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アミン・マアルーフ著、リブロポート出版、1986年初版 学術書ではなく著者 もジャーナリストなので大変読みやすい。 ただし特に興味深いというもので はなくこれまで色々なところで既に云われてきたことをより具体的に詳細に 示したという感じ。 しかしながら「アラブ側からみた十字軍に関する本邦で 唯一のレポ」と評判が事実ならやはり読む価値はあるでしょう。 まだ最後の 数章を残してますが、取り敢えず印象など2、3。 12世紀のアラブでは裁判はクルアーン(コーラン)に従い論告、証言という 手続きを踏むものであったが、占領軍であるフランク側は以前として神明裁判 や拷問、決闘が裁判で幅を効かせていて流石にこれはアラブの知識人の顰蹙を かったよう。 また、1137年の時点でフランク、当時の西欧世界、に伝書鳩を使った通信手段 がなく、強力な援軍が来る直前(退却途中すぐ援軍に出会う)にフランクは中 部シリアの中心都市ホムスは放棄した。 以後、西欧世界は伝書鳩を導入する とか。 こういったことに関する同時代人の証言を紹介されるのはなかなか面白い。 また英雄サラディン(=サラーフッディーン)に関しては、敵対する陣営側 (ダマスカス側)の年代記者による記録も取り上げられているが、その中でも それほど悪くは書かれていない(偽善者であると書かれる程度)。 イギリス のリチャード獅子心王もかなり傾倒した感があることは、その後の西欧の騎士 道精神を描く伝説で我々も知る通り。 断片的な逸話にも彼の人となりがにじ み出ている。例えば下働きの奴隷が彼に向かって「インク壷がそちらにある から取って下さい」といわれて(疲れきっていたにもかかわらず)それに従っ たとか、傲慢な男ではなかったよう。p269 このクルドの英雄ちょっと興味 湧きます。 まだ、探究が進んでないジェルベール(シルベステル2世)の 代わりの対象にしようかな? 彼より史料は断然多いでしょうから。 その他、興味深いこととして、十字軍による「コンスタンチノープル陥落」は 歴史的に大きな汚点として後世語り継がされるが、アラブ側の記録にはそれが どういう事情でヴェニチアが起こさざるを得なかったかが浮かび上がる。 即ちヴェニチアは、エジプト側の当時副王アル・カーミル(後フリードリッヒ 2世と平和裡に握手しエルサレムを明け渡した人物、以前紹介しました) URL↓ との間で、交易の円滑な運用とその引き替えに十字軍をシリア・ エジプトに送らないとの協定を結ぶ。 同時に西欧の騎士たちに対しては巨額 の契約金と引き替えに聖地回復の為戦場に送り届けるとの契約を結んだ。p333 ヴェニチアのこうしたあい矛盾した行為は第一次世界大戦中のイギリスの パレスチナに対するアラブとユダヤとの矛盾する協定を思い出させる(汗) http://circle.excite.co.jp/bbs/view.asp?cid=o0300063&iid=9&num=1030&pg=3 訳者も指摘してる事だが、著者は本文中に「十字軍」という言葉を一切使わな い、その代わりというわけではないだろうが、「金髪禍」という言葉が使われ ていた。p364 成る程と思わないわけにはいかない(笑) 後でまた更めて 最終的な感想など書き込みたいと思いますが、予告を1つ。 この著者もあの 『イスラム世界はなぜ没落したか?』の著者であるB・ルイスと殆ど同じ結論を 出してました。 http://circle.excite.co.jp/bbs/view.asp?cid=o0300063&iid=3&num=525&pg=2 昨夜はまた毎週恒例のサタデーナイトフィーバーで6時間程ノンストップで 踊ってました。 周りからも呆れ果てられてます。 脚も痛むことだし、今日 はおとなしく読書とお仕事で過ごす予定。 それに明日の夜は仲間同士の サルサ・カシーノの自主練習の約束も入ってますし休息日ということで(曝) そうそう、 前の書き込みを読み直して思い出しました、「Dance with meスタイ ル」URL↓ は何とかものになり、私の得意技の1つになりました(曝笑) http://circle.excite.co.jp/bbs/view.asp?cid=o0300063&iid=9&num=1030&pg=3 http://circle.excite.co.jp/bbs/view.asp?cid=o0300063&iid=9&num=1028&pg=3http://circle.excite.co.jp/bbs/view.asp?cid=o0300063&iid=9&num=1030&pg=3
またスペインで大規模テロが発生し多くの死傷者が出た模様、何と云ってよい のか。 亡くなられた方へはご冥福をお祈り致します。 NY市場はこのテロ情報を受け株価が落ちたとの報道。 瞬時に情報が世界を 駆け抜ける。 しかも遠く離れた日本の末端にいる我々庶民にも、わずか数 時間の内に現場の映像が届く。こんな時代はこれまで人類の歴史上一度もなか ったこと。 歴史の中にいるとわかりませんが、多分数世紀後には我々の時代 は人類の新たな時代として、古代、中世、近代という区分に相当するような 新しい時代に分類されるのではないかと思います。
コーカサス山脈、グルジアの地にあるグルジア正教の聖地、古都ムツヘタ。 4世紀カッパドキアより一人の修道女、ニノが十字架をたてたのが始まりとの 言い伝え。 以後、急速にキリスト教は此の地に布教されローマよりも1世紀 はやく(つまり3世紀ということでしょうか?) 国教となる。 はじめて 知りました。 それ以後この黒海とカスピ海の間に位置し、多くの異教徒の 侵入に耐えながら今日なおキリスト教は住民の心の糧となっている。 現存 する11世紀に建てられた聖堂はどことなくロマネスク様式に似ており、 iidaさんが好きな葡萄文様の彫刻がありましたよ。 また17世紀に描かれたと いうビザンチン風?の壁画もありました。 竜退治の聖ゲオルギオスはグル ジアの守護聖人とか。 何よりも驚いたのは、番組の解説によるとこの地でよく歌われるポルフォニー はもともと遊牧民族の由来の伝統とか! 現在このポルフォニーは無形世界 遺産として登録されているとのことです。 ◎ 昨日ようやく長いこと読みたいと思っていた本、『アラブが見た十字軍』 を図書館から借りて一気に100ページ程読んでしまいました。 学術書では ないのでとても読みやすい。 実はこの本、日本語に翻訳されている唯一の アラブの視点からみた十字軍に関する著書とか。 いろいろなところで紹介 されて以前から読みたいと思っていたのですが、最近なじみのイタリアレスト ランが無くなり、貴重なランチタイム読書が無くなり読書量が急減したので、、 考えると私の場合読書はすべて「ながら族」ですね。 食事しながら、地下鉄 に乗りながら、ちゃんと机に座って読む習慣がありません。 時間に余裕が ないことが原因。 それでも1日せめて30分くらいは読書時間をなんとか 確保したいのですけど。 また意外な偶然にも遭遇しました。 実はこの本の訳者の一人が、むかし むかし多分高校生の時でしょうか? はじめて新聞に投稿して採用された時 もらった図書券で買った本「地中海のほとりにて」の著者であること♪ ま、それはともかく、いずれまた『アラブが見た十字軍』ついても紹介しますね。 ◎ 日曜朝のテレビ番組で云ってました、ブッシュ大統領が前回の大統領選 で得た得票数5000万票のうち、キリスト教原理主義者の票2000万があるとか。 数字の正確さの程は判りませんが、成る程と思った。
仏外相ド・ヴィルパン氏の講演について朝日と読売、それに自分自身の紹介 URL↓を比較すると色々面白いことが判る。(記事は翌日の朝刊なのでも ちろん私は書いた後から読みました) まず、両記事とも名誉博士号を授与されたことが記載されているが私はそれに は一切触れてない(*)。 確かに式典は講演の前に特別に時間をとって行わ れた。 また、両記事とも目下政治問題になっているイラクや北朝鮮に関して は、彼がどう述べたか引用して記載されている。 一方私は、内容そのものよ り彼がどのようにそれについて語ったかを紹介している。 さらに私の場合、 細かいエピソードや個人的見解を憶測を交えて述べている。 確かにこれは 個人的感想では許されるが新聞報道として適切ではないでしょう。 1時間余りの講演を限られた紙面で紹介する以上情報の取捨選択は当然である。 また公的情報源としての新聞と個人的な感想では違ったものになる。 先ほど 個人的見解や憶測は新聞報道としては不可だと述べたが、両紙とも必ずしも それを守っているわけではない。 1例で言えば、質問時間の終了後、やや ルール違反の質問をした男性がいた。 司会の先生が制止しようとしたが、 外相は快くそれに答えた。 朝日(?)はそのエピソードについて『ルール 違反の質問に対しても、ルールに従って、筋を通して答えた』という風な記載 があったが、私にはそのようには受け取れなかった、外相は単に出来るだけ 多くの質問に答えようとしたに過ぎないのではないか? この朝日の文脈には 記者の別の思惑が入っている感じがする。 その他、グレーゾーンに入るもの では上で述べた、「イラクにおける日本の自衛隊派遣を含む復興協力」がある。 朝日と読売、ともに記載内容自体に間違いがあるわけではないが、それぞれ が自分達の視点寄りの解説していることに気がつく。 最後に自分の紹介文の 間違いを1つ。 私は「何故、九州に来られたのか?」という質問があったと 記載したが、実際には「福岡」。 私も記者同様、メモを取りながら聞いたの だが、このような間違いも仕出かす。 ◎ 歴史上の出来事については当然我々は当事者ではありえないので様々な 情報源からその内容を知ることになる。 しかし上の身近な例でも判るように、 それぞれがそれなりに正確な情報を提供しようとしたにも関わらず得られた 印象はかなり変るものとなる。 さらに歴史書には「意図的歪曲」や「ねつ造」 が起る。 これらの問題を回避し出来るだけ正確な歴史像を得る為には、複数 の、しかも視点の異なる情報源から情報を得なければならない。 これはとて も当り前のことだが実際には非常に困難な作業である。 いまオリエントから のロマネスクを見る視点もそれに相当するのではないかと思っている。 最後にやや内容がずれるが、(*)については 『何も起こらなかった711年』 を思い出す。URL↓http://circle.excite.co.jp/bbs/view.asp?cid=o0300063&iid=3&num=425&pg=7
