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フルダの写本1000冊 投稿者:Hiroshi
投稿日:06月02日(土)08時57分43秒
といっても、これはカロリング・ルネッサンスを経た後のことですから、種本を 最初どのくらい持っていたとなると心細いですね。 この点に関しては私自身、 フランスやドイツの研究者の本しか(勿論訳本)読んでないので本場のイタリア の修道院の資料が欲しくなりました。 イタリアの修道院から当時強制的にに 沢山持ち運ばれたみたいですしね。 これは次の課題。 探そうと! (^^;) それと、『中世の旅』でしたか、あの本で、風に乗れば地中海は数日で横切れた そうです。 また三角帆の普及で風に逆らっても船を進められるようになったと 書いてありました。 これは、塩野七生著の『海の都の物語』でも図付きで説明 がありましたよ。 あれもとても判りやすい本でした。 私は名著としますね! 交通事情て、近世まで、蒸気機関が発明されるまで、状況は変わらないようですね。 海路は当時、現代の航空路みたいなもので、河路は下るのはいいけど登るのが大変 だし、陸路はもう、とても大変! 今でも航空関係の言葉に海運関係の言葉が流用 されるのはこのことと関係あるのでしょうか?(エア)ポートとかパイロットとか、、、 先日久しぶり恩師に会ったら『秋までに論文にするように』とまた檄をたたかれました。 いつもなら、またか、、、 で聞き流すのですが、 (^^;) 流石に今回は私も そのように考えてます。 今から私たちはプログレス・レポートです (涙)
写本は、モロッコのちょっとした修行場の一室で、約4000冊、ありました。 10x5cm程度の小さなものも含めると、部屋ひとつの壁をぐるりと 本棚にして、そのくらいになってしまうようです。そうしますと、 1000冊、というのは修道院その他ではほぼ標準的な蔵書数ではないかと。 60万冊、というのは凄い、と思います。 あまりレスポンスになっていませんが...(^^;<特にラテン語写本etcについて
久しぶりですね、たゆさん! =w角本』とは初耳です。 たゆさん登場で、またこの前の,疑問が頭を持ち上げはじめました。 (^^;) いま読んでいる『中世の日常生活』の中で著者は、当時修道院が、その創始者が 意図しなかったにも関わらず、古典文化の再生に最も重要であったとの見解を述 べています。p99 これは先日の「ぼかーりす」さんからの指摘通りなわけです。 その際この著者はその例として、ある修道院で(どの修道院かの指摘はないのですが、 これはフルダのことでしょう)1000冊もの写本が保存されていたことを挙げ、また 固有名詞を挙げて9世紀のザンクト・ガレンではその目録が400冊を越えていたこと を述べています。 これらの数字は『ヨーロッパの知的覚醒』で挙げられていた数字と一致します。 しかし、あの中で著者が、この<同じ数字>を用いながら、当時写本が圧倒的に不足 していたとの論調を展開していたのに比べ対照的な感じを持ちました。 11/12書き込み http://home.fwi.ne.jp/~arts/bbs/rbbs_2000_1115.html また、繰り返しになりますが、やや下る10世紀のコルドバの王室図書館の蔵書数 は60万冊であったといいます。URL ↓ さらに当時、ベネチアをはじめイタリア の海洋国家が地中海を舞台に活発に活動しはじめていたとのことを考えあわせると、 それほど地中海とは商品が交流しても文化は交流出来ない壁であったのだろうか? あるいは交流はあっても、地中海の反対側には、もうラテンの古典文化は残されて いなかったのかとの疑問を改めて感じました。 後者だとすると、やはり植民地ではラテン語は、その後復活されるギリシャ哲学や 科学が記載されたギリシャ語に比べ尊重されず忘れ去られたのか、それとも積極的 に破壊されたのか? 確かにアベロエスも焚書にあったとのことですし、、、 そういえば『炎のアルダンシア』、アベロエスの焚書をテーマにした映画もついに 見れなかったな〜 、、、あ、そろそろ機械が止まる頃。 Back to work, back to work (^^;) ついでに、これはデーターベース(汗):820年頃の有名なサン・ジェルマン・デ・ プリの土地台帳によると農家1戸当たりの子供の数は2.5人。『中世の日常生活』p78
こんにちは!ごぶさたしております。 とある架空小説で、ヨーロッパ中世らしき世界設定を 取り入れているのですが、「角本」というのは、 実際には存在するのでしょうか。 文字を書いた板にヤギの角をさらして透明にした 板を貼り、枠で押さえて持ち運べるようにしたもの、 というそうです。聖句を記してあったり、裏に 蝋を引いて文字の練習に使ったりするそうです。 もし、実在するのであれば、見てみたいですね。
合衆国社会を考える時注意しなければならないと思うことの1つに、あの社会は モザイク社会、あるいはサラダボール社会 (^^:) だと云うことだと思います。 移民の国ですからね! プロテスタント国家といっても、それは社会の上層部の 人達(WASP = White Anglo-Saxon Puritan or Protestant) の信仰のことですから。 よい例がハロウィーンですが、あれはカソリックの習慣である万聖節、さらに遡れば 異教(ケルト)の風習と云われています。 URL ↓ 確かにあれを見るととても キリスト教的ではないですね。 もっとも大抵のアメリカ人がそのことについて気が ついているようにも思えません。 <これについて、以前何人か,のアメリカ人に 質問したことがあるのですが、誰も知りませんでした。 http://www.honya.co.jp/contents/khirose/London/9811/981103.html
カイラス登山は中止された模様です。
Hiroshi さん 厳島神社についての僕の落書き帳の記述は、無知に基づく誤りでした。 赤間神宮との混淆がありました。仏教、神道も含めて日本の宗教にはアニミズム、 儒教(道教)などが多層的に重なっており、靖国神社などの鎮魂を目的にした神社と 明治神宮などでは様子が違うでしょう。東巴の木牌を仕切る枠を鳥居の原形と考え 魂あるいは神が閉じ込められている境界として、鳥居を考えるのはアニミズム的な 見方かも知れません。鳥居が神の通り道とする考えは儒教に基づくのかな。 ヨーロッパのキリスト世界も、ギリシャ、ローマの神々の層、あるいはケルトの層や アニミズムなどの層があって、地域による違いが相当あるのでしょう。 プロテスタント、特にアメリカでは、そうした古層は振り払われているのでしょうか。 厳島神社にはまだ行っていませんので、九州に帰ったついでにでも寄ってみようと 思っています。広島で言えば「過ちは繰り返しません」の原爆慰霊碑の言葉はどうも 儒教的な精神のようです。
>というか説話をひたすら可視化した点では同じかな。 ロマネスク時代も日本の密教の時代も、ともに『国家安寧』の宗教から『民衆』の 宗教に発展していった時代ですよね。だから民衆に訴えることが重要だったという ことではないでしょうか? だから可視化は必然の成り行きだったような気がします。 ものの本によると、西欧のキリスト教界で内面性が問題されるようになったのは グレゴリウス改革以降であり、それはさらに托鉢修道会によって深められたとのこと。
のサンラザールのタンパンについてはグレーヴィッチ先生の 小論が社会史的におもしろいので引用しようと日曜日も よんでました。 それまでタンパンはおあずけ。 ps 風呂上がりのショパンのノクターンはいいですねえ。 内部は次回の予定です。
は見上げるとゴシック、視線を落とせばロマネスクというとこでしょうか? でも、壁のロマネスク、柱のゴシックという感じからすると、やはり外観は ロマネスク。 中の構造を見てみたいですね (^^;) 数年前にヨーロッパの変化と、その中に生きる、親しい友人をまじかに見たのが 『ロマネスク』に興味を持った理由の1つですが、今その変化の波は我々日本人 にもヒタヒタと近づいて来た、というのが貘とした印象です。 『チーズは何処へ消えた』を紹介してくれたのは、アパレル業界に勤めるスポーツ クラブ仲間ですが、彼女の身辺にもその波は近づいて来ているということでしょう。http://home.fwi.ne.jp/~arts/kazuhiro/romanesque/laz/lazar/index.html
