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誤訳 投稿者:Hiroshi  投稿日:10月17日(金)11時05分20秒

昨日申請書作成が終わりほっとしていたところ、昨夜の9時過ぎにメールが
入っていて、分担者分申請書のチェックを今日の朝までに済ませて返送して
欲しいとのこと。 はい、メールは今朝開けました(汗)。 送るほうは
いいでしょうけど、こちらはもう大変。 でもそれも何とか済ませ、今ちょ
っと安心したところ。 多分もうないかな? でも、締め切りは月曜なので
油断出来ません(笑) 

書類はWord2001のフォーマットを使って作成するように指定されていたので、
共通のパソコンで書き上げました。 私のは今でもver. 6.0です。 Word2001
は重くてますます使いにくいですね。 皆さん文句言わないのでしょうか?
 多分事実上の標準になっているので諦めているのでしょう。 それと、この
ところWiz OSの脆弱性に関する警告メールがネット管理者からのちょくちょ
く入ります。 Mac Userとしては何時も横目で見ているだけですが、以前感染
した時はサーバーが止まってこちらにも被害が出ましたので他人事ではありま
せん。 マイクロソフトには色々文句を言いたいことが多いですね。

先日から借りているB ルイスの「イスラム世界の二千年」、原書名 メThe Middle 
East ; 2000 years of History from the Rise of Christianity to the Present 
Dayモ  遅々として読み進んでいませんが、週末は少し読んでみたいですね。
実はE サイードの本が貸出中で代わりに借りたものです。 サイードの代わ
りにルイスの本を読むというのも何だか妙ですが。 ま、私としては同じ路線。

その中で、興味深く思ったのは、ペルシャ帝国のキュロス王がユダヤ人を
『バビロン捕囚』から解放するのはよく知られて話しですが、その背景にあっ
たのが、当時のペルシャの国教ともいうべきゾロアスター教とユダヤ教の親和
性にあったとする記述でした。 そのことは旧訳聖書のイザヤ書にもはっきり
書かれているらしいですね。 

『主が油を注がれた人キュロスについて、・・』イザヤ書45-1 p54-55

いや〜~ 全然知りませんでした。 聖書を持っていないので確認出来ませんが
とても興味深く思いましたね。 だってキョロスは異教徒でしょう? それを
主が<油を注ぐ>わけですか? う〜ん、なかなか面白いですね。 多分ここ
らへんの関係も、段々時代とともに変わっていくわけですよね。 

ところでこの本、日本語の題名は誤訳ですね。 ただし翻訳した人は確信犯的
に誤訳したような気がします。 そのままだと逆に日本の読者には判りずらい
でしょうから。 しかし事実誤認の面もありますので、かなり気になります。


テレビ番組あれこれ 投稿者:Hiroshi  投稿日:10月13日(月)10時15分38秒

テレビ番組あれこれ

昨夜のNHKの番組「文明の十字路;バクダッド編」何方か観られたでしょうか?
 特に、是といって目新らしい事はありませんでしたが、やはり映像で観ると
というのはいいですね。 理解がより深まるような気がします。 「百聞は
一見にしかず」という諺通り。 紙が中国からイスラム世界に伝播したことは
高校の教科書にでも出てくるような事項ですが、これが単に「安価で大量」
といった問題だけでなく、紙は羊皮紙と違って文章の改ざんが難しく、中央
集権体制を支える官僚機構の適正化に意味があった、という解釈は成る程と
思いました。 実際、改ざんの様子を研究者自身が実験をして見せてくれて
いましたが、あれも現物を手にとって調べて初めて実感が湧くものです。
文献学だけではなかなかそこまで頭が回らぬでしょう。 それと、番組では
アッバース朝が、というよりもバクダッドを中心とする社会が崩壊したのは、
突然のモンゴル軍のバクダッド侵略だったという事でしたが、此れまでの
ルイスや、その他の研究者の解説では、当時領土が膨れ過ぎたイスラーム世界
は分裂の傾向があり、中心も既に西の方、シリアやエジプト、イベリア半島に
移り、バクダッドを中心とした中集権体制は崩壊の危機にあったという事だっ
たと思います。 ですから、モンゴル軍はむしろその流れに止めを差したと
いう事のようでした。 しかし一般向けの番組としては、やはり「モンゴル軍
侵略によるアッバース朝滅亡」としたほうが解りやすく、それで由とすべきで
しょうね。 

その後、「世界遺産」のイエローストーン編も観ましたが、途中で居眠りして
しましました。 やはり自然遺産にはあまり興味が沸きません。

それから、幾つかの政治討論番組で「マニフェスト」が取り上げられていまし
た。 そこで、政策が具体的に、1;何を、2;何時までに、3;何処まで、
行なうかが明瞭に書かれていることが重要との話しを聞き、いま書いている
科学研究費申請の書類にもそれは重要だなと思った次第(汗) どうも私の
書類には「何時までに、何処まで」という項目が抜けていたみたい。 明瞭な
時間的計画を追加すべきだと思っています。 今日はお休みですがボチボチ
実験しながらでも、書類を書き直したいと思っています。 
勿論、獲らぬ狸の皮算料ですよ、ハ、ハ、 /(^o^;;


ルイスとサイード 投稿者:Hiroshi  投稿日:10月10日(金)17時19分00秒

彼の『イスラム世界はなぜ没落したか?』を読む限り、彼がネオコンの政策
決定者のアドヴァイザーと言われる理由はよく判らない。 確かに彼の現代
中東イスラム世界に対する批判は極めて辛辣であり、自己批判の必要性を厳し
く迫っている。 しかし、そこから現在のネオコンの政策が浮かび上がると
いうものではない。 2冊の本以外での彼の活動を知らないので、それ以上
のことは何とも言えないが、それが感想である。 

彼はアメリカの政策決定者と頻繁に接触しているそうである。しかし、中世
イスラム史研究の権威でプリンストン大学の名誉教授であれば当然、そういう
機会は多いだろう。 私はルイスとサイードの論争を知らないが、ユダヤの
バック・グランドをもつルイスと、パレスチナ出身のサイードでは当然感情的
な反感があるのが当然。 此処は各々のプロとしての歴史学や比較文学から
出てきた論争というより、彼等の血から出てきたころの方が大きいはずである。 

日本では圧倒的にサイードの肩をもつ人が多い。 しかしそれは今日の『イス
ラエルに抑圧されるパレスチナ』という図式があるからで、此処は注意しなけ
ればならないでしょう。 彼、ルイスはこのように述べて、最後の章を締めく
くっている。

『・・・自分たちの間にある不和を解決し、才能と精力と資源を共通の創造的
な努力に結集すれば、その時にこそ、古代や中世と同じように現代においても、
もう一度中東を文明の一大中心地にすることが出来るだろう。 さしあたって、
選択権は彼等自身にある』p253

此処で彼は、選択権があくまでも中東イスラム社会側にあることを明確に述べ
ている。 、、、それとも彼は、その可能性をその後否定したのであろうか?

書類書きは何とか一通り終わりました。 後は暫く寝かせて、来週くらいにもう
一度見直しましょう.  今年も爪の先にでも引っかかりそうな分野には全て出し
ます。 3打席の予定ですが、ヒットは出るか、、、(大汗、冷汗)


10/26名古屋■阿部謹也×呉智英トークライブ 投稿者:なごや博学本舗  投稿日:10月09日(木)22時40分23秒

はじめまして なごや博学本舗と申します。
このたび、阿部謹也(前一橋大学学長)、呉智英(評論家)
によるトークライブをおこないますので、ご案内します。

スポンサーのない手作りイベントです。
いずれかにて、ご紹介いただければ幸いです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
なごや博学本舗第4弾●世間と歴史と日本人

・・ある意味日本でもっともラジカルな言論を繰り広げる
・・阿部謹也、呉智英の両氏をお迎えし、
・・世間について、歴史について、日本人について
・・頭を抱えてひっくりかえるほど悩み、あまりのことに笑ってしまう
・・抱頭抱腹絶倒トークライブをお送りいたします。
・・乞うご期待!

第1部●阿部謹也 スペシャルトーク『日本人にとって歴史とは何か』
・阿部さんが今まさに考えている、恐らく未発表の内容です。聞き逃せない!

第2部●阿部謹也×呉智英『世間と歴史と日本人』
・17年ぶりの顔合わせとなる両氏の縦横無尽対談
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
◎出演 阿部謹也(西洋社会史研究者、一橋大学名誉教授)、呉智英(評論家)
◎2003年10月26日(日)午後2時から
◎会場 大須演芸場(名古屋・大須/地下鉄鶴舞線・大須観音下車徒歩5分)
◎参加費 予約・前売/1,500円 当日/2,000円(全自由席)
※前売券は、ウニタ書店(名古屋今池・新今池ビル2F)にて取扱い。
※予約は、メールでお知らせください。申込詳細をご案内します。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
なごや博学本舗は・・・
名古屋で何か面白くて有意義な、トークを中心にした
イベントをやりたいと集まった30代の仲間数人でやっています。
みんな社会人でそれぞれ別に仕事を持っており、
イベント運営はまったくの手弁当です。
さまざまな協力をいただき、これまでに3回開くことができました。

http://hello.to/hakugaku-hompo/


対照的な2冊の本、でも結論は同じ? 投稿者:Hiroshi  投稿日:10月07日(火)07時45分52秒

ルイスの『イスラム世界はなぜ没落したか?』は大変読みやすい。 どんどん
流し読みできる本である。 それは、先の『アラブの歴史』のような学術書で
はなく、一般向けに書かれた啓蒙書だからだろう。 それにしても、まさに
天の采配か?! たまたま読んでいる途中のフンケの『アラビア文化の遺産』
と並べて読むとこれがまた非常に面白い。 何故なら、前者が表題に示す
とおり<何故イスラム社会は近代化に失敗したのか?>という問の答えを求め
ていたのに対し、後者は、<なぜ後進のアラビア社会が瞬く間に大きな繁栄を
誇ったのか?>という対照的な問題提起であるから。 しかも、面白いことに、
その結論は全く同じといえる。 

前者では初期のイスラム社会が、古代のギリシャ・オリエントの学問を、砂漠
に水が吸い込まれるように吸収していったのに対し、 後者では末期のイスラム
社会が、外部の文化や学問に対し全く興味を失っていったことが指摘されて
いるからである。 例えばルイスはこのような例を挙げる、

『・・・大翻訳運動は、何世紀も前に終わっており、ヨーロッパの科学的な
文献は彼等にまったくといっていいほど知られていなかった。18世紀の後半
まで、中東の言語に翻訳されていたのはたった1冊に過ぎない』p8  そして
それが、1655年にスルタン・メフメト四世に献呈された梅毒、「フランクの
疾患」、に関する医学書だったとする。p59

どうしたことだろう? あれほどまでに古代の学問の吸収に熱狂的に取り組ん
だモスリムたちは何処に姿を消したのだろう。 イスラム社会で一体何が起こ
ったのだろう? この点について、まだ私自身の考えが纏まっていないし、
両方の本もまだ読み始めたばかりなので結論を急ぐべきではないと思うが、
1つ予感がある。 それは前者でフンケ女史はいみじくも「アラビア」という
言葉を使ったのに対し、ルイス氏は「イスラム」という言葉を使ったという点。 
いずれにせよ、以前ある本の冒頭、目に飛び込んで来た1文が思い出される。 即ち、

『異文化接触は政治的には衝突であり、文化的には発展』


時間が無いとか言いながら 投稿者:Hiroshi  投稿日:10月05日(日)14時10分22秒

ま、毎週週末のサルサクラスとパーティーを諦めれば、時間はかなり取れる
のですが、 此ればかりは、、、ちと辛い。 
はい、昨夜も4時間程踊ってました(汗)


What West Wrong? 投稿者:Hiroshi  投稿日:10月05日(日)14時05分08秒

予約しているルイス著、『イスラム世界はなぜ没落したか?』日本評論社出版
が借出し可能になったとの電話連絡。 早速今朝一番で図書館に行ってきまし
た。 まだ『アラビアの遺産』が途中で、しかも面白くなったばかり。 
しかも仕事の方も色々忙しくなので、困ったことですが、、、
『アラビアの遺産』の方は5章「アラビア文化が咲き誇った理由」が非常に
面白い。 著者のフンケ女史はこのように述べている。 

『(アラビア語が)8世紀以後のヨーロッパにおけるラテン語のように、ただ
専門家だけに理解しうるような硬直した、民衆には縁の無い言葉にではなく、
至るところで生き生きと語られていたコーランの言葉・・・・すべてのムスリ
ムはコーランをアラビア語で読み、朗読できなければならない、すべてのムス
リムはアラビア語を学び理解出来る・・』p210

つまり西欧では聖職者の存在によって聖と俗は別けられていた背景がある。
また、両者には精神的に異なった道を選んだとも、かの女は述べる。例えば
ムハンマド自身が『たとえ不信者の唇からでもあっても知恵を受け取れ』と
言ったのに対し、聖書は『我は知者の知恵を滅ぼし、賢い者の賢さを空しい
ものにする』と書いてあるとする。p204 それが、紀元1000年を迎える
ころ、西欧の修道院でもっとも蔵書を誇ったフルダですらわずか1000冊
を数えるに過ぎないのに、コルドバのカリフの図書館では50万冊の図書が、
さらにカイロでは2つのカリフの図書館に合計200万冊の書物があったこと
と対応するというのか? そしてそのことを当時の教皇シルヴェステル2世、
ジェルベールはよく認識していたというのだ。 彼はこうも述べたという。

『ローマにはそれほどの教養のある者は一人もいす、(コルドバの図書館の)
門番にすらふさわしくない・・・』 p190 

この時代の西欧とイスラム世界での図書の数に関しては、以前議論しました。
 URL↑2001/6/10書き込み分より 『まだ何か腑に落ちない・・・』
それだけではない、当時のイスラム世界には知識欲に富み、ビザンチンから
古典を買集めたり、収奪したカリフ達。 そしてその下で、驚異的能力を
みせた天才的な翻訳者がなんと多くいたことか!! それがわずかな間に
イスラム文化を最高のものとしたというのだが、、、 

しかし、それでは何故そのようなイスラム文化はその後衰退していったのか?
それに対する答えはこれまでのところ示されていない。 それに対し、ルイス
はどのようにWhat West Wrong? とするのか? 興味あるところ。 両者は
矛盾していないかもしれず。 これからがとても楽しみ! 
さしあたりはフンケ女史の本は途中で中断して、後がつかえているルイスの本
から読んでみたいですね。 でもまず科研の書類が、、、(冷汗)

http://www.greengrape.net/bbs/rbbs_2001_0603.html


追記 投稿者:Hiroshi  投稿日:09月30日(火)19時25分27秒

どのくらいアラビア数字が驚異的であるかは、この1例でもすぐ判る。
それまでのローマ数字は、V=5, X=10, L=50, C=100, D=500, M=1000と表記
されるのでアラビア数字表記の3956はローマ数字表記だとMMMDCCCCLVI
となる、これで足し算や引き算をすることを考えても大変だということが良く判る!


ついに出た! ジェルベール 投稿者:Hiroshi  投稿日:09月30日(火)19時14分57秒

趣味の世界は暫くお預けとか言いながら、あと1つだけ(汗)
ついにジェルベール、後の教皇シルヴェステル2世が出てきました! 
あの『ヨーロッパの知的覚醒』の中で出てきた人物で、とても興味を持った
人物ですが、なかなか探しても他の書籍で出てきませんでした。 しかし、
ついに見つけました♪ URL ↓ 2000/8/18書き込み分

ジクリト・フンケ著 『アラビアの遺産』みすず書房1982年初版。 原本その
ものは1960年版なので40年以上も前の本。 この中で彼はアラビア数字を
最初にヨーロッパにもたらした人物として紹介されていました。p39〜 しかし
彼の業績はその後忘れ去られた。しかもそれには十分な理由があったというもの。 
つまり彼は、アラビア数字のもつ驚異的な概念をヨーロッパにもたらしたが、
それがさらに発展するに必須なもう1つの概念を欠いたままだった。 即ち、
「ゼロの概念」を知らなかった。 ゼロの無いアラビア数学は所詮、計算盤の
上から飛躍出来なかった。 つまり計算盤のマス目の中にいる以上、数字は
「ゼロ」を必ずしも必要とはしなかったが、それゆえにまた、そこから飛躍
することも出来なかったということらしい。 私として付け加えるならば、
彼がその後、魔術師として悪評を被ったことも彼の業績が忘れ去られた重要な
理由になると思いますが、如何がでしょうか? 

