ロマネスクBBSバックログのインデックスページへもどるロマネスクBBSへ


暖かい? 投稿者:oimo  投稿日:12月06日(水)07時59分04秒

今年の冬は今のところ超暖冬です。多分、氷点下になってないかも?
パリは最高気温14度ぐらい?天気予報を信じて軽い服装で行って大正解でした。
買出しはCDとDVD。fnac安いですよ〜
そろそろ寝ようと思っています。


薔薇の名前は映画から 投稿者:Hiroshi  投稿日:12月06日(水)07時37分34秒

入ったし、その印象が強烈だったので、小説も読んだけどそれほど深読みは
できてませんでした(汗)
買いだし寒かったでしょう? >oimoさん
アジール
「道、川、橋」の章の最後のところでは阿部先生お得意のアジールがまた出て
きました。 「川」は人の世界同士を結び付ける異界という設定ですね。
したがって、橋や渡し船はアジールということになります。 ただし「渡し船」
のアジール性には異論もあるようですね、むしろ公的機関として、<その領域
内での平和>という観点からもさまざまな事柄を説明できるようです。


 投稿者:oimo  投稿日:12月06日(水)03時16分11秒

買出しから戻ってきたのですが、書くネタがありません(汗)
本屋に、France Romanes et Gothiquesて本が山積みに
なってました。(350FF)結構手に取る人が多かったような.....


薔薇の名前 投稿者:iida  投稿日:12月05日(火)21時55分11秒

ってやはり文学作品ですね、っていいたいのは
歴史小説とかそういうつもりではなくて文学的手法自体への
言及もあるし、プロローグでは、プラハとか
ウィーンとか情事っぽいかきかたをぼかして書いて
ミランクンデラをおもいだしてしまったり、
まだちょっとしか読んでないけど先が楽しみ。
時代背景は14世紀のフランチェスコ修道会なのでちょっと
興味からはずれるけど、「11、12世紀の文体」で書かれた
ものからのイタリア語翻訳(の日本語翻訳)が
記号論者によって書かれたってのが面白いシチュエーション。
きっと読むのに2年くらいはかかりそうですのでゆっくり読んでいきます。
論文はまだださずに手でさすって覚悟を決めています。
どうかレフェリーに気に入られますように。


論文書きは中断中 投稿者:Hiroshi  投稿日:12月05日(火)14時46分22秒

私の方、今年中にとの目標とは裏腹に、新たな実験を始めたので目下中断中。
昨日久しぶり恩師に会ったら「こちらでも書き始めておくから」と!(汗)
ちょっと、ちょっと、To whom correspondence --- は私ですよ。 
先に書かないで、、、とは、流石に言えませぬ(涙) 
実験やり始めたら熱中してしまい、戦略的思考が停止して、周りに諭される
まで泥沼に落ち込む悪い癖があるので、用心、用心(汗)
今まで、エアロビクスのクラスは一日1本にしていたのですが、この頃つい
2本受けてしまうことが多い。 それで翌朝、むこうづねに鈍痛を感じる
ことがあります。 その時は「暫く休まねば」と思うのですが、昼過ぎると
痛みが消えてしまうので、またやってしまいます。 (^^;)


鍛治屋と水車小屋番人 投稿者:Hiroshi  投稿日:12月05日(火)14時13分16秒

先日から、彼等に関する疑問がまだ解けずにいます。 
ある本では彼等は「異界との境界に住む者」として、差別されると同時に、
畏れられていたというようなことをよく聞きます。 しかし片方では、
修道院(特にシトー会)が鍛治や水車を経営していたことも云われます。 
もし、両者が真実だとするなら修道院はどのようしてにこの異界のものを
包含していたのでしょうか? それぞれの著者の間で、この問題について
議論してあるような場面にまだ巡り会っていません。ここを覗にこられる
ac.jpの方で何方かコメント貰えると嬉しいのですが、、、


 投稿者:iida  投稿日:12月04日(月)17時33分37秒

車で行くと緑はきれいで緑に囲まれていましたが、あまり森って感じはしませんでした。
駐車場のまわりは美しい水路になってました。
森のほうにあるいていける余裕はなかったので残念ですが
もし次回があればまわりもすこし歩いてみたいですね。
ところで鉄鉱石の知識は当時はどういう風につたえられたのか興味があります。
私自身が鉄鉱石を見たことないですからね。
ちかくの科学館でもいっても見ようかな(笑)
ところで先週末からず〜っと英文校閲。
もう、目がしょぼしょぼで神経が擦り切れてきました。
うまくいけば明日中に改訂原稿をおくれそうです。
今朝オフィスから催促メールがきて一気に緊張感が
たかまりました(汗)
5週間で送り返せって、5週間で共著者の了解とりながらなおせるなら
もっとはやく論文かけるって。。。。
見てもらって不明瞭な箇所はかなりなおったと思います。
なんか仕事の話ばかりになって失敬。


フォントネーへの 投稿者:Hiroshi  投稿日:12月04日(月)07時31分45秒

道が森の中を通っているというのは書物で読んでいましたが、ああやって映像で
示されると実感が出ていいですね。 鉄の加工にもきっと水車が重要な動力源に
成っていたのでしょう。 それにしても根藁というのが(聖ベルナールの臨終の
時のものが聖遺物として保存されていましたよね)実際にはきちんと編んだ藁束
だとは予想してませんでした。 藁そのままだと漠然と思っていました。こんな
ことで、また少しのイメージが変っていきますが、それもまた嬉しいこと。
スポーツクラブ仲間に昨晩の「世界遺産、フォントネー」の宣伝、i-modeで飛ばし
まくりましたけど、、、 (^^;)  誰か反応あるかな?? 
「中世の道」から「中世を旅する人々」へ
連日の酷使で脚に鈍痛を感じ始めたので、今日はトレーニングを休み、 久しぶり
に落ちついたロマネスク的日々。「中世の道」を読み上げることに集中しました。
なかなか内容豊富でしたが「十分消化出来なかった」というのが実感。 史料が多い
一方で、個々の問題は簡単に解説があるだけで、浅学の者にはちょっと大変でした。 
多分、ある程度、中世フランスの基礎知識を持った読者を対象に書かれた書物という
感じがしました。 基礎知識のない者にはかなり難しかったって感じ。
と言うわけで、同じ「中世の道」を取り扱ってある阿部勤也先生の「中世を旅する人々」
というのを借りてきました。 阿部先生の本は勿論、対象は日本人、しかもあの先生
は些細な事柄にも、西欧人を理解しようという並々ならぬ意欲が伝わってくるので私
の最も好みとするところ。副題は「ヨーロッパ庶民生活点描」。 挿し絵も豊富で、
しかも何処かで見覚えのあるもの、なかなか読みやすそう。 最初の章は「道、川、橋」


フォントネ 投稿者:iida  投稿日:12月04日(月)00時33分38秒

みました?鉄が近辺でとれるのはしらなかった。
きっと鉄が豊富にあることで石の加工とか形体も
ちがうかもしれませんね。
回廊はやはり太く感じますね。
写本も写してあって、まさに知識や技術のセンターと
して機能していることがよくかりますね。
それにしても森の中というのが映像から良く分かったと
思います。


クリスマス 投稿者:iida  投稿日:12月03日(日)00時10分54秒

家の御近所が電飾をつけて気分はクリスマスに一段と近付いた
感じです。20世紀ももう一月ないですねえ。


今日も例のように、 投稿者:Hiroshi  投稿日:12月02日(土)12時16分40秒

プログレスレポートです(涙)。 土曜にやるのは、平日だと忙しくて全員集まれないからとか、
、、、でも、この理由何かおかしいと思いません? でも、終わったら、エアロだ! 弾けるぞ! 
昨日の2本クラス受け、そのうちの1つは例のお尻の筋肉使う「筋肉アップコース」。 今日も
痛いけど止められません。 これって陰口たたかれるように中毒(合法的ね!)でしょうか?
そんなわけで、「聖なる空間をめぐる」は開いたまま曝睡の口、いかん、いかん。 それと、中庭
の銀杏ようやく黄葉しました。 でもちょっと汚い紅葉です。 ずいぶん外の銀杏から遅れました。