『中世の日常生活』ハンス・ヴェルナー・ゲッツ著;中央公論社 ISBN4-12-001864-4 によれば移動と旅行の時代の幕開けは11〜12世紀だそうです。『改修された道路は、 あらゆる階層の巡礼者、浮浪者、学生で一杯であった』p24 成る程判りやすい図式! この本の序論で著者は、これから論じようとする対象についての範囲をやや詳しく 規定しています。 これはさりげない中にも、従来までのドイツ史学界の批判となっ ているそうです(訳者あとがきより) また言葉の端々にフランス、アナール派を意識していると思えるところもあります。 これらの雰囲気は何となく『ロマネスク世界論』を思い出させますが、後者よりは 具体的でわかりやすそう (^^;) 今朝の朝日の「天声人語」に先日たまたま書き込んだ『チーズは何処へ消えた』 についての解説が載ってました。 「わかりやすいということは力」ということ だと思います。1昨日の大相撲での小泉首相の優勝杯授与の言葉も判りやすい。 難しい言葉は一部のインテリには受けるでしょうが、「変化の時代」の力とは 成りえないということだと思います。 変わらなければならないのは政府でも なければ一部のインテリでも、政治家でもなく、国民一人一人なのですから。 抗体作成を企業に依頼、しめて455、000円 内訳は、ペプチド合成5mg 95,000円+キャリア架橋 80,000円+抗体作製 ウサギ1羽 150, 000円とモルモット2匹 130,000円。 蛋白精製後に抗体を作成するのが、 本来のやり方でしょうが。 これは科学的というより戦略的決断。 かなりの金額 になるのは辛いけど先手必勝? いずれにせよ、ルビコン河は渡ったのですから。
ぜいたくですからね(爆) どことなく密教のにおいがします。 というか説話をひたすら可視化した点では 同じかな。 それはともかく、教会の歴史については以外と文書が のこされてなくて直接的な根拠のある 議論はかなりむずかしそうですね。 今日は職場でキヤノンのスキャナをインストールしたのですが USBまわりがおかしいのかスキャナを認識してくれない(涙) 家のエプソンのでやろうっと。
クリュニーは寄進なくしてはやっていけなかった。 しかも俗権には自由でありたい。 となると、巡礼教会から得られる収入はとても魅力だったでしょうね。 クリュニー 修道会の設立は910年。 最盛期を迎えるのには、あと1世紀の余裕があります。 この修道会の発展と巡礼の普及がもし連動していたとすれば、とても判りやすい図式 になりますが、これはちょっと調べれば答えが出そう。 2回目ですがとてもいい本。 となると次の疑問は 1)巡礼教会の入手が先か 2)入手した教会を起点に巡礼路を構築していくのが先か。 昨日この本を購入しに、紀伊国屋に行きました。 結局見つからなかったのですが、 たまたま、スポーツクラブの知り合いが推薦していた本、『チーズは何処へ行った』? を立ち読みしました。 これも1つの自己改革の手引き書でしょうか?ご存じですか? 内容は何てことないんですが、いま日本人に特に求められているのでしょうね。 たまたまそのあと観たテレビ番組の『北条時宗』で時宗の異母兄弟(兄)が『変化の時、 人は其のままで居られることの方がもっと難しい』とつぶやいていたのが印象的でした。
巡礼教会を押さえることに成功したか、ということだと思います。 この修道会は ローマ法皇直属の特権を有して、皇帝、王、司教の支配から自由であったという ことですから、莫大な収入が入る巡礼教会は喉から手が出る程欲しかったでしょうね。 シトー会がその魅力に抵抗出来き、人里はなれた場所に根拠地を置いたのは、 、、、やはり聖ベルナールに代表されるその『精神性』でしょうか? それと、あとでよく読んでみたら、ロアール河沿いの教会は王権の監視が行き届き (封建性的分断からまぬがられていた)比較的堕落することなく運営されていて、 この新しい修道会(クリュニー)の改革の対象から外れていたということがあるかも しれません。 昨日は酔っ払って書き込み失礼しました。(汗) 明日のグループミーティングに 備え今日はお仕事です。 昨日のツケは高くつく?
「利己的な遺伝子」の中で、原始のスープ、海をシュミレートするため、水、二酸化炭素、 メタン、アンモニア等をフラスコに入れ、紫外線や電気火花等の刺激を与えたところ たくさんの複雑な分子が見つかり、その中にはアミノ酸が見つかった。と書かれていました。 ここから遺伝子までの道のりは偶然か、必然かも含めて説明されていません。 35億年前の海と、今の海では状況は違うとは言え(生成されたアミノ酸を補食する生物が 既にうまれている)現在も、過去も同じプロセスがくり返し起こっており、不断に 生命の誕生のドラマが再現されていると考えるのは自然だと思われます。 とすれば、アミノ酸から遺伝子にいたるプロセスの物質やら、生命が今も年表のように 海の中にはいくらかでも存在しているのではないか、と素人は思います。 この辺りになると、仏教の唯識論めいてきて「振動し性起する場所」という感じを持ってしまいます。 遺伝子がプリオンを生成するとしたら、プリオンから遺伝子の方向があるかも知れない。 原子物理学が宇宙の誕生を説明しかかっているかに見えますが、Hirosi さんが言うように ナノテクノロジーとの融合もあり得るのでしょう。素人は勝手にものが言えますね。 昨日、熊本のユミ姫様お江戸に参上のため、召し使い達が新宿、原宿また新宿と 9時間にわたりお供をさせられました。トンパ文字の本を献上しました。
の写真編集と経緯を書いています。 明日出せるかもしれません。 まずは外観からです。 巡礼教会は巡礼地までの経路ぞいにたてられたのに対し、 シトー会は人里はなれたところにたてられた違いがあるようです。
今日のイベントは小学生から大人までヘテロなグループが色々な種目に分かれて競うもので 何時もの均一的競技会とは多少感じが異なりました。 で、感想ですが、中高生のレベルが かなり高い! しかし、これは考えてみれば故あることかも? 彼らにプロはいませんからね、かなりレベル の高い中高生がこぞって出場してきます。 それに対し大人はアマチュアのみ。 それと、 女性の場合特に、大人になると方々出るところも出てきて、華奢な身体を軽々動かすという訳 にはいかないでしょうから。 (^^;) 失礼、多少お酒に酔って候 ちなみに、知り合いは『フォーメイション賞』なるもの受賞しました。
J ・モノーの『偶然と必然』は大学時代に読んだと思いますが、そこに生命の定義 について<自己複製>を論じてあったと思います。 記憶は曖昧ですが、、(汗) そこで彼は、実は『結晶』もその定義によれば十分生命たりうるとしていました。 遺伝子の存在が生命の定義とアープリオリに考えるのはちょっと危険? そういえばプリオン病は、学生時代に内科学だけでなく微生物学でも習いました。 だって、プリオン病の1つであるクールー病はパプャjューギニア人の食肉(脳食) の風習がの発見のきっかけでしたからね。これは後にクロイツフェルト・ヤコブ病 が食人で地方病として拡がっていたものとみなされるようになりました。 発見者 のカールトン・ガイドユセック博士はこれでノーベル賞を受賞しました。 1980年代初めカリフォルニア大学のスタン・プルシナー教授が蛋白が本体で あるというプリオン説を発表し、これが蛋白が核酸を鋳型とすることなく自己複製 をするということになり、分子生物学の中心ドグマに反するということで異端説に なったわけです。a@でも当時の知識、あるいは『コッホの3原則』では生命体 ・病原体と考えてよかったわけですね。 詳細は以下 ↓で 遺伝子は『情報』の1つ、人間は他にも言葉や文字という情報を持っていることが 進化の原動力と私は考えます。 なんせ、ハエのわずか2倍の情報しか遺伝子は持 たないのですから。 さて、今から私は、エアロ応援団してきます♪
>高橋さま。 うっかりしてました。 ちょっと『ロマネスク芸術の時代』を読んでいたら面白いことに気がつきました。 『この(クリュニー)修道会はフランス王国と西ローマ帝国とを隔てる国境の両側に ・・拡がった・・・君主の後見から最も完全なかたちで逃れていた地域であり、封建 制による分割・・がすすんでいた(地域である)』p135〜 これらの地域は封建領主による私物化が進み俗化が進行した地域であり、クリュニー 修道会の改革の対象地域であったこと(腐敗していたという意味で)。 また地方で あることは同時にラテン文化が宮廷によって蘇生されなかった、つまり様々なロマ ネスク様式美を産みだす素地があったということ。 それで、早速さまざまな修道会の分布を調べてみました。 クリュニーについては よい資料がなかったのですが、響庭孝男著の『ヨーロッパ古寺巡礼』の表紙裏の 地図をみれば、確かにブルゴーニュ、プロバンス、それにピレネー山脈沿いに並ん でいました。 (ただロワーヌ川沿いは例外か?) で、その時気がついたのですが、ついでにシトー会の分布を見ると(杉崎秦一郎著 の『12世紀の修道院と社会』の巻末資料)全ヨーロッパ(全フランス)的に分布 していることが判りました。 つまり分布の仕方が若干違います。 これは何を意味 するのでしょうか? それと何故か、両修道会ともロワール河とガロン河に挟まれた 地域は分布が薄い(河沿いにはあります) これも何かを意味するのでしょうか? 共に今後の課題です。
> >Oimoさん、高橋さん > 肉の値段高騰してますか? もしかして,私がまだ米国にいると思われてましたでしょうか? 昨年8月に 横須賀に帰り,サラリーマン生活に戻っております.しかし周りに気を使わず ガンガン休みを取り遊びに出ております.つまらないつっこみで失礼しました.
