が出来るようになれば、後はチベット語のアルファベットが読める程度が目標です。 AA 研の美人博士?を煩わせるほどのことでもないのですが… 来週、第一回の結果をひそかに ご報告することにしましょう。
いろいろとニュースを聞きますが? イスラエルに行った知り合いもテロで資料館が 爆破され帰国する予定です。 日本は転換期だの、不景気だと云ってますが、まだまし な方でしょうか? >また違った悩みもあります 特に企業の場合<世界で売れる>製品つくってナンボの世界でしょうから、もっと 厳しい面があるでしょうね。 国立大学も独立法人化は第一ステップで、 いずれ 民営化でしょうから、そういう方向性も求められてくると覚悟してます。 先日、 職場に以下の雑誌 URL↓が『ばらまかれ』 嫌がおうにもプレッシャー感じます。 東大は既にシリコンバレーに生命科学系の海外拠点設立したとのこと。 (汗) 先日、特許関係の講習会に行かされました。(汗) 結果は、トテモ、トテモ 意識が甘かったな〜の一言! いま放り出されても我々何も出来ません。(涙) 『イネのゲノム解読、終了目標を1年前倒し 農水省』の記事が出てました http://www.asahi.com/national/update/0614/021.html つい最近新規遺伝子をデーターベースとコンピューターで見つけた経験から感じる ことは、今あるデーターベースを利用した方が絶対に効率いいはず。 次期のプロ ジェクト、例えばプロテオミクス、にお金を入れた方がコストパフォーマンスが いいと思います。 たしかに間違いは多かったですが、大まかでもデーターベース があれば精度を上げるのはすぐ解決する問題。 地図なしに比べれば、1/25,000の 地図でも、あれば目的地にはすぐ行けます。 それにしてもイネゲノムは数年前まで、日本が<大差>をつけてトップを走っていた はずですが、完全に私企業に負けてしまいました。 今ごろ遅〜い! と叫びたい。 今日は時間待ちが多くて効率悪い仕事しましたね、、、反省。 そろそろ帰宅します。
来週出張でバスクのビルバオに行ってきます.仕事なので暇な時間はほとんど ありませんが,市内に面白い建築などあったら見てきたいと思います. 少し前にHiroshiさんがサッカーのことを書かれていましたね.実は私は新潟 に行って日本−カメルーン戦を見てきました.日本チームの出来が素晴らしか ったです.個人的には名波のプレーを見てみたかったです.実はワールドカッ プも申し込みましたが,まず当たらないでしょう. 私は企業の研究所に勤務しています.研究というよりは開発なので皆さんとは また違った悩みもありますが,興味深くご意見を伺っております.
ゴードンのURLは以下の通りです。 それから、ちょっと昔まで科研費は海外の 学会出席の為の旅費に使えませんでした。 従ってIidaさん同様、だいぶん自費 参加しました。 助手になり立てのころはとても辛かったし、海外出張費も出さ ないのに、すぐ『国際的レベルの仕事を』という文部省に腹を立ててました。
今、私は分子生物学会、癌学会という2つの(超)巨大学会、それに去年から新た に小さな学会に加わりました。 癌はこの数年、幽霊会員です。 癌研究から足洗 いましたから、、、汗 でもその代わり、脳関係で1つ新たに入ろうかと考えて います。 お金(科研費)も貰ったことですからね (^^;; メインの分子生物は、私が学生時代は1会場、全員口演でした。しかし今はドーム を数日間借り切り、すべてポスターセッション形式です。 あとシンポジュウムと ワークショップは口演ですが、この人選は招待、または選抜です。 なにしろ会員 が1万人を越えてます。ただし完全openだと思います、誰でも参加出来るはずです。 しかし、これだけ巨大な学会でも、専門家によるpeer-reviewが出来るのは精々会員 の1%程度でしょうか? あまりにも領域が広すぎてとてもカバー出来ません! 先日300人といったのはちょっと多すぎですね。 