今日フランス外相のド・ヴィルパン氏の講演を聞きました。 URL↓ 予想は していましたが、なかなか魅力的な人物でした。 とても知的で、しかも自分 の言葉で情熱的に語りかけることの出来る政治家かと。 その中でも特に印象 深い点を2、3。 彼は現代、我々は二重の危機、即ち<画一化>と<アイデンティティーの喪失 >に直面していると述べ。 その困難な状況を乗り切る為には<対立モデル> ではなく文化の多様性を尊重することが大事であると。 また手段としては 単独主義ではなく統一性を大事にしつつも正義と、法治主義に基いた多国間 体制を進めるべきだと。 そしてそれは、現実の世界が多極的であるという 認識の上に立つところからスタートすると。 またその為に共通のルールに 立った対話と協力が必要であり、むやみに運命論や悲観論に陥ることなく 、お互いに『希望を分かち合える』ことが必要だとも。 彼はこの様な話の 中にも直前に訪れた、太宰府や禅寺にまつわる九州の歴史を、ある時は菅原 道真を取り上げながら古代から現代まで述べ。 またある時は華道や能の 真髄を、安藤氏の現代建築や人工知能に延長しながら述べ、それらを今日的 問題に結び付ける話術は流石でした。 さらに最後の会場の参加者との質疑応答の時間でも、深刻な議論になりそう なイラク問題についての厳しい質問に対してユーモアを交えながら持説を 情熱的に述べるられていました。 特にイラクについては軍事以外の道、 国連中心の政治的解決が重要であったと述べながらも、一方では事態の進行 にあわせた現実的な対応、即ち「復興」が今や重要であるとの柔軟な姿勢もみせました。 質疑応答のなかで、ある女子学生がEUの参加国間にある過去のわだかまり をどのように解消しているのかとの質問について、彼は国家主権を尊重し ながらも今や1国では解決できない問題、経済や環境、移民問題、のある ことをそれぞれが認識し、過去のわだかまりに囚われることなく地域的 枠組みを構築すべきであるとし、その為には運命主義から脱し和解の必要性 を述べられていました。 さらに、世界は変りつつあること、また世界の 我々を見る目も変りつつあることを強調し、政治家としてはやや理想論かも しれないと断わりつつも歴史から学ぶ必要性を述べられたのはやはり彼の 歴史家として、また北アフリカ、モロッコで生まれたの側面があるからでしょう。 最後に「何故、九州に来られたのか?」との会場からの突然の質問に対し、 ユーモアを交えながら、シラク大統領から『巡礼者のように日本を歩くこと が必要であるとの意見を頂いた』と云われたのには私個人的にはグッと来ま したよ♪ あのシラク氏にしてこのド・ヴィルパン外相ということでしょうか?http://www.isc.kyushu-u.ac.jp/intlweb/html/new-webdata.2004/kokusaikoryu-ka/lecture-france/hp2.htm
先日のG7の時も書き込みましたが。 いまアメリカは円安を容認してるよう。 今朝通勤途中、車を運転しながらいつものように「ビジネス展望」を聞いて いました。 そこである経済評論家が現在の円安傾向について解説していま した。 彼によれば、いまアメリカは日本の為替介入=アメリカ国債の購入 にそれなりの利便性を認め始めているのが今の円安に対する黙認の理由だとか。 私は経済の事に関しては本当に無知に近いですが、それでもこの解釈はすっ きりしません。しかも今回は『追い討ち介入』とまで云われる積極的な介入 までしているのに? 第一、ブッシュ大統領としては大統領選を控えアメリカ 産業界の要求に応じてドル安にもっていきたいところでしょう?? 経済の基本構造(アメリカの双子の赤字、等)が特に変ったとは思えないのに 何故正反対な解釈になるのか論理性が感じられません。 経済評論家と云って も結局この程度かと思ったのが正直なところ(冷汗) やはり私には、これが日本の自衛隊イラク派遣に対するアメリカ政府の 「ご褒美」という過激なアイデアの方がすっきりします。 経済が専門の 方どうぞ冷笑下さい。 <イスラーム世界における「改宗」の過程> イスラームが生まれた7世紀から10世紀初頭までの約3世紀間に中東世界 はほぼイスラム世界に変ったとよく云われるが、そのことをはっきりとした 史料で示したビュリエット、Bullietの研究はとても判りやすく、どのように して歴史学の世界で研究が進められるかを我々素人に示してくれる。 その研究とは、イランの古都イスタファーンにおける人名録に記載された 人名を1)イスラム的アラブ名、2)旧約聖書的かつコーラン的、 3)前イスラム的アラブ名に3分類したもの。 3)が急速に低下するに従い、2)が一時的、8世紀初頭までに3割程度まで に上昇した後徐々にゼロレベルに低下する。 一方1)は8世紀初頭から段々 上昇して10世紀までにほぼ100%となる。 これから研究者ならずとも 素人でも色々な事が想像できます。 有斐閣選書「概説イスラーム史」板垣雄男。 佐藤次高編、p271-2 それにしても、この研究成果は1979年ハーバードプレスに発表されたもの。 サイード氏も述べていたように現在のイスラーム研究は殆どが欧米の研究者 によるとか。 これも現在の世界の知的状況によるものでしょう。 例えば 1994年当時、人口6000万のエジプトで年間出版される本は375冊。 同時期 日本では53,890冊。 アラブ世界の指導的立場にあるエジプトですらこの状態。 問題の根は深いて感じがします。 2003/3/14書き込み分 『こんなマラソン 競争を貴方は走りますか?』より。URL↓http://www.greengrape.net/bbs/bbs_2003/rbbs_0520.html
今日のテレビで「アラビアのロレンス」が放映されるということで朝日と読売 新聞に宣伝されてました。それを比較すると面白い。 2社の記事は以下の ように異なるものでした。このことは紹介が放映したテレビ局からのもので なくそれぞれの新聞社が編集したものだからか? 朝日;「第一次世界大戦中、オスマントルコに対するアラブ民族の反乱を指導 した英陸軍中尉ロレンス。彼の波乱に富んだ半生を描く」 読売;「第一次世界大戦中、中東の支配を狙うトルコから、アラブを守るため 反乱を指揮したイギリス人T.E.ロレンスの数奇な半生」 朝日の説明はそれなりに間違ってないと思うが、読売はかなり事実を歪曲した 点がある。 当時アラブはオスマン帝国だったわけで<支配を狙う>というの はやや事実誤認。またこれが一番問題だと思うが、<アラブを守るため反乱を 指揮したイギリス人>という文脈は意図的に事実を歪曲したとしか思えない。 先日も読売は、アカデミックな世界で厳しい批判の対象となっているハンチン トンの「文明の衝突」から特に断わりもなく社説で引用していた。 因みに私の理解で云えば、第一次世界大戦の勃発を契機にアラブ世界がオスマ ン帝国からの「独立」を宣言し、イギリスの支援のもとに反乱を起した。 しかし戦後はイギリスとフランスはアラブ世界を分割統治し、パレスチナ、 トランスヨルダン、イラクはイギリスの支配下(信託統治?)となった。特に パレスチナに関してはユダヤ民族との密約によりその後のイスラエル建国に 続く今日のパレスチナ問題の原因となった。 たかが映画と云うなかれ、オリエンタリズム的な問題は此処かしこにあるということ。
このところイスラーム的視点から世界史を眺めると、段々と知らず知らずの うちに反欧米露的になってしまう。 我ながら単純だなと思う。 それに比べ、 今マスコミで露出度の多い東大の山内先生などはまさに欧米露によって翻弄 され、虐げられた中央アジア地域の近現代イスラーム史を研究されているわけ だからさぞかし反米的かと云えば、決してそうではない。 やはりあれが学者・ 研究者としての節度なのでしょう。 あるとき山内先生がある本(座談会形式)の中で、地域研究者がその世界に 取り込まれてしまう危険性を論じておられた記憶がある。 きっと先生自身 そのような経験をしたことがあるから、あおのような発言があるのだと思う。
イスラーム史を学ぶと、如何に此れまで西欧史観に毒されているかが実感され る。 私の頃の高校の世界史ではカール・マルテルがトゥール・ポワティエで イスラーム勢力を撃退したことが大々的に取り上げられ、年代まで覚えさせ られた。 確かに西欧キリスト教世界をイスラームの侵略から守ったという ことは間違いではなかろうが、実態は繁栄を極めたアラブ・イスラーム帝国 の周縁部で起った1エピソード。 またこれは恥ずかしながら最近知ったことだが、ヴァスコ・ダ・ガマの喜望峰 経由のインド海路の開拓を「発見」と習う。ところが、ガマが水先案内とした のが実は航海法の著書もあるアラブの海洋学者イブン・マジードであることは 語られることはない。 勿論この出来事が西欧史において重要な出来事である ことには間違いなかろうが、「発見」より「進出」というのが正確だろう。 西欧中世の始まりと終わり頃に位置するこれらの出来事がこのような事では 後は押して知るべしだろう。 今も高校ではこのような教え方をしているの だろうか?