今月は色々忙しいので、暫く書き込み出来ないかも? 
、、、もっとも、忙しくなるとつい本を読みたくなる悪い癖があるので果た
してどうなることやら?

http://www.greengrape.net/bbs/rbbs_2000_1207.html


再び、縦糸横糸の世界 投稿者:Hiroshi  投稿日:09月29日(月)18時55分21秒

ルイスの『アラブの歴史』の中に、先日話題にした『スペインとイスラム;
あるヨーロッパ中世』の著者である、サンチェス・アルボルノス著の名前が
出てきました♪ p126-7 ↓URL
http://circle.excite.co.jp/bbs/view.asp?cid=o0300063&iid=3&num=514&pg=1

ルイスはアルボルノスの学説には批判的で、スペインの文化的基礎はイスラム
よりは北方の文化にあったとし、モスレムが半島を去った後はその文化は大部
分消え去ったという立場でした。 しかし、私が思うに、アルボルノスが本当
に主張したかったことは、文化それ自体の影響というよりは、レコンキスタの
間に育成された『心性』が、引き続きその後のスペインの運命を左右したとい
う点であって、ルイスの批判はその意味では当たっていないと思いました。 

それはともかく、これもまた『縦糸横糸』の世界ということで嬉しいですね♪
 こうやって相互批判のあることで、たとえはみ出し過ぎた糸も、織物全体の
中で然るべき位置に戻されるものだと思います。 そしてその事は、アルボ
ルノス自身が『享受し、またそれに苦しむ』として予感していたわけです。↓URL http://circle.excite.co.jp/bbs/view.asp?cid=o0300063&iid=3&num=517&pg=1

また、憂鬱なカケンの季節になりました。共同開発研究の方も何とか次に繋
がるような形で報告しなければなりません。 さて取り敢えず書式をダウン
ロードしますか? 暫く趣味の世界はお預けになりそうです(涙)。

http://circle.excite.co.jp/bbs/view.asp?cid=o0300063&iid=3&num=514&pg=1


バーナード・ルイス 投稿者:Hiroshi  投稿日:09月27日(土)11時40分08秒

以前からイスラーム世界における税の問題で疑問に思っていたことがあります。
それは、『モスリムから微税以外に税金が取れない』ので、異教徒をモスリム
に改宗させると自動的に税金が減るという問題。 このジレンマをどうやって
解消したのか?という点。
   バーナード・ルイスはこの点に関して以下の様に述べています。

『新しい秩序の主要基盤は地主ではなく土地がハラージュを支払うという法的
擬制にあった。 この時代からハラージュの土地と認定された土地のすべては
所有者の宗教・国籍のいかんに関係なく最高率の租税を支払わなければならな
かった。 初期のカリフ時代にウシュル(1/10税)の土地とされた土地は、
引き続き低率の租税を支払えばよかったが、もはやその種の土地は増えるべく
もなかった。・・これがやがて回教法の規範的体系となるのだが・・』p77

つまり、課税の対象を「人」から(ムスリムか異教徒か)「土地」にすること
で、異教徒からムスリムに改宗しても「ハラージュの土地」を持つ以上、所有
者であるモスリムは、従来通りの高額の租税を払わなければならない、という
こと。 これにより、財政的基盤を曲がりなりにも維持する事が出来たという
ことでしょう。 これは大変重要なポイントだと思いますが、大抵の本は単に
『ムスリムからは税金が取れない』との、通り一辺の解説で、素直に考えれば
どうしても疑問を感じてしまうこの問題にきちんとした解説をしたものはあり
ませんでした。 

この本、小冊子といえ、単なる年表に毛がはえた物でも、エピソードを集めた
だけのものでもなく、各々の時代の変化をその背景説明をしながら解説すると
いうタイプで、大変学ぶところが多かった。 ネオコンの理論的指導者という
ことで、最初読むのを躊躇していましたが、もし読まなかったら大損をすると
ころ。 もちろん、研究と政治的発言は別物ですし、またネオコンの政策決定
者がどれだけ彼の説を理解しているか疑問ですが、やはり『どちら「側」かを
変えてみよう』↓ は大切なことと実感。 

さて本の内容も、ようやく舞台はノルマン統治下のシシリアに移り、これから
が楽しみ。 もっとも昼からサルサのクラスを受けて、そのままビアガーデン
に流れ、最後はサルサ・パーティーで夜まで遊ぶといういつものコースになり
そうなので、今日は読む暇はなさそう。 さ、仕事しよ!


あれっ? 投稿者:Hiroshi  投稿日:09月26日(金)07時34分49秒

リナックスからマックに変えたんですね?! 
てっきりウインドウズからだとばかり思ってましたけど、、、 
どうした事でしょう?


E・サイード死去 投稿者:Hiroshi  投稿日:09月26日(金)07時25分20秒

のニュースが朝日の朝刊に出てました。お悔やみ申し上げます。 
この掲示板でもさんざん批判をしましたが、惜しい人を世界は失ったと思っています。

http://www.asahi.com/obituaries/update/0926/001.html


率直に聞く勇気、ウンドウズ→マック、バーナード・ルイス 投稿者:Hiroshi  投稿日:09月25日(木)11時31分26秒

野口悠紀雄氏の「わからぬことを率直に聞く勇気」を読んで、慌てて自分の
過去の書き込みをチェックしてみました(冷汗) 野口氏いわく、
  『アルファベット略語を振り回すのは、理解していないことの根拠』
http://www.noguchi.co.jp/archive/diary/030809_16.html
また、以下のようにも書かれています。実に同感。胆に命じねば!
  『内容を本当によく知っている人は、わかりやすい言葉で説明するもの』

<東大の共用PC、マックに切り替え 来年3月から>
最近何かと問題の多いWiz、もとい! ウンドウズ(汗)の事を考えると、
さもありなんて感じですが。それにしても全部マックにですか!?  
いえいえ、此れまで何かと不利益を被っていたマックユーザーとしては
「ザマー見ろ!」て思いもありますがね。 ハ、ハ、ハ。 /(^o^;; 
http://www.asahi.com/national/update/0925/004.html
しかし、脆弱性は均一的システムから来ることが多いので、端末にはマック、
ウンドウズ、リナックスの併用の方がいいのでは? 効率を考えての事でしょ
うが、同じ轍を踏まねばいいのですが。

<バーナード・ルイス>
予約しているルイス著、『イスラム世界はなぜ没落したか?』がなかなか
来ないので、しびれを切らして、古い本(1966年)ですが彼の『アラブの
歴史』を読み始めています。 ルイス氏についてはネオコンの理論的指導者
として批判が多いのでどんなものだろうと思っていましたが、読んだ範囲内
ではこの本、とてもマトモだし(汗)、内容も簡潔に纏められて良い本だと
思います。 特に以下のサワリは成る程と思う処がありました。 

彼は、予言者(ムハンマド)の従兄弟であり娘を娶っていたアリーが後継者
として指名を受けたとするソーア派の伝承を<紛れもないねつ造>だとする。
それは、当時アラブには合法的継承という概念はなかったとし、その代わりに、
当時のアラブ世界でただ1つ踏襲すべき前例は
『新しい部族長は選挙で決める』というものであったから。p50 
従って、彼はアブー・バクルから始まる正統カリフ時代も、その後に続く
ウマイヤ朝に対しても、しばしば見られるネガティブな評価は下していない。 

ただ思うのはこの様なルイスの考えは決して、シーア派世界では受け入れられ
ないと言うことですね。 下手をすれば、テロの対象になる。 それはあの
『悪魔の詩』の著者ラシュディに対するイランの死刑宣告や、日本人訳者、
五十嵐氏暗殺を思い浮かべれば納得出来ますね。 それにしてもあの殺人事件
覚えていますか? 迷宮入になりましたけど恐ろしい事件でしたね。 半月刀
みたいな道具が使われたという事だけが判っているだけでしたけど。 
あれは間違いなくイスラム世界からの暗殺者の仕業でしょうね。 

今、癌学会で教室はとても静かです。 私は癌研究、とうの昔に止めました
のでお留守番です。

http://www.noguchi.co.jp/archive/diary/030809_16.html


学説紹介とオリジナルな研究 投稿者:Hiroshi  投稿日:09月23日(火)14時27分31秒

『十字軍・・』の本、どうもよく判らない。 外国の研究者の解説とエピソー
ドをちりばめた内容で、何処がこの著者のオリジナルな部分なのか不明である。 

最初からこの本には引っかかるところがあった。 それはイスラム教を回教と
記載したり、ムハンマドをマホメットと記載するところではない。 問題は、
本人自身が『研究者が比較研究をする場合には、絶対に主観的な価値判断を
加えないこと・・』p156 と明言しているにも関わらず、オスマントルコの
形容詞に「無法者」p108 と付けたり、あるいはベネディクト教団を
『・・僧院に閉居して自らを楽しみ世間を顧みない・・』p137 と形容する点で
ある。 引用であれば構わないが、自身の言葉として書くのはいかに筆が滑っ
たとしても問題だろう。 以前、アサヒ・コムの論説にあった『日本の人文系
の学者の仕事の80%は・・欧米研究者の仕事の翻訳と解説』との批判の例と
して挙げられるのではないか? 最後にこの著者は、

『上原専禄先生や増田四郎教授によって、中世史研究における原史料主義の
提唱が、つとに為されていたことは普く人の知るところであろう。本稿のよう
に原史料主義を始めから棄権したつもりで取りかかっても文献的な困難に絶え
ず悩まされ続けた・・・』p218

と書かれてあることからも、その様なアプローチの限界が露呈したということ
だろう。 私は如何に些細なテーマであれ、オリジナルな研究の方が欧米の
研究紹介よりも何倍も価値があると信じています。 事実、わずかな獣皮紙に
書き留められた記録から中世初期のロアール河流域の農民の生活を再現した、
佐藤彰一先生の『修道院と農民』にはロマンを感じたし、あるいは直接一次
史料から解析したとされる『ヴェネツィアの放浪教師』は大変面白く感じた。

http://circle.excite.co.jp/bbs/view.asp?cid=o0300063&iid=3&num=398&pg=7

あるいは、バチカンに保存されていた異端審判尋問調書から中世盛期の南仏
農民の世界を再現した、ル・ロア・ラデュリの 『モンタイユー』も、如何に
素人とはいえ、その価値は理解出来たと思う。
http://circle.excite.co.jp/bbs/view.asp?cid=o0300063&iid=3&num=431&pg=5
http://circle.excite.co.jp/bbs/view.asp?cid=o0300063&iid=3&num=439&pg=5

やはり、個別研究からしか、本当にオリジナルな仕事・独創的な研究は生まれ
ないものだと思う。 如何に素人とはいえ、欧米の研究紹介だけの本は退屈です。


「研究」どころか「教育」にもならない 投稿者:Hiroshi  投稿日:09月22日(月)18時54分37秒

『十字軍と黒死病』の本の中でどうしても、気になる以下の文章がある。 

『・・なおこれに関連して、京都大学文学部西洋史研究室編「傭兵制度の歴史
的研究」なる1書に接し、筆者の傭兵概念に対する不正確さが相当払拭された。
かかる研究は外国においても稀な研究であり、かかる研究が日本の学会によっ
て先鞭らしいものがつけられたことはうれしいことである。・・・』p79

<稀な研究であり、日本で先鞭らしいものがつけられた>ならば、当然外国語
で論文が発表され、世界中のその道の専門家の評価に晒されなければならない
でしょう。 しかし前後の文脈から、この本『傭兵制度の歴史的研究』が外国
語で発表されたとの記載はない。 もし、これが日本語だけで発表されたと
するなら、一体どうしたわけだろう? これは以前も同じような例を見聞
したことで、色々な意見があることは承知しているが、私の考えはますます
過激になって(汗)これを分野が違うからと云って不問にするのは大きな問題
だと考えている。 著者の様に喜んでばかりはいられない。

その道の専門家の評価に晒されない「西欧史研究」はやはり「研究」の名に
値しないでしょう。 日本語で発表されることは、素人(日本人)に対する
「教育」になる、との意見もある。 しかし、やはりそれも間違っている。 
何故ならばPeer reviewを受けない研究はその真偽の程が疑わしいわけで、
そうなると素人に間違った知識を与えるかもしれない。 

いつも私は、「研究成果はいつも正しいわけではなく、むしろ間違いを含む
のは仕方がない」と主張しているわけですが、それは『最大限の努力をしても、
間違いは不可避である』という意味で、その努力を怠っていいという意味では
断じてない。 またこれは「公開=専門家の批判に晒される」の原則があって
始めて「間違っても、いずれ訂正される」と繋がるわけで。 公開は研究者と
しての最重要の責務であると思っている。

私は歴史学に関しては素人だが、同じ研究をする者としてこれは強く主張
出来ると思っている。 URLヨ(2001/6/9より、『日本の人文系の,学者の
仕事の80%は・・欧米研究者の仕事の翻訳と解説』との批判に関して、
‘ぼかーりす’さんとの長い議論。 あるいは、アカデミアのNo.399 
『邦文論文しか書かない怠慢』より。

http://www.greengrape.net/bbs/rbbs_2001_0701.html
http://circle.excite.co.jp/bbs/view.asp?cid=o0300063&iid=3&num=399&pg=6


歴史学は何かと難しい 投稿者:Hiroshi  投稿日:09月20日(土)11時38分14秒

今読んでいる本、『十字軍と黒死病;資本主義黎明史』矢島釣次著、同文館
出版 1993年初版。に以下の様な文章がありました。 

『・・すなわち、第一次世界大戦が、ヨーロッパことに西ヨーロッパの歴史家
に深刻な自己反省を強いるために遣わした贈り物なのである・・・ドーソンの
「The Making of Europe(ヨーロッパの形成)」・・などは、このような歴史
的事態のもとに生まれたものであり、それこそ血のにじむようなヨーロッパ
歴史家の叫びに他ならない・・・』p17-18

C・ドーソンの『ヨーロッパの形成』については2年程前に取り上げたことが
あります。 2001/6/18〜29頃までの書き込み分ヨ あのとき、私はこの古典
(1932初版)とも言うべき、また色々批判も多いこの本を、高く評価しました。
 それは今日のEUの拡大と、その産みの苦しみに象徴される<ヨーロッパの
復活>を我々が将に目にしているからで、此処では対象となる、8世紀末の
カロリング・ルネッサンス。ドーソンの生きた20世紀初頭。そして我々の
生きる21世紀初頭の時代が重なっているわけです。

それと同様に、最近私がイスラーム史に興味を感じるのは、9-11に象徴される、
今日の我々の世界とイスラーム世界の軋轢なくしてはありえないわけで。 
中世のレコンキスタを学ぶ時も、頭の片隅では現代のパレスチナ問題や、原理
主義運動の事を考えているし、またそうならざるを得ないということでしょう。
こういう処に、歴史を学ぶ上での難しさというか、奥深さを感じますね。 
さらに付け加えれば、我々の足元で起っている(と思う)日本社会の地殻変動
についても無関係ではないということ。 

中曽根元首相の『賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ』との言葉を参考にし
つつも、今夜は竹村氏の『Life goes on』で、サタデーナイトフィーバーも怠り
無く /(^o^;; Back to work, back to work!

http://www.greengrape.net/bbs/rbbs_2001_0701.html


ターニング・ポイント 投稿者:Hiroshi  投稿日:09月18日(木)07時38分54秒

歴史、特に西欧史に興味を持ったのは個人的なきっかけから。 以来観念的
にはともかく、実質的にはあくまで個人的興味の範囲、マニアックな世界の
中で満足していたような気がします。 しかし2年前から変わりました。 
今、此処にある事柄に連続性を持たない「歴史探究」には興味を失いました。 
今朝、2週間前と同じ夢で目が醒め、明け方までその事を考えていました。


享受し、またそれに苦しむ 投稿者:Hiroshi  投稿日:09月17日(水)20時00分08秒

先日紹介した『スペインとイスラム;あるヨーロッパ中世』。 批判的に見れ
ば色々取り上げる点は多いのですが、それはもういいではないか、という気分
になりました。 ただこの一文が紹介するに最適かもしれません。

『・・・私の作品も、将来修正を余儀なくされることだろう。すべての歴史の
専門書は、その修正を享受し、またそれに苦しむものである。 歴史が永遠の
生成と死ー新たな生を与える死ーの学問である以上、それに似せて、それに
かたどられて生まれた実りも、同様の輪郭を持っているのである。・・・』p103-4


Back to Romanesque 投稿者:Hiroshi  投稿日:09月15日(月)10時10分21秒

最近ロマネスクモードでなかったので、此処で軌道修正。 
『スペインとイスラム;あるヨーロッパ中世』サンチェス・アルボルノス著、
八千代出版 エッセイ集である。いずれも書かれたのは1928-30年にかけて、
今から70年以上前である。 先のサイード先生が読んだら、それこそ批判の
矢面に立ちそうな内容であるが、読んで為になったと思っている。 
著者は歴史学者として、政治家として多難なスペイン内戦期(1936-39)に2度
の亡命を経験した人物。 

意外にも、最後のエッセイである『中世とアメリカの事業』が一番読んで面白
かった。 彼はレコンキスタからアメリカの植民地政策が同じ「心性」のもと
に行なわれた歴史的、しかしスペインにとってその後のスペインの歴史を決定
する「悲劇」の事業だと考えている。 彼の本はおそらく現代の歴史家にとっ
て格好の批判材料となるだろう。 しかし、「歴史学とは常に現代を見る鏡」
であるということをはっきりと表現した本はないと思う。その意味で本当に
価値のある本だと思う。 詳細は後に書き込みたいと思っていますが。 
どんなに批判的に書いたとしても、この著作を肯定的に捉えていますし、その
生き方は自分自身の参考となると感じている。 今日は遊びの予定で時間が
ないのでここで一旦切ります。 /(^o^;;