ですから、我々の世界の話し に限りますが、ちゃんとした評価をして貰う為にはInternational な場に出ないと無理です。 私はゴードン・カンファレンス URL ↓とアメリカ癌学会の特別会によくいきます。 ともに300人程度に人数は制限されます。 もちろん選抜はされますが(落とされ たこともあります、、汗) これは1週間泊こみで朝から晩までやるので非常に密度 が濃い。 ただし昼間は休みが4時間ほど十分とってありますので個人的に非常に 親しくなれる。 実はこれが一番重要だと考えています。 これまでの共同研究もほとんどこのような場所で決まりました。 パリとはニュー ハンプシャーの休校中のカレッジで、ツールーズはフロリダのリゾート。 そうそう、 アメリカ癌学会の特別会だと、すべて会場は超高級リゾートです(アメリカ癌学会 は寄付がトテモ、トテモ大きいのです)。 勿論観光も組み入れられてます、ハイ(汗) 先日も書き込んだ様に研究は<全人格的なぶつかりあい>だと思っていますので、 この個人的な繋がりを一番私は大切にしています。 おっと、と、 Back to work
はともかくとして、AA研の語学研修は指導の先生によりけりですが、 まれにハードスケジュールだったりすることもあるので頑張ってください(^^; 昔、科学思想史で週100ページの古期英文(orSomething)を 読みこなして発表するとゆーハードなゼミを企画した先生がいらして、 もちろん非常勤講師ですので他の大学から来ていらした方でしたが、 受講したい!と思ったもののさすがに(^^;諦めた記憶があります。 文系の研究は、どうなんでしょうね。 仮説&検証の積み重ねではなく、学説VS批判の嵐をかいくぐって 自説を構築する、というのが一般的なようです。 ある程度報告・学説の集まっている分野よりも、 探求の及んでいない分野を研究するほうが評価されます。 院生の場合も教授クラスの方々も、論文報告の場では、 資料を配布して、約1〜2時間説明、後1〜2時間討議、 というのが大体のスケジュールとなります。 もちろん、例えば中東学会などの大御所が集まる本格的な学会は たぶん(行ってみたことがないので^^;)招待制だと思いますが、 他の学会や研究会は、知識と自説と論議に加わる度胸さえあれば、 所属を問わず参加可能なところが多いようです。 門前払いは滅多にされないですし、今のところ見たことはないですね。 もちろん、報告を聞いた後で何らかの質問がひねり出せないと(爆)生き残れません。 あ、もちろん所属は書きますので在野ですと肩身が狭いんですが...
研究や教育のスタイルや評価など いろいろあるとは思いますが、私が感じている状況では、 研究スタイルや評価方法の一般論をいう時期は終わって、 もはや業績作りをしておく時期ではないでしょうか? 大学の独法化はもう3年後ですよね。 最近は学会に行くと国立研究所の状況がよく話題になります。 独法化はリストラですので研究者の業績一覧を すべての分野できっと横並びで評価しますよね。 そういうとき勝ち組にはいらないといけない。 それだけのことですよね。 私は所属は大学ではない(国研でもない)のですがよくにた状況です。 研究テーマなどここ2年かなり意識して 方向転換してきました。また論文もきたるべき時にそなえて 準備という意味合いもこめて書いています。もちろん英語です。 英語の論文以外は化学では評価されません。 論文には雑誌ごとに点数がつきます。 それだけのことです。無理して自腹きって国際会議いったり するのも国内でも国際会議にでるのは評価対象が高くなるからです。 もちろん論文かいたり発表するのはレベルの高い情報 交換になりますからそういう面白さも手伝って今はプレッシャー を感じつつ楽しんでいます。 私の願いはロマネスクをはじめ中世の研究者が是非 勝ち組にのこっていただきたい、ということです。 たぶんHiroshiさんもそう考えての発言だろうと思います。 評価基準が分野によって違うのはあたりまえですが、 どういう評価基準になっても勝てるようにガードしておくことが 大事ということですよね。