● ご承知のように西欧中世において利子を取るという行為は建て前上禁止 された。 一方クルアーン(コーラン)においても利子は禁止されている (だってキリスト教もイスラーム教も元は同じ!) しかし両者の現実的対応 には大きな違いがある。 それはイスラーム社会が元々商人文化の中から生ま れてきた経緯があるため、商行為である利子には柔軟に対応していた。 事実、 9世紀のイスラム思想家の60%が商人出身という(「イスラム世界の成立と 国際産業」p237より)彼等はシャリーア(イスラーム法)に抵触しない形で、 即ち合法的に利子を認めた。 ではどうやって処理したのか? 以下にその 典型的な例を示す。 <ヒヤル=モハトラ契約> 『私はテーブルの上のこの本を某氏に120ディルハムで売るが、その支払は 1年後の契約である。 だが私は今すぐにくだんの某氏から100ディルハム で本を買い戻す。 だから、私は本を手元に置いているわけであって、100 ディルハムを彼に与えて、1年後に120ディルハムを受け取ることになるだ ろう。』 つまり彼は、利子をつけて金を貸したのではなく、単に本を売買 したにすぎない!!! ● 昔からイスラーム世界は柔軟性のある社会だと色々な本に書いてあった。 しかし、これまであまり実感がなかった。 このところ「利子」や「地税」 等の個別の案件に当たってみると確かに現実に柔軟に対応していることが判る (←やはり総論より各論が判りやすい) しかもその対応のやり方を比較する と面白い。 西欧が結局、キリスト教的倫理観を無視することによって、あるいは別に 『近代法』を掲げることで対応したのに対し、イスラム世界はクルアーンや ハディースの『解釈』で乗り切ったした。 しかもそれは<シャリーアに形式 的には合法な形で>。 この、特に最後の部分は注目すべきでしょう。 ● この様に考えると、いま問題になっているイスラーム原理主義運動が伝統 的なイスラームとはやや異なっていることが判る。 これは1つの発見。 10年程前、沿岸戦争の時には主に宗教・思想史的なテーマの本を読み漁る ことが多く、これらの感覚は持てなかったが今回日常一般のイスラーム社会に 対する学習が出来たことで、新たな視点が得られたような気がする♪ 参考資料;キリスト教社会では、金儲けにうつつを抜かすとこうなりますよと、 オータンの柱頭やコンクのタンパクが表わしています。 URL↓ 1)悪魔が金の袋をもっていますね。2)首に金の袋を下げて首吊りにされています。 http://www.greengrape.net/kazuhiro/romanesque/laz/sculpture/image_L/DSC00073.JPG http://www.greengrape.net/kazuhiro/romanesque/conque/images/conque_hanging.jpg さて、2時間程実験をした後は、サタデーナイトフィーバーに向けて始動開始です♪http://www.greengrape.net/kazuhiro/romanesque/laz/sculpture/image_L/DSC00073.JPG
イスラーム関係書籍に、思いがけず、以前話題にした中世イタリア史家、清水 広一郎(<広の中が黄の方)氏の名前が出てきましたヨ♪ ウラマーが中世 イタリアの公証人に当たるとの記載の中で、清水氏のイタリア公証人について の研究が引き合いに出されてました。 URL↓ http://circle.excite.co.jp/bbs/view.asp?cid=o0300063&iid=3&num=348&pg=11 ウラマーと云えば、先日『自衛隊を守れ』とのファトア(宗教的見解)を出し たので、てっきり宗教・法学者だと思っていましたが、此処では商人文化を 支えた役割も大きかったとのこと。 こんなふうに縦糸と横糸が絡み合うのは 個人的に好きですね♪ しかし考えてみれば、中世イタリアの商慣習はいわば イスラムから来た部分がかなり多いわけで、あたりまえと云えば当り前か!! この頃の書き込みを読むと、ちょうどこの頃も論文を書いていた頃ですね。 まさに今、同じように論文書き始めています。 今は図を6個並べただけ、 そのうち1個半はまだデーターも出てません、いわば予想図。 でもこの作業 が我々の世界では大変重要なんです。 文系の世界は知りませんが、、、 早くロジックの欠陥を見い出し、それを埋める作業(実験)をしていかなけれ ばならないからです。 まさに『言語化とは認識』ということなんですね! で、もし予想通りの結果が出なかったらどうするて? その時はモデル(仮説) を代えるだけ(笑) 所詮我々は原始仏典、Udana VI4の云うところの『盲人 象を撫でる』の世界の人間なんです。 でもネガティブな意味ではないですよ <例え部分的にもせよ、真理を見ているという点では、その限りにおいて真理 性がある>ということがとても大切なのです! URL↓ http://circle.excite.co.jp/bbs/view.asp?cid=o0300063&iid=3&num=338&pg=11http://circle.excite.co.jp/bbs/view.asp?cid=o0300063&iid=3&num=348&pg=11
自衛隊がサマーワで土地を借りることについて、部族との交渉が金額面の折り 合いでなかなか進まないことが新聞、テレビで話題になっていました。 相場 の100倍近いぶっかけ(汗)をしているとか? この話題を聞いたとき土地 の所有に関するイスラーム法(シャリーア)との関係で気になっていました。 というのは、以前イスラーム世界における税体系を学んだ時、シャリーアの 規定として、原理的にはほとんど全ての土地(ウシュルの土地以外=戦利品と しての土地)は理念上イスラム社会の共有財産(事実上は国家)であったと 理解していたからです。 これはまた、イスラム国家が財政的基盤を確立する 上でも極めて重要なポイントだと理解していました。 これについての関連 事項は以下でも記載しています。 簡単に要約しますと、 URL↓ http://circle.excite.co.jp/bbs/view.asp?cid=o0300063&iid=3&num=522&pg=2 『課税の対象を「人」から(モスリムか異教徒か)「土地」にすることで、 異教徒がモスリムに改宗しても「ハラージュの土地」を持つ以上、所有者で あるモスリムは、従来通りの高額の租税を払わなければならないという規定。 つまり異教徒がモスリムに改宗しても最高額の租税が取れるという法的擬制。 この点に関して、ちょっと調べてみましたところ、何となく納得したようなの で、取り敢えず此処に纏めてみました(汗)。 ただしこの元となった事例は エジプトでの土地所有に関する法的枠組みで、果たしてこれがイラクでも通用 するかは問題ですが、一方で所詮エジプト、イラクとか云ってもこれはたか だか19世紀以降のヨーロッパによる植民地化の過程で無理やり直線引いて 国境を定めたようなもの、同じアラブ・イスラム社会として共通するところが あると考えています。 で、本題に入ると、 『土地国有原則のもとで農民に与えられた「用益権」は質的に異なる2種類の 権利から構成されている。 即ち、1)売却、贈与、譲渡、質権設定、賃貸 借などの処分権と 2)物件の用益を行使、享受する権利・・・ 我々は「用益」という表現に惑わされるが、土地国有原則のもとで農民に 認められた「用益権」は、その所有権構造(特に1)からみる限り、近代法で いう「所得権」に近かったのである。『文明としてのイスラム』p161 ・・・ イスラム土地法体系の核心をなす土地国有原則が、国家財源の確保という 財政的配慮から、地祖の確保を目指す租税政策として考案された租税政策に よる法的擬制であった(その起源は何と! ウマイヤ朝カリフ、ウマル2世 (統治AD718-720)のに遡るとされています)・・・ 一方では、社会秩序の要としての理念を表明しつつも、他方では、現実を 追認しそれを正当化していく、硬軟あわせもつイスラム法の姿であり・・・ イスラム社会の多元的で重層的な秩序体系の存在である。p170』 注;( )は私がいれました。 ということらしい。 つまり、イスラームの<理念としては土地は国有>だが、 <現実的には個人所有>にかわることろがない。 この理解で正しいのかどう か、専門家の意見を聞きたいところ。 こんなことに興味もつのはちょつとマニアック過ぎて、神学論争ぽいと自分で も思います。 しかし、硬軟あわせもつこの様なイスラーム社会を理解し、 多元的で重層的な秩序体系にうまく適応することが日本の自衛隊のイラクでの 活動の鍵になるような気がします。http://circle.excite.co.jp/bbs/view.asp?cid=o0300063&iid=3&num=522&pg=2
イブン・ハルドウーンは大旅行家であるのは知っていたが、今回はじめて彼が 本来的には政治家であり、法学者であり、宗教学者であることを知りました。 多くの政変に巻き込まれながら(あるいは自ら政変の中で立ち廻りながら) 74歳の寿命を全うした大人物! 色々なところへの画像の電子投稿、メールでの添付書類交換が一般的になって もこれまで何とかマック専用ソフトで作図したものを最終的にPhotoshopに 移植して済ませていました。 しかし何かと不都合が多いのでついに今回から イラストレータに完全移行を決定しました。 「何を今ごろ!?」と云われ そうですが(汗) いつも私はこんな感じです。 最初のデジタル化、パソ コン化は早かったのですが、、、 覚えるのがちょっと苦痛ですが慣れれば 使いやすそうですね。 問題はこのソフト最新版を購入したのでOS10以降で ないと使えなこと。 個人のノートがOS9なのでまだ使えません(涙) 今朝の通勤途中カーラジオで「ビジネス展望」を聞いた。 内容は中国に関 する事だったが、その中で現在金融の殆どは投機関係で実質3%程度しか実際 の経済には貢献していないという事だった。 経済の世界では常識なのだろう が、これは異常なことではないだろうか? かって中世イスラーム世界では遠隔地間価格差が利潤となり、古典的資本主義 社会では資本(労働・資源価格)と生産品価格差が利潤となった、とのこと。 今や投機といった情報価格差が利潤となっているのだろうか? これが今日の 貧富を分けるとされるデジタル・デバイドの基本構造なのだろう。 中東・ アフリカといった第三世界と先進諸国の拡大する一方の富の差もこれが原因 だろう。 やはりこの構造が何処か異常で、歪であるという感覚は持ち続ける 必要があるような気がする。 毎年そこそこの国際誌に論文を1報は出し、研究費も毎年独自できちんと取る、 それでもリストラで何時首を切られるかと皆が心配する。そのような事態を 引き起こし始めている、この所謂<大学の活性化>とは一体何だろう?