独立法人化を控えたある組織に勤める者の独り言 投稿者:Hiroshi  投稿日:09月14日(日)14時31分56秒

野口さんのHPの話題から「サクリファイス」にはこのように書いてある。

『・・・活性化のためには構造改革が必要という。そのとおりだ。しかし、
それが犠牲なしに実現できると考えるのは、傲慢なのではあるまいか?』 
と述べ。 さらに、

『「痛みを耐えよ」という抽象レベルの訓示にとどまって誰が犠牲になるかを
明確にしなければ、構造改革は空念仏に終わる。犠牲者を決めるのが政治で
ある。』 、、、だそうである。 

だから我々としては精々犠牲者側に選別されないように、うまく立ち廻らなけ
ればならないということなのでしょう。 とは云え、犠牲者は必ず出るわけで、
如何に明確に説明しても、犠牲者は納得することはない。 明日は犠牲者側に
なるかもしれないと思う者ととしてはそう思う。 だが、納得しないにしても、
仕方ないと思わせることは出来るし、そうすべきでしょう。 その為にも選別
にあたっては公平さが十分保障される仕組みを作るべきだ。 ところが今の
改革の中味を見ると、とにかく急いで作ってしまわなければ、という事だけで
どんどん物事が進み。そんなことには全く無関心のように思える。

いま我々の周囲では独立法人化を睨み、国立大学はスリム化を求められている。
 そして十分な説明もないまま、その犠牲者選びも内々に進められている。 
今の私としては生き延びることに精一杯。 

、、、、で問題は、その次は、貴方の番かもしれないということ!

http://www.noguchi.co.jp/archive/tomorrow/tm030701.php


足元の地殻変動 投稿者:Hiroshi  投稿日:09月11日(木)09時39分38秒

このところ一人で過激に走っているようで、誰か止めて貰いたいのですが(汗)

田中外務審議官の自宅に爆弾を仕掛け、野中元幹事長への脅迫。現代史を顧み
れば、ファシズムの先駆けには大抵、外交官や政治家に対するテロが起っています。 
http://www.asahi.com/national/update/0910/008.html
しかも何処かの知事は『爆弾仕掛けられ当たり前』などと暴言を吐き、しかも
こんな発言に拍手喝采をする輩が多い。
http://www.asahi.com/national/update/0910/024.html 

最近はアメリカの世界戦略を心配するより、足元で地殻変動が起っているよう
で、そちらの方がむしろ心配。

http://www.asahi.com/national/update/0910/008.html


天に根ざす者は、地に平和をもたらさない 投稿者:Hiroshi  投稿日:09月10日(水)08時06分58秒

今朝の朝日朝刊にファン・ゴイティソーロ氏のインタビュー記事が載ってま
した。全く、同じ思い。

「・・・理念を掲げて戦うものはやっかいだ。人間同士なら敵とでも妥協や
交渉が可能だが、理念を掲げる限り合意に達することは永遠にない。スペイン
人詩人ブランコはこの状況を『天に根ざす者は、地に平和をもたらさない』
と表現したが、言いえて妙だ・・・」2003/9/10 朝日朝刊「連続インタビュー」
より

それにしても、9-11から明日で2年。 『テロとの戦い』を掲げ、アフガニス
タンやイラクでの戦争を経た現在、少しでもテロの恐怖は低下したでしょう
か? 
『自爆テロをする組織に、抑止力は効かない』という私の予想は十分立証され
たと思うのですが? それに引き替え「自由」や「人権」、そして「安心」
あるいは「寛容」といったものを失った損失の方が、はるかに大きいのでは
ないでしょうか? そして、それは単にアメリカだけの問題ではなく、この
日本でも徐々に起っている事だと思います。 それは今の北朝鮮に対する国内
の反応に現われています。 さらに、そういったことに対する危機意識が今の
日本に薄いのはもっと心配。 厳しい批判がくるのは覚悟の上。


昨夜のNHKスペシャル 投稿者:Hiroshi  投稿日:09月08日(月)08時01分59秒

「私を変えた9-11」 何方か観られたでしょうか? よくできた番組だと思い
ますた。 平均的アメリカ人が今回のテロと、その後に続く一連のアメリカの
軍事行動をどのように感じているかが判りましたし、その中でも政府の方針に
違和感や疑問を持つ人も少なからずいること、しかしそれに反対するのにため
らいをもつ現実があることも感じました。 先日、「ノーム・チョムスキー」
の講演ビデオ上映会が近くの大学であり、車で一時間程かけて観にいきました。
あの時の総括として、お世話されたその大学の先生が希望らしき動きがアメリ
カでもあると話されましたが、私はそれは余に楽観過ぎるとの印象を持ちまし
た。 その感じは今回の番組でも感じましたね。 

番組ではテロの瞬間にビデオや写真を撮った人のインタビューで構成されて
いましたが、その中の1組のカップルが印象的でした。 お互いドイツとベト
ナムからの3世・2世で、彼等の祖母や両親はヒットラー政権下のユダヤ人と
して、またサイゴン陥落から脱出した旧政府軍軍人として「自由の国」アメリ
カに亡命した人達。 その国が今、建国以来の理念であった「民主主義」や
「自由」といったものが9-11以降低下したと感じているアメリカ人が多い
という世論調査の結果。 そして9-11以後、アメリカが失ったもののにその
「自由」(64%)と共に「安全」(79%)と答えた米国民がかなりの数にのぼる
ことに現在のアメリカの抱える問題が象徴的に表れていると思いました。 
ついでに加えるならば、他に失ったもののとして「異文化に対する理解」が55%。 
さらに世論調査は「アメリカの価値観を世界に広める」ことに対し、YESが31%、
NOが33%、判らないが36%であると示してました。 ここにも私、個人的に
はアメリカの無邪気な罪というものを感じます。

時々感じるのですが、アメリカはかってのローマ帝国と同じような存在なので
はないか。 蕃族出身ですら皇帝になれる「自由と平等」の帝国。 しかし
その繁栄が周辺国に対する軍事的征服とその後の植民地としての搾取によるも
のであることの矛盾ですね。 最後にローマ帝国は滅びるわけですが、文化的
には周辺諸国をローマー化したのは事実。 現代のアメリカが同じような道筋
を辿るのか、こればかりは誰も判りません。


岡本行夫首相補佐官 投稿者:Hiroshi  投稿日:09月05日(金)19時08分43秒

昨日の朝日朝刊に岡本行夫首相補佐官のインタビュー記事が出ていました。 
この記事に今日の日本外交の方向性についてかなり明確な方針が表れていた
ように思います。 また同時に、この岡本氏の人となりも判ったような気が
します。 

彼は今回のイラク戦争に至るまでの過程で、当初はアメリカの高官に対し、
『武力行使をすべきではない』と説得したが最終的にアメリカが開戦を決定
をした段階で『アメリカを支持するしかない』と決断したとあります。 
そしてそれは、今の日本の置かれた状況にあっては日米同盟は不可欠で、その
同盟関係というのは究極的には<信頼関係>であり、アメリカに実質的な
コミットメントを示さなければ、そのような同盟は所詮一片の紙切れに過ぎ
ないとして、自衛隊をイラクに出すべきとの立場でもありました。 
この考えは非常に判りやすく、率直であり、このような判りやすい言葉で我々
に語りかける外交官がこれまであまりいなかったように思うので、好感が持て
ました。 

岡村氏はさらに、『日本と米国の国益がどこで重なっていて、どこで重なって
いないか議論をしなければならない時期に来ている』とも述べられていますが、
これも実に同感。 また9-11以後、米国の安全保障が『抽象的な次元から、
身の安全という具体的なレベルに降りてきた』こと。 またそれに伴い『自由
や人権を少々危うくなるのは仕方ない、その代わりに安全を!』という形に
最近のアメリカが傾いてきたことに危惧を示し、かってのアメリカに戻ること
を切望しているとも述べられていました。 ここら辺の感じも本当に同感です。 

サイード氏の言うように『アメリカにも、イラクにも付かない立場』という
のはなるほど聞えはいいでしょう。 しかし、そのようなことが果たして今の
日本で可能なのか、また可能とするならどのような手法でか、ということに
きちんと答えられた政治家はいないように思えます。 たとえ考え方に違いが
あったとしても、岡村氏は信頼出来そうな人だと感じました。 

ただ最後に思ったのは、いまイラクは『世界中からテロリストを引き付ける
磁石みたいになっている(サンチェス駐留連合軍司令官の言葉)』そうで、
そこに日本は国際社会の一員として果たすべき役割もあるとのことでしたが、
そのような状態にイラクをしたのは果たして誰なのだろうか? との思いは残りました。

<共同開発研究>
某企業から、当面100万円の資金をいただいてある研究を進めています。
期間は取り敢えず9月末日まで、それまでに何とか光がみえるような形に
して次につなげたいです(熱望) 
お互い、生き残りをかけてやるしかないですね!! >Iidaさん


明け方夢をみました 投稿者:Hiroshi  投稿日:09月02日(火)07時52分56秒

青空の中に、飛行機がどんどん上昇していく場面だけでしたが、目覚めてすぐ
意味が判り、キリキリと胸が痛みしばらく眠れませんでした。 すっかり忘れ
ていましたが、どこか無意識の隅にでも9月が来たことを感じていたのかも
しれません。


ネットの情報 投稿者:Hiroshi  投稿日:09月01日(月)10時34分12秒

昨日は一日中都心の有名書店を足を棒のようにして探し廻り、さらに車で郊外
の大型店を探し廻りましたが、結局ビデオは見つからず。 最後になってフト
気がづいてネットで調べてみたら何と数分で見つかりました! 今更ながら
On line shoppingの威力に驚きました。 勿論即、注文しました。 実は
On line shoppingはこれが始めて、ちょっとドキドキもの。
http://www.salsa.co.jp/shop/index.html

昨日の朝日新聞書評欄を読んでいたら、以前話題になっていた、バーナード・
ルイス著、『イスラム世界はなぜ没落したか?』が出ていました。その書評で
も書いてあったように、私が以前読んだ多くの本でもこの著書をネオコンの
理論的指導者として厳しく批判してありましたが、この評者は高く評価して
いました。 それで、早速ネットで調べてみたらこれまた図書館にあったので
予約する予定。 まだまだ今読みかけの本が終わりそうにはないので、ここは
ゆっくり待てそうです。 

今読んでいる本、杉田英明著、『葡萄樹の見える回廊』;中東・地中海文化と
東西交渉 の、薔薇水の製造法を『香料の錬金術と蒸留の書』として書き残し
た人として9世紀のキンディー(AD886年没)の名が挙げてありました。
没年(AD866年没)が微妙に違うのですが、URL↓どちらかが間違いの可能性
がありそう。 ネットの情報はしばしば間違いもありますからね。 果たして
彼が私の知る、イスラム神秘主義者にて異端の罪で処刑されたキンディーと同
一人物なのか? ただ今調査中。

http://www.tabiken.com/history/doc/F/F105R100.HTM


『ビッグ・サーの夏』 投稿者:Hiroshi  投稿日:08月31日(日)15時36分35秒

昨日は昼からサルサのクラスを受けて、夜はいつものようにサルサ・パーティ
ーで3時間以上踊っていました。 勢いに任せてクラスメイトと来年のサルサ
コンテストに出ようとか約束して今青くなっています。 てなわけで、今日は
早起きしてサルサのダンスレッスンのビデオを本屋に探しにいきました。 
残念ながらビデオは見つかりませんでしたが、その代わり紀伊国屋にDVDが
ありました。 何時の間にかDVDがビデオにとって代わりましたね。 問題は、
DVDプレーアーを持っていないこと、、、 まだ、まだ、これからも本屋廻り
の予定です。 なきゃ、この際DVD付きパソコン買うか?? 骨董品パソコン
使いとしては、何としたこと!?

普段図書館派の私としては久しぶりの本屋廻りでしたが、思いがけぬ発見も
ありました。 本棚にジャック・ケルアック著の『ビッグ・サーの夏』があり
ました。 最初、パラパラのつもりでしたが、気がついたら半時間程立ち読み
してました(汗) 10年前なら即、購入したと思いますが、今の私にはもは
や旬ではないようです。 そのまま買わずに立ち去りました。 
、、、本当に本との出会いはタイミングが全てですね。 皆さんも経験ある
のではないでしょうか? 

『Big sur』は私のアドレス。 Big sur関連で1952年に起ったことがその
由来です。  ちとキザですが、Big surは私の第二の青春の地。 ちょっと
時間が10年前にワープしちゃいました。 /(^o^;;


軍靴の響? 投稿者:Hiroshi  投稿日:08月30日(土)11時17分09秒

昨日イラクで大規模なテロがあり、シーア派の最高指導者を含む多くの信者
が犠牲になったとのこと。 中東はまだまだ混乱が続くでしょう。 今の時点
で米英に治安回復を期待するのは難しいと思う。 米英主導の治安回復に反対
する勢力が依然存在する以上それは当然のことかと。 そこに自衛隊は行く
ことになるのでしょうか? ブッシュ政権との関係を重視する余り、明治以来
歴史的に関係のよかったイスラム世界の反感を買うのは大きな損失。 それに
ブッシュ政権だって何時まで持つか! 

半島の非核化を中国もロシアも望んでいる以上、今の経済の疲弊した北朝鮮に
核武装の見通しはないと思うのですが? 危機意識が低いのでしょうか??
それよりこの風潮に押されて日本の核武装容認論が心配、そこまで行かなくて
も軍事大国化の懸念は大きいですね。 事実、今朝の朝日朝刊にもヘリ空母
の概算要求の記事が出てました。 表向きは護衛艦ということですが、どう
見てもあれは軽空母。 確かにジェット戦闘機は積めないでしょうが、今日日
ドイツから爆撃機がイラクまで一気に足を延ばせる時代、やり方次第では従来
型の空母は必ずしも必要ないでしょう。

アメリカが中東支配の為の「外堀」を埋める方策としてパレスチナ自治国家
樹立を進めているとするなら、当然それに対抗する側はテロでもってパレス
チナ和平を阻止しようとするでしょうね。 と考えれば、まだまだイスラエル
での大規模テロは続くでしょう。

激動の時代、国家の指導者には間違いのない政策を期待したいのですが、いま
の日本の政治家に天下国家を論じる人がいないのは不幸。 あのユリアヌスで
さえ幾つもの論文を書いて国家論を論じていたようです。 彼が夭折したのは
32歳の時。 彼の書いた「秩序論」と「ガラリア人論駁」を調べてみたけど
図書館には邦訳はなさそう。 そうそう後者は散逸したとのことでした。

おっと、仕事、仕事。 仕事に戻らねば!