もし、気を悪くされたらすいませんでした。 確かに我々の分野では致命的です。 これは間違いありません。 しかしそれが人文科学でもそうかと言われると自信 ありません。 この点に関しては以前文科の友人と議論して、そこでも大議論に なったので、その<轍を踏まぬよう>以前から気をつけていたのですが、、、 申し訳ありませんでした。 <論文と口頭発表> 以前ル・ゴフの『中世の夢』他数編を、・・・もちろん訳本で (^^;;)・・ 読んだ ことがあります。 これはかなり短編で我々の論文の分量に相当するものでした。 それで通常本屋でみかける人文科学の本というのは、いわゆる我々の<総説>に 相当するもので、論文に相当するものもあると、勘違いしていたのかもしれません。 それから、口頭発表に時間に関しては知りませんでした。 我々の場合は短くて 15分から1時間です。 人文科学ではどのくらいなのでしょうか? ただNOMOやNAKATAの生き方は、違う分野の人間とはいえ「見習わなければ」と 思っています。 正月NAKATAがインタビューに出演していましたが、内容は我々 研究をするものにも参考になるものでした。 ミーハーですいません。 m(_ _)m 『中世ヨーロッパの写本文化』 コンパクトにまとめられ非常に勉強になった1冊、ただ残念なことに図版がありません。 それがあると理解の手助けになったと思うのですが。 当初の目的であるカロリング・ルネッサンスの種本となったのは何処から来たかに ついては直接回答となるようなものではありませんでしたが、読後の感じとしては やはり、イタリアの複数の修道院、今回新たにカシオドルスによって創立された ビバリウム修道院を知りました。 彼は古典文化の研究がキリスト教神学にとって 不可欠であるとし、古典文献の位置づけを明確に行なったそうです。もちろんその他の、 モンテ・カッシーノをはじめとする修道院から写本がイギリスに渡りここでも古典文化 の花が咲いたこと、さらにそこからアルクインをはじめ人材とともに大陸に写本が 逆輸入されたルートがかなり重要と感じました。 さて当たっているかどうか? 専門家の意見を聞かせて貰えればと思うのですが、、、いずれにせよ、地中海の 反対側からのルートの可能性はカケラもありませんでした。 それとは別にこの本の中で、マリアの無原罪を巡る神学論争がちょっとだけ触れられ ていました。 しかし詳細な解説はなくて残念。 これは次のテーマかな? 内容は聖母崇拝に対して教会が慎重な態度をとったのに対し、前衛的な修道会や 一般民衆が対立したというもの、そういえばあのクールな(?)シトー会の聖母 信仰もありますしね。
昨夜の『世界遺産』観ました? 今朝一番で書き込もうと思って忘れてました。 番組で、ローマのパンテノンにはセメントが使われたと解説がありました。 ローマでのセメントの使用は紀元前のかなり昔から始まったそうです。 番組 では原料としてある岩石を焼いたものを使ったとのことですが、詳細はメモを とり損ねました。(涙) あのモン・サン・ミシェルのところで話題になった ので。とりあえず記録まで。URL ↓ 2000/10/25 書き込み分 『モン・サン ・ミッシェルのコンクリートの血潤x http://home.fwi.ne.jp/~arts/bbs/rbbs_2000_1027.html >数の問題でしょうか 最初は「数」から来るでしょうね、これが一番簡単ですから。 それに教育大学、 医科大学と数合わせするには格好のターゲットがあります。(この日の為にわざ わざ作っておいたような、汗) 医科大が近くにないK大学も、いま準備を着々と進めています。某芸術系国立大学 との統合です。でも本丸に切り込めるかどうかとなると正攻法では難しいでしょう。 しかし、これも「民営化」で足元から崩れます。 兵糧攻めですね。(汗) <恩師> と言ったのは特別な意味はないですが、ただ『研究とは何か』を1から教えられた という意味ではふさわしいかもしれません。 