「中世の道」の前編 投稿者:Hiroshi  投稿日:11月30日(木)08時15分27秒

の後半部分は都市そのものや、道路標識とかについての記載があり、私自身はやや退屈な章が
続いてました。 でも実際に住んでいるoimoさんとか、長く住んだことのあるCharlieさんと
かには興味深いものではないかと思います。特に道路標識とか、Oimoさん興味があるのでは? 
後編は「街路に生きる人々」
という副題がついているように、人そのものについての記載で非常に興味がもてます。 特に、
今日から読み始める、6章の「疎外者の領分」という章では、犯罪者や貧民、ユダヤ人の章で、
以前から、中世のアウトサイダーに興味を持つ私にとっては<待ってました>の章。楽しみです。
<サガ・エッダの世界から学ぶもの>
法治社会の成立は、私的怨念を個人、あるいは血族レベルから、公的権力によって恨みを晴らす
仕組としての意味もあったのではないでしょうか? 今回の少年法改正の議論では、少年犯罪の
抑止、あるいは犯罪者の更正、と云ったものに焦点が当たり、この根源的なものが陰に隠されて
いるような気がします。 、、、少し過激な意見かな?
<追加実験>
はなかなか難しいことが判りました。 しかし、要約には既に予想結果を記入済み  (^^;)
これがあると無いのでは論文の価値が違いますからね。 ふ〜、大変だ! 何れにしても
今年中にはメドをつけるつもり。 駄目だったら、要約から外せばいいこと(アッサリ)


身体的なものへの禁忌 投稿者:Hiroshi  投稿日:11月28日(火)12時22分11秒

西欧中世、都市の道路状況が関心を集めるのは早いところでは13世紀。 14、5世紀に
さらに高まるそうです。 これは放置できないほど酷い状況になったのが原因。 もちろん、
その後改善されたというわけではありません。 15世紀に私設トイレや公共トイレが都市
にでき始めるそうですが、それまでは、、、ご想像にお任せします。 今でも犬の糞が・・・
ちなみに、以前ここで話題にした下肥(フランドル風肥料)の件ですが、パリでも15世紀頃
から野菜肥料に使われたとの記録あるそうです。 でも肥料が目的というより、衛生観念が主
な目的みたい。 やはり一般的ではなさそうですね。 この点日本の中世は進んでますよね。 
やはり西欧では身体的なものへの禁忌の念があるのでしょうか? 
「・・・パリでは、多くの場合ブリターニュ人の専従の<汲み取り人>が私設便所の汲み取り
に定期的に巡回した。それは野菜畑へ肥料として散布され、あるいは<小さな跳開橋>の中に
流されて、より好ましい解決策となった」 中世の道; p108-9


次回の『世界遺産』は見逃せません 投稿者:Hiroshi  投稿日:11月28日(火)08時05分10秒

>知ってから感動できるタイプ
これは私もいえるかも? 意識が既にそれに向かって準備されている場合でないと私の場合
感動は少ないみたいです。 多分「鏡」ではなく「共鳴箱」みたいなものなんでしょうね。
>Hiroshiさんの紹介してくださった本にはもうでてそうですね
あれには出てませんが、「エンドルフィイン」だったでしょうか? そういう題名の本には
詳しく紹介されてました。 詳細は以下のURLで。 エアロビクスで脳内物質を徹底的に測
ったデータは個人的には大変興味あります。(爆) いつも、「ランニングハイ」ならぬ
「リーガルアディクション」と云われてますから。 でもまさに、あれは完全に合法的なん
ですよね、(キッパリ、 汗)
フジモリ氏は、2期で辞めておけば歴史に輝かしい名前を残せたでしょうに。それにしても
彼女がフジモリ氏を匿っていたとは驚き。
<雪かき>
情報有難うございました。 となると、やはり西欧中世時代からの習慣でしょうか?
日本じゃ自宅前の雪かきの義務はともかく、 怪我したとき個人に賠償が請求されるとか
あまり聞いたことがないのですけど? 日本だったらやはり自治体でしょうね。

http://www.fsg.pref.fukuoka.jp/data/Tosyo_Search.asp


雪かき、芸術 投稿者:oimo  投稿日:11月28日(火)01時07分00秒

ドイツで雪かきは義務でしょう。雪かきもそうですが、
古い街ではベランダに花を飾らないと近隣から苦情が
くるそうです。
「芸術」作品の楽しみかたですが、僕はCharlieさん型かな?
「単なる鑑賞」からスタートしますが、色々調べたくなりますよね。
でも鑑賞している時はあんまり気にしていないかもしれません。
今週末はちょっとパリに買い出しに行く予定です。ここからだと
ベルリンよりパリの方がよっぽど近いので。手軽に「芸術」を鑑賞
することの可否は、「芸術」というものの受け止め方にかなり影響を
及ぼすかもしれません。


世界遺産 投稿者:iida  投稿日:11月27日(月)21時21分06秒

TBS『世界遺産』の「フォントネーのシトー会修道院」
放映は12月3日の日曜日の夜11時30分。
とある方からお知らせをいただきましたのでみなさんまもどうぞ。
私はビデオをとらないとわすれますからね。
>日本に来て辞任などして欲しくなかった、
まったく同感。


芸術作品は芸術家あるいは批評家 投稿者:Charlie  投稿日:11月27日(月)20時19分05秒

とみとめられている人に受け入れられたら
芸術として認められると考えています。
っていうのには基本的に同意見です。
下の文を書くときに結局書かなかったんですが、
鑑賞者がそれと認めて芸術作品になると思います。
ただボクとしてはそれが芸術家あるいは批評家とみとめられている人である必要はなく、
各それぞれの鑑賞者でいいと思います。
ちなみに4分33秒って、273秒だって御存知でしたか?


フジモリ氏 投稿者:Charlie  投稿日:11月27日(月)20時08分34秒

が帰るべきか、というより、
最初からこのような形で日本に来て辞任などして欲しくなかった、
って感じです。


芸術作品として制作されたものとを別つもの 投稿者:iida  投稿日:11月27日(月)19時01分57秒

この議論について続けていくのがいいかどうか、管理人としては心配ですが、
話題を続けてしまいます。
結論を出したいわけではないので、いくつかエピソードを書くことにします。
ジョンケージ
は音楽家ですが、チャンスオペレーションはじめ作曲家というより発明家ですね。
彼はインタビューのさなか、ピーナッツの殻をぱりぱりならして、
とても美しい音だ、ミュージックだと、いったとか。
彼の超有名作品は4分33秒。これは演奏をやめる、と書かれた三楽章の
音楽です。会場の椅子の音とかざわめきを聞くんだとか(汗)
また、竜安寺という作品で、彼に別の音楽家が「竜安寺」という音楽は
音楽ではない、と疑問を突き付けたところ、彼は「では竜安寺の庭は庭に見えるか?」
と問いかけたそうです(爆)
さらにアンディー・ウオーホール
ニューヨークだかどこかの入り口の映像をビデオか8ミリかでだらだら
とるだけ(メカスもそういうタイプみたい)。
彼はもともと装飾家であったから限り無く芸術と装飾が近付いています。
ピカソのキュビズム
新聞の文字をよめるようにはったいくつかの作品(ブラックでしたっけ?)
読める文字は読むべきなんでしょうか???
芸術作品は芸術家あるいは批評家とみとめられている人に受け入れられたら
芸術として認められると考えています。それまではただの存在するなにかとかわらない。
どのような人にみとめられるか、どのような人に認めてもらえるかというのも
芸術家にとって大事な要素だと思います。演奏家や画家はコンクールにでますよね。
さて、では過去ときれたい前衛芸術家はどうしてきたか、というのが実は私の
興味でもあります。
筒井康隆氏が芸術作品としての小説と、大衆小説とどうわけるかって
どこかで書いてましたが、どこかでよんだなあと思うのが大衆小説。
どう評価していいかわからないのがオリジナルの芸術と
うろ覚えですが書いていました。
ジョイスとかマラルメとかでしょうか。
ベートーベンの音楽は当時うけいれられませんでした。
後期の弦楽四重奏の大フーガとか。
それで戦後前衛も、今はうけいれられないけど将来の傑作を書いているつもりだったし
そういう揶揄も当時からありましたよね。
音楽も絵画も小説も私達のなかにはすでに先入観ともいうべき文化のアーカイブが
できてしまっていて、何かに感動するという体験はあっても、決してそれはまっさらな
感動というわけではないと考えています。
バッハの音楽体験も私はいつも感動しながらもすごく気持ち悪い。
だって受難曲って壮麗なフーガでもってキリストをころせころせ!と
ユダヤ人役がうたっていたりします。
これはバッハの音楽モチーフやその書き方が後世に大きな影響を
与えリサイクルされて今の音楽に使われているから、感動できるのだと
考えています。
このようなことをなぜ考えるかというと、私自身、初めて見る作品に
感動するってことがないからで、知ってから感動できるタイプだからです。
ですから私の感動という場合、すでに様々なアイデアがまとわりついています。
野暮天なんでしょうね。ですからアドルノのバッハの作品への「バッハをまもる」
というエッセーなどはとても心につきささります。
また私達が芸術作品といっているものも当時大量に作成されたものが
ごく一部のこって(のこして)楽しんでいるものであるということです。
ほとんどはサリエリみたいに今日演奏されないですよね。
バッハでもメンデルスゾーンがみつけてこなかったら歴史にうもれたかも
しれないし、逆に必然と考えればメンデルスゾーンがみつけなくてだれかがみつけてきた
かもしれない。
化学者としては感動に際して脳内物質を徹底的にはかったデータがそろうと
いいなあと思いますが、Hiroshiさんの紹介してくださった本にはもうでてそうですね。
というわけで全然まとまらないですが、話題提供ということで書いておきます。
psフジモリ氏って帰るべきだと思いますがいかが?