薦めの1文 投稿者:Hiroshi  投稿日:08月28日(木)11時03分05秒

私はあるときから考え方を根本的に改めて、「あちら側」「こちら側」の感覚
を持たないようにしました。 ですから唯経済論的な野口さんの考え方は、
基本的に相容れないのですが、それでも密かに(<何処が!)参考にしてます。
また、中曽根元首相の『賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ』との言葉や、
竹村氏の『Life goes on』との言葉も、両氏とは明らかに考えたが異なるにも
関わらず「座右の銘」にしてます。 野口さんはこうも述べられていますが
実に同感。 URL ↓

『「多面的な把握が必要」と観念的にはいいながら、潜在意識のレベルでは、
敵味方の判別しかできない。』

先に『背教者ユリアヌス』を今回読んだ感想として『多少劇画風というか、
単純過ぎるというか、思っていたほどの重量感は感じません。』と評した意味
も実はそこにあったわけです。

それはともかく、今回の野口さんの1文、『どちら「側」かを変えてみよう』
は色々な意味で非常に参考になるものです、皆さん! 超〜お薦めですよ。

http://www.noguchi.co.jp/archive/diary/030712.html


正直いえば x 2 投稿者:Hiroshi  投稿日:08月26日(火)08時28分29秒

1)昨夜のワークショップは期待外れで、とても雑なワークショップでした。
相手がプロならば即興でも構わないのですが、素人相手ならばきちんと準備
すべきでしょう。ボランティアではないのですから。 それに45分も遅刻
して、お詫びの言葉も無かったのは論外。 去年別のグループ(チャランガ)
のワークショップが非常に印象よかったのでとりわけそのように感じました。
私自身教育に携わる者なのでこれは『The fault of another is a good teacher、
他山の石』とすべきでしょうネ。

2)昨日、『背教者ユリアヌス』を読んでも、学生の時のような感動はなか
ったと書きましたが、正直言えばそれはちょっと嘘。 /(_ _;;

『・・・あと千年たっても駄目なら三千年待つのだ。それでも駄目なら、
なお千年待つのだ。・・・』 という箇所で胸が熱くなったのは事実。


ルテティアの丘で 投稿者:Hiroshi  投稿日:08月25日(月)14時41分18秒

辻 邦生著、中央公論社出版、『背教者ユリアヌス』。 学生の時に読んだ
時のような感動はありませんでした。 感想としても、多少劇画風というか
単純過ぎるというか、思っていたほどの重量感は感じません。 勿論作品自体
は変っていないわけですから、私自身の変化のありようであるわけですが、、、

しかし、何故この作品に当時の私がひかれたのかは十分理解出来ました。 
かなり厚手の本で持ち運びは面倒でしたが、念の為バックに放りこんでIsla 
de Salsaに行ってきました。 幸い泊りがけで午前中は十分なほど時間がとれ
ましたのでヤシの木陰で優雅に読む時間がとれました♪  本の内容は記憶
に無かったのですが、唯一ユリアヌスと司教との対決のシーンが残っていま
した。それが今回、第9章の『ルテティアの丘で』であることが判りました。 
静かな会話の中に激しい火花を交す両者の姿がとりわけ印象に残っていたわけ。 

キリスト者に対しユリアヌスは「彼等は自分の内心だけにとどまろうとして
いる」とし。 また彼等を“悪い人間ではない”としながらも「強情で、
粗野で、偏狭であることを誇ろうとしている」 と批判して、「地上の事柄に
関心を持たないとは、ローマ(秩序=法)を愛そうとはしないことだ」と批判
しています。 さらに、『彼等が愛しているのは神だ、と君(司教アプロン)
は言うだろう。 ・・・しかし私に言わせればガリラヤの連中(キリスト教徒)
の愛しているのは神じゃない。自分なのだ。 自分だけなのだ。 自分が救われ
たいのだ。・・・』p613 とも述べさせています。 彼にとって何よりも重要
なものは、ローマに象徴される『法=秩序』でした。 『秩序があってはじめ
て各人は真実に自由でありうる。何故ならローマの秩序は人間を真に人間たら
しめる城砦のごときものだから・・・』 そして彼はこの考えを『秩序論』
として書き残したとされていますp460。 また別の箇所でユリアヌスにこう
も言わせています。『・・・ローマは広大で、永遠な存在だ。しかしそのいう
なローマでさえ、いきなりローマ帝国があるのではない。 そこにはガリア
の民もおり、ダキア(ルーマニア付近)の民もおり、シリアの住民たちもいる。 
そしてそのガリア1つとってみても、また無数の人々がいるのだ。 ・・・・
ディア(ユリアヌスを慕う女競技士)、ローマとは何処か別にある大きな1つ
の顔ではなく、この無数の個々の人間の中に現われてくる現実の姿に他なら
ない、私がローマ帝国に秩序を捧げようとするとき、それはこうした民の一人
一人の生活に結びつくことを意味するのだ。』p559-60 ( )内の言葉は
私が入れました

しかし何よりも昔の記憶が鮮やかに蘇ったのは以下の文章。 ここでユリア
ヌスは異端論争でキリスト界が激しい抗争を繰り返すのを批判するとともに、
彼の生き方を述べているくだりがあります。 ちょっと長くなりますが少し
この部分を抜粋します。

『しかし教義の正当性は何によって判定するのだ』
『真実でございます』
『両派とも真実を主張したら』
『真実は1つでございます』
『しかし両派ともそう言い立てるだろう。そうすればどうする? やはり
相手を殺すことになるのか?』
『私はそうは考えませんが、そう考えている者もおりましょう』
『では、教義が1つになるまで殺りくは続かなければならないのか?』
『真理の為で、ございます』・・・・・
『・・・アプロン(司教)、私は少なくともこの点に関しては貴方とはっきり
意見が違う。 私は正義とはあらゆる強制を含まぬものと思っている。正義と
は自由に他ならない。少なくともただ自由の中にだけ存在するのだ。だから
バッカスの司祭たちが夏の夜陰に紛れて歩くように、人間に多くの危険を
もたらすのだ。しかしその危険を通してしか、人間がそれに達しえないとした
ら、私はやはりこの道を選ぶしかないだろう。
『・・・百年たっても人間は愚かであるかもしれない。五百年たっても人間は
自発的に正義を実現しようとしないかもしれない。千年の後にもなお絶望が
支配しているかもしれない。・・・あと千年たっても駄目なら三千年待つのだ。
それでも駄目なら、なお千年待つのだ。そして結局人間の歴史の終わりに
それが実現されないと判っても、人間が正義の観念を守り抜いたということ
だけは、少なくとも事実としてそこにあるのだ。・・・・』p491-2

ユリアヌスから二千年。 なお正義は実現されていませんが、それならば、
さらに千年、あるいはもっと、さらに、さらに進んでいくしかないのではない
でしょうか。 たとえそれが果たしえぬ目標だとしても。

で、Isla de Salsaはどうでしたかって? 勿論愉しかったですよ〜♪♪♪ 
まだまだ私の夏休みは火曜日まで。 取り敢えず今夜はイスラに来ていた
キューバのバンドによるサルサワークショップが楽しみです。


国連を標的 投稿者:Hiroshi  投稿日:08月21日(木)08時58分01秒

国連自身を狙ったテロが起った模様。 旧フセイン(バース党)派の仕業では
ないかとの見方もあるようですが、私はそうではなかろうと思っています。 
普通、世俗の組織には抑止力が働きます。 イラクは泥沼化していくのでしょうか? 
敵味方がはっきりしていた戦争前に比べ今の状況の方が厄介ですね。 石油の
ツケはかなり高いものになりそうです。 さらに今回のイスラエルでのテロは
パレスチナ自治政府樹立の道を難しくするでしょうね。中東の未来には少しも
明るさが見えてきません。 そんな中、自衛隊を送るのが正しい選択なのか? 
反テロと中東侵攻を結び付ける論理には整合性を感じません。 

、、、とは云え、Life goes on。 色々心配していても仕方ない。 此処は気分を
切り替えて人生楽しみましょう。 明日から私は夏休みです。 勿論、週末の
Isla de Salsa URL ↓にむけての助走ですね ♪♪♪  (^o^)/

http://www.tiempo.jp/events/isla_jp.html


ルーツ 投稿者:Hiroshi  投稿日:08月19日(火)13時45分13秒

むかし、むかしのことで、内容そのものは殆ど記憶に残っていなかった
『背教者ユリアヌス』辻 邦生著、中央公論社。 多分読んだのは◯◯年前の
大学生か大学院生の時でしょうか? いま最初の数章を読んだだけですが、
何故この本をそれほどまで印象に残った本だと記憶していたかがはっきり判り
ました。 何てことはない! AccademiaNo.338-9 URL↓ で書いた、
原始仏典Udana VI4と、この『背教者ユリアヌス』が普段私が科学的真理に
対して考えていることのルーツだったわけ。 ここでは、原始仏典で『実践的
認識』と表現されていたことが、『誤りを含んだ真理』p162 という言葉で
表現されていました。 またしても『誰かが既に述べたことをコピーしてした
だけ』だということに気がつきました(大汗) 『解釈=筏説: 対岸までたど
り着いた後、その筏をかついでいく事は不要である』のルーツは此処だったの
ね! 、、、ウ〜ん、それにしてもちっともそれから進歩してませんな〜(涙)

http://circle.excite.co.jp/bbs/view.asp?cid=o0300063&iid=3&num=338&pg=9
http://circle.excite.co.jp/bbs/view.asp?cid=o0300063&iid=3&num=339&pg=9

http://circle.excite.co.jp/bbs/view.asp?cid=o0300063&iid=3&num=338&pg=9


昨夜の世界遺産 投稿者:Hiroshi  投稿日:08月18日(月)08時36分11秒

どなたかご覧になりました?ロマネスクの同時代、11世紀に始めてベルベル
人によって建設された王朝の都、マラケシュ。 モロッコで知っている都市と
言えばあとカサブランカしかないですが、この地は地中海とアフリカを結ぶ
中継貿易都市として栄えたとのこと。 今では海外旅行で人気のスポットです
よね。 かって「死者の広場」として公開処刑場だった「ジャマ・エル・フナ
広場」今は屋台や大道芸人で賑わう広場となり世界遺産に登録されたとのこと。
クツビア・モスクも素晴しいかったです。 あれを見ると完全なイスラム社会
ですが、以前話題にしたと思いますが、数の上ではイスラエルへの移民が多い
て聞いています。 ということはユダヤ社会もある? しかしそんな感じは
全然ないし、ちょっと調べてもそんなこと何処にも書いてないですね?? 
私もこの事は先日の連続爆弾テロで始めて知りました。

http://www.intermonipp.com/Menu/Menu.html


こんどトルコ三大文明展が福岡に来るらしい 投稿者:Hiroshi  投稿日:08月17日(日)14時19分01秒

でも〜、、 トルコ三大文明というのはちょっと違うような気がする。
トルコはもともと中央アジアの民族。 アナトリアに来たのはかなり後から、
最後の文明以外には直接関係ないでしょう。 「アナトリア三大文明展」とい
うのが正確か? でも「アナトリア三大文明展」て言ったって判らないし〜 
第一スポンサーは現トルコ政府のはず、やはり「トルコ三大文明」が正解で
しょう。 此処は目くじらを立てる程のことでもないでしょう。 

ねえ、サイード先生、こんなことは何処にだって転がっていることですよ。 
な〜んて一言皮肉を言ってみたくなりました。


三冊の『背教者ユリアヌス』 投稿者:Hiroshi  投稿日:08月17日(日)13時35分36秒

メレシコーフスキイ著『背教者ユリアヌス』 読後感としては、そこそこには
楽しめましたけど、何か劇画風というか、漫画チックというかあまり深さは
感じませんでした。 むか〜し、読んだ辻邦生氏の『背教者ユリアヌス』は
内容は覚えてもいないにも関わらず、その時の雰囲気の重さというか、深さ
というのは余にも印象的でそのせいということもあるのでしょう。 ただこれ
は本と読む人の相互作用なので簡単には比較出来ないこと。 再度、辻邦生氏
の本を読み直すことが必要でしょうね、、、 と言いつつ、既に昨夜、正確に
は早朝から、読み始めています(笑)

著者、メレシコーフスキイのユリアヌス評価は、先の研究者としてのバワーソ
ック氏に近いもののようにも思えます。また彼は『背教者ユリアヌス』の時代
を1つの時代の終わり(神々の死)であり、同時に遠い未来(ルネッサンス)
における「神々の復活」にむけての礎というテーマでこの物語を書いたように
思えます。それはこのような記述にも現われているでしょう。 (これはユリ
アヌス死後のエピローグの中) 著者のメレシコーフスキイが歴史小説三部作
として、このあと『レオナルド・ダ・ヴィンチ』を書くのはいわば当然のこと。

『・・・ユリアヌスの言ったように、私たちは汚辱と沈黙のなかで、すべての
人から、疎まれながら、淋しく終まで忍ばねばなりません。後に来る人々が、
新しい巴火をつける火種を残すために、灰のうちに最後の火花を隠さなければ
なりません。彼等は私たちの仕終わったところから始めるのです・・・』p340

で、当初の目的であった、『何故彼が、皇帝ネロとはまた違った意味で注目が
集まったのか?』ということですが、それはよく判りません。 ただ、彼が
皇帝になる前は哲学徒であり、多くの著作を先の皇帝、マルクス・アウレウス?
のように残していたということもあるでしょう。 しかし重要だと思うことは、
キリスト教が先の大帝のミラノ勅令により国教となったとはいえまだ脆弱な
時代、単なる迫害者としてではなく、異教帝国の再建と強化を計った哲人皇帝
が、「異教の神々の復活」を象徴するものとして、キリスト教社会にその後
長く深刻な影響を与えたということではないでしょうか? キリスト教が国家
と一体になるのはそれからさらに数百年を経て、西ではカール大帝の時から、
それまで「神々の復活」に怯えるキリスト教会の姿がその背景にあったように
思えます。

昨夜のサルサパーティーは開始時間が遅いというので、時間潰しにメレシコー
フスキイの小説『背教者ユリアヌス』を読んでいたら、物語が佳境に入り、
ついパーティーには行き損ねてしまいました(涙)。 まあ、今週末はどうせ
サルサ漬になるわけですから、いいでしょう(笑)


Life goes on! 投稿者:Hiroshi  投稿日:08月15日(金)16時04分40秒

この夏は特に予定もなく、のんびり・ダラダラしたものになるだろうと予想し、
その分『背教者ユリアヌス』3冊読み比べようとか考えていたのですが、何か
と煩わしいことが浮上して夏休みどころではありませんでした。 しかし、
山は越えました。 でも本当に大変なのはこれからか??? とは云え、
『Life goes on』 色々心配しても仕方ないでしょう。此処はラテン的に人生
楽しみましょう。 取り敢えずは来週末のIsla de Salsaが楽しみです。
勿論泊り込みで2日間楽しみます。

http://www.tiempo.jp/events/isla_jp.html


伝説のユリアヌス 投稿者:Hiroshi  投稿日:08月09日(土)12時52分12秒

歴史家が実像だとするユリアヌスは私が長年想像していた人物像とはちょっと
違う感じで、彼もまたその政敵(キリスト教徒)と同じように『宗教と政治を
一体化しようとした人物』であり、彼の禁欲的で公平無私な態度も多分に偽善
的なもので、また彼が行わせた人道主義的政策も、寛大な精神というよりは
むしろ、キリスト教をよく知っていた彼がその裏を斯くように仕組んだ計算
された部分であったとか・・・ G.W.バワーソック著、『背教者ユリアヌス』p142

これもまた、1歴史家の解釈なのでしょう。 真実のユリアヌスは今となって
は永遠の謎ということなのだと思います。 しかし私が重要だと思うのは彼
の実態がどうのようなものであったにしろ、背教者(異教者)であり、しかも
本当に短い数年しか皇帝として君臨することのなかった彼が、ヨーロッパ社会
において(暴君ネロとは明らかに異なる意味において)伝説的な人物となった
という点ですね。 ここらへんの謎を知りたいところですが、それについて
はこの本を読んでも判りません(断定)。

学術的な本としてのバワーソックの『背教者ユリアヌス』は物足らない感じ。
それは結論にいく付く過程がなく、ただ『・・・である』といった教科書的
記載が目立つから。 こんなのは読んでいると私は眠くなります(汗)

てなわけで、早々に読み終わらせて、いまは小説の『背教者ユリアヌス』に
乗り換えました。 著者はロシア人、メレシコーフスキイ、小説は久しぶり
ですが、読みやすい。 趣味の合う小説はその中に入り込むだけであまり頭
を使う必要がないのでどんどん読めますが、反面時々物足らなさも感じます。 
さて今回はどうでしょうか?


