ロマネスクBBSバックログのインデックスページへもどるロマネスクBBSへ


Hiroshiさま、説明不足でした 投稿者:YUYU  投稿日:09月12日(木)15時38分34秒

サン・フランチェスコの左側面の奥に15世紀の祈祷堂の入り口
があります。
サン・ベルナルディーノの写真の右に、その入り口が改築中の
姿で写っています。
二つの教会は平行に並んではいません。
フランチェスコの正面ファサードほうが手前に出ています。
ですからフランチェスコの右から撮した写真ではベルナルディ
ーノは影に隠れてしまっています。並んでいるはずの教会が
写っていないのがそもそもの混乱の原因でしたね。(^^;)

ペルージャの街はあちこち工事中でしたが、名物の大噴水
は数年にわたる修復が終わり、見学できました。(^^)
ここもピエロ・デッラ・フランチェスコの祭壇画を見るのが目
的で訪れました。大学の街らしい落ち着いた雰囲気の街で
す。
ホテル近くの書店でウンブリアの写真集を買ったのですが、も
りさまのご覧になったBevagnaの飛翔するミカエルも(手足が
大きい!!)掲載されています。(^^)
それに較べるとノルマンディのミッシェル、全身金メッキの騎
士スタイルで好戦的ですね。エミール・マールによると図像学
上ではミッシェルに盾を持たせたのはフランスが初めてとか・
・・始まりはイタリアから伝わった巡礼地の教会、その後は英
国との戦いでモン・サン・ミッシェルが完璧な防御をなしとげ
たこと、それがフランス独自のミッシェル像を生みだした要因
でしょうか?

秋のプーリア、さすがに見るべきロマネスクの聖堂は多いです。
日程の都合上、ガルガーノ半島はパスします。
バーリに4泊しますが、この付近だけでも8カ所!!(◎.◎)今から
目が回っています。


モンサンミッシェルの聖堂内部 投稿者:Hiroshi  投稿日:09月12日(木)09時04分11秒

5番目と6番目を縦に並べてみると全体像がよく判ります。 
身廊部が木造の屋根だとすると、側廊部が堅固な造りになっていて、重量の
大部分は側廊の構造で支え、身廊部は交差部を除き、どちらかと云えば側廊部
内壁の高い壁に屋根を渡しただけのものと考えていいのでしょうか? 
交差部の左右の天井は石材のようですが、ここは袖廊部で上下が内陣と身廊部
ですね?  つまり構造的には内陣と袖廊部が一まとまりで、身廊部が別の
まとまりと考えていいのでしょうか? と考えると建設された時期とも合うかな?

定期的に木材は張り替えもしたのでしょうか?  今の屋根は何時頃からの
ものなのかも気になりますね。 全体的に彫刻は少ないよう、円柱の上に申し
訳程度にあるだけでしょうか? 石材と石材の間にセメントらしきものが使
われているようですけど? その場にいたら確実に私は触ってみただろうな〜

http://www.greengrape.net/kazuhiro/romanesque/montstmichel/index5.html


解放の神学(訂正) 投稿者:Hiroshi  投稿日:09月11日(水)15時53分00秒

昨日書き込んだのは「抵抗の神学」ではなく「解放の神学」でした

http://google.yahoo.co.jp/bin/query?p=%b2%f2%ca%fc%a4%ce%bf%c0%b3%d8&hc=0&hs=0


>YUYU様&ラテン・アメリカ史 投稿者:Hiroshi  投稿日:09月10日(火)12時31分58秒

>YUYU様
有難うございました。 サン・ベルナルディーノ教会の左側面の奥に写って
いる、とのことでしたがいくら目を凝らしても私のモニターでは確認出来
ません。 やはりその場にいかないと難しいですね(涙)、しかし暫くは
時間もお金もないので、とりあえずバーチャルトリップで我慢しようと
思ってます(笑)。