沿岸戦争の時もそうだったが、この1年程イスラーム関係書籍を読みあさる事 が続いた。 泥縄と云われればその通りだが、こんな事件でも起らない限り、 とても私がイスラームに興味を持つことは無かっただろう。 考えれば世界に 対する私の関心はこのような形でしか盛り上がらない。 、、、でもまあ、 人の関心とはこんなもの、仕方のないことか。 とはいえ、最近何かとストレスの多い職場環境にいるとまともに本を読む機会 がない。 よく「最近の若者は政治に関心がない」と云われるが、彼等もこの 不況の中、余裕がないのだと思う。 60〜70年代は関心が高かった時代 だと云われるが、あの頃はやはり高度成長期だった。 東京出版社から『文明としてのイスラム』加藤博著;中東イスラム世界(6) という本が出ている。 最初とても読み易そうだったので何となく読みはじめ たが、段々先に進むにつれ読みこなすのは大変な本であることに気がついた。 書き方は平易だが内容が高度。 大学生くらいには良い本だと思う。 後で 著者が経済学者であることを思い出し、成る程と思った次第。 この本の中で 特に重要だなと感じた点1つ。 『前近代のイスラム世界は、それが開放的商業社会としての性質を強く持って いたがゆえに、・・・ところが、イスラム世界は近代において根底的変容を 経験する・・・ イスラム世界がヨーロッパを「中心」とする世界資本主義 体制に組み込まれるなかで、東西・南北遠隔地交易の基軸的な中継基地から しだいにヨーロッパ工業に対して食料や原料を供給する「周辺」地域に転落し ていく・・・』p232 確かにその通りだと思う。 そう考えた時イスラーム世界の持つ課題は限り なく大きく、その中で増大した歪は今日明日に解決出来るほど簡単なものでは ないことは私にも感じ取ることが出来る。 最後に2、3データーベースということで、 (1)通常ラクダ遊牧の1年間の移動距離は2000キロに及ぶということ。 p27 これは先の「ラクダキャラバンが、60〜70日で1600キロを横断 する」ことにも、納得させられる。 (2)砂漠地帯では農地面積を灌漑水量で示すことがあるとのこと。 例えば テヘランでは水量単位であるサングsangが土地単位としても使われているらし い。p24 そう云われれば成る程だと思うが、なかなか日本のような土地に 住む者には想像が難しい。http://circle.excite.co.jp/bbs/view.asp?cid=o0300063&iid=3&num=550&pg=1
関節のあちこちに痛みが出たのは、風邪のせいでした。幸いインフルエンザで はなさそうで昨日1日寝て大体回復基調になったところ。 寝床で読み残しの 『イスラム世界の成立と国際産業』をこのさいだということで全部読んじゃい ました。 なかなか勉強になりましたね。 基礎知識がないので未消化の部分 が多いのですが、何となく以前から納得出来なかったこととが1つ解消したよ うな? それについて1事。 (疑問)これまで色々な本で、イスラーム帝国は商業中心で農業は軽視してい た、そのことがこの帝国の弱点であった、というようなことが書かれていたよ うな気がします。 ところが一方で、9〜10世紀といったイスラム世界の 大征服時代にインドからの熱帯・亜熱帯の有用植物がまたたく間に西の果て アンダルスまで広がり『イスラームの緑の革命』と呼ばれるものが広がった。 URL↓ この事実とどのように折り合うのか不思議でした。 http://circle.excite.co.jp/bbs/view.asp?cid=o0300063&iid=3&num=533&pg=1 で、今回読んでみて自分なりの解釈を考えだし、これなら納得いくな、と思っ た次第。 さらにそれから波及して、ロマネスクの農業革命との関連について も謎が解けたような?? しかしこれはあくまで自己流の解釈、正しいかどう かは今度の課題。 (資料1)アッバース朝はウマイヤ朝の場合と同じに、税務行政の基本を農業 生産によるハラージュ税に置いたため、それ以外の分野、例えば商業・運輸・ 手工業・金融・等々に関してはイスラム法に基く正当な課税対象として制度化 出来なかった。アッバース朝における国際商業の飛躍的発展、産業部門の多様 化と生産の増大などの都市経済の繁栄は1つにはそうしたイスラム法にみられ る商業部門と農業部門の税の不均衡による。p385 (資料2)アッバース朝は(イラク)サワード地方の農業生産に、ハラージュ 税に過度の期待を持っていたので高率な税が農民の生産意欲を失なわせ、かつ 反体制的な民衆運動を引き起こすこととなった。(サンジュの反乱やイスマイ ール派カルマト教団の反体制運動)p342 (資料3)サワード農業の推進者といえる大商人は社会的・経済的変化に敏感 で、9世紀後半になると農業管理を放棄して経済的活動の場をシリア・エジプ ト・マグリブに移していった。p343 (解釈)これらのことを繋ぎ合わせて考えてみるに、農業開発の推進者といえ る大商人はあくまでも利潤の大きい商品作物の栽培を中心的に行い、それに十 分な利益が得られないとみるや財産を持って他の土地、即ち西方へ、次々と移 住していった。したがって『イスラームの緑の革命』と呼ばれるものは農業的 というより、むしろ商業的な色彩が濃いものではなかったか? そう考えると 納得がいきます。 事実ここで広められた植物は、稲、柑橘類、砂糖キビ、 バナナ、芋類、綿花、亜麻だそうです。 因みにこの頃の稲はお祭りか、病人 が食べるもので一般的な食事に供されるものではなかったよう。 (推論)さらに推察するにそのような事情のため『イスラームの緑の革命』と 呼ばれるものが『ロマネスク時代の農業革命』と構造的に共通するところがな かった為、その影響は殆どなかったし、また広められた植物も熱帯・亜熱帯の 植物であったが故に北方に伸びることはなかった。 と考えればよさそう。 話しは変わりますが、この本の中で一瞬だけ「サマーワ」、自衛隊の派遣され た地名が出来てきました。 イスマイール派カルマト教団とアラブ系遊牧集団との連携を述べる下りで、 歴史家タバリーによれば、カルマト教団と協力契約を結んだキャルブ族がその 地で監視を続けラクダを使い使節や商人達の商品を運搬していた拠点がサマー ワだとか。p356 さらに関連事項で書き殴れば、今度のG7では日本の為替相場介入による円高 是正に対し、アメリカから黙認の雰囲気があったとか。 前回のドバイの時と は異なりますね。 人によっては、これを日本の自衛隊イラク派遣に対する 「ご褒美」だとする穿った見方もあるよう。 大統領選を控え、ブッシュ大統 領としてはアメリカ産業界の要求に応じてドル安にもっていきたいところだろ うから、それを敢えて控えたのには何か訳がありそう。 9-11の直後、ブッシ ュ大統領が『我々の側か、テロの側か』と演説したのは多くの人の記憶にある でしょうが、そのような善悪二分論者のやりそうなこと。 、、おっと、脱線 しすぎのよう。
ぼちぼち読んでいる本に新たな情報が書かれていました。データーベースと いうことで(汗)。 家島彦一著『イスラム世界の成立と国際産業』岩波書店 1991年出版。 この中で著者はラクダ・キャラバン隊の一日の移動距離の例 として1日平均25〜30キロで、18世紀(中世で同じようなものでしょう) の記録によればペルシャ湾岸のクエートから地中海東岸のアレッポまで 1600キロを60〜70日で横断したとある。 この時のラクダの数が平均 2000〜3000頭。 以前のロマネスク掲示板での書き込み、『輸送力 再考』 2002/2/26書き込み分URL↓ で、 http://www.greengrape.net/bbs/bbs_2002/rbbs_2002_0403.html 上の記録によれば、ラクダの輸送能力は運搬専用のヒトコブ半ラクダだと1頭 につき200〜250キロとある。 だとすれば単純計算すれば、400〜 750トン級の輸送能力。 これは当時の1隻の大型輸送船並み(因みにコロ ンブスが乗った帆船は精々100トン程度) それに船だと水も食料も積んで いかねばならぬが陸路は現地調達出来るし、ラクダだと食料が歩くようなもの。 さらに輸送装置としてのラクダ隊だと部品(ラクダ個体)の交換は簡単だが、 船は当時巨大精密機械。 部品の一部、例えば舵1つ駄目になっても運行不可 能になるハイリスク装置。 さらに加えて帆船は、三角帆(風上に向かって 航行出来る)の開発があったとしても大型商船は殆ど風向きの影響をもろに 受ける四角帆だと云う(ここらへんは塩野七生著の「海の都の物語」に詳しく 書いてあったような記憶があります)から季節運行が基本だが、陸上輸送だと 定期的かつ恒常的輸送が出来る。 またこれが特に重要な点だと考えるが、海は点(港)と点を結ぶだけ、それ 以外の場所は影響を受けない。 その点陸路だと街道沿線全てに影響ある。 例えばラクダが必要とする水も牧草も安定に確保されてないといけない。 つまり維持管理体制が前提になる。 さらに長距離の交易と共に、平行して中・ 短距離間の交易にも当然関わっただろう。 以上の様に沿線全域にわたって 影響は極めて大きい。 これまで、海上輸送に比べ、陸上輸送は大したこと ないと漠然と考えていたけどこれは間違いに違いないと。 結論:イスラーム国家が、商業国家であったことはしばしばよく指摘されてい ますが、アラブの持つこの強力なラクダ・キャラバン輸送隊はイスラーム世界 が中世世界を制覇し、華麗な都市文化を建設するにあたって最強の武器であっ たのではないか?という疑問を持ちました。 でも、以前の書き込みでも書い てますけど、こんな事て歴史の本の何処を読んでも書いて無いんですよね。 もし私が歴史学専攻の学生だったらこれを卒論のテーマにするかも(笑) しかもこれってまさにロマネスク時代、地中海を隔てて起っていた事なのです よね! とても無視出来ませんね! 昨夜、左膝に違和感を感じながらも例の如く、何時間も踊ったら今朝少し左 股関節に痛みが出てきました。 今週は少おとなしくしましょうか? でも、 サルサ・カシーノの特別レッスンも、カシーノ仲間との自主練習の約束もある し、、、 グループで輪になってパートナーを代えながら踊るカシーノはとて も面白く本当に癖になります(汗) それについてはこちらでURL↓ http://www.tiempo.jp/indexes/index_jp.htmlhttp://www.greengrape.net/bbs/bbs_2002/rbbs_2002_0403.html