東大副学長の科研費流用事件 投稿者:Hiroshi  投稿日:08月06日(水)16時39分49秒

結論から言えば、根本的な問題は全く現状に合わない研究費支給のしくみに
ある。 科研費が使えるのは夏頃になってから、しかも単年度会計なので
3月で終わり。 実際に使えるの年明け頃まででしょうか? しかもその為の
貯金も「違法」である。となると、『半年間飲まず食わずで生活しろ』という
ことでしょうか?! マスコミもだらしない。個人攻撃ではなくこの国の仕組
の欠陥を追及すべきでしょう。 これはこれまで長いこと問題になってきた
ことなので、いつまでも解決されないのは、役人と政治家の怠慢でしょうね。個人的にはあの東大の先生に同情します。 

昔ツールーズの共同研究者にアイソトープ化合物を送ろうとしたら、URL↓
http://www.greengrape.net/hiroshi/05_toulouse_01.html
科研費の予算に計上されてないということで、お金は十分あってもビタ1文
使えませんでした。 そんなこんなで泣く泣く諦め、実際に送れるようになった
のは次年度のお金が降りてから。 はい、1年近く研究計画は凍結(!)されました。

http://www.asahi.com/national/update/0805/011.html


いらっしゃいませ 投稿者:iida  投稿日:08月06日(水)00時01分14秒

>みてますか〜

みてますとも。
アングレームの教会は私はいったことないのですが、亡くなった友人は
以下のように言葉を遺しているので気になっている教会です。

それにしても彼はなぜ夜中に訪れたのか、今となっては謎です。

Yumikoさん、Takakoさん今後ともよろしく。

こちらの予定はベズレーのタンパンの12黄道宮の続きを次回。
その後はタンパンの底辺の彫刻。これはピグミーなどが描かれていて
なかなか。

その後は、ベズレーの外観と彫刻室。
その後は、またなにか思いつくでしょう。

しばらく海外も出る予定がないのでネタがひろがらないのが残念です。

http://www.greengrape.net/kazuhiro/romanesque/2em_jor/0921_angouleme.html


>Takako様 投稿者:Hiroshi  投稿日:08月05日(火)18時18分21秒

ヒェ〜 専門家のご訪問とは!!
いつもド素人が勝手なことを書き連ねております。どうか見逃しを m(_ _;;m
もしよろしければ時々、このようにしてコメントとか頂ければ幸いです。
管理人のIidaさ〜ん! みてますか〜〜


yumiko 投稿者:Takako  投稿日:08月05日(火)15時44分40秒

yumiko様

ときどきこのサイトにお邪魔しているTakakoと申します。

アングレームの外観図でしたら、Dehio&Bezoldの
Die kirchliche Baukunst des Abendlandesに、簡単な
スケッチ風のものが載っていたと思います。

それから、ふくろうの本「ロマネスクの教会堂」にも
解剖図と称して載せましたが(拙著です(^_^;))、こんなのでは
だめでしょうか。


>yumiko様 投稿者:Hiroshi  投稿日:08月05日(火)07時39分26秒

生憎、私は知りません。 その後何か見つかったら報告して貰えると有難いです。

先日あるきっかけで再度『背教者ユリアヌス』を読んでみたいと思い図書館に
探しにいったら同じ題名の本が3冊あるのを発見、全部借りてきました。(汗) 
その中の1冊、辻邦生氏の『背教者ユリアヌス』は、昔、むかし、読んだもの。 
内容はあらたか忘れてしましましたが、非常に印象に残った本です。 
あくまでもこれは小説ですから実際のローマ皇帝ユリアヌスがどんな人物だっ
たのかは判りませんが、このユリアヌスという人物はその後もずっと私の頭の
中に残りました。 

今読みはじめているG.W.バワーソックの『背教者ユリアヌス』は学術的な論文
で、歴史上に実在するユリアヌスの実態に迫ろうというもの。 かなり辻邦生
氏の本とは異なります。 多少、これまで感じていたユリアヌス像(己の理性
に従い、過酷な運命に立ち向かう哲人青年皇帝)といった印象(これは私の
勝手な記憶で辻邦生氏描くユリアヌス像とは違う可能性もあります)が崩れた
感じもするのですが、それはそれとして愉しめます。 

同じ人物を主人公にして3冊も、しかも同じ題名の本があるとは知りませんで
した。 それだけ注目を浴びた人物だったのでしょう。 西欧のキリスト教
史観に立てば、明らかな異教徒、あるいは背教者であるこの人物に、皇帝ネロ
とはまた違った意味で注目が注がれるということ自体にも興味があります。 
この夏、3冊読み比べてみたいですね。


教えてください 投稿者:yumiko  投稿日:08月02日(土)17時00分44秒

フランスのアングレーム大聖堂のアクソメトリック図を見たいのですが、どなたかコレが書かれてある本かサイトがあれば教えてください


思考、試行、指向、志向 投稿者:Hiroshi  投稿日:08月01日(金)08時08分32秒

『何故、人を殺してはいけないのか?』というテーマで議題が行われる場合、
文字通り最初から<人を殺してはいけない>という前提の上に立っておこなわ
れている。 結論が最初からあるところに「議論」は成り立たないわけで、
まずこの前提を意識的に壊すことが重要でしょう。 まず一番判りやすいとこ
ろから言えば、人類の歴史で人殺しがなかった時代は無いわけで、少なくとも
同種殺しというのは人類には付随した属性だと言える。 テーマとしては
むしろ、『何故、人は人を殺すのか?』がベターでしょう。

それでは、もう少し視野を広げて、生物界全体を見渡してみよう。 同種殺し
があるのは、どの様な種から認められるか? と、考えてみれば、少なくとも
身近なところでは、ネズミ(マウス)ではしばしば認められる。 
それに対し、大腸菌ではどうだろう? ないわけではないが、相手を殺す為の
特別の遺伝子を持っている場合なので、遺伝的に殆ど同じ系統のマウスが同種
殺しをしているのに比較すれば、大腸菌には「ない」あるいは「認められない」
ということでよさそう。 まずはここらへんから考えを整理するのがいいでしょう。 

結論(1)大腸菌では同種殺しはないが、マウスにはある

勿論、この先この結論(1)が覆えされる事実に気がつくかもしれないが取り
敢えず結論としておこう。 この問題時々、整理して書き込みたいですね。


サルサ 投稿者:Hiroshi  投稿日:07月28日(月)08時27分12秒

フランス映画「サルサ」のビデオを観ました。知り合いがダンスの参考にBS
で放映されたものを録画したもの。 ダンスそのものはちょっと上級過ぎて、
私にはあまり参考になりませんでしたが、ソンというゆっくりした音楽で、
老ペアーが踊るシーンは成程と思った次第。 激しいのもいいけど、あれも
味があります。 物語は要するにラブ・ストーリーなわけですが、その中で
主人公のフランス人が友人のキューバ人に問いかけるシーンがあります。 

『どうして、いつもそんなにHappyなんだ』 答えて、
『いつもハッピーだと思うのか?・・・(キューバ人なら)悲しみは笑顔で隠せ』

ラテンアメリカの人たちがどことなく楽天的だと思うのは、私の思い違いなの
か? キューバでは先日革命50周年が開催されたとか。 劇中の老人も革命
前、フランスからキューバに帰国した直後に政治犯として刑務所に入れられ、
恋人のフランス人女性と別れた過去をもつというのがストーリー。 先日の
ブエナビスタのメンバーに続き、サルサの女王と呼ばれたセリア・クルズも
この世を去りました。 セリアは革命後米国に亡命し、ブエナの面々は国に
残ったわけ。人生が別れたことでしょう。 セリアの歌うYo Vivire (I will survive)
に元気づけられた人も多いはず。


いろいろ 投稿者:Hiroshi  投稿日:07月26日(土)11時42分48秒

昨日の朝日新聞の「三者三論」で桐蔭横浜大学の河合幹雄助教授が先日の広田
照幸氏と同じことを指摘されていました。

『14歳未満の少年、いわゆる触法少年による殺人はこれまでも起きており、
平均すると年に2、3人が検挙されてきた。その意味では決して特異な出来事
とは言えない・・・今回の事件の場合、先に被害者の子供が遺体で発見され、
メディアや国民の関心が高まっていたという個別事情が大きい・・・』

通常は様々な理由で実態が表面化されるのが押さえ込まれ、それで社会があま
り認識してこなかった事情があるとのことでした。 この指摘に対し、朝日は
今朝の朝刊の「私の視点」のコーナーで、編集部からコメントとして、この
河合氏の指摘を特に取り上げていました。 多分、多少の反省があったのかもしれません。

私は「復讐権を復活すべき」というのが主張ではありません。この権が破棄
されたのはそれなりの理由があるからで、我々は「近代」を迎えるに当たって
「裁き」を公権力に委譲したわけです。

<サイード、その後>
『文明の衝突か、共存か』の最後の対談のところで、以下のような文章があり
ました。 

『サイードの「オリエンタリズム」の問題ですが、あれは非常に70年代的な
書物だと思います。 ・・・しかし、90年代から21世紀にかけては機能
しがたい書物だと思います・・・』p225  これは私が感じたことと同じ。 

、、、で、思ったのですが、どうやら私はサイードを読む前に、もしかすると
これらの「サイード批判」を耳にし、目にしていたかもしれないということで
すね。複雑な心境。 読まなければならない本は年々増える一方、ますます読
書する余裕も無くなってくる。 なんだか取り残されるてしまう感じ。 T_T

<24時間営業>
このところセルフのガソリンスタンドに行くことが多くなりました。 値段は
今までのところと変りませんが(1リッター=91円)24時間営業なのが
有難い。 スーパーも24時間営業のところばかりです。 何しろ朝は7時に
は出勤。 夜も10時過ぎにしか帰宅しませんので、、、 
尤も、夕方はダンスとかして遊んでますが /(^o^;;

<フローチャート>
以前この掲示板への書き込みで、以下のようなフローチャートを書き込み
ました。 今までのところ大体予想通りの流れ。 

******************************************************************
これからは未来。 誰も判りませんが、 (3月30日時点で)
          ↓ 
9)バクダット包囲と市街戦 
          ↓ 
10)フセイン・バース党体制の崩壊 
          ↓ 
さて問題はこれからですね。  
          ↓ 
11)米英のイラク支配---あるいは---国連によるイラク統治

前者であれば、イスラム世界の真ん中にアメリカが孤島のように存在する
ことになるわけでテロは避けられないでしょう。 また後者にしても
『民主的に』シーア派よりの政権が誕生するかもしれない。 そうなれば
サウジやイランに続く新たな原理主義国家の誕生ともなりかねない。 
どちらに転んでもこれから中東は混乱するのではないでしょうか。
******************************************************************

結局アメリカは前者。 つまり直接支配を望みましたね。 『民主的に』
シーア派よりの政権、つまり原理主義的政権ができるより、確実な直接統治
がましだと思ったのでしょう。 アメリカにしてみれば当然の選択か。 
しかし今のところ治安は回復せず、予想どおりテロの続発。 米軍司令官
はついにゲリラ戦状態だと認めましたね。 アメリカも今の政権が変れば
またどうようになるかも判らないと思っています。 それまではブッシュ
さんについていくのでしょうか?  、、、日本は国益第一に考えたら
とてもイラク派兵とか出来ないはずだけども、、、どうもよく判りません。


昨夜のニュースステーション 投稿者:Hiroshi  投稿日:07月25日(金)07時42分16秒

を見ていたら、犯罪被害者の現行司法制度に対する批判や憤りが特集されて
いた。 これはつい先日、この掲示板でも議論したこと。 しかし番組も
コメンテーターもただ視聴者の感情に訴えるだけの内容でちょっとお粗末。
オブラートに包まず、「復讐権」といったものの歴史的変遷や、何故西欧
ではこれが一部認められているのかなど、きちっと捉えてもらいたかった。
2000/12/7 「復讐権」よりURL↓

『殺人が行なわれた時は殺された者の縁者が犯人を追跡し、殺す権利があり、
それが復讐と呼ばれる本来誰でもが行使しうる基本権であった』p62 「中世を
旅する人々」阿部謹也著、平凡社 1978年

http://www.greengrape.net/bbs/rbbs_2000_1231.html


衝突と発展 投稿者:Hiroshi  投稿日:07月23日(水)07時33分12秒

イスラーム史や東欧史を学ぶ時と、西欧史を学ぶ時とでは明らかに学ぶ側の
意識が変ってきます。 おそらくそれは、現代社会においての両者の立場の
違いを反映したものでしょう。 周縁的存在から今日の文化的、政治・経済的
覇権を確立した西欧。 かっての栄光と、現代における衰退のイスラム・東欧
社会。 当然と言えば当然でしょうか。 そんな、こんなで、意識はまた東欧
を離れ、「文化の衝突と融和」について思いを巡らすようになりました。 

てなわけで、早速入手してきたのが『文明の衝突か、共存か』東京大学出版会、
編者はあの中東イスラム史の研究者である山内昌之先生。 現代に切り込む力
のない歴史学に興味を失ったのは、山内先生の本を読んでからです。 
冒頭、『異文化との接触は政治的には衝突であるが、文化的には発展である』
との文言が目に飛び込みました。

<武家の商法?>
某企業と共同開発の契約書を取り交わしました。 果たして成功するか?
前進あるのみ。大学も冬の時代、それぞれが生き残りを模索しています(汗)


洪水 & 東欧史の難しさ 投稿者:Hiroshi  投稿日:07月21日(月)10時22分25秒

先日床上浸水をした地区の道路脇にはゴミの山が幾つも出来てました。3年
前の9/12↓の西枇杷島地区洪水でも多分この様な光景がみられことでしょう。
しかしまだ大雨の方は峠を越してはいません。 九州の南部、水俣地区で
大きな災害を引き起こし、死者も多数出ているとか、まだまだ危険な状態
が続いているようです。 

水俣は数年前にも鉄砲水で沢山の死者がでたことがあります。 あの時は
早めに非難勧告を受けた地区と、遅れた地区で明暗が別れたと聞いてい
ます。その教訓は今回生きたのでしょうか?

<東欧史の難しさ>
先日から読んでいる『東欧の民族と文化』にこんな一節がありました。 

『西欧の場合ですと、これは経験的な話し方になりますが、なにか本を
読んで西欧の中世とか近代とかについてのイメージが比較的つかみやすい。
例えば最近は社会史研究がさかんですけども、その1つ、阿部謹也氏の
「中世の窓から」を読んでみますと、叙述がすぐれていることもあって、
まるで自分が中世ヨーロッパの都市で生活しているような気分になって
まいります。・・・』p192

さらに著者はホンジンガーの『中世の秋』もとりあげられ、これらを読
んだ読者は西欧中世についての一般像を得たような錯覚に陥ってしまうが、
著者はこれらの著作はあくまで西ヨーロッパ全域をカバーするものでは
なく、前者はドイツに関するものであり、後者はフランスとネーデルランド
に関するものであることを指摘されています。 ところが東欧史の本を
読むと地域ごとに非常に違いがあるので、何か東欧についてのイメージが
湧いてくるかというと、これは出にくい。 

確かにそういえば、このところ何冊か東欧史関係書籍に挑戦しているの
ですが、なかなか全体像が頭に入らず困っていました。例えばハンガリー
とブルガリアではとても違います。 最初は、このところ時間的余裕が
なくなって、断片的読書のせいかと思っていましたが、そもそもそれが
実体なんでしょうね。

それを示す、こんな1節もありました。これはノーベル文学賞受賞者の
エリアス・カネッティの故郷についての「思い出」の1節らしいのですが、

『私の生まれたドナウ河下岸のルスチュクは・・・ したがって、この町
はブルガリアにある、などと言ったりすれば、私は、この町についての
不十分なイメージを与えることになろう、というのも、そこにはさまざま
な血統の人間たちが住んでいたし、一日に7ヵ国ないし8ヵ国を耳にする
ことも稀ではなかったからである。・・・』p214

<ボゴミール派の運命>
それから先日のブルガリア人、ユーリー・ストヤノフの著作『ヨーロッパ
異端の源流』の中で、ストヤノフ氏は『バルカン半島のボゴミール派に最終
的な終焉が来たのは東西両教会の異端に対する弾圧よりも、むしろ半島の
イスラム化の結果だ』 p333 結論づけられていました。 この点に関連
してこの本の中では、ボスニア・ヘルツェゴビナのイスラム教徒は『かって
この地域に住んでいたクロアチア人たちが、ボゴミールという異端の宗教
を信仰していたが、このボゴミール教徒は、その後14世紀くらいから、
この地域がオスマン帝国の統治下で大量にイスラム教徒に改宗した』 p250 
との説があるですが、 実はこれはクロアチア人の解釈であり、反対する
セルビア人の解釈もあり、本当のところはまだはっきりしないわけです。
これは政治的な問題が背景にあり、ボスニア・ヘルツェゴビナの紛争
は記憶に新しいところですね。 是非ともこれは政治的な影響を排して、
ボスニア・ヘルツェゴビナの研究者により結論が出してもらいたいところ。 
まさにこれなども、歴史解釈における二重性に関わる典型的な事柄。

今日は休日でもあり読書をしながらの実験でも文句は言われませんよね(汗)

http://www.greengrape.net/bbs/rbbs_2000_1010.html


タイミング良すぎ!? 投稿者:Hiroshi  投稿日:07月20日(日)15時11分44秒

一昨日の書き込みで、少年犯罪に関して、もし意識的に間違った情報を流して
世間を情報操作しているとするなら(真偽の程は私は判らないと思っています
が) 何故?? どんな利益があるの? と考えてみました。 すぐ頭に浮か
ぶのは『戦後の教育は駄目だ、昔に戻らなければ』と言うところでしょうか? 
そんなことを考えていたら、 絶妙のタイミングで森前首相が話題を提供して
くれました。 URL↓ 『日教組に作られた人格』より

http://www.asahi.com/politics/update/0719/003.html


どうもご心配おかけしました 投稿者:Hiroshi  投稿日:07月19日(土)17時34分29秒

深夜2時頃、凄い雨音で目が醒め、6時頃まで猛烈に雨が降り続けました。 
「バケツの水をひっくり返したような」という表現はまさにこんな感じだ
ったのでしょう。 因みに自宅はニュースで出ていた太宰府の山を隔てた隣町
です。 この1夜で太宰府では361ミリの降雨があったとか。 自宅付近は
高台なので問題ありませんが、近所の宇美川の堤防が切れて、路上は泥田状態、
ガードレールとかには小さな流木が絡みあっていて、ゴミを避けながらの、
のろのろ運転でした。普段30分のところを1時間半かけて漸く職場にたどり
着きました。 8時頃で水位は堤から1メートル弱下を猛烈に流れていました
が、普段だと5〜6メートル下をチョロチョロ流れる程度。 

多分夜半に決壊したのでしょうね。 おかげで車は泥だらけ、 明日朝一番に
洗車しなければならないでしょう。 でも私はまだいい方、道路に面した店の
人は泥を店内からかき出していました。 この連休は掃除で潰れるでしょう。 
余裕をもって朝からの会議に臨む予定でしたが、ぎりぎりでした。
いま、ようやく暇が出来てwebにアクセスしたところ(汗)

<クリュニー中世博物館の1角獣は仏典由来か?>
先ほど、職場で(汗)今朝の朝日のbe on Saturdayを読んでいたら、原始仏典
のスッタニパータの言葉が出されていました。