芸術作品の制作 投稿者:Charlie  投稿日:11月27日(月)16時45分32秒

>分析的に見ることで新たに感動
することはあるし、
>人それぞれの接し方
があることだって当然のことだと思います。
その上で作品の制作について考えるとき、
もちろんロマネスク期の作者達に「芸術作品を作る」という意識はなかっただろうし、
逆に今日では作品の制作や呈示に様々なやり方があることも事実で、
それゆえ一律に論じることは出来ないかも知れませんが、
一般的に画家なら画家が絵を描くとき、自分の作品が鑑賞されるときに、
鑑賞者が“分析的”に鑑賞してくれることを必ずしも期待してないのではないでしょうか。
鑑賞者の立場としても、例えばCDなりコンサート会場である曲を聴くとき、
これが第一主題で、その主題がここでこう展開されて、再現されて、
などと分析的に考えながら聴いていたのでは“音楽的”感動は
どこかへ行ってしまうような気がします。
ボクが下の方で“芸術”と“もの”と言ったのは、
何かを鑑賞するときの意識の問題です。
美しい風景、それに人は感動しますが、それは“そのまま”では芸術とは呼ばれません。
たとえば抽象彫刻に接したとき我々はそれを芸術作品として鑑賞します。
でもその石の塊がその辺に転がっていたらただその横を通り過ぎてしまいます。
たまたま自然の風雨により同じような形をした石があったとしたら、
それは芸術ではないわけですが、それが美術館に展示されていれば
それを芸術作品として我々は鑑賞します。(ここでは人がその石を拾ってきて
展示したという行為については考えないことにします。)
つまり外見上同じ石の塊も「人が制作した」か「自然が作った」かで
我々の見方は異なっているわけです。「人が制作した」ことが重要なわけです。
“芸術”と“人工”について言うと、人が単に壁をペンキで塗ったとか、
封筒に表書きをして切手を貼ったとか、その結果として出来たものと
芸術作品として制作されたものとを別つものは何なのかな〜?という疑問です。
話を分析的鑑賞に少し戻してベルリオーズのことを書きます。
英国からシェークスピア劇団の来パリ公演があったときベルリオーズは
その公演を観て、英語が全くわからなかったのに感動しました。
台詞の言語的意味の理解が欠如しての感動です。
なぜそのようなことがあるかと言えば、演じている役者(演出家その他も含めて)は、
台詞の意味を理解していて、その上で身振りや表情の演技をし、
しかるべき声や言い方で台詞を言っているわけで、英語の台詞の意味そのもの以外
の部分に十分な表現が込められているからではないでしょうか?
ゴチャゴチャと長々書いてしまいましたが、芸術作品の鑑賞というのは、
「単なる鑑賞」からスタートして、最後はまた「単なる鑑賞」に
戻るべきものなのでは、とボクは感じます。
だからとい言ってボクは分析的鑑賞を否定するつもりはないし、
ボク自身もそれをやるわけだけれど、それは“批評的態度”とでも言えるものであって、
本来の“芸術作品の鑑賞”とは別だと思うのですが。


きわめて古い習慣 投稿者:Hiroshi  投稿日:11月27日(月)13時11分05秒

1428年の史料によれば、「ポアティエにおいては、いつも各人はその家に面した道の舗装費
を支払う習慣になっていた」p74 、 このことは1399年の別の史料によれば「きわめて古い
習慣である」p75。---中世の道;白水社ISBN4-560-02857-5 ;ジャン、ピエール、ルゲ著 
これを読んで、思ったのですが、アメリカでは雪かきなどの自宅の前の道路の整備は半ば義務で、
不備により歩行者が怪我をした場合など、損害賠償を請求されると聞いたことがあります。 
我々も借家前の道路の整備を少なからぬお金をかけて、業者に頼んでいたことを思い出しました。
ヨーロッパに住んだことはありませんので、ここは辺はどうなんでしょうか? 阿部謹也先生
が書かれていたように、時としてアメリカは、すでにヨーロッパが失った中世以来の習慣をまだ
守っている場合があるとのことでしたので、もしかするとこれもその1つかなと思ったりもしました。


制作者の意図 投稿者:高橋  投稿日:11月27日(月)00時46分08秒

>むしろ「分析」することによって、新たな<驚き>があり、<発見>があり、
>より深く感動できることは、私のよく経験するところです。
これは私も時々感じます.特に私の場合はとにかく制作者の意図に迫りたいと
いう気持ちが強いので,すぐにいろいろ分析したくなります.しかし時には分
析や解釈などと言う前にいきなり強烈なインパクトを与えられるということも
ありますね.こういうのは何なんだろうなと思います.
話は飛びますが,今日はフランス語検定3級を受けてきました.一応大学の第
二外国語でやっていたので本来この程度はあっさりクリアしなければならない
ところです.解答が配られるので自己採点したところ,昨年の合格基準点ピッ
タリの65点でした.基準点は毎回変わるのでヒヤヒヤものです.将来はフラン
ス語の本をある程度は読めるようになりたいものです.


それでも 投稿者:iida  投稿日:11月27日(月)00時29分48秒

ロマネスク芸術には独特の面白さが
あるから私も山本君の引き継ぎとして、
継続できるんですよね(笑)
これからも続けていきたいと思ってます。


(無題) 投稿者:Hiroshi  投稿日:11月26日(日)11時30分24秒

私がロマネスクの聖堂に心惹きつけられるのは、決して「芸術品」してでも、あるいは「もの」
としてのそれではなく、かって、その聖堂を設計し、石を積み上げていった西欧中世人を理解
したいからであり。さらに、その本当の<根っこ>にあるものは、かって私が人生の中ですれ
違った生身のひとのことを「もっとよく理解したかった」という後悔の念からかもしれません。


分析することによって、より深く感動する 投稿者:Hiroshi  投稿日:11月26日(日)10時40分52秒

最初に述べたように私自身の考え方は、作品に対する個々の接し方は(それが「芸術品」を云
われようと、単に「もの」と云われようと)個人の問題であって、どうしなければならないと
いう議論は、あまり私にとっては重要ではありません。しかし、Charlieさんが云われるように、
>「分析」する/のは“意識”のレベル/が違う
  