2003/11/17の『日曜夜のNHKスペシャル』 URL↓ で書き込んだエマニュ エル・トッド氏が今朝の朝日朝刊でインタビューに答えられていました。 表題の「アメリカこそ世界混乱の源」というタイトルはかなり過激ですが、 彼の主張には同意出来る点が多々あります。 特に『日本の同盟国がアメリカ だけなのは選択肢が無いに等しい』との指摘は全くその通りだと思う。 それ為に外交の切り札が限られてしまう。 日本はもっと友好国を作る必要が ありますね。 太平洋戦争と占領・植民地化といった負の遺産があるので、なかなかアジアで 友好国を作るのは簡単ではないが、それにも増して、わざわざ靖国参拝とかの 問題を引き起こす程愚かなことはない。 これは先日も述べた通り。 さらに 昨今イスラーム世界との関係もギクシャクするような事を引き起こすのはさら に愚かこと。 元々歴史的にイスラーム世界とはいい関係だったので此れを 台なしにするような事は本当に国益を損ねる。 あとヨーロッパとロシアとの 関係でしょうか? アメリカ一辺倒なのは自分自身も含めこの際改めなければと思う。 取り敢え ずささやかな個人目標として、数少ないフランス人の知人との友情を大切に すること。 スペイン語も出来るだけ覚えてラテン系の人との友達の輪をもっ と広げることくらいでしょうか?http://circle.excite.co.jp/bbs/view.asp?cid=o0300063&iid=9&num=1030&pg=2
昨日実験をしながら論文の構成を考えていました。既に出したデーターと今後 予想されるデーターを取り敢えずNature形式で(冷汗)纏めて、全体の体裁 を整えてみると今後どんな実験証明が必要であるかイメージが明確になって きます。 大きなFigure 3個(計8個の図)のうち既にデーターが出たもの を配置し、赤字でDONEの文字をいれていくのは楽しい作業です♪ 目下DONEの数5個。 とにかく文字や図表の形にしてみるとロジックの弱い部分とかがよく判る。 不完全な段階だからこそ体裁を整えてみる価値があるというものでしょう。 言語学者でイスラーム学者の井筒俊彦先生が何処かで『言語化の機能の1つは 認識』と云われてましたが、将にその通りですね。 文字にしてみて、始めて しっかりロジックを構築出来ることは何度も経験済み。 『大量破壊兵器』 2002/2/14の私の記録によれば、URL↓ 当日の英国ガーディアン紙が米国外交 筋の話として、アメリカ国防総省と中央情報局(CIA)がイラクのフセイン 大統領打倒を目標とする攻撃の準備を既に開始したと報じたとあります。 5月に予想される国連査察問題での対立を作戦開始のきっかけにするとの内容 でした。 この時点での私の反応は、 『まさか、いくら◯◯に欠けるブッシュ氏でもそれはしないと思うのですが? それをやってしまえばイスラーム世界はジハード突入する可能性が、、、 少なくともアメリカに敵対しますね。 単なる、牽制だと思うのですが?? ◯◯は自主規制』(以上、原文通り) その後の経過はご承知の通り。 いまアメリカ国内で『何故、大量破壊兵器に 関する間違った情報をアメリカ政府は受け入れたのか?』 ということで調査 委員会が設立されるとか。 上のガーディアン紙の情報が正しいものかどうか 保留事項があるとはいえ、しかしブッシュ政権には抜き難い不信感が私には あります。 所謂 <間違い>は私には意図的にしか思えません。 旧フセイン大統領の支持基盤であるバアース党は典型的な世俗政党で、 イスラーム原理主義とは本質的に敵対的な存在だということは少しでも イスラーム現代思想史を噛った人なら知っていることだったと思います。 単にアメリカの権力中枢にイスラームに対する基礎知識が欠けていたとも 考えにくい。 意図的に情報操作したとするならば此処らへんの謎も何か解け てくるような気がします。http://www.greengrape.net/bbs/bbs_2002/rbbs_2002_0403.html
ヒトの蛋白を大腸菌で合成させるとしばしばインクルージョンボディとなり 不溶性の沈殿となることがよくありますが、この問題がネックになりなかなか 先に進まず悩んでました。ようやく1年以上かかって解決。 精製も融合蛋白 の利点でアフィニティーカラムとゲルろ過2本でシングルパンドに精製出来 ました♪ 予想された活性も検出出来、この数日で論文の図3ヶ位でき上がり ました♪ 漸く論文の目処がついたところ。 この数ヵ月で論文完成させたい ですね。 峠を越えると後は大抵早いもの!? そうありたい! *************** 今朝のテレビの政治討論番組でコロンビア大学のジェラルド・カーチス教授 と中曽根氏が出ていました。 カーチス氏の外部から日本を見る目には傾聴 すべき点が多々あると感じた次第。 中曽根氏は小泉首相のイラクへの自衛隊派遣に勿論賛成の立場。10年後には 歴史的に評価されるとのこと。 しかしこれには私、個人的には疑問。 むしろ、イスラーム世界との関係を考えると、なかなかそのようにはうまく 進まないと思う。 しかし、いずれにせよ今度のサマーワ派遣は試金石になる ので無事にかつ成功裏に進んで貰いたい。 例え反対でも派遣の成功に日本の 将来がかかっているし、うまく事が進めば<災い転じて福となる>可能性も ある。 一方、中曽根氏の「これから10年の中国」に対する考え方には傾聴するとこ ろがある。 今後、中国とアメリカを2つの軸にアジアが動いて行くとの考え 方はその通りだと思う。 また最近の中国が、6国協議や周辺アジア諸国への 働きかけを積極的に行い、アジアでの主導的立場に立とうとの意志が感じられ る。 それに対し日本は少し出遅れているとかねがね思っていましたから。 彼の云う10 + 3 (ASEAN+日中韓)の戦略は重要な提言だと思う。 その為に も小泉氏が靖国参拝で中韓の悪評をとっていることは愚かなことだと私は思う。 例え個人的信念でも国益を損なうことは止すのが首相。 引退からでもゆっく り行けばよいこと。 そうすれば誰も文句は云わないし、云う方が間違って いる。 (注、中曽根氏は靖国参拝は賛成の立場です) カーチス教授は遠慮がちであるが、イラク戦争の正当性に疑問を示すとともに、 この事がアメリカの大統領選の焦点にはならないだろうとの意見を述べられて いた。 私もその通りだと思う、アメリカはとても内向きな社会だし、何より あの9-11がある。 また今、日本で話題になっている憲法改正論議を、彼はま だ国家観に対するコンセンサスが日本の社会の中で成熟してないのにとてもい ま憲法改正にもっていくのは無理がある、本末転倒ではないか? とも遠慮が ちであるが述べられていた。 まことに尤もなこと。 一方、中曽根氏は政界再編成を経た2大政党制の実現の可能性を指摘され、 その実現の可能性の高さを主張されていたが、ここでもカーチス氏は現在の 小選挙区制では2大政党制への移行はなかなか難しいこと。 また2大政党制 があるのは、米英だけでヨーロッパでは大抵複数政党の連立が一般的である ことを指摘されていた。 どちらが今後現実になるかは判らないが、中曽根氏 のような「情念」が政治の世界の大きな力であるのも事実だろうから、ここは 中曽根氏自身よく知る情念の世界か、カーチス氏の冷静な政治分析のどちらが 実際の政界を動かすが見物だろう。 結論; カーチス教授は外国人であるが、日本に対する分析には傾聴に値する点 が多々ある。 ****************** 昨日はクラスを2つも受けたのちまた例の如く夜更けまで踊ってました。 で、 昨夜見知らぬ美人が隣の椅子に座って居られたのでダンスに誘ったところ快く 応じて貰いました。 暫くして、とても上手なのに驚き、やがてサルサの先生 だと気がつきました。 何度かイベントでみた顔でした。 知らぬこととは 云え冷汗もの。 m (_ _;; m
『ギリシャ思想とアラビア文化』一見難解そうだが、それなりにわかりやすい。 予想通りの本でした、お薦めの1冊。 この初期アッバース朝の翻訳運動の意義は、 『科学思想および哲学思想が特定の言語や文化に縛られるものではなく、国際 的であるということを、歴史上始めて証明したことにある・・・ ・・・(様々 な文化圏に)このコンセプトのモデルを提供し、それを適用することを容易に した・・・ ・・・西欧においては、ハスキンズが12世紀ルネッサンスと 呼ぶものと、本来のルネッサンスの両方においてである。』 p215 冒頭に挙げられたE・サイードの言葉とは、 『・・いかなる文化も単一で純粋ではない。すべての文化は雑種的かつ異種 混沌的で、異様なまでに差異化され、一枚岩ではないのだ』 そしてそのことを一番よく知っているのは、中国と西欧からの文化に誰よりも 恩恵を受けた、我々日本人でしょう。 ことさらに各々の文化の違いを強調し、 それらが衝突する図式でもって現代の紛争を説明しようとする輩からは距離を おく必要があるようです。 またその為には、各々の文化圏が他の文化圏との 世紀を越えた交流の歴史であること、いかなる文化も単一で純粋ではない、 ということを確認する必要があるでしょう。 、、、う〜ん、批判的なわりには、私もかなりなサイード派?