『犀の角のようにただ独り歩め』

意味は、欲望やしがらみに打ち勝ち、独り決然として修行に励めということ。
インドサイはアフリカのサイと違い角は1本なので、個人の悟りを中心とする
南方上座部仏教(小乗)の象徴として使われたらしいのですが、後には大乗が
小乗を批判する言葉として、即ち『一角犀』という言葉で個人の悟りだけを求
める狭さの象徴として使われることもあったようです。 

この言葉はスッタニパータの各章の最後の言葉として繰り返し繰り返し使われ
たらしいのですが、原始仏典では同じく繰り返し使われる言葉として、各章の
冒頭に『蛇がその皮を脱ぐように』という解脱を示す文言があることを思い出
しました。 頭が蛇で尾っぽがサイということで、面白いな〜と思った次第。
多分、蛇もサイも当時のインド人には日常的な存在だったのでしょう。 
因みに中国ではこのサイは存在しないのでキリンに変わったとか、この1角獣
日本にもやってきて、京都の西本願寺の国宝唐門や知恩院の三門に描かれれい
るとか、、、

何故いまこの事をわざわざこの掲示板で取り上げたかというと、この1角獣、
パリのクリュニー中世博物館にも居たなと思いだしたからです。 URL↓ 
こいつも原始仏典由来なのだろうか??? と、しばし想像してしましま
した。 きっと専門家には周知のことなんでしょうが、、、 
何方かご存じなら教えて下さい。

http://www.greengrape.net/hiroshi/03_crunny_02.html


豪雨 投稿者:iida  投稿日:07月19日(土)12時39分45秒

Hiroshi様:

いつもかきこみありがとうございます。

豪雨だいじょうぶですか?ニュース見ていたらすごいことになっていますので
心配しております。

とりいそぎ。


事実誤認、あるいは嘘 投稿者:Hiroshi  投稿日:07月18日(金)18時56分26秒

歴史認識にも同様なことが言えますが、観察者の思い込みや偏見、あるいは
怠慢で事実が誤認されるという例になるかと思います。 権威(ここだと
マスコミ?)に弱いということもあるでしょう。

昨日の書き込みで、犯罪行為の低年齢化あるいは凶悪化に『事実はそうなのか?
むしろ過去にもあったが、それはあまり世間には知られていなかっただけでは
ないか?』という疑いを提示しましたが、東京大学で教育社会学を研究する
広田照幸助教授によれば、低学年児童による犯罪とその凶悪化は近年増加して
いるのではなく、むしろ低下していることが統計から言えるそうです。URL↓

例えば、殺人などの凶悪犯罪を起した8歳から13歳の低学年児童は60年代
で53名。 それに対し、『凶悪化』が指摘されはじめた90年代では10人。 
つまり、社会の「意識」とは裏腹に、少なくとも統計上は低学年児童による
犯罪の凶悪化傾向などは『ない』といえるでしょう。 さらに広田氏は犯罪の
内容についても、凶悪化してることを否定されてます。 

以前からこのような問題に関し、かなりお粗末な事実誤認が世間に流布して
いるのに気が付いていましたので「やっぱし」て感じ。 このような嘘(?)
が幅をきかせているのは、多分マスコミの責任でしょうね。 

それにしてもネットの検索ツールて凄いですね! 適当なキーワードを組み合
わせれば調べたいことが数秒で確認できます(Googleでサーチかけました)。
 上のHP以外にも直接広田先生の報告書のpdf fileとかダウンロードして読む
ことも出来ましたよ♪ 30分もあれば事実誤認、あるいは嘘がばれます(汗)
、、、逆に言えばマスコミの記者て、こんなことも確認せずに記事書いて
いるのかしら???

http://www.ic-net.or.jp/home/miyagi/hirota.html


キューバの音楽家の運命を分けた革命 投稿者:Hiroshi  投稿日:07月18日(金)08時23分49秒

<Celia Cruz死去>
今朝セリア・クルズ死去のニュースを朝日朝刊で知りました。 彼女のYo Vivire
 (I will survive)に元気づけられた人も多いはず。 先日のBuena vista social club
のメンバー死去のニュースと重なりましたね。 

、、、キューバ革命を機に亡命したセリア、残ったBuena vista social clubの面々、
人生が別れたことでしょう。 合掌。

旧帝大系の某大学医学部からCOEには1つしか通りませんでした。 しかも過去の遺産。 
残念なことですが、実力の反映でしょう(汗)

http://www.asahi.com/culture/enews/RTR200307170006.html


ある視点 投稿者:Hiroshi  投稿日:07月17日(木)09時40分25秒

今、世の中は少年が起した残忍な事件を巡って様々な議論が展開されている
ようですが。 この問題に関して、私は少し違う視点から考えてみました。 

単刀直入に言えば、いま問題になっていることの背景の1つに、加害者の少年
が法律で保護されていることがあるように思います。 勿論、それ以上に
『何故このような事件が(過去はなかったが)今多発するのか?』という、
より本質的な問題もあるかもしれませんが、この事に関して私は『事実そうな
のか? むしろ過去にもあったが、それはあまり世間には知られていなかった
だけではないか?』という疑いを個人的には持っています。 しかし今、その
真偽を確かめる術はありませんので、そこで此処では問題を上記に限局して
考えを纏めてみます。

もし、今の司法体系が、復讐とかが許されるものであればそれほど大問題に
なってないかもしれないと思うことです。 日本は勿論、世界の多くの社会
では今、ローマー法の伝統が受け継がれています。 つまり個人ではなく公的
権力によって司法が取り仕切られているということです。 そこでは公平さが
保てるように。また迅速に事が処理が出来るように。そして何よりも、怨恨が
長く世代間で受け継がれ社会的不安要因にならないように、1件落着の形で
ことが終わるように(サガの世界のように復讐が血族を通して長く行われる
ということが起らないように)一定の法的枠組みが組み込まれ、その中で半ば
事件は自動的に処理されているということでしょう。 ですから、想定をして
いなかったような特異な事件(12歳の少年の残忍な殺人はまさにそのような
ものでしょう)が起ると、どうしてもその限界が露呈してしまいます。  
最近はその弊害が広く認知されるようになって、かっての復讐法とでもいう
べき要素が多少盛り込まれてきてはいるようですが、流石に復讐法とは言え
ませんので『被害者の権利』とか言ったオブラートに包んだ形での是正処置が
取られ始めているようです。 ただ現実には、それでも満足できない、あるい
は鬱憤を晴らせぬ世間の雰囲気を表わすかのように、マスコミや、とりわけ
検閲が難しいインターネット上で、加害者の顔写真や親族についての情報を
流すということが行われているように思えます。 このような事態はある程度
今の司法体系の限界を考えるならば起りうることであり、特に常軌を逸しない
程であれば黙認出来るものであるかもしれないと思うのですが、、、

勿論、そうではないという意見もあるのは当然のことだと思います。

同じようなことは以前以下でも議論しました。URL↓2000/12/7
http://www.greengrape.net/bbs/rbbs_2000_1231.html
2001/1/31〜2/1  URL↓
http://www.greengrape.net/bbs/rbbs_2001_0217.html


辺境にいる異教の人々 投稿者:Hiroshi  投稿日:07月16日(水)17時43分26秒

としてこのタンパンでは、エチオピア人、フリギア人、ビザンツ人、そして
アルメニア人が描かれているわけですが、前二者が所謂異教の人々なのに対し、
後二者はビザンツ人が正教徒であり、アルメニア人は単性論を信奉するアルメ
ニア教会の人々。 つまり同じキリスト教徒であることはこのタンパンの制作
者は意識していたのでしょうか? もしそうなら、それがタンパン上の配置と
かに現われていないか? 興味のあるところですが、
http://www.greengrape.net/kazuhiro/romanesque/vezelay/02_tympanum/01_l.JPG
を見る限りあまり差別化もしてないように思われる。 どうなんでしょう?

http://www.greengrape.net/kazuhiro/romanesque/vezelay/02_tympanum/index4_right.html


Buena vista social club & 山笠 投稿者:Hiroshi  投稿日:07月15日(火)08時15分18秒

のメンバー死去のニュースを今朝の通勤途中の車の中で聞きましたURL↓。 
慌てて彼等のCDを取り出し、ずっと運転中聞いていました。 最近になって
私も漸く彼等の音楽の魅力を知りました。 特にRuben Gonzalezのピアノは
好きです。 楽天的のようで何処か哀愁に満ちていますね。 旧ヨーロッパの
ラテンアメリカ植民地で花咲いたアフリカの感性でもいいましょうか、 合掌。 

今朝は追い山でした。 終わった後の清々しさがいいですね。 博多の超一級
のお祭りです(断言)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030715-00000786-reu-ent


セヴィーリアのイシドルス 投稿者:Hiroshi  投稿日:07月14日(月)08時11分02秒

も出てきてますね♪ 以前古典の伝統がどうやってカロリング・ルネッサンス
に伝わったかを調べる過程で注目した人でしたが、どうやら周知の事実だった
らしいですね(恥) いずれゆっくり読ませて頂きま〜す。

http://www.greengrape.net/kazuhiro/romanesque/vezelay/02_tympanum/index4_right.html


フス革命を巡る二重性&ジャムのミナレット 投稿者:Hiroshi  投稿日:07月14日(月)07時46分21秒

退屈な本は早々に諦めて、先日から宿題にしていた東欧の歴史に鞍替え。 
でも図書館で調べてもなかなかいいのがないですね。 取り敢えず読み出した
のが、ちょっと古いですけど1989年初版ものの『東欧と民族と文化』
彩流社出版 ISBN 4-88202-137-4。 カバーする範囲は近世以降で物足らない
ですけどないよりはましかと(汗) で、成〜る程と思ったこと1つ。

チェコの歴史を学ぶと、彼等が歩んできた厳しい民族の歴史がわかります。 
強大な周辺諸国との関係、特に西のドイツ文化圏。 例えばこういう記載があります。

『チェコ人自身も、文化とか芸術とか技術とかいうもののための言葉は
チェコ語ではなくてドイツ語なのだというふうに考えるようになっていました』p79  

それが18世紀から19世紀にかけてチェコの知識人がチェコ語を復活
させるという仕事に取り組むことになり、その一環として歴史学者の
フランチシェク・パラツキーという人が1836年に『チェコ民族の歴史』
というのを最初ドイツ語!で書き(チェコ語での出版は1848年)そこで
フスの時代を大きく取り上げたということ。

『18世紀末から1848年頃までのチェコ人の歴史は「民族覚醒期」
とか「民族再生期」とか呼ばれています。「再生」というのは、過去に
偉大な歴史(カレル4世の時代や、フスの時代)があって、チェコ語や
チェコ文化も生き生きしていた時代があり、それをもう一度取り戻すという意味です』p83

つまり、我々が今日『フス革命』を学ぶ時、URL ↓ 2001/11/23書き
込み分、 実はその背景に近世以降現代まで綿々と続くチェコの民族主義
的運動があるわけで、実は15世紀の歴史を学んでいるようで同時に近世
から現代までの歴史も学んでいる。 歴史学のこういった二重性という
ものは、考えれば考える程難しいものだと思った次第。 

、、、そう言えば、昔むかし、カルフォルニア留学中、ドイツ系アメリカ
人から、私のあまり周囲を気にしない身なりや行動にふざけて、よく彼女
から『Ah! ヒロシはボヘミアン(チェコ人)だ』とからかわれたものです。 
当時は意味が判りませんでしたが、今にして思えば彼女の発言には歴史的
背景があったのですね!! 

<昨夜の世界遺産「ジャムのミナレット」>
見られたでしょうか? 1194年、西欧でいえばロマネスク期にアフガニスタン
の僻地にゴール朝によって建てられたミナレット。 搭内を上下2本の
螺旋階段が設けられ、基底9m高さ65mの見事な遺跡でした。 
いや〜 予想以上の素晴しさ! 特に、山間の僻地にこつぜんと現われる
巨大なミナレットの遠景は圧巻。 何故、こんな山奥に? という疑問が
湧きそうですが、かっては文明の十字路と呼ばれたシルクロードの要所。 
世界的な再発見は1944年、しかし実際に山奥のこの地まで探検隊が足を
延ばす為にはさらに数十年を要したとか。 壁に刻まれたコーランの一節、
そしてイエス!や聖母マリアに関する記載もあるイスラームの聖地。 
周辺ではヘブライ語の刻まれた遺跡あり、ここにユダヤ人の共同体も存在
したことが判るとか。 2002年にアフガニスタン最初の世界遺産として
登録されたのは、アメリカのアフガン占領とも関連しますね。 

昨日は1日完全遊びモード。 朝からSalsaのワークショップ(サルサ・
カシーノは難度が上がって落ちこぼれそうです。 T_T 最近衛星放送で
流れた「サルサ」というフランス映画でも出てきたとか、そのうちビデオ、
クラスメイトから貸してもらう予定)を受け、ランチタイムは、ビールと
豚肉をフライにした脂っこい、しかしとても美味しいラテンアメリカ料理
を味わいながら、前半はクラスメイトとの会話を楽しみ、後半は一人の
世界に篭って<チェコの歴史>読んでました。 これもまた1つの至福の時。
 さあ、今日からまた1週間頑張るぞ!

http://www.greengrape.net/bbs/rbbs_2001_1208.html


退屈な本、うんざりする人 投稿者:Hiroshi  投稿日:07月12日(土)11時12分31秒

『歴史の破壊、未来の略奪;キリスト教ヨーロッパの地球支配』 
ジャック・アタリ著 朝日新聞社発行 とにかく読みやすい、しかし退屈な本。
 読みやすいというのは内容が論理的で解りやすい言葉で書かれているという
意味ではない(勿論、逆ではないが) 読みやすいのは、結論が最初から決ま
っているから。 こんな本は私にとって、とっ〜ても退屈!

ある種のイデオロギーや、宗教の信奉者が書いた本にこのようなものが多い。
 結論が判っているので安心して読めるのかもしれないが、うんざりする。 
本はまだ罪がない方、これが直接そのような人と付き合うと大変なことになる。
御免被りたいですね。 自ら信じるものに従って正義を主張するのは私に言わ
せれば簡単で安心なこと。 しかし世界には様々な価値観や世界観がある。
それらと時には妥協しながら、戸惑いながら、自分の信じることから来る結論
に多少反することでもやってのける人の方が私には信頼できます。 
厳しい反論は覚悟の上での書き込みでした。


超〜お薦めサイト 投稿者:Hiroshi  投稿日:07月09日(水)10時25分29秒

以前から述べているように、考えかたの基本に相容れない部分があるのですが、
私の密かな(<どこが!)愛読サイトとなっている野口氏のHP URL ↓ 
特に今度upされた1文は超〜お薦めです。 是非ご覧あれ!

まず最初に、『テーマの選択こそ重要』と述べられてますが、実はこれは医学・
生物学研究も同様。適切な問いかけが出来れば研究の半分は終わり(などと
偉そうに云う 汗)

また、兼好法師の『おぼしき事いはぬは腹ふくるゝわざなれば』を引き合いに
出し、自分の性癖を表しておられますが、どうも私も同じみたい(汗)。 
ただ私には精々掲示板に書き込む程度ですが、、、 /(_ _;;

さらに、『取材活動をしているわけではないので、一次情報を提供することは
できない。 私が提供できるのは、「視点」だ。』とも述べられています。 
そしてその例として、ツバイクの「唯経済的」視点、即ち、

『十字軍遠征も大航海も、アラビア人に邪魔されずに香料をヨーロッパに運ぶ
ための経済的行為だった』 という視点や、

、、、同じ論理で考えれば、サンチアゴ・デ・コンポステーラへの道は、
レコンキスタの伏線か? そう云えば、ツバイクの『マゼラン』はむかし図書
館で調べたけど見つからなかったな〜 (涙) 

また、『歴史的背景や民族的特殊性といった説明に安易に頼ることへの批判』
は、そういう考え方をよくとる私にとっては、真摯に受け止めなければならな
い批判でしょう。 

最後に著者は『物の見方に、唯一絶対の正解がつねにあるわけではない』と
述べた上で、

『言論の自由が憲法で保障されている民主国家においても、全員が薄っぺらで
画一的な思考をもつとき、独裁者が現われたのと同じ結果がもたらされるのだ。
現在の日本は、その瀬戸際にある。』

と痛烈な批判をされてます。 これは真に同感!!

http://www.noguchi.co.jp/archive/diary/030531.html


MANIFESTOあるいはアマチュア宣言 投稿者:Hiroshi  投稿日:07月08日(火)18時48分12秒

ブリュム修道院所領明細帳で再三言及されるのがサン・ジェルマン・デ・
プレの明細帳。 以前この掲示板でも家族数と土地の農作物生産量との関係
で参考にしましたが、超1級の史料のよう。 2001/8/13〜14
http://www.greengrape.net/bbs/rbbs_2001_0908.html
それからはじめて知ったのですが(汗)、賦役労働に際しては領主から食料
給養がなされたとのこと。 それを示す文言として、

『2月に15日*を彼に命じられたところでするが、パン12個とビール4
セクスタリウスを受け取る。5月に1週間*、パン6個、肉6回分、ビール2
セクスタリウスを受け取り、ブリュムまで燕麦10モディウスか、ライ麦5
モディウスを運ぶ』p126

*)ここでいう、15日、1週間というのは賦役の期間のことらしいが、厳密
に15日、あるいは7日を意味するものではないよう。それは給付されるパン
の個数からも窺えるみたい。

<MANIFESTOあるいはアマチュア宣言>
中世史に興味は持っていても所詮アマチュア、本物の研究が出来るはずもない、
また最近、現代に関わりを持たないような歴史学には全く興味を持てなくなっ
てきたこともある。 となるとアマチュアとしてやれることは一体何だろう?