<ラテン・アメリカ史>
最近ラテンアメリカの人との交流が少なからずあるのに、彼等の文化や
歴史をさっぱり知らないので、このところ慌てて勉強しはじめています。 
で、例のユニークな歴史書、中央公論社の「世界の歴史」18、『ラテン
アメリカ文明の興亡』を読み通してみました。 知らないことばかりで
まだ頭の中は飽和状態ですが、彼等の歴史が旧宗主国であるヨーロッパ
の歴史と離れ難く結び付いていることだけはよ〜く判りました。 それと
先住民族が狭義の意味での文字を持たなかったので、歴史そのものは
やはり近世以降ですね。 それ以前はどちらかと云えば考古学的関心事。 
で、ここの掲示板での関心事と関連することで挙げれば、

ピサロがインカの最後の王、アタワルパをカン(女ヘンに千)計にかけ
て処刑する話しは、よく出てきますけど、これについては直接その場に
いたスペイン側の記録と、伝聞に基いたインカ側の記録があり、それが
かなり異なったものであること。p117〜8 しかも前者がかなり冷静に
淡々と述べられるのに対し、後者はイデオロギッシュなものであること。
 しかし、今日我々によく知られているのは寧ろ後者の記録を元にした
歴史であり、描かれた多くの絵画も後者に基いたものであることでしょう。 
 また、『金の亡者と化した、スペイン人のもと、過酷な状況でポトシ銀山
で働かされるインディオ』というイメージは教科書の挿絵とかで頭に焼き
付いていますけど、最近の研究では『少なくとも初期の時代は、インディオ
が生産の諸局面を主導していた事実が認められる』p136 だ、そうです。 
確かに伝統的にも彼等は金銀に特別な意識を持っているのは伝統工芸品を
みても判りますよね。 勿論、今日の我々にはどちらが正しいか簡単には
判断は下せませんが、これもまた歴史というものの持つ宿命ですか?

それから、意外に思ったことの1つにインカの血統がイエズス会と深い
繋がりを持っていることについて、聖イグナチウス・デ・ロヨラの甥と
インカの王の孫が結婚し、その間にできた混血の娘は『やはりイエズス会
の第二の創始者といわれる聖フランシスコ・デ・ボルハの息子と結婚
している。』 p230 という1節でした。 古代末期ならともかく、
あの反宗教改革の旗手であるイエズス会の聖人にも息子がいたという
ことでしょうか? 

それからそれとは別にもう1つ印象深いこととして。 昔、むかし、メキシコ
を舞台にした小説(誰の小説でしたでしょうか? 有名なのですが、、、)
で、しばしばその背景に現われた『抵抗の神学』といったものの影を
ここでも確認したことです。 19世紀にメキシコの1司祭が『グアダルーペ
の聖母さま万歳、悪い政府を倒せ』p312 というスローガンの下に蜂起が
はじまり、その司祭が処刑された後も別の司祭が、反乱を引き継ぎ長くゲリラ
戦で抵抗したというくだりです。 
『抵抗の神学』というのは記憶に残るフレーズでしたからね、、、

何処よりも過酷な歴史を歩んだイベロ・アメリカですが、それにも関わらず
どことなく楽天的なのは救い。 それは現代のイスラーム社会とかとの対比
で考えると特に違いを感じます。 これは私の偏見かもしれませんが、どう
考えても彼等が『自爆テロ』のようなことをやるようには思えない。 
それは多分に彼等のラテン気質ということもあると思いますが、それに加え
歴史的に宗教同士の妥協のない熾烈な争いがなかったこともあるような気がします。


残暑の東京へ行ってきました 投稿者:YUYU  投稿日:09月07日(土)18時36分25秒

2泊3日でオペラと歌舞伎、上野の国立博物館「シルクロード展」、
旧友との再会など大忙しの旅でした。
私が帰ったと同時くらいに、大雨が降って涼しくなったらしいです。