不肖の弟子ですが、、、 (^^;;) 習った中でも『ブレイン・ストーミング』はその最大のものかもしれません。 新たなプロジェクトとかを始める時、数日泊り込んでやらされました。散々論文 とか読んで勉強した挙句、最後に、、、 それまで勉強した『常識をチャラにする』 (@_@)/ ~~★☆、、、 というものです。 私の趣味の世界<ロマネスク探究>にも役立っているような? それと研究するのは、決してデーターだけ、論文だけ、論理だけの関係ではなく 一種の人間関係の中でやるわけです。 よい面、悪い面、全人格をぶつけあうこと だと思います。 阿部謹也先生がある本の中で『文化は人間関係』といわれていますが、 私もそう思います。URL↓ 2000/12/29 書き込み分 『オータンのイブとi-mode』 <エアロ復活> 関係ないですが、先週末から復活しました。 イベントの練習も始まりましたし、 それにしても、脚力が落ちているのがよくわかります。足上げているつもりでも肉離れ した方の脚がつまずきそうになります。 脚が上がってない、てことですね。初日から 2本も受けて、その後、イベント用のラテンまで練習しました。 ラテンといっても ダンスの方です (^^;; 腰の振り方難しい。 特に『メレンゲ』が大変だ〜〜〜
> Hiroshiさん もう書かないでおこうかと思いましたが、論点を限定して最後に二点だけ。 まず、Hiroshiさんは、「不可欠」と「より望ましい」を混同されてません か?研究成果を外国でも書き、より多くの同業者の批判検討の目にさらす方が 「より望ましい」のだとおっしゃるのであれば、なんら異存はないのですが。 むしろ私は大いに賛同いたしましょう。しかしそうではなくてHiroshiさんは、 そうでなければ「致命的」とおっしゃる。つまり「不可欠だ」と。私は、なに を根拠にそこまで強い主張をされるのか疑念を持つのですけれども。(^^?) それからもう一点。やっぱりご自身の個別事例を一般化して、しかもその基 準を分野違いの人文系学問にあてはめていると思われます。理系と文系では、 専門論文1本のページ数も、口頭発表一つの発表時間も、発表後の質疑応答も ぜんぜん分量が違うというのはご存じだと思うのですけれども。 ましてサッカーは、身体の運動能力の話。テキストあるいは文化を考察する 人文系学問の在り方をうんぬんする議論にそういう例示をもってくるのは適切 なことだとは思われません。(^^;;
その先生のことは勿体無くて、教えたくないのですが、今日は特別サービス で教えましょう。メURL
大学改革の話が出ていましたが、数の問題でしょうか。 今年姪が九州の某大学に入学しましたが、僕の経験を含めて、学生は親を選べないように 教授を選ぶことはできません。Hiroshi さんが恩師と呼ばれる教授に出会ったのも、いわば 偶然と言えるようなものでしょう。 僕は工学系の大学を出たことになっていますが、まず勉強しなかった。従って恩師などと 呼べる人はいません。Hiroshi さんが羨ましいようで、可哀想なような。 数年前、50才を過ぎてからですが某都立大学に文化人類学の聴講生として半年ほど学生と 机を並べたことがあります。 その時の印象といえば、信じられないくらい学生は出席しているにも関わらず、助教授(当時) の話を聞いているだけ、誰も質問しません。質問しないと分かっているから質問の 時間を作らない。結局半年の間に質問したのは僕だけでした。 思うに、18才ぐらいで入学して本当に勉強したい方向さえ見い出すのは難しいでしょう。 それに付け込み教授も勉強しない人が多い。そのあたりが大学問題のもとにありはしないかとも思うのですが。 来週から外語大、AA言語研の「チベット語入門講座」に参加する予定。無料!!! かてて加えて先生が若い美人!!ときているからたまらない。こうでなくっちゃ。