oimoですが、 写真に写っている杭は、駐車場ならぬ、駐船場のためでしょう。 ヴェネチア軍が杭を引き抜いて海路を混乱というのは、ラグーン (潟?)の中の水路標識だと思います。この写真もあるので、 そのうちにお目にかけられると思います。 しかし、やっぱり「海の都の物語」を手に入れるべきだったと ちょっと後悔しています。 自炊は、、、あんまりしていません。が、休肝日が必要なので、 しばらくご飯を炊く事になるでしょう。(ゼニが無いのが一番だったりして)
私はベネチアの街の様子がよく判るという点からは5番が一押しですね。 投票したのに一番目がそのまま? それと2番と5番の写真で、水面に杭が打っているのが判りますが、あれは水深を 知らせる為でしょうか、それとも単に船着き場の印? 塩野七生著;海の都の物語 で戦争がはじまると防戦するベネチア軍が杭を引き抜いて海路を混乱させる話しが 出てきましたので、それを思い出しました。http://www.asahi-net.or.jp/~bh2h-fjo/wallpaper/wallpaper-sp.htm#
は歴史書というよりはエッセイ。 今回は特に難しく感じることもなく味わえます。 ようやくこちらが、それを味わえるだけのレベルに達しつつあるということだとで しょうか? 私の読書傾向からは外れますが、愛読書の1冊になりそうな予感♪ >Oimoさん、高橋さん 肉の値段高騰してますか? 今ヨーロッパは口蹄疫とか、狂牛病とかで大変と思い ますが? それとも自炊はしてない? <私もアメリカ時代そうでした(汗) <プリオン病> は本当に不思議な病気、クロイツフェルト.ヤコブ病も狂牛病もその仲間ですが、 ともに脳と関係があるのが意味深。 現代科学でもまだちゃんと説明できるレベル ではないです。 今朝の新聞に関連ある話題1つ URL↓ これも脳に溜まる異常蛋白の話。 今年から同じ研究班の方が、最新号のScience (まだ職場には来てません)に発表されると話題になってます。 バイオとナノ テクノロジィーはいま先進諸国が激しく先陣争いをしている分野。 ここらへん からプリオン病も謎が解けてくると期待しているのですが? 実績なし、コネなし、アイデアだけで私が研究班に入れたのは七不思議の1つ (^^;) きっと申請書に『正常な遺伝子から異常な蛋白が出来ることがある』と書いたのが よかったのかも? <これマジです http://www.md.tsukuba.ac.jp/public/basic-med/molneurobiol/brain/meibo13n/meibo_a03.html 今日もパソコン相手のお仕事続いてます(涙)わたしゃ、ホントに向いていません。 明日ダンス仲間がエアロの競技会にエントリしてます(女性軍ね)。 肉離れで前線 退いている私は精々、応援に廻りたいと思っているところ。 ストレス解消にもなり ますしね! デジカメとiMac、あとスマートメディア・リーダーも忘れずに!http://news.yahoo.co.jp/headlines/mai/010525/dom/06000000_maidomm213.html
アムステルダムは日本からの入国に際してもフリーパスでしたよ。 いまEU内で一番移動が大変なのは牛さんでしょうね。プリオンはちょっと調べて みたらタンパク質で生命体ではないようですね。分子生物学をやっていると 生命の誕生なんかをイメージできますか。 海は生命の揺りかごと言いますが、どんなふうに生命は発生したんでしょうか。
たいしたことでは、無いのですがちょっとコメント。 EU域内でシェンゲン条約加盟国間ではパスポートチェックは廃止されて います。(シェンゲンという音にちょっと自信無し) ドイツ・フランスのようにこの条約加盟国間の国境は何もチェックは ありません。 EU域内でもイギリスはこの条約に加盟していないので、EU域外、域内を 問わずイギリス入国はかなりやかましい方です。フランスからユーロ トンネル経由で入国すると、かなりモノモノしい入国審査があります。 スイスは、EU諸国ですらないので、基本的には入国審査があるはずですが、 高橋さんと同じく、今回ドイツ→スイス、スイス→イタリアでなにも ありませんでした。もっとも、スイスの手前のドイツ最後の駅で、車内を ドイツの警察官が物々しく巡回しましたが。 今回パスポートを見せろ、といわれたのは、イタリアのホテルと、 イタリアからブレナー峠を通ってオーストリアに入ったときに、 列車内にやってきた警官だけでした。スイスは素通り、でした。
2回ほどアウトバーンでドイツ・フランス国境を越えたときも勿論パスポートの 提示はありませんでした、ただ線が引いているだけ。 確かにEUなんですね。 それにしても羨ましい。 今のうちにどんどん足を延ばしておくべきですよ! 帰国したら何かと廻りに気を使って気軽に海外旅行も行けない日本社会ですから。 >高橋さん、Oimoさん それにしても、あちこち行ける酔鬼様は羨ましい! カメラは完全にデジタル派 です、、、と云っても個人用はまだQV10使ってます (^^;) 驚かれるでしょうが、 Centris 650を9年使った人間ですから、、、MacOSもまだ7.6.1。 IEも中世版の 3.01ですから大目に見てね。 あ、そう言えば仕事用にもう1台キャメデア買うことになりました。 旧型機との 互換性の問題で、オリンパスです(汗)>Oimoさん それからご存じでしょうが、政府は控訴を断念しました。 それとケルアックの『路上』の原稿が242万ドルで落札とのニュース出てました。 あれももう、古典ですか?! URL ↓ 学生の時読んだのですが、読後自分の ことを『遅れてきた青年』だと思いました。 意味判る? (^^;) DNAシークエンサー使い方、まだ十分マスターしない内に配列ほぼ決定出来ました。 10年前やった時は900bp半年かかりました。 今回は3000bpを2回(多分確認の為 もう1回)で済。 早くなったのはコンピューターとデーターベースでの仮想配列 のおかげ、時代が変わりましたね〜〜 これからの我々の世界の新人はバイオ・ インフォマティックスが出来ないと生き残れませんね。 老兵は消え去るのみ(涙) 結果はHelix研のと違うようですが、遺伝子は同じでしょう。オールターネイティブ・ スプライシングとかいう奴ですね。 3万個の遺伝子から10万個の蛋白が出来る カラクリです。さて今日のお仕事もパソコンの前でのバイオ・インフォマティックス。
ドイツ語のSanktは聖なにがし、で、フランス語のsaintと同じで しょう。ただ、ドイツ語はズーズー弁なので、言葉の最初のSは ほとんどの場合濁音になって、Sanktの場合、ザンクトとなる ようです。ソースはゾーゼ、スープはズッペとか、、、 便乗質問ですが、イタリア語での聖は、S. と略すものと St.と 略す者がありますが、こりゃなんなんでしょう?S.の方が 多そうですが、、、 それとも、St.は英語なのでしょうか???
>Hiroshiさん sanktって,英語・フランス語のsaintと同じ意味のような気がしますが,自 信ありません.Sankt Moritzはフランス語だとSaint Moritz(サン・モリ ッツ)ですが... ドイツ語は全然なものですみません. 今回はイタリアとスイスの国境を8回越えました.半分くらいはパスポート さえ見られませんでした.こんなのでいいのでしょうかね. イタリアのキアベンナからスイスのザンクト・モリッツまでの道からの風景 は素晴らしかったです.お勧めします. 夏にはレマン湖〜ブリアンソン〜コート・ダジュールのアルプス縦断ドライ ブも計画しています.