Hirosiさん、そういうことでお返事が遅れました。
さて、ご質問のペルージャの改築中だった教会(サン・フランチェス
コ・アル・プラート)は、写真ではよく見えませんが、
ルネッサンス様式のサン・ベルナルディーノ教会と並んで建っています。
左側面の奥に15世紀の祈祷堂の入り口がサン・ベルナルディーノの
写真にも改築中の姿で写っています。
それで、二つの教会の角度が90度と誤解されたようですが、正面
ファサードは並んでいます。
内部の詳しいことはわかりませんが、旧修道院や博物館も併設して
いて大きな教会です。
向かって左のサン・ベルナルディーノは対照的に小さく、ブルーと
ベージュのルネッサンス彫刻を持つファサードが素晴らしかったです。
この二つの教会の並んだ風景写真を以前見ていて、憧れていました。
前は小さな広場になっていたので、工事中でも並んだところを撮すべ
きでしたね。(^^;)
サンセポルクロのサン・フランチェスコ教会も内部は見学していま
せんので、詳しいことはわかりません。
右に白い建て物がありますが、これがピエロ・デッラ・フランチェ
スカの家と聞いて撮しました。(^^;)
実はサンセポルクロまで行った理由ですが、この画家の傑作が何点
か市立美術館にあるため訪れました。
シエナの大聖堂はカンポ広場からほんの2.3分、坂を上がったところ
に建っています。
実はここの博物館で、あるロマネスク聖堂の絵葉書を見つけました。
その名はサンタンティモ修道院、緑に囲まれた美しい佇まいに一目
惚れ?しました。
この時はスケジュールにあきがなく断念しましたが、いつか訪れた
いと思います。おっと脱線してしまいました。
フィレンツェのアンヌンツィアータのガラス張りの回廊は15世紀の
建築ですが、ここに入る手前の教会の正面は17世紀に増築されてい
ます。
献堂されたのは1250年、古くからフィレンツェ市民の信仰を集めて
いる厳かーな教会です。(^^;)
写真には写っていませんが、この回廊の壁にはポントルモやデル・
サルトの壁画で飾られています。
「私、今フィレンツェにいるんだわあ〜」とシアワセ実感空間の
ひとつです。(^^)


>もり様 投稿者:Hiroshi  投稿日:09月05日(木)08時34分32秒

そうですか、う〜ん。 これは内装関係の人に聞くとそれなりの回答が得られ
そうですね。 あるいは地中海沿岸に住んだ人にでも?  知り合いの人に
スペインから来られている人がいるので何時か聞いてみたいと思います。

ところでロマネスク関連から話が飛びますが、先日の文字化けの件で先の
HP作成の方からこのような返事が来ました。

『・・・のHPではCSSを使っていますので、それがNetscape 4.7では
問題になります。日本語のフォントの指定するとCSSファイルが無効になる
というバッグがあるのを知りました。』

との事でした。 いずれにせよ今話題のMac OSXとかとは程遠い、時代遅れ
のOSJ1-7.6.1をいつまでも使っている私なので、それが根本的原因でしょ
う(冷汗)。 ところで最新のNetscapeのver.はどのくらいになって
いるのでしょう? 職場の最新パソコンG4でもまだすべてNetscape (R) 
Communicator 4.7を使っているのですが、、、 

そうそう、上の返事をくれた方は日本人の方ではないのですが、日本語が凄く
上手で驚きました。 そのことを述べると、最近はワープロを使うので漢字が
書けなくなりましたとのこと。 ま、それは我々も同様ですが(笑


Hiroshi様 投稿者:もり  投稿日:09月05日(木)01時29分05秒

>それとは別に、イタリアの風土とか考えると木造の格天井の方が、屋根と天井の間に
>断熱性の高い空気の層が出来るので、夏は過ごし易いような気もします。

どうなんでしょうか?
書名・著者とも忘れてしまいましたが、イタリア在住の日本人の方のエッセーで、
分厚い石造りのアパルトマンなどだと、エアコンがなくても
真夏でも窓を閉め切り、外気が入らないようにすると、暑さがしのげると読んだことがあります。
日本などからみると湿度が低いからでしょうね。
もっとも天井の構造がどうなっているのかの記述はありませんでしたが。