しかしいま、それを逆手に取って、アマチュアならではの道もあるのではない
かと考えています。 言い換えれば、歴史家が禁欲的にならねばならぬ面で何
かを今日的に考えてみる。 これはひょっとすると、アマチュアに許された
自由かもしれないということですね。 例えば、現代の歴史学がどのように
過去を解釈しているかを知ることによって逆に現代を理解する。 
『あ、歴史て、結局いま此処を知ることなのね!』て、昔から口にはしてきた
ことだけど、最近になって漸く判ったような感じがします。


追加 投稿者:Hiroshi  投稿日:07月07日(月)08時16分21秒

先の記載で何故1デナリウスの価値が『中世初期にどの程度貨幣経済が浸透
していたか?』を計る重要なキーになっているかと言うと。 実は農民の賦役
労働に際して何がしかの貨幣が農民にも流通したようなので、これがどの程度
庶民(当時は=農民)に貨幣経済が行き渡ったのかの指標となるようです。 
著者は貨幣は農民にとって「必要不可欠なものであったが、毎日のパンをそれ
で買うようなものではなかった」という表現で表されていました。

まだ色々書き込みたい、興味深いことがありますが、もうすぐ実習の準備が
始まりますのでいずれまた!


中世初期の悪徳代官? 投稿者:Hiroshi  投稿日:07月07日(月)08時04分50秒

『中世農民の世界』は結構あっさりと読み終わりました。 最後の「流通」
のところが少し判りにくくありましたが、これはこちらの知識の欠如が原因
でしょう。 で、気のついたところ1つ、2つ。 以前から薄々気がついて
いましたが、このようにはっきり記載されていると「やはり」と思ってしまい
ます。 私はフランスの歴史家の書物から歴史に興味をもった方なので特に
気をつけねばと思います。

『・・11世紀以降の社会経済的発展をことさら重視するフランスの歴史家
たちは・・』p155

それから、興味深い記載の1つとして、明細帳に書かれた以下のような記述
には、流通を司る官吏の価格操作を窺わせるものがあります。

『(塩)1荷がいつ、どれくらい上がったり下がったりするかを、調査する
ように命じる。これは、ある時にはたった2デナリウスなのに、ある時は
16デナリウスまで、ある時は20デナリウスまで達するのである』 p195  

この記載に前後して、塩生産に関わる所領役人が忠実に職務を果たしているか
を隣人や長老に訊ねよとの指示がありますので、この時代にも悪徳代官がいた
、ということでしょう(笑)

で、問題は。 この1デナリウスという金額がどの程度のものなのかという
ことです。実はこれについては「中世初期にどの程度貨幣経済が浸透していた
か?」を計る重要なキーになっているのですが、実はあまりはっきりしない
貨幣価値なわけです。 ある記載では「数デナリウスも出せば豚や羊が一頭
買える」p196 という記載があるかと思うと、別の箇所では税金の物納に関する
ことで「20デナリウスに価する豚1頭」P209という具合です。 もちろん、
この時代も価格の変動、あるいは操作いうことがあったのですから当然と言え
ば当然ですが、単位最初の記載の「数デナリウス」を2〜3と取ると1桁単位
が変わってきますよね。

いずれにせよ、佐藤彰一先生の『修道院と農民』のつもりで、夏休み用に準備
した本ですが結構あっさり読むことができました。 本格的な論文は数年後に
予定されているとのこと、乞う御期待というころでしょう!


ブリュム修道院所領明細帳 投稿者:Hiroshi  投稿日:07月04日(金)08時35分45秒

は縦横22.5 x18センチの大きさ、つまりB5より一回り小さいサイズで全部で
54葉。うち3葉は挿絵からなるようです。空白部分もあることからテキスト
が書き込まれているのは全部で85ページ分とのこと。p46 1葉の表裏には、
添付された写真(p40)を参考に実際に数えてみると、1ページ当たり20行の
本文が書かれ、1行には30から40文字が書かれています。 従って「本文」
のテキスト情報としては、35文字 x20行 x 85ページで6万字程度。 
それ程たいした分量ではありません。 その他、枠外に小さい文字で書かれた
注釈(9世紀末の原本の写本を行った13世紀の、引退した元修道院長カエサ
リウスによる)があります。 文字も写真で見る限り鮮明で、デジタル化も既
にやられているかもしれません。 1ページ分だけ日本語で訳されていますが、
その内容がとても面白くて、例えば、

『・・・週に彼に命じられただけ賦役をする。彼の順番に従って森で豚番を
する。ドングリを5モディウス、パンとビールを作り、夜警をする。 国王の
来訪に際して鶏1羽と卵5個、・・・』

ありありと当時の農民に課せられた賦役の様子が判りますね♪ 映画『薔薇の
名前』で農民が異端審問官の来訪にそなえ、鶏を1羽抱えて修道院へ納めて
いるシーンが思い出されました。 ここでもモディウスが出てきました。 

この中で、特に面白いと思う箇所があります♪ 『注の材料としての原本』の
章、 p72から続く数ページで、明細帳の記載を詳細に検討することで、この明
細帳が基本的には9世紀の状況を示す史料だと著者が結論する部分。 これは
それまでの通説である「13世紀の状況を示すもの」という解釈を批判する
部分で、ここで著者は高度なロジックを駆使するわけではなく、中高生にも
判る簡単な説明でこれまでの通説を批判し、これが原本の9世紀を状況を示す
ものだと結論づけられています。 真偽のところは素人には判りませんが、
成程と思う説得力があります。 

『・・つまりカエサリウスは、筆写をしながら底本にある明白な矛盾に気付き、
自分なりにその解決を探った・・・マンス当たりの額を石板にでも計算し、
それに48を掛けているカエサリウスの姿が目に浮かぶではないか。』 p75-6

カエサリウスもまた、現代の我々と同じく明細帳の記載を解読すべく、いろ
いろ悩んだ様子が判ります。 それが枠外に書き込んだ注釈に現われている
わけです。 そして現代の我々はそのまた彼の苦労の跡を辿ることでこの写本
の内容が彼の生きた13世紀の農村社会を表すのではなく原本が書かれた9世
紀のことであったと推論出来るわけです。 

本当に史料というものは、それが作成された1時点での情報のみならず、それ
自体が歴史をもつので、重層的なというか、系時的な解析が可能になるわけで
す。 ま、当り前のことと言えばそうの通りですが、実際史料をこのような
方法で解析しだしたのは歴史学においても近年のことらしいです。 

そのほか、最近の研究の動向として、自然科学的な堆積花粉分析が成果を挙げ、
当時の植生の変化から中世初期にも多くの地域で開墾が著しく進行したことな
どが明らかになっているようです。 これは此れまでの通説であった『ロマネ
スク期にシトー会などが中心となって大規模な開墾事業が進み産業革命に匹敵
する進展があった』という説の見直しを迫っているとか。p13 まあ、こうやっ
て学問というのは進歩するものなのでしょうけど、我々も少し考えを改めなけ
ればならないかと、まさに我々自身の歴史ともなりうるわけですね。


セナンク 投稿者:もり  投稿日:07月01日(火)20時01分43秒

セナンクへの坂道の件、ありがとうございました。
バスも通れるくらいなら、この区間に関しては あまり気にしなくても良さそうですね。

>観光バスなどが来るので、退避しながら、という
>感じです。でも、日本の山道にはよくありませんか?

私は坂でバックしたり狭い待避スペースに車を納めるのが苦手でして、、
ゆえに 車の大きさ−などという、細かいことまで考えてしまいます(苦笑)
出発までに、山道を運転しておきます。

日頃からマニュアル車を運転しているのですが(今どき、、?)
海外で運転するときは、マニュアル車が運転できて良かったと思います。
オートマだと、おっしゃるように、大きな車に当たることもあるのですね。


セナンク 投稿者:よりこ@home  投稿日:06月30日(月)13時15分30秒

こんにちは。

>ところで、セナンク修道院へと続く坂道は、かなり細いのでしょうか?

私は自分で運転をしない、役立たずのナビなのですが、ゴルドから先は
確かにかなり細い道でした。観光バスなどが来るので、退避しながら、という
感じです。でも、日本の山道にはよくありませんか?

去年はうちもルノーのコンパクトで行ったので、問題はありませんでしたが、
今年のメルセデスの2000では、つらかったかもしれません。マニュアル車を
運転なさるのなら、選択肢はありますね。(うちはオートマなので、その時
あった車を借りるしか無いのです。)

モワサックへは、ぜひ行ってみようと思っています。トゥールーズは、何も
知らずに行ったので(カルカッソンヌへ行くつもりで飛行機で到着 笑)
モワサックへ行く時には、ちゃんと見てこようと思います。本当に、教会も
美術館も写真に写っているのに、ほとんど記憶がありません。。。


『甦るブリュム修道院所領明細帳』 投稿者:Hiroshi  投稿日:06月30日(月)09時15分17秒

レスをしようにも、残念ながらもっぱらヴァーチャル・トリップ派なので
コメントできません(涙)。 でも羨ましいな〜 
で、ヴァーチャルトリップ派からお知らせ1つ。

一昨日、久しぶりに図書館に行きました。 最近は予めweb siteで調べて行く
ので本棚を見て廻るということがありませんが、気分転換に歩いてみたところ
新刊書を見つけました♪ 初版が今年の2月ですから入ったばかりでしょう。
見落とすところでした。 題も『中世農民の世界;甦るブリュム修道院所領
明細帳』 以前紹介した佐藤彰一先生の『修道院と農民』を思い出させる題名
で思わず手が先に伸びました(汗) あれは1盆休みをすべて潰して読みまし
た。↓ 2000/8/19 書き込み分から。 大変でしたが大変印象的な本で歴史
学の面白さを感じさせる本でした。 あの1モディウスの重さに関して色々
私も計算してみた楽しい思いでがあります。 さてこの本どうでしょうか?
序章のところだけを読み流してみましたが、戦後の西欧史研究の流れを批判
的に総括するなど、なかなか面白そう。その矛先はあのデュビー先生も例外
ではありません。 著者は九大を退官された森本芳樹先生とか。 
へ〜 身近にそんな先生がいたんだとちょっと驚き。 何しろこちとらは
ど素人のですから何も知りません(汗) 

<学生の評価>
担当の講義が終わりました。 あと実習が4回残っていますがこれで取り敢え
ず一安心。 例年アンケートも実施してますが今回の結果は以下の通り。 
在籍者はほぼ100名ですので出席率はほぼ8割。 予想以上に?高いて感じ
がします。 好意的評価=62 ニュートラル=7 批判的評価=15 
(好意的評価も含む=3) まあ、こんなものでしょう。 批判的なものの
大半は授業が重複しているということと、内容が易し過ぎるということでした。
辛辣な批判として、

『授業がNHKレベルをこえていない。 高校のころ見た「人体」?とかいう
番組の方が面白いし、判りやすかった。 簡単な話はしなくていいと思う
(全文そのまま)』
  
私もその通りだと思います。 大体においてあの手の番組はよく出来てます。 
ただ、この人は受験で生物を選択していて、大多数が物理・化学で受験して
いる現状では期待に添うよう改善するのはなかなか難しい。 制度上の問題
も関わります。 それから複数の学生から、OHPやパワーポイントを使わ
なかったのが嬉しかったというコメントが来ましたが、これは実は、予想通り
(逆の要望はゼロ)。 私は板書派で、1センテンスで重要事項を纏める方式。 
今回はそれらを組み合わせると矛盾が出ることを示し、かつその回答を発展
問題として解説しませんでした。 例年だと説明して矛盾でないことを説明
するのですが、、、 始めての試みでどう評価されるか興味ありましたが、
それについてのコメントは全然ありませんでした(涙)

最近は業績の他に、教育という面でも評価されるので大変ですが、でもどう
やって教育を評価出来るというのでしょうか??  大抵は形式的なことだけ。
あれでは無理ですね(断定)

http://www.greengrape.net/bbs/rbbs_2000_0908.html


セナンクへの道 投稿者:もり  投稿日:06月27日(金)19時29分57秒

ところで、セナンク修道院へと続く坂道は、かなり細いのでしょうか?
来年の1月に訪問する予定で、
ゴルド方面からD177を通って行くことになると思うのですが、
対向車がすれ違うのもやっと、という感じなのでしょうか?

同様に ルション地方のセラボヌ修道院へと続く坂道も、
すれ違うのに苦労する位狭いのでしょうか?

レンタカーで行く予定ですが、前回ルノーの1000cc位?の車を借り、
風が強かったので風に煽られないよう、多少神経を遣ったし、
今回は高速道路も結構長い区間走るので、
1500cc程度の車の方が多少安心かとも思うのですが、

坂道が狭いのなら、小回りが利く、一番小さな車を借りようかと思いまして。
どちらでもあまり変わらないかもしれませんが。

ご存じの方がいらっしゃいましたら、ぜひ教えて下さい。


シャペーズ 投稿者:もり  投稿日:06月27日(金)19時26分58秒

こんばんは。
小さな町の 小さな教会を訪ねて回るのもいいですよね。

写真でしか見たことがないですが、
シャペーズのサン・マルタン教会は、本当に鐘塔がひときわ高いですね。

本(『フランスのロマネスク教会』櫻井義夫 鹿島出版会)の受け売りですが、
クリュニーの影響が強いこの地域では他に類を見ない北イタリア風の外観だそうで、
地中海的なローマの伝統をもち、北イタリアのロンバルド帯やアーチ装飾をもつそうで、、
ロマネスク教会は本当に多様ですね。

内部の柱などからもイタリア的な感じを受けます。
数年前に行った、イタリアのスポレートの教会を思い出しました。

私もこちらのHPに寄稿させていただいています。(↑その時のもよう)
もしよろしかったら、お手すきのときにでもご覧下さい。
http://www.greengrape.net/mori/index.shtml



私はフランスのロマネスクは、まだそれほど訪れてはいなのですが、
トゥールーズやモワサックが、一番印象に残っています。

トゥールーズへ行かれた際に、ごらんになったかもしれませんが、
サン・セルナンの南扉口のタンパンの人物のボリューム感や衣の襞や
天使の翼の表現が、大変印象に残っています。
内部 周歩廊のキリストなどのレリーフも、まだでしたら ぜひお見のがしなく。

モワサックへも行かれているかもしれませんが、
回廊も圧巻ですが、南側門のキリストの荘厳さに とりわけ圧倒されました。
冬の14時ごろから日没後まで、何回か眺めました。


クリュニー周辺 投稿者:よりこ@home  投稿日:06月26日(木)13時10分43秒

こんにちは。

冬のヴェズレー、何だかそれはそれで、しんとした美しさかな、と
思いますが、嵐では大変でしたね。

クリュニー自体は、ご存知のことと思いますが、ほとんど’遺跡’の
ようになってしまっていて、南翼廊と、その上の塔しかありません。
私には元の姿を想像することはなかなか難しかったです。でも、歴史的意味で、
ここがあの’クリュニー’と思うと、感慨深いものがあり、やはり
行ってよかったと思います。

トゥルニュは、川沿いのきれいな町です。のびのびした雰囲気で、思わず深呼吸、
という感じでした。教会は、写真などでご覧になっていることと思いますが、
ごつごつとしたファサードで、威圧的な雰囲気を持っています。ロマネスク教会
は本当に個性的だな、と思います。

好きだったのは、まわりのシャペーズ、ブランシオンといった小さな町の
小さな教会です。ブランシオンは残念ながら補修中でした。シャペーズは鐘塔が
非常に高く、内部も太いごつごつした円柱が個性的で、とても印象的でした。
このあたりのドライブは、もう少し涼しい時期だったら(本当はそのはずだった
のですが)、とても気持ちがいいのではないでしょうか。

行かれたところで、このあたりが良かった、というところがあれば、いつか
教えていただければ、と思います。


ブルゴーニュ 投稿者:もり  投稿日:06月25日(水)21時18分53秒

よりこさま、はじめまして。
6月のブルゴーニュ、さぞ風景が美しかったでしょうねぇ、、、
最高気温が30から35度とは暑そうですが、
私がこの1月に行ったときは、連日 雨と風がひどかったので、
うらやましい気もします。
ヴェズレーの教会へと続く坂道を、途中でリタイアして帰っていく人も
いたほどでした。