「中世の再発見」は私も興味深く読みました。 確か綱野善彦氏は日本中世史の専門家 ですよね? あんな対話が出来るのは素晴しいと思います。 とかく同業者ばかりの サークルでは外が見えませんからね。 以前『土器ねつぞう事件』の時も書きました が、学会が閉鎖的になればろくなことはありませんから。 ペルーの修道院のことも聞きたいです。 よろしくお願いします。 >ぼかーりす様 書き方悪くて申し訳ないですが、あの意味は 『外国人の評価、イコール研究内容の 質の高さ』で間違いありません。 これは実感ですが、自分の研究分野について云えば、国内で専門家は300人くらい でしょうか? しかも皆さん、自分の仕事に忙しいので、必ずしもちゃんと評価して くれるわけではありません。 でも国際的な場に出ればとても厳しい、しかも大変的 を得た批判が飛んできます。 層が何十倍も厚いのです。 去年、ヒューマン・フロンティアというEUベースのグラントに研究費申請しました。 この掲示板でも書き込みましたよね、金額はたいしたことないんです。 基盤B程度 でしょうか? でも応募するように勧められて、パリとアムルテルダムのグループと 一緒にだし、そして見事落選しました (^^:) その時恩師からこう云われました。 『ま、国内の審査員を誤魔化すのは簡単だけど、国際的なものに出せば実力が出て しまうね』て、、、、エヘヘ、言われてしまいました。 恩師は特別推進連続3回、 私大に移られても、学術フロンティアとやらで、億単位の研究費を稼いでおられます。 勿論国際的なグラントも。ですから、トテモ説得力ありました。 シク、シク(涙) 経済学者の竹中平蔵氏がいいことを言われています。 『如何にして競争力をつけるのか? それは簡単だ。 競争することです』と、 良い例がサッカー。 日本は本当に強くなりました。 それは中田をはじめ国外に 出て外で競争しはじめたからです。 国際的な場を踏むことではじめて国内の力も 向上してくるものだと思います。 おっ、とっと、 仕事を始めなければ、、r(^^;)~~~
> Hiroshiさん # やっと明日の講義準備が終わりました。早く寝ないと明日の講義は # 1限なんですけど・・・ >数だけでは勿論評価できません。内容が重要なのは当然です。だからこそ日本語で発表していて ^^^^^ なんど読み直してもわからないんですね、何が「だからこそ」なのか。(^^; この接続詞の前後は どういう風につながっているのか。まさか、他人の評価、しかも外国人の評価、イコール研究内 容の質の高さとおっしゃりたいのではないでしょうから。(^^;;; >それは教育だと思います、それも重要ですが、研究ではないと思います。 同業者(つまり、同じ分野の研究者)に情報を提供するという意味では「教育」というより 「研究」だと思うのですが。もちろん、教育と研究は明示的に線引きできるものではありませ んが、一応、別物とみなしたうえで言いますと。 自分の狭い意味での専門分野の論文は、誰かが訳してくれるの待っているわけにはいかない ので、原文で読みますが、そうでない部分はいちいち悠長に原文で読んでられません。私は特 に語学が苦手だから、そうじゃない研究者もいるでしょうけれども。 ともあれ、 「私が日本語で哲学書を書くことに疑念を感じるかたもいらっしゃるでしょう。つまり、哲学 書を読もうという教養のある人は当然、英語で哲学書を読むでしょうし、英語を読めないよ うな無教養な輩は哲学などには興味を持たないでしょうし・・・」 なんて序文で哲学書が書かれるような学問状況になったら、不健全だと思うんですけどねぇ。
サッカーは残念でしたがあの実力の差で1:0、日本はフランスに対してよくやった方だ と思います。ゴール前の数々のクリアーは立派。 それにしてもフランスプレイヤーは皆 大きくて速い。パスも長いのがよく通る。 空中戦はとても高い。 <国立大学のリストラ> 今日の日経の記事によれば、現在99校ある国立大学を統合整理して、世界に通用する30校 を目指すとのこと、賛成ですね。 確かに今まで無駄が多いです、例えば1つの県に2〜3校 も国立大学のある現状。 むかし医科大学を続々作ったことがありますが、あれは無駄ですね。 医学部の無い県に作るということでしたが、それならば既存の国立大学に学部作るべきでした。 学部と大学では大違い、教養の教員も事務官も1セットそろえなければならないですから。 それに無理して作ったものだから教員の数が増やせなくて不完全講座ばかり、教授1人に助手 1人では負担が大きくて、いい教育・研究が出来るはずが無い。 、、とは云っても実際に改革が進めばそれなりの痛みも必ず出てくるはず。 その覚悟は十分か?と聞かれれば、、、