窓、で思い出しましたが、これまた書名・著者とも忘れましたが、
ドイツなど冬場日照時間が短い地域では 教会の窓を大きくとるが、
ヨーロッパの南の方では、明るい外光を遮るため、
窓を小さく開け、堂内を暗くし、求心的な雰囲気になることを指向する傾向がある
というような記述を読んだことがあります。
もちろん、非常にはしょって言うと、ということでしょうが。
イタリアでは 堂内を暗くするという指向はあまり見られない気がするのですが、
いずれにしても、素人の私見でございました。


>もり様 投稿者:Hiroshi  投稿日:09月03日(火)08時14分27秒

>発達させることを好まない

それとは別に、イタリアの風土とか考えると木造の格天井の方が、屋根と天井の間に
断熱性の高い空気の層が出来るので、夏は過ごし易いような気もします。 
そんな見方はおかしいでしょうか?


イタリアの写真 投稿者:もり  投稿日:09月03日(火)00時10分55秒

YUYUさんの写真、拝見しました。
フィレンツェのサンティ・アポストリ教会のファサードなど、興味深かったです。
今度行かれるプーリア地方の写真も、また見せていただけたらと思います^^。

もちろん地域等によって色々なのでしょうが、
イタリアの教会は 伝統的なバジリカ形式を引きずっている、そして
後陣部があまり発達していない(発達させることを好まない)という印象を受けることが多い気がします。

ロマネスク期の話ではありませんが、
ローマのサン・ジョヴァンニ・イン・ラテラノ教会を改修する際、
ボッロミーニは身廊の天井にヴォールトを掛けたかったのに、反対され、
伝統的な格天井となったというエピソードなども、さもありなん。。。という気がします。

サン・サヴァンがコースに入ったツアー、たまにありますよね。
そういうツアーだとル・ピュイなどにも行くようになっていて、
参加したいと思うのですが、私が休める時には全く催行されていない。。。
というわけで、レプリカでも見られたら有り難いと思います。


いろいろ 投稿者:Hiroshi  投稿日:09月02日(月)08時21分26秒

>YUYU様
イタリアだけでなく、他にも色々出されていますね♪ 今回はイタリアだけ観させて
頂きました。 ペルージャとサンセポルクロのサン・フランチェスコ教会は一廊式で
しょうか? 前者は工事中で内部は閉鎖とのことでしたが、構造とか判ります? 

ペルージャのサン・ベルナルディーノ教会とその隣のゴシック教会は建物の向きが
90度違うようですね。 普通、東西南北にそって教会は建てられているものだと
思っていましたが、、、どうなんでしょう? シエナの大聖堂て、有名な広場に向
かって建てられるいるのでしょうか? アヌンツィアータ教会の「誓いの回廊」は
天井が現代風にガラス張りになっているようですが、レストランとかに改装されて
いるのでしょうか? 質問の嵐になってしまった m(_ _;;m

<HPの文字化け>
行きつけのHP↓を見たら文字化けしてましたので、文字コードとか色々変えたの
ですが変化なし、別端末(Mac)から見ても同様なので、webmasterに連絡したところ
返事が来て変更したので調べて下さいとのこと。 それを繰り返したのですが結局
変らず。 そうこうするうちに、こちらのNetscapeの設定を変えたら問題解消。 
解決策は、

『ページ指定のフォントを無視して設定したフォントを使用する』

としたこと。 どうやら、webmasterがHPに指定されたフォントが私のMacのフォント
に入っていなかったことによるものらしい。で、それを伝えると問題は解消しました。

その後色々調べてみると、最近のHTMLエディタは、MS-Windows系だと face="MS
ゴチック"、Mac系ですと face="Osaka" などの指定をする事が多いらしいが、これらの
ページは端末次第で表示に問題が起こりそう。 だから観る側の方でページ指定の
フォントを無視する設定にしておいた方が無難であるよう。でもそれだと、せっかく
HPの作成者の好みを無視することにもなるので、どうしたものでしょう? 
こんな問題、いままで皆さん起りませんでした?