うらやましいので失敗談。 ジュネーブから、ベニスまでの列車の旅、スイスでは謹厳そうな顔の車掌が、国境を越え イタリアに入ると、帽子を斜めにかぶった陽気な車掌に変わったのが印象的でした。 イタリアでイスタンブール行きのチケットを買って、ユーゴスラヴィアまでは若者たちと わいわい話をしていて楽しかったのですが、ブルガリアの国境に入ったとき、深夜なんと 国境警察につかまって、降ろされ説明もなく雪の中、ストーブの消えた待合室に閉じこられた ことがあります。当時ユーゴ、ブルガリアとも共産主義の国です。がたがた震えながら一夜を すごしました。次の朝、パスポートを返されユーゴスラビア行きの列車に押し込まれました。 しょうがなく、ギリシャに南下してアテネを満喫し、飛行機でイスタンブールに入りました。 トルコはイオニアの海岸沿いにバスの旅、古い遺跡を観て回りました。 旅の失敗談は後から思い出せば、楽しくもありますが渦中では体が凍りつく思いですね。 ヨーロッパには、ライカのカメラ (M6) を持っていきます(自慢したいのです)。去年の南米は、 カッパライを恐れて、ニコンの一眼レフでした。南十字星が自慢の写真です。 ユミさんは2〜3ヶ月もタイ、インドだし。ああ僕もどこかに行きたいなあ〜。
油絵を見にイタリア、スイスですか。 Iidaさんでなくとも羨ましがられますよね。 私も今年はヨーロッパ、行きたいです。 でも仕事がらみなので、またパリですね。 ま、休みに少し足を延ばすことはしたいですが、、、イタリアは今のところ可能性 が無いので仕事抜きで行くしかないですね。 あそこは行きたいところが一杯。 ところで、ザンクト・モリッツのザンクトてどういう意味なんでしょうか? ザンクト・ガレンてのもありますしね。 ドイツ語はむかし勉強したはずですが、、、いま何も残っていません (^^;) >Oimoさん 鉄道旅行自体が楽しめると、旅も2倍に楽しめますよね。 どうも私は目的地に着く ことだけなので損している感じです。 過程も大事にしないといけませんね。 それにしても、25本とは凄い。 同じ試写体を色々条件変えて写すんですか? それだけの中から選ぶから、アップされているような写真が撮れるんでしょうね。 お二人もWebでご存じかもしれませんが、いま日本では国の長年にわたるハンセン氏 病患者の隔離政策に対する国側敗訴の結果受け、政府の控訴の有無が毎日話題になっ ています。 先日着いたばかりの最新号のScienceを見たら、表紙にペスト禍の中世を 題材にした版画?が載ってました。黒死病がヨーロッパを覆っていた頃の医師の姿で、 お馴染みのカラスの様なマスクをした滑稽さの中に惨鼻を極めた当時の絶望的状況が 見て取れました。 これを見ているうちに脈絡もなくハンセン氏病を思い出しました。 いま、国家責任が問われていますが、実際は根っ子のところに、我々の心のなかの 差別の構造があるという思いで一杯ですね。
ミラノは13日に一泊だけでした。「鉄道旅行」の方が主目的だったり しちゃうのです。Bonn->Bern(泊)->Milano(泊)->Venezia(泊)-> Muenchen(泊)->Bonnという行程で、もちろん移動はすべて鉄道でした、、、 ところで、今日、写真の上がりのうち、35mmの25本をとってきました。 まー、ボチボチです。ミラノは雨模様で、全体に天気は悪くは無かった のですが、完璧な天気でもなかったです。そのうち、アップする予定 です。St. Ambrogioも、一本ぐらいありますが、もし、iidaさんの ページの補完になるようなものがあれば、投稿しますが、、、、、
うらやましすぎです。 私は今年はでれそうにありません。 シャガールいいですね。彼も聖書題材の絵が多かったですよね。 私も画集くらいはみておこう。 ps 最近はロマネスク教会の写真編集を しながらブルックナーの音楽がよくあうことに きがつきました。
前にもちょっと書きましたが,ルガノのシャガール展を主目的にイタリアとス イスに行ってきました.シャガール展は初期から晩年までの油絵の傑作が数多 く集まり,素晴らしいものでした. 2泊した中日はザンクト・モリッツ,シュプリューゲン峠方面へ日帰りドライ ブに行きました.途中で15〜16世紀頃のものとみられる教会を囲む小さな村 がいくつか見られました.もちろん山の風景は最高でした.ルガノ中心部に は16世紀の教会が2つあり,ちょっとだけ写真を取りました.ちゃんと映って いたらアップします. oimoさんは週末にミラノにいらっしゃたのでしょうか.今回はマルペンザ空 港を使いましたが,ミラノ市内には行けずでした.
はこの掲示板でも、ちょっと話題になったことがあります 2000/7/5~6 書き込み分 http://home.fwi.ne.jp/~arts/bbs/rbbs_2000_0712.html 私も紀伊国屋に買いに行ったのですが、売り切れで結局まだ読んでいません。 私は、判りやすいのが「一番」という単純系人間です。 (^^;) <笑い話し1つ> 「聖人伝というものが伝え聞いた事実を語るというよりも、別の聖人伝の複製である ということを最初に示したのは、ジャック・デリダである、などと軽々しく言っては ならない。 すでにイポリット・ドルエが、1905年にこのことを「聖人たちの伝説」 で指摘している。 ただし彼は『平易でわかりやすい言葉で書いたので、そのメッセ ージはデリダのものほど鮮烈ではなかったのだ』」 パトリック・ギアリ著、死者と生きる中世 p22 白水社、 ISBN4-560-02819-2 URL↓ 2000/5/31 書き込み分 『』は私が入れたもの (^^;) 私が入っているのはお金を貰ってるからだけです。金の切れ目が縁の切れ目?(汗) http://www.md.tsukuba.ac.jp/public/basic-med/molneurobiol/brain/toha.html でも火あぶりされなくてよかった〜 (^^;)
利己的遺伝子はおっしゃるように科学哲学書とでもいった方が良いのでしょう。 去年、なぜか「サイエンス・ウォーズ」金森修、「知の欺瞞」アラン・ソーカル 「利己的・・」と三冊の科学哲学の範疇と思われる本に目をとうしました。 (読んだといわない) しかし通産相と主要民間10社でを組んだ Hiroshi さんの参加されている プロジェクトは、多分 米、欧に対するのサイエンス・ウォーと言えるのじ ゃないですか。 特にアメリカの巨大な資金を投資したヒトゲノム解読の独走状態には、官民とも 危機感を持っているのじゃないでしょうか。その一つの現れが、 理研のアルツハイマーの試料の持ち出し疑惑(本当のところは分かりませんが) として出たのだと思っています。 アメリカの何でも支配したい論理、国と企業の論理のぶつかり合いがあって 倫理や哲学のブレーキがややもするとかかりにくい危険な戦争状態でしょう。 中世であれば、Hiroshi さんは神に反する行為として、火あぶり、磔にされて いることは間違いありませんね。
<サン・ラザールの2番目のタンパン> 今まで写真やwebサイトで見たどれよりも鮮明。 これお世辞抜きでホント。 個々の石材のつなぎ目まではっきり判ります。 、、、それ故に、聖ミカエルの羽 の部分が下の石材と一体なのか、それとも上の石材と一体なのか? つなぎ目はっ きりしませんが、多分、上の石材の一部でしょうね? これ見ると、どう考えても 彫刻したものを取り付けたて感じです。 しかしある専門の方からは、ロマネスク 彫刻は建設後に彫刻施されたと聞きましたが、、、 例外はあるかも? <ソルボンヌのロベール> は『論争の歯で噛み砕かれなかったものは、完全に知られているとは言えない』と 述べたそうです。 中世ヨーロッパ文化史;p222 この批判精神と方法論的懐疑 の精神こそが、現代科学の発展の源だと感じます。 昨日のテレビによれば、日本考古学学会は捏造事件をうけ、事件当事者が関与した 発掘調査すべてについて再検討をするとのことでした。 しかし問題はそれに止ま っては駄目だと思いますね。 ある研究者が述べていたように、今までの考古学学会 に、お互いの研究成果を批判検討する習慣がなかったということが真実ならば、 これは非常に根が深い問題だと思います。 <新装復刊> たまたま上記の本を返却しに図書館にいったら、ジョルジュ・デュビー著の 「ロマネスク芸術の時代」新装復刊(2000年版)が出ていたので、またつい借りて しまいました。(汗) バックログを見るとちょうど2年前、1999年の6月頃に1度読んでますね。 URL ↓ あの時もいい本だと思いましたが、ついていけない部分もありました。 あの頃より、 少しは知識もついたかも?しれないので、 また違った印象もつのではないかと思い、 再度挑戦しようと思っています。 それにしてもこの本の書きだし、流れるような 文体でいま読んでみても実にいいですね。 ところで、BBSのサーバーかわった?