幾つかの点では私もぼかーりすさんの意見に賛成です。ただ「あえて」少し違うかな? と思った点を書くと、 >人文系の論文と理系の論文を単純に数の比較を行なうという過ちを犯している。 >英語で書くことだけが国際化だと思っている。 数だけでは勿論評価できません。内容が重要なのは当然です。 だからこそ日本語で発表していては 国際的に評価されません。 ピアレビューが受けられないということです。 これは非常に致命的。 それが受けられれば英語で無くてもフランス語でもドイツ語でもいいわけです。フランス中世史なら フランス語かな? >(外国語で書かれた優れた諸研究を日本語で紹介・翻訳するということ >も国内研究の底上げには必要じゃないの?) それは教育だと思います、それも重要ですが、研究ではないと思います。 ただこの点に関しては 私の多くの文科の友人もぼかーりすさんと同じ考えでした。 私としては、そういう考えもあるの かな? 驚きだ! といった印象でした。
>『日本の人文系の,学者の仕事の80%は・・欧米研究者の仕事の翻訳と解 > 説』とまで言われています。 URL ↓ 人文系からの反応が欲しいところ。 > > http://www.asahi.com/column/aic/Thu/univ.html 一応、見てきましたが、もしかして私が読んだのはHiroshiさんがおっしゃ っている分の次の週の記事なのかもしれませんが、、、なにをどう反応す ればいいんでしょう?一般論に個別事例(「いや、うちの大学ではこうだ」 とか「少なくとも私はこうだ」とか)をもって答えてもしょうがないし。 確かにその批判があてはまる人もいるし、そうでない人もいる、としか 言えない気が、、、(--; まあ、水掛け論になりかねないのは承知で、気がついたことを思いつい たままに(彼の紹介している投書も合わせて)列挙すれば、 ・人文系の論文と理系の論文を単純に数の比較を行なうという過ちを犯し ている。 ・英語で書くことだけが国際化だと思っている。 (外国語で書かれた優れた諸研究を日本語で紹介・翻訳するということ も国内研究の底上げには必要じゃないの?) ・人文研究が、他人に英訳を頼めるほど、金に結びつくものだと勘違いし ている。 ・日本の人文系研究者にとっては、言語の壁があっても、場合によっては 外国の大学での方がPh D.を取りやすい(だから実際、持っている人は わりといる)ということを知らないらしい。 ・科学的ということは論理的・非主観的で、人文研究は非論理的・主観的 だと無条件に前提している。 現在の人文研究のあり方は、私自身、決して健全であるとは思ってません が、件の記事での批判はまるっきり見当違いとしか思えません。 ステレオタイプにのかった上で、サンドバッグを捏造して、好き勝手に なぐるという批判は分かりやすいので、一般人にはウケますが。でもそう いうのは、建設的でないだけではなく、むしろ地味でまっとうな研究活動 のほうを阻害しがちなので、害悪でしょう。
今日は面白い音楽会にいってきました。ここであまり音楽の話はどうかと思いますが。。。 下記の URL を見ていただければ分かりますが、ヴァイオリン、セロ、二胡のトリオで ヴァイオリンはトップクラスのプロ、二胡が実に面白い。セロ引きの女性の編曲が見事。 雰囲気は http://umio.net/kaeramel/bbs/1.html の掲示板で多少分かるでしょう。 中世に引っぱれれて、綱野善彦、阿部謹也氏の対談「中世の再発見」を読んでいます。 Hiroshi さんの話は、歴史人口学などにはってんするのかな? ペルー、アレキパのサンタ・クララ修道院の様子などをそのうち書きましょうか。