というのは別の意味で事実であって、むしろ「分析」することによって、新たな<驚き>があり、
<発見>があり、より深く感動できることは、私のよく経験するところです。
あのサンセルナン聖堂の風化し始めた煉瓦の一枚一枚を実際にこの手で触り、1つの柱を構成
する煉瓦の枚数を概算した時(URL↓)。 その壁を積み上げた石工なり修道士の息づかいと、
時の流れを、より深く感じることができた、というのは私にとっての紛れもない事実であり、 
そしてそのときの感動を、その方法が分析的だからと云って誰も奪うことはできないでしょう?
また、聖堂をみずからの足で周り、その歩数とそれにかかる時間を実際に計ってみることが、
かっての巡礼者の心を理解する上で何の役にもならないとは思っていません。如何でしょうか?
http://home.fwi.ne.jp/~arts/hiroshi/05_toulouse_01.html

http://home.fwi.ne.jp/~arts/hiroshi/image/image_00077.JPG


中世音楽について書いてあります 投稿者:iida  投稿日:11月25日(土)19時55分40秒

ル・トルネとクリュニー
ちょっとメモ代わりですいません。

http://www.arcmedia.co.jp/rasen/kato/hk0011.htm


高橋さんのページ 投稿者:iida  投稿日:11月25日(土)19時51分08秒

2000年のチューリッヒの写真をみていましたら
1995年に私もいったところがあってなつかしい気分でした。
高々一日しかいませんでしたが。
このときは夕方に夜行でスペインに向かったのでした。
スペインはバルセロナでガウディ!でした。
ベルンはドイツ語圏で駅をおりたときからさっぱりでした。
Charlieさん議論ありがとうございます。
 芸術とか技術とか、あいまいだったりしますよね。
職人と芸術家はどうちがうのか、ロマネスクでいったら
ロマネスクの作品は職人がつくったものだから芸術ではない?
ロマネスク芸術という概念があるのだからロマネスクには
芸術家がいたという言い方もでいます。
ロマネスク技術と技術作品があったというのもいいでしょうし、
つまりは芸術というものも歴史的、社会的概念でしょうから、
僕はいつものごとく系譜的に芸術という概念は
どのように用いられてきたか、どのように芸術という
概念をつかって言説が組み立てられてきたか、とか
のとらえかたをしていまします。
具体的にプレゼンできるまでいかないですが。
というのは抽象画とかみると、芸(修行とか努力とか)がいるとは思えないものも
いっぱいありますからね(汗)
音楽も同様といえるでしょうか。
また第一次世界大戦頃のダダとか、
第二次世界大戦でヒューマニティぼろぼろや退廃芸術とか、
芸術にとって悲惨な時期もありましたし。
いずれにせよ、芸術って言葉ってなんかエリート的な鼻持ちならない
感じもまとわりついています。
↓高橋さんのページ

http://www2.ocn.ne.jp/~jr7gdu/


>芸術作品とその価値 投稿者:Charlie  投稿日:11月25日(土)18時59分02秒

ちょっと大き過ぎるテーマなのかも知れませんが、
ボクはこの「芸術」という言葉、あるいは概念自体に疑問を感じています。
製作の立場で言えば「芸術」と「人工」とどこで区別されるのか?
鑑賞の立場では「芸術」と「もの」はどこで区別されるのか?
特に日本語の「芸術」という言葉を用いることにすごく抵抗があります。


「単純に読む」 投稿者:Charlie  投稿日:11月25日(土)18時48分16秒

という言い方が不適切だったかも知れません。
>無意識的に文学作品を脳が分析している
というのは下の書き込みをしながら考えていたことです。
だから「意識的に分析をせずに読む」と言えばよかったかもしれません。
「ただ読む」のも「分析をしながら読む」のも楽しみであることは確かなのですが、
「分析」することが楽しいのは“意識”のレベル、
あるいは作品に対するアプローチのし方が違うと思います。
美味しい料理を食べたときには「美味しい!」っていうだけで
まずはいいのではないでしょうか?
それを分析的に「----が入っている」とか、「----の料理法」だとかと考えたり、
あるいは批判的に「----店のほうが美味しい」等々というのは
別のことだと思います。


答えを求めて、 投稿者:iida  投稿日:11月25日(土)13時34分38秒

答えのない問い、なのですが、芸術作品とその価値にてういは
山本君のドキュメントを
どうよむか、どう今ならこたえるか、というのがずっと
頭にのこってて、どうも難しいです。
では、感動をどう記述するか?
という方法論は自分のホームページをつくりはじめての
課題となりました。これも右や左にいってすでに3年がたとうとしています。書くことのオリジナリティ?自分らしさ?情報量?
書くことは得意でないのでいつも四苦八苦なのです。
もうなんども引用していますが、山本君のドキュメントは↓
<<芸術作品の理解についての若干の覚え書>>
-----美術史を学ぶ者の立場から-----

http://home.fwi.ne.jp/~arts/kazuhiro/draft/51.html


>単純に読む行為 投稿者:Hiroshi  投稿日:11月25日(土)10時57分24秒

というのが実は食わせものなわけです。 というのは我々の頭は決して外界からの刺激を写す
鏡ではなくて、それを加工している場なわけです。 つまり我々は、無意識的に文学作品を
脳が分析しているのです。 これに関しては最近出た素晴しい本「脳のなかの幽霊」に詳細に
記載があります。 お勧めの1冊です。
我々がなぜ幻覚を観るのか? 柵のむこうにいる猫の写真から、それが自分の家の猫だと認識
できるのもそれによると云われています。 何故ならその写真から柵をはずすともう認識でき
ないという事実があります。 また、盲点は見えないはずなのに、白い壁のどこにも空白の場所
はありませんよね、これも脳が勝手に外界からの刺激を処理加工している証拠と云われています。
いかん、いかん仕事に戻らねば (^^;)~~~


「楽しむ」と「分析」 投稿者:Charlie  投稿日:11月25日(土)10時28分54秒

おひさしぶりです。
文学作品を読む場合を考えると、ボクの場合、
やっぱり「楽しむ」って、ただ単純に読む行為にある気がします。
作品を分析することで楽しむというのは、
「作品を分析」する楽しみであって、
「作品」を楽しむというのではないのではないでしょうか。
「分析的楽しみ」と、「ただ楽しむ」は平行的に存在すると思います。
ある作品に接して「感動」するというのは「分析」とは無関係だと思います。


楽しむということ 投稿者:Hiroshi  投稿日:11月25日(土)09時28分05秒

は鑑賞するその人、個人の問題であって、方法は個人に任せるべきことではないでしょうか?
作品を分析することで、楽しむことがあってもそれは構わない。 というか、私はそのほうが
合ってます。 人それぞれですね。
<図像学のデジタル化>
遺伝子や蛋白の構造機能のデジタル化はかなり進んでいることを、ご承知でしょうが、
今、そのゲノムプロジェクトに対応するものとして、プロテオームプロジェクトなるものが
進んでいます。 これは、すべての細胞内の蛋白を2次元に拡げて解析する方法論で、まだ
アナログ的ですが、きっと将来デジタル化される方法が開発されて、新たな解析手段を提供
してくれるでしょう。
これなどまさに図像学に応用できるものだと期待してます。 以下のサイトは大腸菌の高分子
蛋白の例です。ヒトの各種臓器細胞でも着々進みつつあります。一度ご覧あれ。

http://expasy.nhri.org.tw/ch2dothergifs/publi/ecoli-high.gif


「楽しむ」ということ 投稿者:高橋  投稿日:11月25日(土)02時25分37秒

>美術作品は美術にふれる体験を楽しむものであるから作品の徹底的
>分析が行われた後は、やはり楽しむ、というところにもどさないと、
>どうも居心地がわるいという雰囲気を美術作品の分析を読むとであいます。
「楽しむ」というのはなかなか難しい言葉ですね.作品を分析をして良く理解
しようとしている人に「本当に楽しんではいない」ということはできるのでし
ょうか.というか,そもそも「楽しむこと」は「難しい顔をしていろいろ理屈
を並べること」よりそんなに偉いのか(逆を言う人は時々いますが)という疑
問は昔から持っています.無理に楽しまなくてもいいじゃないかという発想か
らきています.ちょっとひねくれた考えでしょうか.
>CNNをインタネットでみてるとアメリカは日本をみてないということがよく
>わかりますねえ。
アメリカが日本を見ていないということは感じました.隣のカナダのことさえ
ほとんど気にしていないですね.それに対して日本は欧米やアジアをそれなり
に良く見ているように思います.でもちょっとアメリカを見すぎかもしれませ
ん.
話は変わりますが,どなたか今年の春から夏にかけて日本各地を巡回したシス
レー展を見に行かれましたか? 私はシスレーが描いた土地をわざわざ回って
きたことがあるくらい関心があるのですが,帰国直後のバタバタで情報収集に
空白ができ,見損ねました.これは痛恨でした.シスレーの回顧展はこれまで
世界で2度しか開かれていませんし(50年代スイス,80年代日本),前回が日
本だったのでノーマークでした.図録だけでも取り寄せるつもりです.