に行ってきました。(ミラノ見物はあとドォーモと駅だけ) iidaさんのSt. Ambrogioの記述のおかげで楽しめました。 中庭の空間、確かに美を感じます。 懸案の治安の件ですが、ドォーモ周辺の警官の数はすごいです ね。怪しげな子供に囲まれることもありませんでした。日曜夜、 月曜早朝というのもあると思いますが、、、月曜日は早朝ドォーモ を撮りに早起きして地下鉄の駅に行くとナント、始発が6時28分! (LIMAで)ドイツのココの田舎ちんちん電車の始発が4時30分なのに、、、 ミラノは大都市で商工業の中心なのに意外でした。イタリア的??? ヴェネチアは、警官もぐっと少なく、景観は独特でしたが、両方に 共通なのは、鳩。写真撮影の大敵ですね、多分。明日現像に出す ので、結果はまだ不明ですが。ご報告まで。 (あと、飯は惨敗でした)
朝TVの『日曜討論』、途中でスイッチ替えてNHKの「チベット心の歌」観ました。 かって9万人のチベット人が10日の山道を越えインドに亡命したとか。 その亡命チベット人の子供の時代になって、インド生まれの歌姫が今、仏教伝来 の歌(ナムタル)をショトン祭で歌う話しです。 夜は先程まで、今度はNHKスペシャル「消えた国宝」見てました。カブール博物館から 消えた1万にも及ぶ文化財の行方を追うもの。 破壊される運命にある祖国の文化財を 緊急避難的にスイスで救済するプロジェクト。 文化財はそれが生まれた場所に置か れるのが本来の姿なんでしょうけど、それは余裕のある者の考えですね。 チベットの歌姫が、自分達の伝統文化を失ったら『チベット人には誇るものがなくなっ てしまう』とインタビューで答えていましたが、それと同じ言葉が亡命アフガン人から 口から聞けたのがとても印象的でした。 イスラム原理主義だけが決してアフガン人の 思想哲学ではないことが救いです。 それにしても番組の最後に出た彫刻、仏陀と帰依する者達の像の何と素晴らしいことか! 国宝級との解説でしたが、そのコメントは不要でした。 『利己的な遺伝子』 残念ながら読んでいません。 ただNatureの総説で「Selfish DNA」は読んだ記憶があ ります、内容が同じかどうか知りませんが、、、 遺伝子の究極的目的が『自己増殖』にあるとすると、1つの考えでしょう、といった 印象でした。 でもこれは遺伝子中心主義時代の『古い思想』ですね(断言) (^^;) 「遺伝子」がその『乗り物』として「種・個体」を利用するのか、 あるいは 「種・個体」が『情報』として「遺伝子」を利用するのか、、、、科学的という より多分に哲学的問題だと思います。 でも、実体は『表裏一体』でしょう?! 設計図(DNA)だけでは車(種・個体)は出来ないものです。 それに設計図を持たないプリオンだって存在しますからね。 ちなみにプリオンは 狂牛病の病原体?と考えられているもの。 URL ↓ http://ss.niah.affrc.go.jp/bse/bse-s.html 戦略的見地から、予想される蛋白構造に基づき、抗ペプチド抗体を企業に依頼すること にしました。先手必勝ですね。それにしても、1検体30万以上お金がかかります(涙)
Hiroshi さん リチャード・ドーキンスの「利己的な遺伝子」は読まれました? もし読まれていたらどう思いましたか?
今週火曜日15日、今まさに私が解析している遺伝子が日本のHelix研 URL↓ から予想機能の情報を含めてヒトゲノムデーターベースに登録されました。 予想される蛋白のC末側ドメインが彼等の情報では欠けているし、予想される機能も ありきたりのものでアッと驚く(、、、と、私が勝手に信じてる。汗)機能について はもちろん記載はない。 今は遺伝子情報だけでは『特許』にならないことになっているのでまだ大丈夫だが、 reviseしている論文が通れば誰でも簡単に入手して研究できる時代。 スタート地点 は皆同じ。 急がねば〜〜〜!! なおHelix研は通産省の胆いりで民間企業10社の協力で運営される期間限定プロジェクト
ようこそおいで下さいました。 催促したようで申し訳ないです、 それと『酔鬼』を『酒鬼』と間違いまして、ますます申し訳ありません(汗) カイラス山 チベット自治政府はともかく、インド政府くらいから反対があってもよさそうなもの ですよね。 でも中国、インドとは仲が悪いからあっても無駄でしょうか? あとはスペイン隊がどう感じるかですね。 『私らカソリックで関係ない』と、気に しないか? でも、カタールニアのロマネスク聖堂を前世紀にガレキのなかから再建 した彼等ですから、信仰心に訴えるのも1つの手かもしれません。 鶴岡さんの講演 は何度か聞きました。 まさにケルト的ケルト考だったように記憶してます。(汗)
文科系の先生は授業が結構大変みたいですね。 私ら年のうち〜3カ月に集中してます。 もっとも助手の身分ということもありますが 、、、でも教授もそのようですよ(汗) <共通の常識を共有> イスラム文化圏も人も『共通の常識を共有していた』というのは、何となく納得 させられますね。 この前読んだ、塩野七生著の「海の都の物語;ヴェネチア共和 国の1千年」でも風に乗れば帆船で数日で地中海が渡れるようで、海路になると あまりの近さに驚いたものです。 『中世の旅』でもエルサレルへの巡礼の旅に 海路が使われてましたが、あれも風待ちがすべてで所要時間が決まるようでしたね。 <写本の解析技術> 遺伝子の情報はテキストベース、しかもDNAだと4個しかありませんから、写本の 解析よりはるか〜に、楽なんですね♪ 蛋白の情報もアミノ酸20個、これも非常 に進んでますから、多分写本の研究とかにも応用出来る可能性はあると思いますよ。 もっとも、ここはへんはバイオインフォマティックスとか言う分野で私にはサッパリ 判らない分野です(汗) しかし無知な我々でも様々なソフトが市販されてますし、 もっと強力なことにはNet上で殆どハード・ソフトともに提供されていて、誰でも スーパーコンピューターすら使えるのです! URL↓ ホントよい時代ですね。
始めまして『酔鬼』こと小関と申します。Hiroshi さんに招待されました。 始め『酔っぱらい』と言っていたんですが、中国人に酔鬼という尊称を賜り 気に入っています。 雲南美術出版社発行の写真集『東巴文化芸術』から鬼のお話。 日本の卒塔婆を短くしたような木の札(木牌図)には彩色されたユーモラスな 絵が描かれていますが、自縊鬼、情鬼、妥夢鬼(?)毒鬼、壬鬼、呆鬼、仄鬼、 風鬼などが描かれています。これらは首つり自殺、心中など異常な死に方をし た人のようです。これにトンパ文字(絵文字)で何か書かれているのですが、 これを地中にさし、弔いをするようです。墓にさしているのかと思ったのです がどうも違うようです。 これら木牌図の刺された前にコの字形、これを90度左回転して門のように配置 します。 僕はこれが異界と現世を隔て、鬼を閉じこめるものだと考えたのです。さらに 日本の鳥居の原型がここにありはしないかと、大胆に推理したのです。 鳥居は確かに門かもしれませんが、あくまでそれは異界、黄泉の国との交通が 行われるための門です。日本でも浄い場所、あるいは汚い場所を区別するため 注連縄、標縄を張ります。つまり結界、と言うのが僕の考えでした。 神社は無念の思いで死んだ人を閉じこめる場所です。たとえば素戔嗚尊を祀る 出雲大社は、勝者となった天皇家が、素戔嗚尊を閉じこめるところですし、 厳島神社は平家の怨霊を源氏が閉じこめ、鎮めるための場所だと思います。 結ぶと言う言葉にも同じような意味があると思われますがどうでしょうか。 朝日新聞によるとラインホルト・メスナーはカイラス山には登っていないとの こと、みなさん中国政府のスペイン対へのカイラス登頂許可に反対しませんか。 http://www.asahi.com/international/update/0517/007.html カイラス山はヒンドゥ、チベット仏教の聖地です。結界が張り巡らされている 山なんですから。これが言いたいための鬼の話です。『立ち小便考』も周り くどい。 ケルトには多少興味があります。鶴岡真弓さんがNHKでの人間大学?最後 の講義で萌葱色の和服で出演していたのが印象的でした。