2000/8/5のIidaさんの書き込みに対する参考資料が見つかりました。 http://home.fwi.ne.jp/~arts/bbs/rbbs_2000_0818.html 9世紀末のフリーマースハイムに関するヴェールデン土地台帳をもとに ヴェスリングホフの算定によれば、 『中世の日常生活』p218 より 『農民は22.5マルテルの穀物生産を目標とし、そのうち7.5マルテルを 播種に(ほぼ一粒から三粒の生産)4マルテルを領主に、2.25マルテル を教会の十分の一税に当てた。 そうすると8.75マルテルの穀物が残り、 これは3.5キログラムのパンおよそ300個分に十分足りた。』 彼はそれから五人家族であれば(先日のサンマルタンデプリ修道院の 土地台帳から、1家族の子供の数は2.5人ということで、これも妥当で すね)年間一人当たり210Kgのパンが割り当てられると計算しています。 で、逆算してみると、4.67リットルの小麦から3.5キログラムのパンが出来る ことになりますが、これは検証できる数字です。 さらに計算を進めば1人 1日当たり0.575kgのパンに相当するので結構恵まれた農民でしょうか? ただし最初から『目標』という言葉があるので理想値であったことも事実。 欲を云えば、ここで著者が1マルテルを160リットルと、特にその算定の根拠 も示さず定義していますが、これを解説して貰いたかったですね。 これが なかなか難しい問題だったのは以前の『聖餅の神秘論』で経験済みですね! http://home.fwi.ne.jp/~arts/bbs/rbbs_2000_0908.html 8/19書き込み分 とはいえ、複数の史料間に大体の整合性がとれているのでそれなりに満足♪ それで資料としては参考になると思い、データーベース化しました。 (汗) <日本の人文科学批判> アサヒ・コムの論説にIKさんからの日本の人文科学に対する厳しい批判が 載っていました。 同様なことを私も以前からウスウス感じていましたから、 成る程ね! と思いました。どんなにささやかであれ、外国の研究者の解説 より、オリジナルな仕事の方が100倍価値があると私も思います。 彼は、 『日本の人文系の,学者の仕事の80%は・・欧米研究者の仕事の翻訳と解説』 とまで言われています。 URL ↓ 人文系からの反応が欲しいところ。
職場で国際会議のお手伝い+ポスター発表でてんてこまいです。 で今から東京で別の学会参加でかんずめになりますので しばらく書き込みできそうにありません。 もどるのは日曜日夕方くらいです。
朝一番のメールでイスラエルに行ったばかりの知り合いが、先日の連続テロで (ニュースになったのは死者がでた一部だそうです)研究資料館も爆破され、 死傷者は出なかったものの研究が出来なくなり急遽帰国することになったとの こと。 研究もこうなったら命懸けですね。 私らはまだましな方。 肉離れ以来前線撤退してましたが、今週からエアロバイクでリハビリモードに入っ てます。 これって運動しながら本も読めるですよね。 ちょっとした発見でした。 読書の時間は基本的にランチタイムの1時間だけなので、これで一挙に2倍に増え ました♪ 尤もやはりエアロの方がやはり楽しいです。 これは来週から復帰予定 9月のラテンイベントの練習もはじまりましたしね。 これは練習絶対必要です(汗)
あちらの掲示板で書かれていたように、王に力がなくなった時に王が殺されると いう『フレーザーの金枝篇』の話しを思い出すと、確かに象徴的な印象を受け ます。 URL ↓ 、、、しかし、果たして ネパールの場合はそのような方向に事態が落ち着くか? <一日に修道士が飲めるワインの量> を聖ベネディクトは上限1/4リッターと決めたようです。 ただしこれは、既に 彼の時代から厳守するのが難しかったみたい。 今までも色々な文献で見るワイン の量はこれより多かったです。 1日1リットル!と書いてあった文献もありました。 それにベネディクトは、その後使われなくなった、ローマの単位で量を決めた為、 量は往々にしていい加減になったとか。 いずれにせよ、当時の修道士は私より 酒飲みですね (^^;) 『中世の日常生活』p144