図像学のデジタル化 投稿者:Hiroshi  投稿日:11月24日(金)20時20分49秒

>図像学は博物学としての生物学にちかくて
そこなんですよね、だからなかなかアルゴリズムに載せられにくい面があるのでは?
と素人考えですが、いつも思っています。 その点分子生物学は基本的にテキスト
ベース的なので、デジタル化が比較的容易なのではないでしょうか?  しかし、
これは多分方法論が確立すればいつか可能になると信じていますが、、、?
>アメリカは日本をみてない
それは言えます、ただ基本的にアメリカには他国を見る習慣がないような気がします。
それは歴史的にも言えることですが、超大国になってから、ますますその傾向がある
ように思えます。


骸骨 投稿者:iida  投稿日:11月24日(金)18時07分14秒

 美術作品は美術にふれる体験を楽しむものであるから作品の徹底的
分析が行われた後は、やはり楽しむ、というところにもどさないと、
どうも居心地がわるいという雰囲気を美術作品の分析を読むとであいます。
「聖なる空間をめぐる」も序文にはかなりごつい総論が書いてあって、
あれを各論に広げていけばさらに専門的にできるんでしょうけど、
やはり本の性格上そちらにはしなかったのだと思います。
 この美術作品を楽しむという経験ですが、好きなら分析しなくても
楽しめる方もいますし、そういう方には分析は不粋だということだったりもします。
 物理学者のファインマンも太陽について物理学者と文学者ののべるちがいについて
議論したこともあって、やはり私は理系だという感じが気がします。
 作品をどう楽しむかというのは最後に個人が個人のありようですべきで
あって作品分析とか過去との系譜とかの分析はそれだけでよくて、印象批評はさけたいと
思います。 ですからついつい、もうすこし具体的な議論がほしかったり
するんですよね、って理系の方にはいわずもがなだとおもいます。
理系のルーツは神がつくった自然界を神の栄光をたたえるために
解明し、宗教的自然観を説明するところにあるといえるでしょうから
理系の芸術作品鑑賞も徹底的に分析して骸骨にするというすりこみが
はたらくのでしょうか(笑)
アナロジカルには芸術作品の遺伝子みたいなものがみつかると
いいですよね。彫刻作品の外面だけの近親性を議論する図像学は
博物学としての生物学にちかくて分子生物学に
対応するなんとか図像学を提案できないか(汗)
いやしかし、安定政権を維持できた小淵さんは結構よい首相だったのでは
ないかと思ってます。はでなことはできなかったし、景気は低迷したまま
でしたが、いまだに経済も政治もだれも解決できてないですしね。
野党がひきうけたらまた数年前みたいになるのがおちじゃないか?ってのは
私が保守的すぎ?
もう一つ、CNNをインタネットでみてるとアメリカは日本をみてないということが
よくわかりますねえ。


「中世の道」 投稿者:Hiroshi  投稿日:11月24日(金)08時03分26秒

「聖なる空間をめぐる」は眺めるのにいい本で、建築や美術的なことがら
を聞いて楽しむにはいい本すが、読み解くというものではないのでその点
確かに少し不満ですね。 これは寝床用にキープしといて、
昨日から「中世の道」という新たな本に挑戦しはじめました。 この本は
文字どおり「道」についての専門書、いま2章の「中世の不潔」に入った
ばかりですが、かなり面白いです。 タオルの下に隠れていたのがこれ。
ミサに出席する聖ルイが頭から便器の汚水を浴びたという逸話は想像する
と楽しいですね(爆)
足の調子は問題なし、やっぱり、もう1本やりたかった!! エアロ系で
2月のエアロマラソン(3時間耐久エアロ)参加の話、ダンス系で新年会
1泊旅行の話なども進行中。 こんな事で大論文書けるか!?


>アベラールの議論の 投稿者:Hiroshi  投稿日:11月23日(木)20時14分58秒

バックボーンとかベルナールとの論争についてもややくわしくふれていて・・
それはかなり面白そうではないですか!? 大抵の本は論争があったこと
は書いてあっても、内容までは触れてないことが多いですから。
<夕焼け>
今日はもちらも天気よかったので夕焼け綺麗だったかも・・・? スタジオに
居ましたので、全然外は判らず、出た時は真っ暗で、今帰りました。 (汗)
今日会場に行ったら1レッスンが90分であること知り、慌てて、予約して
いた3レッスンのうち真ん中のレッスン、キャンセルしました。 尤も、
待ち時間お喋りばかりしていて、持っていった本はバスタオルの下にそのまま
放ったらかし。 2本目が終わった後も、まだやれそうでしたので、やれば
よかったと後悔しました。 しかし久しぶりに沖縄のメンバーに大勢会えて
楽しかったです。 
む、む、む、Danceモード、何時までたっても引きずっています。
ロマネスクモードに早く戻らねば (汗)


夕焼け 投稿者:iida  投稿日:11月23日(木)13時53分54秒

あの手の光はデジカメはまったくだめですよね。
銀塩の美しさはひときわだと思います。
この手のJRの観光ポスターとか、今では
食い入るように見ています(笑)


キリスト教史 4巻 投稿者:iida  投稿日:11月23日(木)13時51分43秒

きょうは休日で先日実家から運んだあれこれのものを
しまったり、家のうらにほっておいたスーツケースなど
の洗いをしています。スーツケースは内側に泥が残って
ちょっと?ですが次回の旅行時(未定)にまた考えるこ
とにしてとりあえず洗っています。
さて、昼食をとって紅茶を飲みながら、
「キリスト教史」4巻 中世キリスト教の発展(平凡社)
を読んでいたら、3巻より気合いがはいっているのか
アベラールの議論のバックボーンとかベルナールとの
論争についてもややくわしくふれていて面白そう。
ベルナールはアベラールの意見の背後にある科学的な意図を
全く理解できなかったそうで、アベラールの知性は、
すぐれた精神の持ち主を訓練するに適当な知的研究領域
や科学を、論理学にもとずいて構築したとか。
議論のフレームワークとか当時の議論の進め方まで
書いてあるといいのですが、残念ながらそこまで
ありませんでした。
3巻は半分は読み終わったので、そこからパクろうと
付箋をはっています。作業時間があればいずまた。
4巻は後半は1300年以降になるので読むのは
3巻後半から4巻前半にしぼるつもりです。


ロマネスクネタがない(涙) 投稿者:Hiroshi  投稿日:11月23日(木)09時14分04秒

昨日PM8600帰ってきたようです。留守していたので事情は判りませんが、特に
メモは残っていなかったので、ハードの問題はなかったのかもしれません?
ま、これは使ってみないことには判りませんけど、、まだ床に転がしています。
>MacOS7.6.1とかですとIE3.0
はい、その通りです。マシンが古いもので、OS8への移行は薦められませんでした。
ここら辺のことはすべて出入りの業者の人に任せています。 実は私は「使うヒト」
の口でぜんぜん、マシンの中身は判らない人間なのです(汗) 安定していれば古く
てもOKの口。(汗) それに個人利用のマシンは廃物利用の口ですから(汗)
G4 > G3 > 8600の順番ですから、まだ先は長い? (涙)
>もう一息つっこんでいかないところが
それは、建築の専門家としての慎みと、良い方に解釈してますが、、、
外の銀杏はあらかた落ち葉を散らしてしまったというのに、建物に囲まれた樹は今でも
青々してます。 何時まで持つか?   今日は午後からイベントで遠くまで遠征して
エアロ3本受けてきます。 明日は足を引きずることになるかも、、、(汗)  
追加実験の為、取りあえず頼んでいた材料が(予想以上に早く)パリから届きました。 
、、、となると、やるしかないか! 、、、最近、ロマネスクネタがないですね(涙)