# せっかく書いたのに、誤って消してしまった。(;_;) # やっと書き直したら、つながらなかった。(^^;; 週末はネット授業ならぬリアル授業の準備に追われてまして。(^^ゞ > たゆさん、Hiroshiさん おそらく中世中期や後期になると話も違ってくるかもしれませんが、 通常、我々が「古典ラテン」で意味するような紀元前後のラテン韻散文 に関しては、先に述べたような事情があてはまるのではないでしょうか。 で、その理由となりますと、単に素人の憶測ではありますが、国力で はギリシャを征服したローマ人も文化面ではギリシャに征服されたと言 われており、ローマ人はギリシャ文化に劣等感を、ギリシャ人は自文化 に強い自負を持ちつづけたそうです。ですから、イスラム文化圏の人た ちもそういう常識を共有していたから、かも。 あるいは単に、政治的・経済的理由でギリシャ地域から東ローマ、イ スラム地域へと流れていった知識人(と書籍)が、たまたま多く、ギリ シャ文化圏のものだったから、というだけかもしれませんけれども。 >Hiroshiさん、iidaさん 写本系統の研究を遺伝子解析技術を用いて、というのは初耳です。言 われてみればなるほど、おもしろい応用方法ですね。 パリンセプトの下に書かれてあったアルキメデス『方法』を、最先端 の光学技術を使って校訂しなおすというプロジェクトについては読んだ ことがあったのですが。
それ故に、どの写本が一番原典に近いかが明らかになるわけです。 例えば10世紀に書かれ、秘蔵された写本が17世紀に発見され写本されたとして、 12世紀に書かれたものより原典に近いことが判明するわけです。写本自体の古い、 新しいだけに頼っていてはこのようなことは判りません。 また原典1つからすべてが由来しているのか、複数の原典があり、それが散らばっ ていったのかも判るはずです。 確かあのNatureの論文でも今まであまり注目され ていなかった写本群が、原典に近いところから枝わかれした写本群であることを明 らかにした、というものだったと記憶していますが、、、? 上半身だけのトレーニングてあんまりないもんですね。 結構、脚を踏ん張るもの が多くてジムで鍛えようとしてもなかなかです。 脚はパンパンに張れてジーパン 履くのが辛いです(涙) 忙しすぎると風邪ぶり返しますよ御用心 >Iidaさん <アルゼンチンでも口蹄疫発生!> http://news.yahoo.co.jp/headlines/reu/010517/int/12501101_japan_38719_1.html 香港ではまたあの鳥インフルエンザH5N1大発生の前兆? 97年の悪夢再来? 、、、結局、人に感染するかどうかの真偽はウヤムヤのままだったな(朝日朝刊) 最近、今まであまり注目されなかった病気が突然猛威をふるいはじめたような気 がします。 まさか、こんなことはないでしょうね?! Nature誌、ゲノム研究「生物兵器」の危険性増すと警告 URL ↓
のその論文はさすがに文献データベースにはくわえていないのと 手持ちのファイルをひっくりかえしたのですがでてきませんでした。 時間と写本の書き写しの回数の対比で解釈はずれてくる 可能性がありますね。 しかしそういうことしてもらえる幸運な写本はまだまだ というところでしょうか。 今日の引用: フーコー:哲学の問いとは「我々自身であるこの現在」についての問いなの です。だからこそ、哲学は今日、完全に政治的であり、完全に歴史学的であ るわけです。哲学とは、歴史に内在する政治であり、政治に不可欠の歴史学 なのです。
下の計算で、横軸は複製『回数』で、『時間』ではありません。 写本だって 秘蔵されたまま数百年間写本がなされなかった場合もあるかもしれませんからね。 ですからこの場合、写本の古さと対応するわけではありません。 念のため。
ラテン語やアラビア語に詳しい方が、、、いやラテン語の先生でした(大汗) がおられるとこの場もちょっとましな議論が出来るかと? あと仏教の専門家 が混じられると言うことはないんですが、、、 ね! 酒鬼さま。 URL↓ 写本の系統樹解析 たゆ様。 情報有難うございました。 Iidaさんに記録がなければ、ちょっと 調べてみたいです。 写本の系統樹解析と言ったって、原理はいたって簡単で、(遺伝子やっていれば ですが、、、汗) 遺伝子は複製するごとに間違い起こりますよね(これを我々 は難しく『突然変異』と申します) 写本も間違いが起こるとすると、その間違いを『意図的でない』と仮定して、 (ここが、問題かも?) 複製回数を横軸に変化の大きさを縦軸にとれば、 ほぼ直線になるわけです。 、、、かなり大ざっぱな説明ですが(汗) もちろん、間違いにも色々あり、たった1個の文字の間違いや、1ページ分が抜け たりする大幅な間違いも1回としなければなりませんが、これは突然変異の研究が 進んでいますのでその積み重ねが利用できます。 はい、これが私の専門です (^^;) 『中世ヨーロッパ文化史』 ラテン古典文化の保存に関する私の間違いは、ぼかーりすさんに指摘を受けた通り ですが、それにしてもこの本に対する私の評価は変わっていません。 特に第一次 十字軍を『偉業』と呼び、それを教皇ウルバヌス2世を『偉大』と形容する p173 著者の態度には?を感じます。 現代の法皇だってギリシャ正教界やイスラム教界 に十字軍の謝罪をする時代なのですから、、 私は歴史上の人物を現代の倫理観で批判するのは時代錯誤だと思いますが、同時代 に生きるものとしてこの著者の世界観は受け入れ難いというのが正直な感想です。
こんばんわぁ〜。 うーむ、ラテン文化軽視説は、意外な盲点ですね。 ギリシャ語から翻訳をした際に、当時の先進技術に 合わせて、用語を逐一整えていったのは現代のアラビア語と 同様ですが、はて。喧嘩していたから訳すに足らないと 思ったのか、翻訳はしていたけれども現在までの 研究が進んでいないのか、どちらでしょう(汗) イスラム文化についてのラテン語資料は存在するのですよ。 私の調べが追いついていないだけだったりすると(大汗) うーん、派遣登録&オークションに忙しくてまだ 大学にも行ってみてないですし。 ところで、Nature Science Updateはこのページですが、 http://helix.nature.com/nsu/ 今、(0:52)サーバダウンで見られません。 ページ変わったりはしていないと思うのですが... 系統樹、遺伝子解析その他の英語表現が 私には分からないのでリンクだけのお知らせですが(^^; 過去の雑誌の検索がかけられるかもしれません。
何か授業をタダで受けさせて貰っているようで、すいませんね〜 (^^;) 成る程、そういうことでしたか。 本だけだと一方通行で、誤った理解も 起こりうるということですね。 講義てこの相互作用が大切なんですよね。 それにしても当時、地中海対岸のイスラム圏の人はギリシャ文化は受け 入れても、ラテン文化は毛嫌いしたのでしょうか。 やはり植民地とかの 形で直接悪い記憶があるローマの文化と、遠い存在? であったギリシャ の文化とでは扱いが違っていたとか? (^^;) 確かイスラム関連で読んだ本にもモスレムにとってアラビア語は特別な 意味があったとか、アラビア語の旋律の中でしか伝わらない信仰のエッ センスモあるとか、、、 だから「ラテン語なんて!」て、とこかな? ところで、以前この掲示板で話題になったのですが、Natureでカンタベリー 物語の写本の系統樹解析が遺伝子研究の手法を用いて報告されていました。 ご存じですか? >Iidaさん Natureの論文の巻ページ数とか覚えてます? オリジナルの書き込みは残念ながらバックログとして残されていませんが、 関連書き込みは以下の通りです。 URL ↓ 1999/6/24 書き込み分 http://home.fwi.ne.jp/~arts/bbs/rbbs_1999_06.html URL ↓ 2000/1/13書き込み分
歴史は専門ではないのですけど、、、と言って逃げたいところですけど、と もかく知っている限りでお応えしますと。 ラテン古典のテキストは実際、多く散逸していると思います。ローマ古典の 教育においてキケロでさえ多く失われてます。もしカロリング・ルネサンス が起こらずにラテン古典の保存努力がなされてなかったら、きっと今ごろ もっとお寒い状況だったのではないでしょうか。 それに写本の数自体も絶対数が少なかったのでは?校訂版の資料としてつ いている写本系統図をみてもらえばわかりますが、かなり有名な著作でも写 本系統が三桁に登ることはまれです。キケロなどでも一桁。つまり、古典作 品と言ったってたくさん読まれ、たくさん写されたってわけではないという ことでしょう。 地中海文化圏と言ったって、そういう文化の一体性があったのは紀元前後 くらいでしょう。件のアウグスティヌスにしてもギリシャ語はもうあんまり 読めなかったそうですし。彼の故郷はローマの属州だったので、ラテン語は むしろネイティブですけれども。西方ではローマ滅亡後、ギリシャ語の素養 は皆無となっていきます。東方でも同じで、それこそラテン語国家であるロ ーマの覇権が強かった頃は、ギリシャ語文化圏の人でもラテン語の素養はあ ったかもしれませんが、東西に別れてしまえばラテン語を使う必要はないわ けでして。東方教会の中では一時期(確か5世紀ころだったか)ラテン語も 公用語として使うべしという決まりがあったそうですが、1〜2世紀もたて ばすっかり忘れ去られてしまったそうで。ましてそういう宗教上のつながり さえもないイスラム文化圏の人にラテン語文化の伝統を取り入れる必要性が あるでしょうか?周知の通り、ギリシャ哲学のすぐれた註解書は残されてい るのでギリシャ古典は研究したんでしょうけれども。 いやそもそも、ウェルギリウスやオウィディウスの影響を受けた アラビ ア文学って聞いたことありますか?あるいは、ルネッサンスの人文主義者が アラブ地域の図書館でローマ期の写本を見つけてきたなんて話をきいたこと がありますか?少なくとも私は聞いたことがないんですけど。(^^;