つまり、王子が父親を殺したとされているときの状況のことなんです。 中国は関係ないんだろうか?火葬にするのが早すぎる。
チベットの層の間に、シャーマンがいます。ドルイドの場合は、シャーマンはいなくて、魔女がいます。 今回の事件も占いがいますね。チベットの場合、に多様なポシションに薬草があります。 少し酔っぱらっていますが、Hiroshi さんうまく解説して下さい。
聖ベネディクト戒律(39章)によると、1ポンド(453g)とのこと。 『中世の 日常生活』p142 この1ポンドという数値の出し方に疑問がないわけではないが、 この数値は、ほぼ現代のパン1斤に相当するので、以前1モディウスのところで 前提として置いた『現代の方法で作った食パン1斤半が2人分の食料』という仮定 にかなり合う、と思った次第。 URL ↓ 2000/8/19書き込み <教科書は常に正しいか?・・・突然に業界ネタで恐縮ですが (^^;) > 90年に発表したヒト蛋白と、大腸菌蛋白の相似率は25%でした。 今回、新たに 発見したヒト蛋白の場合は34%。 前者は単純な構造で、同一酵素活性を持つもの 同士で25%程度ですから、今回のように巨大(〜4倍)で、蛋白相互作用を持つと 予想されるもの同士での34%は驚異的。 しかも酵母はこの蛋白を持っていないみたい。< 酵母では全遺伝子配列が決定済み だからデータベース検索で予測可能。 はい、これもバイオ・インフォマティクスです。 このようなことを考えると、今まで言われている進化系統樹と若干矛盾します。 でも、 これは他の遺伝子でもこれまで経験済み。おそらく垂直方向だけでなくDNAの水平移動 を意味しているのでしょう。 『種間を飛び回る遺伝子』はSFの世界だけではなさそう。 教科書に書いてあることが全て正しいのではないということですね! あ、それと23日のオフ会、参加希望です(笑)
ロマネスクバックログは最近データーベースとして、勝手に使わせて貰ってます。 ここだと議論の参考資料にもなるし、一石二鳥かと、、、 (^^;) 昨日久しぶりに中央図書館に行きました。 目的は今借りている本の「延長願い」 と、先日から疑問に思っていた、イタリアの修道院についての資料を調べるため。 予定が他にあったので十分調べられませんでしたが、調べてみたところ、面白そう な本が2、3冊あり早速借りてしまいました。 、、、まだ『中世の日常生活』も 半分くらいしか読んでいないのですが、(汗) で、その1つ『中世ヨーロッパの写本文化』にこのような記載がありました。 『聖ベネディクトが自らの修道会を設立して以来、この組織はキリスト教神学のみ ならず、ギリシャ・ローマの古典文化もその研究対象に含めて、総合的な学術研究 機関としての性格を確立していった。ベネディクト会を代表するモンテ・カッシーノ の修道院は、聖ベネディクトが建設して以来、一貫してヨーロッパの学術センター の1つとして機能した。 その附属スクリプトリウムとライブラリーは、キリスト教 の文献に加えて、古典時代の著述家の写本も数多く所蔵していた・・・・』 これだ! と思ってこんどはこの修道院に的を絞ってさらにwebで調べてみたところ、 今度は以下のような記載に出会い、また疑問は振り出しに戻りました (涙) 『モンテ・カッシーノ修道院も581年ロンバルディア人たちがイタリア各地を侵攻 した時に非常に荒らされ、破壊されてしまい、ペトロナクスが717年に聖ベネディクト の墓参りをした時にはほとんど何も残っておらず、ただ23人の修道者がそこに住んで いただけ』 URL ↓
気がつくとロマネスクバックログをとりはじめて2年が経過しました。 みなさんのおかげです。 今週(たぶん来週も)更新できません(涙)。 過去ログだけ編集しておきました。