以前の書き込みで、カロリング・ルネッサンスにおける古典文化の再生に文字 の簡略化等が大変意味を持っていたということがフィリップ・ヴォルフ著の 『ヨーロッパの知的覚醒』で指摘されていました。 URL↓ 2000/11/12 書き込み分「カロリング体とi-MODE」より 今回の『ギリシャ思想とアラビア文化』でも、著者のグタス氏はギリシャ語 からアラビア語への翻訳事業において文字の簡略化、即ちアンシャル体から 小文字体の転換が翻訳を容易にしただけでなく、ギリシャ思想のアラビア化、 あるいは深化に役立ち。 さらにはアラブ世界で共通の遺産となった高度の 共通語(さらに驚いたことには、現代アラビア語が読める人は中世アラビア語 も読めるらしい)の普及にも重要な意味を持っていたことが指摘されていました。 カロリング・ルネッサンスを導いたアルクインによる文字の簡略化や句読点の 導入は当時の保守主義的立場からすれば眉をひそめるものだったかもしれない し、アッバース革命期における書体の簡略化もそうだったかもしれない。 そう考えると、日本のカタカナも外来語をスムーズに導入し、且つ本来の意味 のみならずそれから派生した様々な概念を普及させるのに大変貢献をしている ような気がする。 カタカナの氾濫は一般にネガティブに捉えられることが 多いが、そういう側面も考えてもいいかもしれません。http://www.greengrape.net/bbs/rbbs_2000_1115.html
今日の読売新聞にハンチントンの『文明の衝突』からの引用があった。 今日アカデミズムの世界で厳しい批判がなされている本に対し、特に断わりも なく記載するのはなかなか凄いと思うが、日頃の読売の内容から考えれば、ま、 それも有り得ることかな? と妙に納得しました。 /(^o^;;
バーナード・ルイスは色々批判の多い著書、『イスラム世界はなぜ没落した か?』かで、末期のイスラム社会が、外部の文化や学問に対し全く興味を失っ ていったことを指摘し『18世紀の後半まで中東の言語に翻訳されていたのは たった1冊に過ぎない』と述べている。p59 URL↓ しかし、『ギリシャ思想とアラビア文化』の著者ディミトリ・グタスはそれら ルイスの記載を否定するような例を多数列挙し、15世紀から18世紀のオス マン帝国においてもなお翻訳活動が、特にギリシャ・ラテン語からのそれが 盛んであったことを述べ、これらの研究が『まだ十分には研究されていない』 p194とも指摘している。 もしグタスが正しいとすれば、ルイスの指摘は単に西欧からの翻訳に限ったも のかもしれない。 しかし例えそうであるにせよ、文脈としての『末期のイス ラム社会が、外部の文化や学問に対し全く興味を失っていった』ということに は問題があることになる。 また、グタスはルイスの著書を全く参考文献に挙げてない。これは彼がかって オリエント研究が盛んであった多くのドイツ人研究者を引き合いにだしたのに 対し対照的。 『文明が衝突することを似非学問的な著作で主張し、憎悪を広 めようとする者がいる』とまえがきで述べ、冒頭でサイードの言葉も掲げたに しては意外なことだが、それはもしかすると、彼がルイスを<引用さえしたく なかった>のが原因かもしれない。http://circle.excite.co.jp/bbs/view.asp?cid=o0300063&iid=3&num=525&pg=1
『ギリシャ思想とアラビア文化』の中に以前紹介した、 背教者ユリアヌス が出てきました。 URL↓ No506〜512 『イブン・アン=ナディームは別の箇所では、ユリアヌス帝(位361-363年) の物語に共感する話しを要約している。キリスト教徒のビザンツ人は「予言者 の法に反する」という理由で、始めは哲学を禁止する者として描かれている。 その後アリストテレスの注釈者テミスティオス(390年頃没)の影響下にあった ユリアヌスが、哲学研究を復活させている。しかし彼の死後、それはキリスト 教徒によって再び禁じられるのである。』p102 読んだのはあくまで小説で、実在のユリアヌスがどうであったかには諸説が あるようですが、こうして別の系統の本でちらりとでも話題が交差すると私は ついつい嬉しくなります。 これも縦糸横糸ということで /(^o^;;http://circle.excite.co.jp/bbs/view.asp?cid=o0300063&iid=3&num=544&pg=1
『ギリシャ思想とアラビア文化』 副題に「初期アッバース朝の翻訳運動」 とある。 原書出版は1998年、日本語版は2002年。 これがハンチントン の『文明の衝突』を念頭に書かれ、さらに9-11の影響ですぐさま邦訳が なされたと推察することは可能でしょう。 専門書である以上決して読み やすいというものではありませんが、素人でもちゃんと読んでいけば判る ように書かれていると思いました。 まだ1/3くらいしか読んでいま せんが、この手の本でこの位のスピードで読んでいけたのは驚異的。 やはり予想通りに良書だと思いました。 なにしろ「読みやすい」という ことが私の判断基準の1つですから。 アッバース革命がそれまでのアラブ人支配の終焉と、新たな政治的・宗教 的秩序、即ちペルシャ的社会形成を意味していたということはこれまでも 多くの本で指摘されていたことですが、この本の中ではそれと翻訳事業との 関連を比較的解りやすく解説されていました。私が理解したところによれば、 ウマイヤ朝を倒した後、かかってアッバース朝の支持基盤でもあったイラン・ ホラーサーンのペルシャ的、あるいはゾロアスター的勢力との内戦(?)を 戦いを行うにあたって、政治的敵対者を軍事的に排除するにしても、文化的 背景そのものを根絶しようとはしなかった、むしろそのゾロアスター的イデ オロギーを吸収することに努めたということ。 そして、その一環として 古代からサーサーン朝まで綿々と繋がる文化的遺産、それにはペルシャ的な ものだけでなくギリシャ的なものやインド的なものも含まれていたが、それ を既にアラブ化した社会にとって必要とされた「翻訳事業」としてわが身に 受け継ぐことでアッバース朝がそれらの正当な後継者であることを納得させ ようとした。 そういういうことらしい。 この理解が正しいのかどうかはさらに読んでいかないといけませんが、その ように理解することで私なりに翻訳事業の意味が解って来たような気分です。 私はこの翻訳運動がその後のイスラーム繁栄の基礎を作ったという立場なの で注目していましたから。↓ URL http://circle.excite.co.jp/bbs/view.asp?cid=o0300063&iid=3&num=525&pg=1 それにしても、この翻訳が、ギリシャ語文献のみならずインドやペルシャ語 文献からの翻訳であったということは今回始めて知りました、確かにそう いえば「ゼロの概念」もこの時伝わったのですよね。 これによっても如何 に我々が西欧史観に毒されているかが判ります。 さて、このことは現代の中東を考える上でも参考になるのではないで しょうか? 特に『政治的敵対者を軍事的に排除するにしても、文化的 背景そのものは残した、むしろそのイデオロギーは吸収していった』 という点は重要だと思います。http://circle.excite.co.jp/bbs/view.asp?cid=o0300063&iid=3&num=525&pg=1
久しぶり某市総合図書館に行って来ました。 このところ雑用で振り廻され、 仕事も満足に出来ない状態でしたが、ちょっと一段落したので気分転換で ドライブを兼ね足を伸ばしました。 いつもは予めネットで検索して借りる本 をリストアップした上で行くのですが、今日は本棚の間を歩き廻る為に行きま した。 しばしばこの手の検索は漏れがあることを痛感していますので。 今回そのかいあってよい本が見つかりました、多分? 『ギリシャ思想とアラ ビア文化;初期アッバース朝の翻訳運動』ディミトリ・グタス著、勁草書房。 まだ内容をわずかしか読んでいませんので予感に過ぎませんが(汗) 以下のようなまえがきが目に入り即、気に入ったということです♪ 『本書が扱っていることは、ギリシャとアラビアという2つの文明が翻訳を 通じて時を隔てて出会ったこと、そしてそのような独特な異分化の出会いを 可能にし、実あるものにした政治的・社会的・イデオロギー的情況である。・・・ ・・・文明が衝突することを似非学問的な著作で主張し、憎悪を広めよう とする者がいるこの時代にこそ、本質的な調和、独立、そして文明間の相互 関係について、また我々に共通の人間性について、歴史から学ぶことがふさわ しいであろう・・・』 まさにこれが長いこと求めていたテーマぴったり、て気がします。 本文の 冒頭にはあのE・サイードの言葉も掲げてありました。 さて、期待通りで しょうか? 乞う、ご期待!ということで。 また何かあれば書き込みます。 取り敢えず予告編ということで(笑)
久しぶり某市総合図書館に行って来ました。 このところ雑用で振り廻され、仕事も満足に出来ない状態でしたが、ちょっと一段落したので気分転換でドライブを兼ね足を伸ばしました。 いつもは予めネットで検索して借りる本をリストアップした上で行くのですが、今日は本棚の間を歩き廻る為に行きました。 しばしばこの手の検索は漏れがあることを痛感していますので。 今回そのかいあってよい本が見つかりました、多分? 『ギリシャ思想とアラビア文化;初期アッバース朝の翻訳運動』ディミトリ・グタス著、勁草書房。 まだ内容をわずかしか読んでいませんので予感に過ぎませんが(汗) 以下のようなまえがきが目に入り即、気に入ったということです♪ 『本書が扱っていることは、ギリシャとアラビアという2つの文明が翻訳を通じて時を隔てて出会ったこと、そしてそのような独特な異分化の出会いを可能にし、実あるものにした政治的・社会的・イデオロギー的情況である。・・・ ・・・文明が衝突することを似非学問的な著作で主張し、憎悪を広めようとする者がいるこの時代にこそ、本質的な調和、独立、そして文明間の相互関係について、また我々に共通の人間性について、歴史から学ぶことがふさわしいであろう・・・』 まさにこれが長いこと求めていたテーマぴったり、て気がします。 本文の冒頭にはあのE・サイードの言葉も掲げてありました。 さて、期待通りでしょうか? 乞う、ご期待!ということで。 また何かあれば書き込みます。 取り敢えず予告編ということで(笑)
関係があるかどうか不明ですが、ギンズブルグの『闇の歴史』の中に、神話や 儀礼の中にハ行(足に皮、この漢字も私のパソコンでは出ません、涙)や、 片足が裸足であることの重要性が指摘されていました。 そのもつ不完全さ、 これは昔ロマネスク掲示板で話題にしたことと重なります。 「歴史としての 身体」池上俊一著、柏書房出版、の中に以下のような文章があるます。1999/10/4 書き込み『裸足の象徴的意味』より、URL↓ http://www.greengrape.net/bbs/rbbs_1999_1019.html 『・・裸足には象徴的意味があった。図像ではキリストや聖なる人物は、しば しば裸足で描かれる。 ところが片足のみ裸足なのは、悪徳・堕落の印であり、 12世紀初頭、南フランスやスペインで彫られたレリーフに片足裸足の女が 彫られているのがその例である・・』 p107 あのキリスト教化された図象も実は、元を質せば異教由来だったりして?? この本比較的読みやすいが、やはり難解。 というか、ちょっと私にはゲン学 的に映る(汗)。 しかし『ベナンダンティー』以来、彼の本の中では面白い 方(まだ1/3程読み残していますが、、) 広範囲(インド・ヨーロッパ語属を越えて)な文化圏に認められる民衆文化。 1)恍惚(脱魂)状態で、2)動物に変身(あるいは動物に乗って)して、 3)豊穰の為の戦いにでる者達。 そこにギンズブルグは先史時代に遡るシャ ーマニズムの系譜をみる。 彼はユング的『原型』をその説明に用いない。 しかし彼はそれを直接批判しようとはしない。 ただその解釈をとらない立場 を表明するだけ。 私はそれでいいのだと思います。それらの仮説を吟味し、天秤にかけ、判断 するのは我々の課題でしょう。 研究者の第一義的な目的は新たな仮説を提唱 すること。 如何なる解釈も1つの仮説に過ぎないわけですから。 正月休み もあと2日、何とか読み終えたいです。http://www.greengrape.net/bbs/rbbs_1999_1019.html