クリュニーやトゥルニュへは行ったことがないので、
よろしければ また訪問談など、聞かせて下さいね。


おっ! 入れ違いだったようで 投稿者:Hiroshi  投稿日:06月25日(水)13時38分06秒

>よりこ様
トゥールーズの印象など、私もIidaさんのHPに載せて貰っています。
もしお暇でしたら是非ご覧下さい。

http://www.greengrape.net/hiroshi/


『ビザンツ帝国とブルガリア』 投稿者:Hiroshi  投稿日:06月25日(水)13時32分55秒

の中に1ヵ所だけ日本に言及した箇所がありました♪ 

『日本が産業資本文明を引き継いだように、ブルガリアがビザンツ文明を引き
継ぐことを妨げたものは、とりわけブルガリア社会自体の構造や組織であった。 
スラブ人はたとえ故郷で自分の組織を持っていたとしても、長い拡大期の間に
無数の小さな政治単位に分かれた。・・・彼等が政治的に真空地帯に住んで
いたならばバルカンのスラブ人は恒久的な国境線と、いくぶんしっかりした
政治行政機構をもったひとつ、ないしは数個の大きな国家を順次つくりあげた
であろう。・・・そうした発展は、ビザンツ帝国のすぐ隣で、また同帝国が
自国領とみなしている領域においては困難であった』 と述べ、さらに。

『・・・そのような発展の可能性が存在し、確かにある程度実現された・・・
しかし、初めに、彼等は(ボリスとメシオンという第1次ブルガリア王国の
頂点を極めた時代;9世紀中頃〜10世紀中頃)非生産的な軍事行動に国の
余剰生産物の大部分を集中させることによって、・・・その経済発展を歪めた
のである。』p269-270 これらの指摘は今日の日本の進路にも多くに示唆を与え
るでしょう。

それから、ボゴミール派に関しては、
『中世ヨーロッパの二元論の広がりが、どの程度直接ブルガリアによっていた
かは、難しい問題である』p276 として言及を控えていますが、先日の
『ヨーロッパ異端の源流』では両者の結び付きを示す証拠をいくつか挙げ。 
飛び地としてのビザンツ植民地、南イタリアとシシリアを挙げてありました。 
ここら辺がどうなっているのか、別の資料との突き合わせが必要のよう。

最後に読み終わった感想としては、 やはりブルガリア人、ユーリー・ストヤ
ノフの第1次ブルガリア王国に対する評価。 すなわち、ロマネスク期におけ
る西のカロリング朝に匹敵する東の第1次ブルガリア王国というのはその規模、
継続期間にしても、やや言い過ぎの印象を持ちました。

<パワーマックG5発売>
て記事が目に入りました。 しかし私はパソコン自体には殆ど興味のない方で、
しかもパソコンの能力の10%も使ってないという自信(おい、おい!)が
あるので遠い世界の話です(汗)。 まだ今でもデスクトップはPM8600で
OSは何と! 骨董品J1-7.6.1。 前・前・前代の代物でしょうか(冷汗)


ワインは飲めません。。。(汗) 投稿者:よりこ@home  投稿日:06月25日(水)13時02分44秒

こんにちは。

ブルゴーニュと言えば、そりゃーワインですよね。
でも、わたしは飲めないんです。食べるのは大好きですが、
もっぱら水(絶対ガス入り)でいただきました。

周囲の人(私が飲めないことは知っている)に、ブルゴーニュで何を
してきたのか、と聞かれると、ちょっと考えてしまいます。
’ロマネスク’といちおう答えてみますが、たいてい謎を深めるばかりなので、
食べ物の話をして納得いただいています。

ロマネスクは、昨年セナンクへ行って以来、本を読んだりし始めたばかりで、
まだまだいろいろ楽しめそうです。過去に行った、トゥールーズやアルルの写真
を取り出して、新たな発見をしています(笑)また行かないといけません。

これからも、時々のぞかせていただきますね。


はじめまして 投稿者:Hiroshi  投稿日:06月24日(火)16時46分13秒

久しぶりのお客様です♪ しかも2人! これからも時々おいで下さい。
な〜んて! 此処のオーナーはiidaさんです! 私は居候です(汗)

>よりこ様
ブルゴーニュですか。 羨ましいですね! 多分ワインの方も楽しまれたので
はないかと? (^_^;;  回られた場所から察するに、きっとロマネスクに並々
ならぬ興味をお持ちの方とお見受けします。 今後ともよろしく! 

>yamamoto様
水車の普及と奴隷制度の関係については色々解説した本が多数出ていますので、
そちらの方を参考にして頂くのが本筋だと思いますが、

私の理解するところでは、経済学的観点からだけから言っても、奴隷を植民地
から比較的容易に調達出来たローマ時代にはそのような技術が既に知られて
いたとしてもそれほど積極的に使う必要はなかった。 むしろ当時、水車は
超先端技術ですし、また膨大な投資を必要とします。 従って、手近にある
奴隷の労働力を使う方が合理的であったということだと思います。


ローマについて 投稿者:yamamoto  投稿日:06月24日(火)13時27分26秒

人間が自然エネルギを積極的に用いるための手段として水車を用い始めるのは、紀元前1世紀頃のローマなんですが、水車の発達はその時の奴隷制度の栄枯盛衰と密接に関わっていたようです。奴隷制度の盛衰と水車の利用はどのような関係にあったのか、またそのような関係が何故生じるのかという問題について教えていただきたいのですが。


ブルゴーニュは暑かったです。 投稿者:よりこ@home  投稿日:06月24日(火)13時05分27秒

こんにちは。
先々週、ブルゴーニュへ行ってきました。
昨年8月の芸術新潮の表紙(ヴェズレーです)を見て、どうしても行きたく
なり、それ以来、ぼちぼちロマネスクを勉強?しております。

クリュニーからトゥルニュにかけて(間の小さい町も)、ヴェズレー、
フォントネー、オータン、ソーリューなどを回って来ました。
最高気温30から35度という日々だったのですが、ヴェズレーの丘の上の
涼しい風が何とも心地よかったです。(西洋菩提樹の花のいい香りで
いっぱいでした。)

このページの柱頭の説明などを、参考にさせていただきましたので、
お礼を言わせていただきたく、書き込ませていただきます。

どうもありがとうございました。


(疑問点)正教は何故現地語で布教したか? 投稿者:Hiroshi  投稿日:06月23日(月)11時30分05秒

『ビザンツ帝国とブルガリア』によれば、東フランク(ドイツ)を西隣りに
もつモラビア王がラテン人聖職者による自国のキリスト教国化がドイツへの
従属の前触れであると感じビザンツに助けを求めた。それに対応してビザンツ
はスラブ語での典礼書を携えキュリロスとメトディオスを派遣した(AD862)。
因みにこのキュリロスは、以前この掲示板で話題にしたキリル語の発明者と
長いこと考えられていた聖人(実際にはキリル語の起源は別のところ)。p197

一方ビザンツと国境を隔てるブルガリアの王ボリスは同年に逆にビザンツの
圧力を抑制する為、フランクのドイツ王ルードヴィッヒと軍事同盟を結び
フランク人聖職者をブルガリアに派遣するように依頼した。p198

これらはいずれもブルガリアであれ、その西隣りモラビアであれ、キリスト教
の布教活動と支配体制が一体となってバルカン半島で急速に進められていた
反映であり、これらの事情はカール大帝の場合と同様でしょう。 したがって
バルカン半島は宗教的にはローマ教会とギリシャ正教の勢力の拮抗する場と
なった。 これらは既に『ヨーロッパ異端の源流』で述べられた内容と一致し
ます。 この間、ほぼ60年と云われる短期間にバルカンの地でキリスト教の
受容が行なわれたわけですが、勿論この受容は極めて表面的であった。

また被支配層からみれば、まさに教会組織は支配体制と一体となっていて搾取
の主体。 これもカール大帝の場合と同じ。 それにバルカンの特殊事情が
加わる。 すなわち、昔、コンスタンティノス5世の時代(AD741-775、p220)
ビザンツによってブルガリアとの国境線警備の為、カッパドキアからトラキア
に強制移住されたパウロ派、この反政府的で戦闘的な集団がこれら圧政に苦し
む被支配層の布教に成功したこと。 しかもこの地が上に述べた両キリスト教
勢力の拮抗地帯であるブルガリア支配に落ちた為、ブルガリアがまさにこれら
異端の拠点となって、さらなる異端の諸派を呼び寄せる結果となった。 
さらに、それまでの伝統的異教のさまざまな宗派や、東から絶え間なく押し
寄せるイラン系、ゾロアスター系の騎馬民族の文化が混合熟成してこの地に
新たな二元論異端、すなわちボゴミール派の発生を促した。 
、、という理解でよろしいのでしょうか? また間違いとかあればまた訂正
書き込み致します。

<疑問点>
イタリアの掲示板か、この掲示板で以前指摘したことだと思いますが、
ここで1つ疑問が生じます。 
正教がバルカンや東欧に布教していく際、ギリシャ語ではなく、何故現地語
が使われたか? ということ。 これは西欧ではラテン語か使われたのと
対照的。 これがたまたまなのか、何か意図するものがあったのか、今だに
ちゃんと説明する文章に出会っていません。 これは今後の課題ですね。

Back toi work, Back to work /(^_^;;


TV番組あれこれ 投稿者:Hiroshi  投稿日:06月23日(月)07時40分46秒

昨夜の「世界遺産;イスタンブール」
は平凡な紹介に留まり、期待した程ではありませんでした。 評価は人それ
ぞれでしょうが、先日の「NHKスペシャル」と何処が違うか考えてみると
歴然としていて、あの番組では現に研究している人達が今まさに解こうとして
している問題を紹介していたから。 その現場の雰囲気の違いですね(断定)

昨日の『報道2001』
でコメンテーターの竹村氏が、イラクに自衛隊を出すことに関連し、これまで
自衛隊を国外に出す度に「何処までが許される武器の携帯か?」などといった
些細な議論で毎回大論争をしているのば馬鹿げている、外国ではこんなことで
議論はしない、決めたらさっさと行く、というようなことを述べ、例のように
『日本の常識は世界の非常識である』と述べておられました。

、、、彼の口癖であるこの『日本の常識は世界の非常識』という言い回しは
いつも気にかかります。 一体、彼の言う「世界」とは何を指すのでしょう? 
私の理解するところ、世界=アメリカ。 としたら全てが納得出来ます。

同じ番組で自民党の麻生氏が、今日の世界を江戸時代の幕藩体制に例えておら
れました。 つまり、にわかに普代となった軍事小藩、日本としては精々、
赤穂藩のようにならないように、取り敢えず自衛隊をイラクに出しておかなけ
ればならないということでした。 ま、一応判りやすい例えですね(しぶしぶ)。
先の宮沢氏はハト派ですが、タカ派と云われる麻生氏もこの辺の理解は共通し
ているよう。 

国際政治におけるアメリカの立場はパソコンの世界におけるWizのようなもの
でしょうか。 そう言えば、大抵のコンピューターウイルスも標的はWizの
ソフトですね。


論文出てました 投稿者:Hiroshi  投稿日:06月21日(土)09時38分35秒

あの貢献率5%以下というやつです(冷汗) でもこうして発表されれば立派
な業績になりますね /(_ _;; 有難いことです。 
何しろ「生き残り」がかかってますからね! サバイバル、サバイバル
http://dx.doi.org/10.1016/S0006-291X(03)00864-7

http://www.elsevier.com/locate/issn/0006291X


20年前の論文を日本語訳することの意味 投稿者:Hiroshi  投稿日:06月19日(木)18時31分27秒

いま先ほどの書き込みを読み返しながら思ったのですが、

「20年前の学問的著作を日本語訳することの意味とは何なのでしょう?」 

昔の私だったら『いや、どんなに昔の本でも素晴しいものは素晴しい!』と
言ったと思いますが、最近私はかなり疑問に思い始めています。 文学作品
であれば問題ないのでしょうが、果たして日々進展していくべき学問の世界
で同様に考えていいものか?  

先に述べたように、歴史学の世界は特に現代との関わりの中で生きてくる学問
だと思います。 ですから、その時代性を置き去りにして文字面だけ翻訳して
いっても本当のところは伝わらないのではないか?  その場合は研究の対象
とする<過去>と、それの本が書かれた<過去>の両方を考えて読み解いて
いかなければならない。 となるとかなり繁雑で困難な作業になるような気が
します。


今週の世界遺産はイスタンブール 投稿者:Hiroshi  投稿日:06月19日(木)18時05分21秒

コンスタンチノープルです。URL↓ 
先日からの流れで『ビザンツ帝国とブルガリア』という本を読み始めています。 
邦訳は95年と比較的新しいのですが、原書は75年でかなり古い。 しかし
調べた限りではこれがロマネスク時代、唯一ブルガリアに焦点を絞って書かれ
た本で図書館で入手出来るものでした。 やはり日本での東欧史の層は西欧史
に比べて格段に薄い。 これからは状況が変ると思いますが、、?

『ヨーロッパ異端の源流』の著者であるブルガリア人、ユーリー・ストヤノフ
はロマネスク時代に西のカロリング朝に匹敵する文化を誇った東のブルガリア
帝国(ブルガリア自身はハーン・皇帝を自称してます)という評価でしたが、
この本の著者であるイギリス人のロバート・ブラウニング氏はあっさりと、

『現代のブルガリア人歴史家はオムルタグ(AD 814-831)の治世中にブルガリア
はヨーロッパの大国の1つになったと述べている』p54 ・・という表現(笑) 

どちらがより正確かは判りませんが、ユーリー・ストヤノフ氏には同民族と
しての誇りがあるでしょうし、一方この帝国が11世紀の初頭にビザンツ帝国
に滅ぼされたという事情を考えれば、曲がりなりにも王朝が続き、今日西欧人
の精神的拠り所になっているカール大帝の王国とは後世の評価が異なるのは
当然。 この著者のブラウニング氏も以下のように述べられていました。

『・・いかなる社会の過去に関する知識も基本的には現在を理解する為のもの
であるという信念に基づいている。』p13

私も本当にそう思いますね。 いま、我々自身が大きな歴史の転換期にいるよう
な気もします。 その中で現代に切り込む力のない歴史物には魅力を感じません。

今博多は台風の風がかなり収まりました、晴れ間も見え始めてます、しかし
中部、東北地方はこれからです。 お気をつけ下さい。

http://www.tbs.co.jp/heritage/preview/onair_p.html


車輪? 投稿者:もり  投稿日:06月19日(木)01時15分27秒

「エジプト逃避」の柱頭について

>となっているわけですね。つまりその説明では、ロバの足下の丸いものは「車輪」だと。
 
そうです。
私には知るすべもありませんが、実のところどうなのでしょうね?


レフリーは大変! 投稿者:Hiroshi  投稿日:06月18日(水)14時03分42秒

先ほど漸くレフリーを頼まれていた論文に対する返事をメールしました。 
いやはや大変でした。 結局rejectの結論になったことも理由ですが、まる
2日潰れました。 返事の文面も英文に自信がないので知り合いに見て貰い
ました(汗)。 これほど気を使うとは! 簡単にレフリーを引き受けたのを
一時、後悔しましたが、これもまたよい経験でしょう。 いくら知り合いの
仕事とはいえ、私情を交えてはいけませんからね。 それに雑誌のimpact factor
も3.6。 求められる基準もそれなりに高いものになります。


>もり様 投稿者:Hiroshi  投稿日:06月18日(水)08時00分02秒

その本の中にはそれぞれの『エジプト逃避の柱頭』の解説として、

『木馬のようなロバは、水平環状飾りの役割から解放され、柱頭の下縁に並ぶ
車輪の上をころがるように進行する』
『そのロバの脚についたコロのような車輪がかえってスムーズな進行をさま
たげる』
となっているわけですね。つまりその説明では、ロバの足下の丸いものは「車輪」だと。 

昔からあれが何を意味するのか、気になっていました。 確か以前も此処で
話題にしたような記憶があるのですが、、、 いずれにせよあれが『車輪』
だとすると、この彫像は当時祝祭とかで担いで練り歩た(車輪つきの)御輿
のようなものをそのまま写したという解釈は出来ないでしょうか?  
勝手な想像ですが、セント・フォアの祝祭で金ぴかの聖少女をかつぐ御輿が
の写真が思い出されました(笑)


エジプト逃避 投稿者:もり  投稿日:06月17日(火)19時12分42秒

『ふくろうの本 図説ロマネスクの教会堂』辻本敬子、ダーリング益代共著。河出書房新社。2003年3月初版。

上記、ロマネスク建築の構造、ヴォールト、柱頭などについて、
概略をざっとまとめてあり、また3Dの図が非常に分かりやすい感じなので、
家族に勧めてみようと思い、購入しました。
一緒に行ったとき、いつも説明するのが大変なので(苦笑)
大まかなことをつかむのによいかと思い、、、

51ページから、
サン・ブノワ・シュル・ロワールとオータンのサンラザール、ソーリューのサンタンドッシュの
エジプト逃避の