<教訓>
昨日あるスポーツクラブのイベントでビーチエアロ&BBQなるものに参加しました。 
台風一過で思いもかけぬ快晴。 で、その炎天下エアロをしたところ、ある人が倒れて、
救急車を呼ぶはめに! 炎天下エアロなどやるのは考えものですね。 なお倒れた方
のその後の経過はよいようででした。

http://www3.coara.or.jp/~tiempo/indexes/index_jp.html


YUYU様ありがとう! 投稿者:iida  投稿日:09月01日(日)23時19分21秒

写真ありがとうございます!
スライドショーで楽しみました。

イタリアは全然知らないところばかりで、楽しめました。
表紙からリンクしますね。


REシャイヨー宮の博物館 投稿者:YUYU  投稿日:09月01日(日)17時28分46秒

もりさん、6月末の出発前の情報ではまだ修復が終わっていないようでしたので、行きませんでした。
偶然、ここに来る前にちょっと調べ物をしていて、この博物館が新装?オープンしたことを知ったばかりでした。残念!!
サン・サヴァン、世界遺産ですもの、きっとあると思います。
私は数年前にツアーでサン・サヴァンには寄りましたが、ポワチエとの間にあるショーヴィニイは通過されてしまいました。(;_;)
再訪したいのですが、ポワチエからはタクシーになるでしょうね。
ロマネスク聖堂、交通に不便なところが多くて困ります。
でも個人の采配?でようやく辿り着いた時の嬉しさは格別なものがありますね。
写真、ようやくアップしました。ピンボケが多いのと肝心の写真に余計なおばさんが入っていて載せられなのもあります。(^^;)
http://photos.yahoo.co.jp/alice_sapporo 
IDなしで開けられと思います。


シャイヨー宮の博物館 投稿者:もり  投稿日:08月31日(土)21時22分48秒

真理亜さん そろそろ出発が近づいているのでしょうか。
TGVの件、お役に立てて良かったです。
私も日程を組み立てるのにフランス国鉄のページをよく見ていたので、たまたま分かったのです。
では、お気を付けて。

ところで YUYUさんはMusee des Monuments Francais(シャイヨー宮の所にある)には
行かれたのでしょうか?
少し前にまた公開されるようになったようですが、
サン・サヴァン(ポワティエ近郊の)の壁画のレプリカもあるのでしょうか?
実物はなかなか見に行かれそうにないので、今度行ってみようかと思っているのですが。


日朝首脳会談 投稿者:Hiroshi  投稿日:08月31日(土)09時50分21秒

朝一番のニュースに驚きました。 期待はしても、大きな成果を直ちに求めても無理
でしょうね。 まずはお手並拝見てところでしょうか?  最近の脱北者の急増に、
かっての東西の壁の崩壊・共産政権崩壊前夜を感じさせるものがあります。 とはいえ、
何しろあの国、内情はこちらに全然伝わって来ませんので、どうなっているでしょう?

今朝、フランスの共同研究者からメールが届きました。 Biochemistryに受理された
論文をpdf fileにして送ったので、その返事でした。 「wonderful manuscript」と言っ
てくれましたが、以前のような核心を突く『質問の嵐』がありませんでした。
(←共同研究者といえ、全て手のうちを発表前に見せているわけではないですからね!)
多分向こうの興味の対象が、私のそれから外れていったのでしょう。 ま、それは
それで仕方ないですね。

恩師から次ぎの論文の提出先について提案あり。 まだ、まだ、仕事は始まったばかり
ですがな〜〜(汗) それにしても、彼は私以上に超〜楽観的!


もりさんGrazie mille! 投稿者:真理亜  投稿日:08月29日(木)11時44分42秒

TGV予約できました!!!!
コンピューターの調子が悪かったので、一緒に行く知人に頼んだらできなかったのですが、
私のマックが治ったら、問題なかったです。

前回はたくさんお礼を言いましたが、今回は千回お礼を言います。

YUYUさんご親切に。
初めからこれは知ってたのですが、
イタリアーフランスパスなど日本の代理店で買うと、私にとってはめっちゃ高いのです。
フランスの国鉄のネットで直接買ったら、ず〜〜〜〜〜〜〜〜〜っと安かったよ!
受け取り確認など、みんなフランス語で来ました。

ぃやっほーーーーーーー!
会ったこともない人にこんなに助けられて、素晴らしい!
東京に来たら、是非私のイタリアクラブに遊びに来て下さいね!