明けましてお御目出度うございます <そう、芽が出るのです! 今年も宜しくお願いします。 ただ暦の上だけの区切りだとは判っているのですが、何となく新年は気持ちが 晴れ晴れし「芽を出したい」と思うものです。昨夜、大晦日は始めてカウント ダウン・パーティーなるものに参加し、大騒ぎし明け方近くまで踊っていました /(^o^;; ラテンパブ主催の催しものでしたがとてもアメリカンでした。 米軍関係者が 多かったかもしれません。 こんな新年の迎え方もたまにはいいでしょう。 クリスマス・パーティーを祝い、除夜の鐘を聴き、(ついでにアメリカンな カウントダウンパーティーで大騒ぎし)最後は三社参りをする。 キリスト教、 仏教、神道が渾然一体に日常が流れていく。 昔はこのような日本文化の節操 の無さを嘆いていましたが、この時代にあってこれこそ日本の知恵、21世紀 への鍵かもしれないと思うようになりました。 ケルトの伝統では12月24日から1月6日までは『12夜』と云って、 (計算が合わないのは今日のところ無視しましょう、笑)死人が徘徊する季節 だそうです。 この時期をクリスマスからお正月として楽しく過ごせる我々 日本人は恵まれています。 今日はラテンの音楽を聞きながら元旦から仕事始めです。
来年もどうぞよろしくお願い致します。 実質的に私は今日が仕事納めです。 あと一頑張り、よい結果を出して今年を納めたいものです。 明日大晦日は 注文していたオセチ料理を取りにいくだけ、夜からはカウントダウン・パー ティーに出かけます♪ 実は私自身、この1年は色々大変な年でした。今はまだ具体的な形にはなって いませんが多分私の生活環境も変わることになるでしょう。 それはまた最終 的に決定した段階でそれとなく報告することにします。 しかし、如何に私的 生活に翻弄されようとも社会や世界に関心を持ち続けることは忘れないでいよ うと思っています。 それでは、皆様よい歳をお迎え下さい。
イランで大地震があり、死者が5000人を超える模様だとか、犠牲となられた 方のご冥福をお祈りいたします。 それにしてもイランはしばしば地震に 襲われますね。 読売新聞によれば90年6月に北西部で起った地震で4万人 近くが、97年東部の地震では1500人の犠牲者が出たとか。 このように天災に しばしば襲われる社会が、その世界観を影響されるであろうことは容易に想像 されます。 ペルシャ文化の中にゾロアスター教や、マニ教のような「神」と 「悪魔」の二元論的要素があるのはもしかするとそれと関係があるかもしれな いと思ってしまいます。 ギンズブルグの『闇の歴史』の中にあのジャック・フルニエがまた登場しました! URL↓ http://circle.excite.co.jp/bbs/view.asp?cid=o0300063&iid=3&num=436&pg=6 モンタイユーの片方の主人公、カタリ派の異端審判の指揮をとったパミエの 司教にして、後の教皇ベネディクトウス12世。 ここで彼はハンセン病患者 を、ムーア人のスルタンにそそのかされて井戸や泉に毒と魔法の粉末を入れた として、『わずかの妊娠中の女と、害毒をなしえない子供を除いて』p71 ことごとく火刑に処しています。 ただ唯一救いがあるとすれば、7年後の1338 年、ジャック・フルニエこと教皇ベネディクトウス12世は彼自身の手でこれ ら告発され虐殺されたハンセン病患者が『無実で無罪』であるとして赦免した とか。p91 この中でギンズブルグは以下のように述べています。 『・・また事件の主役(犠牲者を除いて)がみな悪意をもって行動したと考え るのも同じように馬鹿げたことだろう・・・あらかじめ作られた説を、拷問に より強引に引き出すことや、多少なりとも宗教的な目的の為に偽物を作ること は(今日でも同じように当時も)不運にも証拠に欠けた真実を証明するという 確信のもとに、全き“善意”をもってしても可能な作業なのである。・・・』 p85 注;( )はギンズブルグ自身により、“ ”は私が入れました。 『理念を掲げて戦うものはやっかいだ。人間同士なら敵とでも妥協や交渉が 可能だが、理念を掲げる限り合意に達することは永遠にない』 スペイン人 詩人ブランコはこのように語ったといいます。 URL↓ http://circle.excite.co.jp/bbs/view.asp?cid=o0300063&iid=9&num=997&pg=3 ジャック・フルニエにしても、現代のイスラーム原理主義者にしても、また ネオコンと呼ばれる民主主義至上主義者にしても、多かれ少なけれそのような 傾向があると私は考えています。 色々な意見があることは承知しています。 しかしこのところ私はこのブランコの言葉が一番同感出来ます。
カルロ・ギンズブルグの『闇の歴史』をこの休みに読破しようと思い図書館 から借りてきました。 難解な第1章は飛び抜かし2章から読んでます。 此れは私の特技で難解な本に対してしばしばやる手です。 後で読み残した 部分を読むこともあるし、結局読まないこともありますが、Better than nothing ということで、、(汗) 栄養要求株を普通の培地で培養してしまいました。 当然のことながら生えて きません(汗) というわけで、今日の仕事は潰れました(涙) イベント 続きに、仕事納めで気合いが抜けていたからでしょう。 此処でもう一度 「兜の尾を締めよ」ということでしょう。まだ今年はあと1週間あり!!
山内東大教授の解説がある。 その中に『東アジアにおける日米の国益は重な るが、中東におけるそれは必ずしも重ならない』と云う点を指摘されていた。 私もその通りだと思う。しかし問題は「その2つを別けられるか?」という点。 これに対する山内氏の回答はない。 連立方程式の解は今のところ誰でも納得出来るものはないというのが現状。
土曜の夜、神戸のポートアイランドで開かれたいた分子生物学会から帰りました。 水曜から4日間の期間中、夜は暇だと踏んで10月に出版されたばかりの カルロ・ギンスブルグの新著『歴史を逆なでによむ』みすず書房 を持って 行きましたが。 連日夜は遊びに出かけ、結局読んだのは半分程度。 同門会 に、ルミナリア見物、それに神戸のサルサクラブにも行きました /(^o^;; それでも多少は本も夜読んでみました。それにしても何時もギンスブルグ は難解ですな〜〜! 最初の2章くらいは苦痛でした。 それでも第5章の 「人類学者としての異端裁判官」は昔彼の『ベナンダンティー=夜の合戦』 を読んだこともあり大変面白かったです。 その1節をちょっと紹介します。 ベナンダンティーからの引用で、異端審判に引きずり出された被告である 農婦の証言の記録の中に、 『・・・(シピッリアもピエリーナも=農婦)人々がヘロディアーデと呼んで いるディアーナの遊びに出かけるのをつねにしていた、そしてその婦人に 「オリエンテ様、ごきげんよう」と挨拶した、と告白したことがあったと述べ ている。 この一連の呼称(ディアーナ、ヘロディアーデ、オリエンテ様) は一見したところでは整合性を欠いているように見える。しかし、この点を 解決するのはきわめて簡単である。シピッリアもピエリーナもただオリエント のことだけを語っていたのであった。それをディアーナやヘロディアーデと 同一視したのは異端裁判官ルッジェーロ・デ・カザーレの示唆によるのであっ たのである・・・』p142 彼はこのように語り、例えその記録が異端審判官の色眼鏡を通した記録であっ たとしても、その中に何がしかの真実を探ることが出来ることを示している。 また最後に彼は以下ように述べてこの章を締めくくっている。 これは私 が何時も述べていることで、タコツボ的研究こそが創造的仕事を生みだす可能 性があると云っていることと直接結び付きます。 『・・・ある現象があって、それが大抵は断片的な仕方でしか記録されていな い場合、その現象がどの程度に普及しているかということをもってそれの歴史 的な重要度の目安とすることはできない、ということが力説されなければなら ない。大抵はごく限定された信仰中核と結び付いた、少数の文書であっても、 それを丹念に読むほうが、膨大な量の反復的な文書を読むよりもはるかに啓発 されるところが大きいのである。』p147 それから、このような記載に出会い小躍りしてしましました。これは以前この 掲示板で写本の系図を調べる過程で、きっと中世の修道院に残された写本の 一部がイタリアのカッシオドルスの編集したものがあるのではないかとの予想 がはっきりとここでも肯定されたからです。 『・・・カッシオドルスの指導のもとに準備された有名なラテン語版も、中世 には広く、なかでもフランス北部とフランダース地方には流布していた。』p102 それから学会はいつものことですが、大変刺激され、焦ってきました。 時代に取り残されないようにしなければ・・・ それとは別ですが、 神戸のサルサ事情も付け加えますと(汗) スタイルは都会的で、 私が習っているコロンビアの素朴で激しいタイプとはかなり異なり ます。 しかし大変楽しめました。 1つ導入したいフリも覚え、 早速昨夜博多に着くなり、そのままの出で立ちでサタデーナイト フィーバーに雪崩こみ試してみました。 しかしまだまだ実用化には 練習が必要のよう・・・(汗)
>調べてもさっぱりわかんないんです まず、何を調べられました?貴兄の理解していることはなんですか? 質問が大まかすぎてだれも答えられないと思います。
ロマネスクとゴシックのそれぞれの特徴と違いを だれか教えていただけまんか? 授業で出されてる課題なんですが... 調べてもさっぱりわかんないんです(TT) だれかお願いします!!
サン・マルティン教会へは、数年前に行きました。 この地域の特徴らしいのですが、回廊がなく、その代わりに外壁の側面に柱廊がついており、 その柱頭にロマネスク彫刻が施されています。 旧市街の外側にあるサン・ミリャーン教会も、同じような感じです。 あと、先日のNHKの番組で、アルカサールを見渡せる道をバスが通っている時に写っていましたが、 12角形のベラ・クルス教会もあります。 この教会は、建築本などにもよく記述されています。 他に旧市街とその周辺に、いくつものロマネスク教会があります。 同じスペインのサモラ(Zamora)というところも、 町の端から端まで1〜2km程度の小さな町の中に、ロマネスク教会が10前後建っていました。 ロマネスク建築が徒歩圏内にそこまで数多く残っていることに、驚きました。
ポートアイランドで分◯生◯学会です。 宿は三ノ宮近辺のタワーサイド ホテル。土曜日まで3泊4日と長いので1日は、夜こっそりとホテル近くの ラテンパブに踊りに行ってみようと考えています /(^o^;; ↓URLhttp://www.amigoken.com/kobe_jp.htm
私もNHKの『世界遺産の旅スペイン』観ました。 もっとも土・日と例の ダンス関係のパーティーと忘年会に出かけてしまい、続編は観損ないました(涙) セゴビアのローマ時代の水道橋はよかったですね。 実は早速図書館で紅山 雪夫著の『スペインの古都と街道』を借りて調べてみたところです。番組では 少判りにくかったのですが、Segoviaの街がエレスマ川とクレスタ・デ・ロス・ オヨス川に三角の二辺を囲われ、残りの部分が陸峡でここに旧市街に水道を 通す為に水道橋が建設されたこととが理解できました。 この旧市街の真ん中 にサン・マルティーン教会という美しいロマネスク様式の教会があるとか、 本の中でも簡単にしか紹介されていませんでしたがご覧になられましたか?