ロマネスクでは無いですが、 投稿者:oimo  投稿日:11月23日(木)00時58分50秒

今日のここの夕焼けはすごいコンディションでした。
まさに、夕焼け、西の空全体が燃えていました。
そして、東には初めて副虹、それもくっきり!!!
が、カメラもってなかった........(涙)
ダッシュで戻ったのですが、遅かった(涙)
それだけです。日ごろから用意するのが大切ですよね。
実験にも通じるところありません?(強引な展開ですが)


論文を書き始めて1、2週間もすると 投稿者:Hiroshi  投稿日:11月22日(水)07時34分35秒

論理家たるもう一人の自分が出てきます。彼は実験者たる、もう一人の私を無視して、
どんどん論文の構成を進めて行きます。 確かにこの論理家に従えば論文は良くなっ
ていくのですが、その為には新しい実験をしなければならなかったり、再試をしなけ
ればならないことになります(涙)。
 
論文の完成の途中では何処かで両者の妥協が必要になりますが、今回は論理家の意見
が100%通りそうです。この論文が私にとって新たなmilestoneになるかもしれない
との予感があるので、実験者たる私も今回は論理家たる私に同意の意向を示してます。
目下のところ、異常蛋白の発生を証明するという、新たな実験の追加は避けられそう
にありません。 、、やはり予定は予定? 今年中の論文完成はかなり難しそう(涙)
先日の意見↓(10月30日)はあくまでも実験者たる私の意見でした(汗)

http://home.fwi.ne.jp/~arts/bbs/rbbs_2000_1115.html


Mac版IE 投稿者:iida  投稿日:11月21日(火)13時26分37秒

のバージョンは5.0でしょうか?
MacOS7.6.1とかですとIE3.0かもしれません。
IE4.5でもたぶんJava Scriptの実行環境はお粗末だと思います。
ハードディスクはATAカードとセットでIDEのもの
いれてやればボトルネックが回避されてとても快適になるのでおすすめです。

Mac OSXはインストールは30分、セットアップも5分というのが最近のマシンですが、
私のばあいは対象外の旧マシン+アクセラレータにインストールしていたので、
ハードディスクの増設などで思ったようにいかず、疲れました。
増設したハードディスク(U2W)にOSXはインストールできるのですが、
起動がだめで、あきらめつくまでなんどもやって家人の冷たい視線を
背中に浴びていました。
インストール後はCUIでなんかするわけでないのでいたって通常の
Macです。Appleのハードとソフトがお互いに最大のパフォーマンスを
提供できるようにはなってないのが不満ですが、
MacOSXは気にいって家のマシンではすでにメインに使ってます。
最近更新滞っているのはMacOSXのトラブルより家でも残業を処理しているからです(汗)。
これは後一週間でおわるはずです。

<聖なる空間をめぐる>
はたくさん引用させてもらってます。もう一息つっこんでいかないところが
ちょっと残念ですが、聖堂が広範囲に紹介してある点で他にはない本ですよね。
後書きにはお約束のカメラ&フィルム談義があります。


Macその後 投稿者:Hiroshi  投稿日:11月21日(火)08時27分22秒

>ブラウザはIEにされないのでしょうか?
いえ、IEにしてます(た)。それでも縦横比がずれて細長くなってます。
>Macは快調に動いています?
それが、(た)の過去形で示したように、どうも調子が悪く1日10回
ほどフリーズしたり、爆弾マークが出たりで昨日から修理に出してます。
今、論文書いているので、これだと仕事になりません。
OS再インストールしても解決できないようなら、ハードを交換しなけれ
ばならないかも? これまで画像用として、かなり酷使してましたので
色々痛んでいるのかもしれません。 ノートンかけたらボロボロでした。
そんなわけでまたCentrisに再登場して貰ってこれ書いてます。
<聖なる空間をめぐる>
は好きなタイプの本です。 こう書くと何かつまらない感想ですが、、、
建築の研究者らしく表現は落ち着いた感じですが、対象に対する愛情を
感じるというか、、、  ま、これは受け取り手の心理の反映でもある
のでしょうね(汗)。   ところで、この本は細長い変形B5版です。 
やはりこれはゴシックとかの建物に合わせているからでしょうか?
こんなところにも愛情を感じますね。
<今、日本は政治が>
大きく動揺してます。 そちらでも色々報道は伝わってると思いますが?
加藤氏はこれでかなり大きな痛手を受けたと思いますね。 しかし、致命
傷ではなかったと思いたいです。 私は今回の動きを、マスコミが書くよ
うに必ずしも権力闘争だけの問題ではなかったと思っています、、、
それに、野中氏の浪花節的なところも何か判るような気がするし、、
もしかすると隠れ加藤ファン? ちょっと政治的発言になりますが、私は
オブチさん(気の毒でしたが)にしても、森さんにしてもちょっと総理の
器ではなかったと思っている方。  おっと! ここはロマネスクBBS


ワイン 投稿者:oimo  投稿日:11月21日(火)07時27分59秒

>Hiroshiさん、
Bambergの情報ありがとうございました。世界遺産のテレビは
面白そうですね。今テレビの無い生活なんで、うらやましい
です。テレビが無いと活字漬けの生活が出来そうなもんですが、
活字も大切に読んでいるので乱読できないので、結構欲求不満
気味になります。ところで、ブラウザはIEにされないのでしょうか?
Macは快調に動いています?iidaさんのMacOS-Xは大変そうですが、
あれって手間かかるのが楽しかったりしません?
St.Emillionといえば、ワインですよね。結構安心して買える
地域です。(ちょっと高めだけど)
さてと、今日は今から忘れてたボジョレーの新酒を飲んで寝てしまおう。
そうそう、Amazon.deに本だと思って買ったやつが、実はAudio Book
でして(もちろんドイツ語じゃなくて英語ですが)、図らずも英語の
ヒアリング教材になっています。しかも、寝る時に聞くと、寝つきが
とても良くなるというオマケ付き(笑)


アベラール 投稿者:iida  投稿日:11月20日(月)18時23分15秒

の本ははやく「然りと否」を読みたいのですがあれこれあって
足踏み状態です。
世界遺産は番組紹介ではワインの話題っぽかったのでまたもや見ませんでした。
どうもテレビは1時間前までは覚えているのにその時間がくると忘れてしまいます。
ですので見るつもりのあるものはビデオにとってタイムシフトってやつですね。
定期録画も6番組までしか予約いれられないので世界遺産はいれてないのです。
さてサンテミリオン岩窟寺ならみてみたかったですね。
ボルドーははワインもおいしかったですし、ってまだ飲みなれていない10年前
にいったきりですが、あそこやブルゴーニュのワインのめば当時の
日本のワインがいかにおいしくなかったかは私でもわかりました。
金曜日の晩は三人でワイン二本あけてひさびさに飲み過ぎました。
土日は飲んでませんよ(笑)
日曜日もロマネスクに時間はさけず、あたまはミセラーノス状態です。


アベラールの章は 投稿者:Hiroshi  投稿日:11月20日(月)13時20分35秒

もしかすると、iidaさんには退屈かもしれません。 特に取り立てて目新しい記載
があるようには思えません。かなりよく知られた内容が殆どです。これはアベラール
についてはこれまでも沢山取り上げられていることによるものでしょう。 私個人的
には2章のジェルベールが面白かった、というよりも興味がでたという感じです。
あれから探していますが、まだジェルベールをテーマーにした本は見つけていません。