これで一安心。 画像もデジタル化しろ、とのことだったので、Mac DrawProの ファイルをPhotoshop 6.0に取り込んで無事TIFFに変換できました。オリジナルの 画像データーはPhotoshopなので、これからはすべてPhotoshop上で済ませた方が よさそうですね。 メデアはMO駄目でZip。 MOは国際標準ではないですね。 これも今後Zipに統一で決まりですか? 一人のレフリーが厳しく指摘してきた、一般通念とは異なる実験結果は、批判を 逆手に取って『新しい知見』という形で提示することにしました。 ここら辺は 流石に恩師ですな! 歳の功(大汗) 結局、文献を1つ付け加えただけで内容 は殆ど変えず、批判にたいする説明で切り抜けようと思っています。 ゆっくりする間もなく、早速恩師から次の仕事の戦略的方針を巡って電話。 手順を踏んで研究進めるよりも『予断!』に基き(大腸菌とヒトで保存された 構造を元に)ペプチドを合成し(←企業に注文)これを元に抗体を作成(←これも 企業に注文)、これを使って直接 AD患者の標本を調べてはどうか、との示唆。 、、、しばしば研究は地道に進めるより、山師的にすることも必要ですね (^^;)
ラテン文化圏はむしろ地中海文化圏といってもいいくらいですよね。 あのアウグスティヌスだって北アフリカの人だし、、、 とすれば、地中海の対岸 に位置したアラブ圏がラテンの古典文化を完全に無視出来たものなのでしょうか?
そういうわけですか。 専門の方に逐一説明して貰えると流石に納得しますね! しかし、それならば別の疑問が出てきました。『ヨーロッパの知的覚醒』によれば、 各修道院が保有していた書籍は平均200-300冊であったいいます。 URL↓ 11/12 b?クか数百冊の写本しか持たないような修道院が 膨大なラテンの古典作品を十分 収めらるとはとうてい思えません。それはどのように解釈すればよいのでしょうか? そもそもラテンの古典作品の数というのは現代人が考えるほど数が多くはなかったのか? それとも写本というのは百科事典ほど分量があったのか?、、、でも私がみたリンデス ファーン(ケルト系写本)の写本(ファクシミリ)は分厚い割には内容はわずか だったような気がします、、、
もう、一週間前の記事にレスします。(^^; 読んでない本なのでコメントして いいものか迷っていたもので。 素朴に、中世の東欧やアラブの文化圏へ流れていった写本はギリシャ語の ものがほとんどだから「ラテンの古典作品」の保存はやはり西欧ラテン世界 においてのみだったと言って間違いではないと思います。 中世初期のラテン世界において、俗権の公式文書を作成していたのもカト リックの聖職者だったし、ケルト伝承のような非キリスト教系の口承文化を 文字に書き残してくれたのも聖職者だったし、12世紀後半以降、ギリシャ語 やアラビア語の文献をラテン語に翻訳したのも聖職者だったし。 おそらく私が思うに、この本が西欧&ローマ・カトリック中心なのは、 著者がそういう文化圏の人だからでしょう、西欧諸国が先進国だからでは なくて。アラブ文化圏の人や東欧文化圏の人が中世文化史を書けば、そち らの文化動向が中心に論じられるでしょう。それだけのことだと思います。 しかし、どの文化圏とも違う日本人の学者が先進国である西欧文化圏の 言い分だけをうのみにして、それこそが「世界史」だと勘違いしてしまっ ていたなら、Hiroshiさんによる批判がちょうどそのままあてはまると思 いますけれども。
はじめまして、今後ともよろしく! 添付書類、RTFにしてるのですが、Wordのverが違うとページ数とか行が変わって しまって大混乱。 どうしたらよいのでしょうかね? 今回はとりあえず最終版 はFAXしました。(汗)いい知恵あれば何方か教えてください。 それにしても、 MS Wordは嫌いですが、世界標準になってしまっているので仕方ありません。 投稿早く終わらせたいです。 脚はよくありませんね。 でもとりあえず今日からジムで上半身だけでも鍛える つもり。 一度足が遠ざかると坂道を転がるようで心配だから、、、、(汗)
rinda様 どうぞ写真お使いください。 うまく写真とれてるわけでもないのに恐縮です。 Hiroshi様 足大丈夫ですか? 今日はこれから日帰り大阪出張です。
始めまして ここはたくさん教会などの写真がいっぱいあるので イラストの背景を書くのに参考になります これからも更新頑張ってください。 あと、リンクも張らせて頂きました それでは
そう言えば、昨日福岡のアジア美術館で開かれているチベット仏教美術展に行って きました。 そこで、チベット美術の専門家から1時間半くらいタンカの前で講演 を受けました。(チベット・タンカというのは掛軸タイプの仏画です URL↓) 面白い試みですね。 でも人数が多くてタンカをよく見れなかった、、、 とにかく1枚のタンカに描かれる仏様の絵が多くて、とても1時間くらいの間には 理解できるものではなかったです。でもキリスト教とかの唯一神とは違うから当然か。 沢山の人物像の中から、仏を見分けるのは簡単、後光があるかどうかできまります。 そう言えば、聖マルガリータも殉教してから光輪つけましたね。1999/6/21-22書き込み分 http://home.fwi.ne.jp/~arts/bbs/rbbs_1999_06.html 成果の1つとして16世紀を境にしてタンカの様式に変化が出てくる。 それは それまで仏様の配置が図像の中で方形の枠の中に正確に配置されていたのが、 自由に鳥瞰図風に描かれるようになること。 仏画なのできっとこれは何らかの 宗教思想上の転機があったに違いないと思えましたが、予定が詰まっていたので、 講演途中で抜けて残念でした。 普通ならば必ず質問したでしょうが、、、 それと、スポーツクラブに行けないと日曜、暇をもてあますことが判りました(涙)
エアロビ中やっちゃいました。 パキンとか音がしたような感じで、そのあと激痛。 すぐ氷嚢で数時間冷却して、応急処置しましたが、暫く完治には時間かかりそうです。 今、脚が内出血してかなり張れて、一部紫色になっています。 歩くのが苦痛ですし、階段困りますね〜 ラテンダンスの練習が6月からはじまるので、それに間に合う といいのですが。 、、、もっとも、氷嚢で冷やしながら、その後のスポーツクラブの飲み会(名目は お誕生パーティー)に出席しました(汗) たゆさんの本名て その手の諜報活動と関係ある名前なんでしょうか?(笑) ところで、私がインターネットにはじめて接した時は(93 or 94 年)ネット上では 郵便同様に本名を使うのが当り前のように思っていました。 Hiroshiというのも 当時メール相手がアメリカ人だけだったので当然そうなっただけ。 今は色々問題 も起こるとか聞きますが、さしあたり実害はないので無視してます。 でも、毎日 ジャンクメール(すべて英語圏からのもの)が入るのは困りますね〜 今日3ヶ入 ってました。 内容は如何の通り。↓ 皆さんのところは如何がですか? Subject: Earn $500 per month working from Home Subject: Low price inkjet cartridges -thoefn Subject: MAY MADNESS イスラエルに留学 した知人から今朝メールがきてました。 毎日、新聞を開けると犠牲者の名前が出て いるのがやりきれないそうです。 本人は安全地帯に間借りしているとか。
DNAについては実際に関わっていないので、 この先どうなるんだろうとニュースを追うだけで 済ませられますが、毎日新聞サイトに昨日載っていた 某通信傍受網事件。別のサイトによると、 ふるいに残されるキーワードには、何故か 私の本名の名字が混ざっているんですよ。 そーゆーのはや〜め〜て〜(苦笑) 気分です。
朝からいまの今までDNA配列の生データを見てました、流石に疲れますね。 目の使いすぎで途中、吐き気までしてきました。 今日はエアロでストレス 解消が必要です。 、、、こんなことしなくても、セルラーとかから修正済 みのデーター買えばいいのでしょうが、とても手が届きません(涙) 成果はありました。 数ヵ所データーベースとの違いが見つかり、その中に 極めて重要な差異が出てきて(データーベースの間違いか?)、それを修正 したうえで蛋白に翻訳したところ、ますます大腸菌の蛋白の構造に似てきま した。 もう間違いなさそうです(嬉) ところで、昨日のDNAスパイ事件ですが、これまでアメリカは遺伝子『断片』 しか売ってなかったわけですが、理研はこの夏にも完全な形での遺伝子を売り に出す予定になっていました。 、、、もしかするとアメリカは、スパイ事件 は表向きで、これをきっかけに日本潰しを画策しているのかも? 半導体の次はバイオ戦ですか?