ごぶさたしております。ネタがないので、しばらく引っ込んでいました。 TV局の回し者ではありませんが、ロマネスク関係のTV番組の紹介です。 ご覧になっている方もいらっしゃるかと思いますが、今週、NHK総合テレビで、 『ハイビジョン生中継・世界遺産の旅スペイン』という番組が放送されています。 これまで、セゴビアの水道橋や旧市街、アビラの城壁や旧市街などが紹介されました。 セゴビアは旧市街にロマネスク教会も沢山あるのですが、当然と言うべきか、教会単体の映像はなし。 やはり水道橋やアルカサールの映像がメインになってくるので、仕方がありません。 とはいえ、映像で旧市街などが見られるのはやはりうれしく思います。 家族と、旅行したときの思い出を語り合いながら、毎日見ています。 今夜はレオンの大聖堂とアランブラ宮殿、明日はサンチャゴ巡礼路が紹介されるようです。 楽しみです。
「インド・ヨーロッパ語族」の起源が、約9千年前のトルコの農耕民族の言語 にさかのぼるとか? 同じ手法で昔『カンタベリー物語』の多数の写本の系統 樹を作成し、その中から最も原本に近いものを探し出したという論文がNature に載っていましたね。 この結果もそれまでの定説を覆えすものだったようです。http://www.asahi.com/science/update/1127/001.html
イラクで外交官2名が射殺されたとの報道。 ご冥福をお祈り致します。 テロなのか、強盗なのか真相は不明ですが、此処で動揺してはいけないと 思います。 そうしなければテロ組織の思う壷でしょう。 政府もこの覚悟 なく此れまでやってきたわけではないはず! 自衛隊の派兵もそろそろで しょうが、たとえイタリアの様に多くの犠牲者がでたとしても方針を変える ことがないようお願いしたい。 逆に云えばそれだけの覚悟で行なって欲しい。 勿論私は派兵に反対ですが。
「ちょっと著者をど忘れしてしましましたが、、、」 との書きだしでこの 文章を書き始めたのですが、フト気が付いて検索にかけたら一発で出てきま した。 本当に便利な世の中になったものです。 で、話しをもとに戻して 話題というのは、 ハンチントンの『文明の衝突』理論は、最近のアカデミックな世界ではその 文明に対する粗雑な認識が徹底的な批判の対象になっている。しかし、一般 大衆にはやはりかなり受けているよう。 とりわけ9-11以降、我々日本人すら、 もはや無関係では無くなった一連のテロ事件、イスラーム社会と西欧社会の 衝突という図式はとても世間受けしている。 では何故そうなのか? 考えるに、長い視野で歴史を考える専門家と違い、やはり我々一般大衆は自分 自身が歴史の中で生きているわけで、その認識する対象は精々ここ30年位の もの。 これは何時か、『死の発見』という本の中で松原氏が述べた通りで、 『歴史感覚としては、普通人間は、30年前にあったことはずっと昔からあっ たと思うんじゃないか』p102 そのまま。URL↓ だから、例え歴史家が「文明も歴史的に色々変遷を遂げてきた」と云われても、 ピンと来ない、、、 な〜んて、ことを昨夜、夜間の駐車料金が驚く程安く なっているのに気がつき(9時から深夜1時頃まで駐車してたった400円で した! 何しろ十時以降1時間50円なんですよね!) バブル期のマハラジャ 現象を思い出し、「お立ち台」から「文明の衝突」て奇妙な連想をしてしまい ました。/(^o^;;http://circle.excite.co.jp/bbs/view.asp?cid=o0300063&iid=3&num=462&pg=4
何方か観られたでしょうか? 1229年、神聖ローマ皇帝フリードリッヒ2世 とアイユーブ朝アルカーミルによって結ばれた平和条約。 これによって エルサレムは平和裏に神聖ローマ皇帝の統治権に下ることになったとか。 10年というわずかな期間しか有効でなかったこともあり、また破門された者、 フリードリッヒ2世の評判がおとしめられたこともあり、その後の歴史から 無視された感もありますが、今日、パレスチナ問題や中東を巡っての新たな 戦争の時代にあって、注目されはじめています。 番組の中でも「宗教的熱狂 の中にあって現実的解決を図った例」として紹介されていました。 それにしても、このように13世紀の歴史を扱う場合にも実際には我々の生き る現代と無関係ではない。 いやむしろ現代があってはじめて歴史的事件に 対する我々の評価が変るわけで、本当に歴史て奥が深いというか、難しいと いうか、 <出産率とイスラーム原理主義> 「イスラームとは何か」別冊『環』藤原書店2002年5月出版の1文、エマニュ エル・トッド著の「イスラーム原理主義とは何か」は短い文章でしたが、大変 示唆に富むものでした。 ちょっと紹介します。 彼はイスラーム原理主義を<近代性への過渡期のイデオロギー>としその近代 性を測る指標に各国の出産率を使っていました。 2001年の段階で、彼の指標 による過渡期の終わっていない地域として出産率5.0以上を示す地域、つまり パキスタン、サウジアラビア、アフガニスタン、イエーメン、イラクなどを 取り上げていました。 特にパキスタン、サウジアラビアはアメリカの同盟国 ですが危機(=イスラーム原理主義)の瀬戸際にある国として指摘されてました。 因みに日本は1.3で、アメリカから原理主義国と名指しされているイランは2.6。 彼の議論がどれほど妥当なものなのか、私には判断の能力はありませんが、 留意しておこうと思った次第。 著者はフランスの人口学、人類学の研究者。
と言われそうですが、最近になって漸くバックアップを専用のハードディスク に取るようになりました。 これまで各項目毎にMOに別けて取ってバック アップをいたのですが、MOの数が馬鹿にならない程増えて、月1回でも苦痛 になり始めたのが理由。 ハードディスクはバックアップ後、物理的に切り離 して堅固なロッカーに保管してますので大抵のことでは安全? 以前、Iidaさんでしたか? バックアップは地理的に離れた場所のサーバーに 置くのが一番安全と云われてましたが、まだまだそのレベルには遥かに及びま せん。 しかし以前よりは簡便で安全度も増したかな? て思っているところです。
『イスラームとは何か』別冊「環」藤原書店2002年5月出版 が在庫保存 書籍としてネット登録されていました。 検索で見つけて、たまたま『イス ラム全史』の延長手続きもあったので、図書館に出向き幾つかの章を流し読み してみました。 なかなか面白かったです。まだ『イスラム全史』も読みかけ ですが借りてきました(汗) ルイスを始め、幾つかのイスラーム関係書籍でアッバース朝が革命的政権と いうこと。 この時代にイスラーム世界が遠くイベリア半島まで延びたという 事実に注目していました。 ロマネスク時代にも延長ますし、これは次の検討 課題だな、と思った次第。 で、此処で面白い記載というのは以下の文章です。 『・・アンドルウ・ワトソンさんが「緑の革命」と名付けた、イスラーム地域 で生じた農業革命です。 9〜10世紀ごろ、農業革命が生じ、ほんの短い間 に旧大陸世界全体に及んでいます。 ・・アッバース朝時代の9〜10世紀に かけて、インドで栽培植物化されたものがわずか1〜2世紀の間に遥か西の 涯イベリア半島まで広がってしまう。』p6 以前、シシリアの歴史を調べた時にもイスラーム支配下で同じような農業革命 についての記載を読んだ記憶があります。 それが果たしてロマネスク時代の 農業革命と結びつくのか? これまで西欧史家はその点についてコメントして いなかったように思いますが? 、、、果たしてそうではなかったのか? それとも黙殺していたのか? これは1つの検討課題。
テレビのインタビューとか見ると有権者の大多数は「景気」に意識が集まり、 中東問題とかには意識が行かないようだ。 中東は遠いようで、エネルギーの 大半を中東の石油に依存してる日本にとって国家の存亡に関わることだと思う のですが? 率直に言って「景気」は政府の力で簡単に動向が変わるものではない。 計画 経済をした共産圏ですら全く思うように行かなかったではないか! 勿論、 政府の政策が無力というわけではない。 むしろ産業基盤に対する国家戦略や 年金制度は最も重要な仕事だろう。 しかしこれらは国家百年の計の属するも の、今日明日を変えるものではない。 いずれにせよ今日の結果で明日の日本が見えてくるに違いない。 もし政府が 愚かな方向に進みそうだとすれば、それは何よりも国民の愚かさを意味してい るにすぎない。 希望があるか、緩やかな坂道を転がっていったオスマン帝国 のようになるか、ある程度予想がつくかもしれない。 それによって我々も 腹も括らねばならないでしょう。 しかし、野口先生の言う『会社(組織) にも国家にも頼らない個人の生活設計』というのはまさに至難の業。
某知事の暴言が続く、以前なら大きく政治問題化しただろうが、今のところ 其れほどでもない。 国民の意識が右翼化した証拠だと思う。 アメリカ議会で唯一人アフガニスタン侵攻に反対した黒人女性議員の演説を 聞く機会があった、『Wait minute・・・Step back』というような言葉が 聞き取れた。 日本もアメリカも徴兵制はない。戦場に行くのはプロの集団に任せて置けば いいという状況はある意味我々に真剣さを失わせているような気がする。 オスマン帝国を調べた時に、緩やかな坂道をゆっくり転げ落ちていくような 歴史を感じた。 それが明日の日本の姿ではないという保障は何処にもない。 『普通の国になるべき』という言葉が聞こえる。 しかし『普通の国』 というのは存在しない。 あるのはブルガリア帝国かヴェネチア共和国 かといった固有な国だけ。
今朝の朝日朝刊に平凡社から今度出版されるE・サイードの『フロイトと非 ヨーロッパ人』 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4582702473/qid=1067235475/sr=1-6/ref=sr_1_2_6/250-7859165-6521068 の宣伝が出ていました。 ちらっと頭の片隅を刺激させられましたが、同時に、 『彼は既に過去の人だな』との声も頭の中で響いたような... 彼はよい意味で私にとっては歴史的人物。 そういえば先日、E・サイードの 関連のBBS↓に私の「サイード批判」を批判して貰おうと、メッセージ入 れましたが、反応はなし、ちょっと意外。 皆さん議論し批判しあう事で傷 つくことを恐れているのかしら? 鉄砲の弾で傷つくよりは遥かに楽なはず でしょうに?http://hyper10.amuser-net.ne.jp/~auto/b27/usr/druggy/brd1/bbs.cgi