ちゃおちゃおちゃおちゃお〜〜〜〜〜〜!


TGVの予約 投稿者:YUYU  投稿日:08月26日(月)22時00分43秒

今夏、パリ〜レンヌをTGVで往復しました。ネット予約しようとしたら、
なにやら面倒らしかったので、座席指定1500円で出発2週間前に、
こちらの代理店で予約、発券してもらいました。
なお、ユーロパスは3カ国周遊タイプでした。フランス・イタリアの2カ国パスもあります。

またモン・サン・ミッシェルの話になりますが、サン・ミカエルはエミール・マールによると、イタリアのアドレア海沿いのガルガーノ山(モンテ・サンタンジェッロ)に降り立ったという奇跡から有名?になったらしいのです。
ノルマンディのモン・サンミッシェルはここのコピーに違いないのですが、いまや世界遺産にもなり、本家を凌ぐ勢いですね。
他にフランスのサン・ミッシェルに捧げられた教会といえばル・ピュィのサン・ミッシェル・デギーユ教会、岩山の頂きに建っています。
ガルガーノ山をイメージしたのは間違いないでしょう。
壁画はほとんど消えてましたし、これといった柱頭彫刻もありませんが、小さな礼拝堂は聖なる空間そのもの、とても印象に残っています。
200段以上の階段も登りましたし・・・(^^;)


TGV 現地で発券 投稿者:もり  投稿日:08月26日(月)02時35分37秒

TGVの件ですが、フランス国鉄のサイトの予約ページ(先日来言及しているのと同じページです)の

http://www.voyages-sncf.com/dynamic/_SvTermCommvoy1Std?_TMS=1030038734144&_DLG=SvTermCommvoy1Std&_LANG=UK&_AGENCY=VSC&_TMS=1030038733280

下の方にある 切符を受け取る国を指定する欄を フランスに指定し、
その後乗る便を決定した後、支払方法や受け取り方法を指定する欄で、
送ってもらうのではなく 現地で受け取るように指定すると、

日本へ送ってもらうのではなく、先に予約だけ入れておいて、
フランスで発券出来るはずなのですが。

画面に出てきた予約番号をメモしておいて、それを現地の窓口で言えばいいようです。
(画面を印刷する方が無難かも)
発券する前に代金だけはさっさと引き落とされてしまうかもしれませんが。
詳しい規約はフランス国鉄のページでご確認下さい。(以下のURL等々)

http://www.voyages-sncf.com/info_resa/passenger_guide/rail_travel_guide/before_journey/buying_ticket/home.htm?LG=FR&Rubrique=Rail+Travel+Guide&Theme=Before+Journey&Sujet=Buying+Ticket

9月初旬が繁忙期かどうかは分かりませんが、
祝日はないようですが、各地の祭や催しと重なったりすると、意外と混むかもしれませんね。
一案ですが、列車の便を検索した時、時刻等と共に
その便は peak time であるとか off peak であるとか表示されるのを
参考にするのもいいかも知れません。

でも私が立って乗るハメになった便は、乗る4日前に検索したとき、
web上では off peak の便だったので、一概には言えませんが。。。
(ずっと立っていたわけではなくて、空いている席を渡り歩きましたが、
やはり精神衛生上、あまり良くなかったです。
でもトゥールーズからパリまで約6時間、ずっと立っているだけの体力は
持ち合わせていないので)

余談ですが、そのTGVがパリに着く直前、
「この列車は間もなくパリ・モンパルナス駅に到着します。ご乗車ありがとうございました。」
というアナウンスがフランス語と英語?などで車内に流れた後、
なぜか日本語、しかも関西弁onlyで「毎度、おおきに〜!」などとも流されました。

私もびっくりしたのですが、車内の空気が一瞬 し〜ん・・・と固まり、
やがて欧米人の方々があちこちでプッと吹き出していました。

日本人の姿は、私たち(2人)の他には特には見掛けませんでしたが、
いつもこんなアナウンスが流されているのでしょうか??
ご存知の方がいらっしゃったら、教えて下さい。


もりさんへ報告 投稿者:真理亜  投稿日:08月25日(日)15時46分43秒

TGVなんですけど、教えていただいたサイトや他のサイトで予約しようとしたところ
ユーロ以外の国にはチケット送ってくれない見たいなんですっっっ(ぷんぷん!)
ユーロ間だけネットで購入できて、日本人はやはり日本の代理店通して高いお金で買わないと駄目みたい。
頭に来たから、現地で並ぼうかと思いますが、9月の頭(午前)はそんなに混んでると思いますか?