あいかわらずすごい読書量ですね。 たしかにいくつかの独立したことがらがまとまっていくと 全体像がつかめてきますよね。 昨日NHKスペイン語講座みてましたら キューバとペルーにフォーカスがあてていて ペルーでのアフリカ系の人々を紹介していました。 16世紀に奴隷としてつれてこられたそうです。 そのころアフリカ系の人々がもってきた音楽やおどりと 現地のそれらが混合してできた踊りなども紹介されていて、 悲しい記憶とともにしたたかな人々 没落してしまったスペイン貴族、征服された現地人と、 さまざまな歴史の交差路をみて、ある種の感動、 ヨーロッパから目をはなしても、過去のヨーロッパの 影響の大きさというのでしょうか、なにか もっといろいろ勉強がたりないなあ、という感じです。 言葉足らずですいません。
『中世ヨーロッパ文化史』はいろいろな箇所で反発を覚える所もあったのですが、 反面得るところも多かったような気がします。 例えるならば、これまで横糸が それぞれ独立して走っていたのに、縦糸がそれに絡み合ったという感じでしょうか。 、、、まだ前半1/4を読み上げただけですが(汗) 以前『ヨーロッパの知的覚醒』で出てきたアルクイン(AD730-804) http://home.fwi.ne.jp/~arts/bbs/rbbs_2000_1115.html ( 11/12 書き込み分)と、 『中世の旅』で出てきた伝道士ボニファティウス(AD675-754) (4/4書き込み)URL↓ が同時代の人物であるのみならず、同じ系譜の中に生きた人たちであり、それ故に 彼等のアイルランド修道会的行動力(冒険?)とラテン古典文化の再興といった、 一見不釣り合いな事業が同一人物によってなされたということが、しっくりおさまり ました。 こうやって色々な縦糸、横糸が段々と絡み合って、全体像がおぼろげながらも掴めて くる、という雰囲気がトテモ、トテモ好きです♪
アメリカ司法当局から逮捕状が出ている理研の人は今年から同じ研究グループ になるはずの人 http://www.md.tsukuba.ac.jp/public/basic-med/molneurobiol/brain/toha.html http://www.md.tsukuba.ac.jp/public/basic-med/molneurobiol/brain/meibo_a03.html 20年前の日立スパイ事件では半導体でしたが、今はアルツハイマーですか? 大変な世界に入ってしまったみたい。 (^^;)
で著者は西欧の修道制が古代文明の衰退から12世紀の大学の発生までほとんど 唯一の文化組織であるとし、チベットや中国の修道制の例を並記しながらもこれら は『世界史の動向には殆ど影響を与えなかった』p43 と断言している一方で、 『・・・ローマ帝国の教育機関は、蛮族の侵入によって壊滅するか、ラテン世界 の衰えつつあった都市文化とともに衰微し、消滅してしまった。古典文化の伝統 や古典作家の著作、つまり「ラテンの古典作品」が保存されていたのはもっぱら 教会においてであり、特に修道士たちによってであった・・・』p44 と書き、 この章の最後に至るまで一切アラブ世界における古典文化の保存とロマネスク期 における逆輸入については記載がありません。しかし、これは明らかにフェアー ではないですよね。 例えば10世紀のアブドウル.ラフマン3世(在位929〜961)のとき、コルドバの 王室図書館の蔵書数は40〜60万冊と云います。 それに比べ、西欧中世最大の 図書館をもつフルダ修道院ですら蔵書数はわずか1000冊。 一般的な修道院で はせいぜい200〜300冊といいます。 URL↓ 11/12 果たして数百冊程度の 蔵書しかない修道院が古典文化の保存の主役となりえたでしょうか? その数千倍 の蔵書をもつアラブ世界こそ古典文化の保存に貢献したと考えるのが普通でしょう? もし現代のイスラム世界が先進諸国に属していたならこれらのことは当然最重要視 されているはずです(断言)。 阿部先生がどこかで述べられていたように、歴史も 現代に生きている我々という主体を通してしか存在しえないということなんでしょう。 それにしても、これだけ批判の対象となりうる書物は他にありませんでしたね。 撃沈されるどころか、ますます目が冴えてきました。 これは本当です。 revise完了。 先ほど添付書類にて恩師に発送。ちょっと小休止出来ますかね? レフリーの指示通り調べてみたら文献ゾクゾク。出来たら加えずに済ませたいですけど(汗)
医師国家試験が終わって発表までの期間、ほぼイタリア全土を1月かけて 廻ったという学生と先日モツ鍋食べながら、話しをしたところ。 確かに スリ、置引きの類は多いようで何度もやられそうになり、また何度か実際 にやられたそうです。 彼が言うに特に子供の集団が注意とのこと。 禿鷹のように群がって気を とられている間にやられるそうです。でも軽犯罪で恐ろしくはないとか。 御用心>Oimoさん 虫歯は怖いですけど、チョコレートも食べてみたい、、、みたいな (笑) いずれにせよ、今日は幸いなことに国家の思惑と離れたところで情報は色々 入ってくる時代ですからね。 教科書の問題はあまり心配してません。 私の知る中国の歴史教科書(逆の意味で目を覆いたくなる<これマジ)で育 った友人も日本大好き人間で、彼は日本の歌謡曲を私以上に歌えていましたし、 韓国の美人大学院生からのメールを携帯で受けている時代ですから(汗)
更新しました。 インデックスつけるにあたり内容をふりかえると さまざまな内容が議論されていて、一人ではとてもとても。 これは本当にみなさまのおかげです。 ありがとうございます。
歴史教育が生まれが卑しいというのは、なかなか良い表現ですね。 ただ、検閲を廃すると甘美なものしか食べなくなって虫歯が恐い ですが。特に判断基準をこれから作る生徒が読むものは「良識」 による先導が必要かと。 ミラノ:なんか、やばそうですね。今回は全財産を背負って行く 予定なのですが(カメラを3台ほど、ささやかな全財産ですが) ちょっとビビッてきました。フィレンツェはそう恐そうでも なかったと感じているので、あの程度なら問題は無いと思い ますが、、、