昨夜の世界遺産では 投稿者:Hiroshi  投稿日:11月20日(月)07時34分51秒

フランスのサン・テミリオン? (スペルからすると発音ちょっとおかしいですか?)
St. Emillionでしたね。 番組はむしろワイン作りのほうが中心でしたが、石灰岩
をくり抜いて作られたモノリオン教会など興味深かったです。 建築物といっても、
作りが洞窟だと、ロマネスクとかゴシックとかの範疇に入りませんね。 専門的に
はどんな分類になるのでしょうか? 見た目はロマネスクに近い感じ。
番組ではローマ時代の3世紀からブドウ栽培が始まり、中世は主要な石切場となって、
それが18世紀ワインの貯蔵庫として使われだしたとのことでした。 ここのワイン
が有名なったのは巡礼路にあたり、それが宣伝効果をもたらしたとのことでしたから、
中世の巡礼は当時最大のマスコミも兼ねていたのですね。 何となく納得しました。
それにしても、番組でみた葡萄の幹の太いこと、刈り込みもきちんとしているし、
流石に大切に育てられてるという感じでした。カルフォルニアの温泉に行くとき、
途中の葡萄畑(ワイナリー)には幾度となく訪問したので、すぐ気がつきました。


>Oimoさん 投稿者:Hiroshi  投稿日:11月19日(日)12時49分38秒

今回は文字化けもなくちゃんと見させて頂きました。 ただし縦横比は何故かまだ解消されて
いませんでした。 しかしテキストが読めたのは何よりもよかったです。
>川のなかにあるとは
Bambergの町の中州にある市庁舎というのは意味があるものらしいです。 前回の世界遺産で
紹介されていたところによると。当時司教座に対して町の市民が独立性を誇示するために建設
したのが市庁舎で、中州にあることで対立の構図を示しているとのことです。 また四つの塔
の大聖堂は番組でもBambergの象徴だといってました。 それから、
>ベニス地区
の漁師は、その番組によると、今では一人だそうです。
<クラブ・ラティーナ>
(エアロ軍団)のHPを作成することになり昨日はカメラマンしてました。 会員さんの大半が
パソコン使いではないので、HP作成責任者はi-MODO対応にすると息巻いていましたが、画像
担当の私(無知な私が?)としてはどの程度圧縮できるか疑問です、なおi-MODO対応だとgif
にしなければならないそうですね? どなたかHP のi-MODO対応とか考えられています??
「聖なる空間をめぐる」
を昨夜寝床で眺めながら、思ったこと1つ
 
私がロマネスクの聖堂に惹きつけられるのは、けっして建築物としてでも、美術品としてでも、
まして況や、宗教的なものとしてではなく、その聖堂を設計し、石を積み上げていった石工や
修道士の息づかいを感じたいからであり。 それは中世ヨーロッパ人の心性を知りたいからで
あるということ以上に、私がかって人生の中ですれ違った生身の彼らのことをもっと理解した
かったからだという思いで一杯になりました。 かって一緒に住み、十分に理解することなく
別れたある人との記憶がなければ、決してロマネスクには出会わなかったであろうこともちょ
っと白状しておきます。 そろそろ、パソコン共々、人生リセットしようかな? と思い始め
ている私です。 


いつも、おそれいります..... 投稿者:oimo  投稿日:11月19日(日)07時27分15秒

oimoですが、コメントありがとうございます。
>塔のアーチをながめると一つ一つタイプが異なっていますね。
>同一時代ではないのかな?
バンベルク大聖堂は、東側がライン・ロマネスク、西側がフランスの
ラン大聖堂の影響をうけたゴシック風とあります。この四つの塔の
大聖堂はかなり印象が強いかと思います。内部の彫刻でも有名なの
ですが、それは次回...
>6/15は愛車ですね(笑)
いや、これは、町で見かけた自転車で愛車はフランケンのスイスで
宙吊りになっているやつです(笑)
>旧市庁舎というのは観光ポイントなんですよね?
>川のなかにあるとは・・・(街角編)
ドイツ人なら絶対知ってる風景らしいですね。
ドイツの都市は何処も同じようなもの、というのが良く聞く感想
なんですが、色々と回ってみた後でまたバンベルクに行くと、
中世の雰囲気という意味では一級品の町だと感じます。
>ベニス地区というのは水の中に作られているのですか?
いや、ただ、川岸にあるだけだと。ベニス地区とか、
フランケンのスイスとか、ドイツは南方に憧れがある?
>薫製ビールって飲んでみたいですがお味はいかがでしたでしょうか(12/16)?
これは、変ったビールとしてかなり有名らしく、日本でも手に入るとか。
癖がありますが、ギネスビールのようなコッテリな喉ごしの癖じゃなく、
香りに少しくせがあって、飲みなれると良い香りだと思うようになるかも
しれません。僕は最初は、そんなに好んで飲もうとは思いませんでしたが、
飲みなれたようで。(毎日1.5L,三日飲んだら飲み慣れますね(汗))
>戦災写真からみると屋根をのっけた感じですね。
ニュルンベルクは象徴的意味合いが強かったので戦略ではなく
政治的な理由で派手に爆撃されたそうです。(戦犯裁判も含めて)
>身廊も必見ですね。たしかにロマネスクです。
>外見ゴシックで内面ロマネスク。
ロマネスク時代の外側を取払ってゴシックで包んだという感じ
ですね。大きな都市にロマネスクが残っているのは、ドイツは
田舎ということもあるでしょうが保守的というのもあるような
気がします。


OImoさん更新。 投稿者:iida  投稿日:11月18日(土)16時07分53秒

oimoさんがバイエルンを更新されていました。
バンベルク晩秋の一枚目の「晩秋の朝は霧に覆われる。」はかっこよすぎ。
塔のアーチをながめると一つ一つタイプが異なっていますね。
同一時代ではないのかな?
6/15は愛車ですね(笑)
8/15のマイン・ドナウ運河の出発点の写真はいいですね。
時期的な雰囲気もいいし、水のゆったりしたながれが
川のながれがゆっくりな感じをしめしてくつろげる
写真です。
鷲の彫刻のものとかもよいですし、
見栄えのする写真がたくさんで楽しめました。
旧市庁舎というのは観光ポイントなんですよね?
川のなかにあるとは・・・(街角編)
ベニス地区というのは水の中に作られているのですか?
すいません観光ガイドブックもってないもんで、、、
薫製ビールって飲んでみたいですがお味はいかがでしたでしょうか(12/16)?
聖ゼルバドゥス教会
戦災写真からみると屋根をのっけた感じですね。
ロマネスクのアーチがのこってゴシックがごついわりには
なかなかか細いつくりな感じです。
タンパンが抽象的な彫刻になってしまったのは残念。
フランスは国内戦争で、ドイツは国外との戦争でロマネスクが
なくなっていったのですね。。。
身廊も必見ですね。たしかにロマネスクです。
外見ゴシックで内面ロマネスク。
ちょっとスケール感が狂う感じがいってみてみたいですね。
内部作品はほとんどゴシックといったところですね。
Oimoさん↓



http://home.t-online.de/home/oimokoimo/


ジェルベール 投稿者:Hiroshi  投稿日:11月18日(土)12時41分17秒

図書館から予約していた「聖なる空間をめぐる」が入ったとの連絡を受け、早速Getしてきました。
なかなかいい本ですね! 写真が沢山あって、ただ眺めているだけでも楽しめそうです。著者は
九大工学部の先生だったみたいですね。 退官された後、その講座は研究内容が変わっているかも
しれませんが、身近にロマネスク建築を研究していたグループがいたとは、知りませんでした。 
交流できると良いんですけどね、、      
読みかけの「ヨーロッパの・・」は、ようやく、アベラールの章に入ったばかりで、しばらくかか
りそうですが、ここは、とりあえずGetしかないですね。 
それにしても!!  ジェルベールという人物、 非常に興味が出てきました。 今まで胡散臭い
法王といった印象を植え付けられていたので、それほど気になっていませんでしたが、かなり面白
い人物でありそう。 当時のヨーロッパをくまなく放浪し、アラブの知識を身につけ、 最後には
ローマ法王とまで上り詰めた人物。 後生、悪魔に魂を売ったとまで悪口を言われるわけですが、
非常に面白い人物だと思いました。  彼を題材とした小説とか映画とかないのでしょうか? 
きっと楽しめるでしょうね。 早速調べてみたいと思っています。