ユーロは本とインターナショナルじゃなく、ユーロですから。

http://circle.excite.co.jp/club.asp?cid=o0300063


お久しぶりです >YUYU様 投稿者:Hiroshi  投稿日:08月25日(日)09時59分41秒

アップされたらアドレスお知らせ下さい。 
最近は全然YAHOOには行ってないのでアドレスも忘れてしまいました  (_ _;;

それにしても羨ましい! 私は今年も全然ヨーロッパに行く予定がありません(涙)
夏休みも地元のイベントで「安く、短く、手軽」に済ませてしまいましたので、、、
でもそれなりに愉しかったですけど URL ↓  とはいえ、来年は是非ヨーロッパ
に暫く行きたいと考えています!(断言) ようやく仕事の方で、新しい分野の実績
(論文のことですが)が出始めたので、是非来年くらいは仕事も兼ねて暫く訪れたい
ですね! それまではバーチャルトリップで我慢します(涙) 

で、その1つですが、最近非常に面白い本を見つけました。 実は「イタリア」の方
にも書き込んだのですが、ここにも書き込ませて下さい(汗)

『ヴェネツィアの放浪教師』
(副題)中世都市と学校の誕生;児玉善仁著、平凡社 ISBN-4-582-47324-5 1993年初版。
 この本は非常に面白いし解り易い。 図や表が多用してあり、読者が実際に史料に
当たるような感覚で読んでいけます。 好きなタイプです。 

例えば、ヴェネツィアの教師の居住分布図 p118 と行政区分図 p97 が載せてあり、
それから著者は教師数と教区の裕福度(具体的には各教区の1379年における戦時国債
割り当て額)の相関図 p123 を示し、それを元に著者の解釈を述べています(実際、
データーは正の相関;r = 0.74 になっていて著者の解釈は容易に納得できます)。 
論理をたどるのが容易な構成ですね。  

解釈そのものは決して意外なものではなく、むしろ当然といったものでしょうが、
こうやって足場を1つ1つ固めて進んでいくことが自然科学畑の私のような人間には
好ましく思えます。 いつも私が言う、『個別研究にこだわる』ということですが。
 もしかすれば、そうやって意外な結果が出ないとも限らないですからね! 
内容自体も大学や学問の今日的意義を考える上でとても興味深いものがあります。

『大学と大学教師(そして学生)の遍歴』p89 は、 『新しい社会(中世都市)に
とって必要な新しい知識』p90 を供給する為に、求められたことであったし、また
彼等も『より良い報酬と社会的地位を求めて放浪』した(表紙より)。

、、、我々の今日的な【学問・研究に対する概念】が、つい最近生まれたものであり、
時代によってその形態は変化していったものであることを再確認させてくれます。 
かっては教会の為の修道院や司教座聖堂における学問・研究。 やがて興隆する中世
都市(商人)の為の私塾や大学における学問・研究。 さらには近代国家の成立に
ともなう国家の為の学問・研究・・・ 

最近、学問・研究を取り巻く環境が変わりつつある中、その変化に意義申し立てを
するのではなく、変化の中で【したたかに生き延びていく】ことの方が歴史的にみれば
価値のあることなのでしょう。 確固とした『学問・研究の伝統』などがあるのでは
なく、常に社会の要請に応じてこれまで学問・研究の形態は変化していったし、また
これからも変化する。 かって富豪のパトロンを持ちつつ歴史的偉業を成し遂げた
ルネッサンスの学者のように、各個人が時代の流れの中で「知の職人」としての技能
を磨くことが大切ということではないでしょうか?