>.ac.jpのかたからメールあるといいです 投稿者:Hiroshi  投稿日:11月17日(金)17時19分11秒

ホントそうですね。 私も前からづ〜と、期待しているのですが、、、
素人の議論がどのくらい厳しく批判されるのかマジに知りたいです。
ま、考えようによっては.ac.jpの方がここを見ておられるということで
iidaさんのサイトがそれなりに評価されているということでしょうが、
やはりwebの醍醐味はコミュニケーションですからね。本を単に読んだ
だけでは得られないものがあるわけですからね。 


タンパン 投稿者:iida  投稿日:11月17日(金)15時00分54秒

はほとんどが破壊されてしまったようです。。。残念ですが。
それで、ぞっとするほどはないのではないでしょうか(涙)
日本語の本で拾えるタンパンはさらに限られています。
サン・ジルも前面のレリーフはオリジナルですがタンパンは
壊されてしまったようですし、ディジョンのサンベニーニュも
のこってたらすばらしかっただろうに、って感じです。
ベズレーもナルテックスのはすばらしいのが残ってるけど
正面のものは修復ものですし。
フォション先生の文章ってパラグラフのつながりを読み取るのって
難しいですよね。。。。


さっきの原稿・・・ 投稿者:みえ  投稿日:11月17日(金)14時33分03秒

はみだしまくりで
すみません・・・
読みにくいですねぇ。


ありがとうございます 投稿者:みえ  投稿日:11月17日(金)14時31分32秒

ヴェズレーのタンパンをやっていると、その扱われている図像の数が大量すぎて、なんともそればかり見てしまっていたので、このままでは、井の中の蛙的
研究になる事を回避したかったのです。事実、ヴェズレーも周囲との連動、影響からあのような壮大な宇宙像ができたのですから。しかし、修道院が1000も2000もあったなんて記述を見ると、ぞっとしてしまう・・・。
できる限りのタンパンを探します。今は、フォションを中心に見ていますが。
氷山の一角みたいな感じです。
よーし、がんばりまーす!!!


科学的真理 投稿者:iida  投稿日:11月17日(金)08時52分27秒

なぜヨーロッパだけが科学的真理を発達させたのか、
どのように科学的真理を真理であるとみなす仕組みを作り上げたのか、
真理は「真理」なのか、「政治」なのか?
というのはニーチェ以降、アドルノとフーコーに引き継がれた問い
だと思いますけど、中世神学とかみてると
伝説と聖書で説明しようとしているのが、
近代ではいわゆる科学のキリスト教の切りくずしまで
ディスカッションをたどると面白いですよね。
たとえば、ダーウィンの進化論とキリスト教
(ニーチェによって、からかいのネタになった)、
最近ではホーキング宇宙論とバチカンからのコメント
(ビッグバン理論は神の世界創世に対応するからオッケーで、
さらに発展させたインフレーション理論はペケだとか)
面白いですよね。
こちらは楽しんでるだけで無責任でいいですが、
真摯な信者さんから反論がきたらこわいな。
山本君とはそういう話題でニーチェが出てきたんですよね。
懐かしい。


キリスト教史 投稿者:iida  投稿日:11月17日(金)08時44分40秒

ノウルズ編、平凡社の3巻はたいへん情報量はおおいのですが、
いかんせん教科書的記述がおおくて、
だれがどう行動したか、は書いてあるのだけれど、
どう考えて、行動したのか、はあまり議論されていなくてこの点
不満。グレゴリオ改革やシトー派について、当時の議論の
アブストラクトくらいもまとめてくれないと。。。
この本にも、教会のデザインと神学の相関についての具体的
議論はないようです。
今日はアクセスは落ち着いているようですね。
アクセス数よりもコミュニケーションとれるのが
おもしろいのですがなかなかメールでも
おくってくる方はいないんですよね。


ロマネスク彫刻 投稿者:iida  投稿日:11月17日(金)08時38分32秒

のカタログというか学術的で網羅的なものは思い当たりませんが、
山本君の卒業論文のリファレンスはひろってみたでしょうか?
http://home.fwi.ne.jp/~arts/kazuhiro/paper/index.html
以前こちらに書かれいたある方によると
オーネイのCD=ROMがそういう点ですぐれていたようです。
あとはフランスのゾディアックにきっとあるだろうというくらいしか。
ここをのぞいている.ac.jpのかたからメールあるといいですね。
マール先生の図像学の本をよんでいると、遺伝子の進化マップにならって
図像の系譜マップをだれかつくると面白いと思います。
よい研究を期待しています。


>みえさんへ 投稿者:Hiroshi  投稿日:11月16日(木)16時50分43秒

とても私の能力を越えていて、お役には立てそうにありませんが、ただ1つ。
研究するのは、沢山の資料を集めて考察するほかにも、限られた数の資料をより
深く考察する場合の方が、逆に実り多い場合もあるようですよ。 漫然と全体像
を眺めるよりも、焦点を絞った方が深部に達するということですね。分野は医学
生物学とかけ離れていますが、少なくとも私の研究方法はそうです。
<銀杏>
あらかた、外の銀杏の葉っぱは散ってしまったというのに、建物に囲まれた銀杏
は青々としてます。 何時まで保つか?
<論文作成の日々>
パソコン代えたら色々不都合ありますが、モニターが大きくなったのは助かりますね。
今、論文書いているので17インチのモニターだとA4が左右に置けるのでとても楽。
それにしても新しいWordには何故だかZapf Dingbatsのフォントが入っていません。
□や△などの絵文字がかけなくて困ります。 フォント入れなければ。 ふ〜。
書き出すとやはり異常蛋白のデーターがどうしても欲しいということになりましたね。
網羅的に示すのが難しければ、以前Scienceで発表したように、特定の蛋白に的を絞
り示すしかない? やはり計画はずれるもの? 予定はやはり予定? (汗)


(無題) 投稿者:みえ  投稿日:11月16日(木)12時35分47秒

おひさし振りです。
卒論にかなり詰まっています。
皆様で、ロマネスク彫刻(特にタンパン)が、一同に調べられる資料を
御存じでしたら、お教え下さい。全部なんて大変ですが、やはりできる
ところまでやっておきたいので。
イメージ付きですと、すばらしいです。
どうか、お願いします!!!!


歴史学における手法 投稿者:Hiroshi  投稿日:11月16日(木)07時39分19秒

高橋さん、久ぶりですね、幸いOEではなくEudraProですが、これは大丈夫かな?
今朝の西日本朝刊(すいません地方紙です)に佐賀の吉野里(よしのがり)遺跡
を発掘した考古学者の高島忠平氏が、先の捏造事件に関して寄稿されてました。
その中で彼は、日本の考古学会の権威主義もさることながら、その手法が帰納法中心
(物本主義)であることを問題にされてました。 そしてこれからはもっと演繹的
手段を導入し理論からモデルを構築し、これを発掘した物の解釈に利用すべきだと。 
我々の場合、むしろ方法論的には演繹的で。まずモデルを構築して、それを証明
するための実験を組み、それが実証されなければ、そのモデルを捨てるという道を
たどることが多いようです。(駄目だったら、突然口をつぐんで知らん顔の口ね)
このような方法論に慣れていると、学説もかなりいい加減なところがあることを
実感として知っているので、常に疑いの目で見れるという利点があるかもしれま
せんね。 実際我々が学生時代習ってきた学説で、そのまま生き残っているのは
かなり少ないですから。


WindowsでOE使用中の方Navidadにご注意 投稿者:高橋  投稿日:11月16日(木)00時55分45秒

ご無沙汰してます.
今月に入ってから"Navidad"(スペイン語でクリスマスの意)というウィルスが
各地で悪さをしているようです."Navidad.exe"というファイルがメールの添
付で送られて来て,ファイルを開くとその後あらゆるexeファイルが実行でき
なくなるらしいです.それだけでなく,Outlook Expressの受信フォルダ内の
全てのメールに返信の形でこのファイルをばらまいてしまいます.Windowsの
OEをお使いの方はご注意ください.
私は既に3通もこれをもらいました.


ば「IT革命は事実上、技術の問題ではなく文化と言語の問題だ」と。これは私がi-MODEを自分で使ってみて、つくづく感じたこと。