http://www.sankei.co.jp/news/020817/0817sha075.htm  最近は全然YAHOOには行ってないのでアドレスも忘れてしまいました  (_ _;; それにしても羨ましい! 私は今年も全然ヨーロッパに行く予定がありません(涙) 夏休みも地元のイベントで「安く、短く、手軽」に済ませ


TGV  投稿者:もり  投稿日:08月25日(日)06時10分45秒

真理亜さん お役に立てたようでうれしいです。
で 余計なお世話かも知れませんが、
列車に乗る日時がはっきり決まっているのなら、
TGVは予約しておいた方がいいかもしれませんね。
TGVは ご承知のように全席指定ですが、乗る日や時間帯によっては、結構混むようです。

満席でも立ち席の券がいくらか売られますが。
(日本と違って指定席、自由席と分かれていないので、
予約の入っていない区間は 空いている席に座ることが出来ますが)
もっとも日程に余裕があれば他の便に代えれば すむことですが。

予約は、先日ご紹介したURLのページをどんどん進んで行くと 出来ます。
クレジットカードなどで決済するようです。
また、早割など各種割引料金もあるようですよ。

私は今年トゥールーズからパリまで乗った時、
乗車の前々日に切符を買おうとしたところ、満席で立ち席券しか残っていなかったので
次回はwebで予約して行こうと思っています。

>イタリア語が問題なくなってから、全然知らないはずのフランス語も、
>勝手に自信がついたので全て突貫で行きたいと思います。

私はどの言葉も少しずつしか分からないので。。。
ほんの少しかじったことがある、スペイン語とイタリア語とフランス語が
ごちゃごちゃに混じった怪しい単語?を並べ立てて、何とか意志表示をしています(苦笑)。
いずれも似ているだけに混乱してしまいます。
でも、イタリア(中部〜北部にかけて)でスペイン語は通じにくかった気がしました。
単に私の発音が悪いだけかもしれませんが。

では 楽しいご旅行を。


もりさん Grazie tanto! 投稿者:真理亜  投稿日:08月24日(土)12時28分45秒

列車を調べる頁、今までに見た中で最高のモノでした。
紹介してくださってありがとうございます。
これで心が決まり、超安い北西イタリア(ふらんすもちょっと)旅行の問題は全て解決です。
TGVは日本で買わないで現地で買うことにします。
イタリア語が問題なくなってから、全然知らないはずのフランス語も、
勝手に自信がついたので全て突貫で行きたいと思います。

今、表紙で紹介されているモンサンミシェルに行けるかどうかは、体力と金力の様子を見てなのですが、一つ思いついたことがあるので、書き込みます。

今度の私の旅はルッカ(トスカーナ北部)の聖願の祭典という11世紀から続くイタリア三大祭りの一つです。
そしてもう一つの大きな見所は、パヴィーア(チェルトーザも)です。
その他、チヴァーテなど、いわゆる有名なロマネスク、ゴシックイタリアが中心ですが、
これらの教会はサンミケーレに捧げられている場合が多く、これは私の課題の一つです。
勿論フランスのサンミシェールです。

サンミケーレは、本来はラテン地中快的な聖人ではないので、
フランクの影響の濃い地域によく見られます。

要するにロマネスク時代から始まる、
かの巡礼街道(イタリアのフランス街道)沿いの特徴なのです。

アレッサンドリアやアヴィニヨンなど、教皇庁に深い関係のある都市には必ず行こうと思っているのですが、
フランスでサンミシェールに捧げられた、素晴らしい教会は他にどんなモノがあるか
ご存じの方は教えてください。

ホントに情報ありがとうございました。


>池田先生 投稿者:iida  投稿日:08月24日(土)00時17分35秒

こんばんは。
池田先生は講義うまいですし声がとてもよく響いてうらやましいなあ
と思いました。私は高い声なので。

モンサンミッシェル残念でしたね。
それではなおさら気合いいれてかかねば。
次回もうすこしまってくださねえ。


池田先生の夏期講座 投稿者:YUYU  投稿日:08月23日(金)16時55分43秒

以前にお話ししていました札幌での三日間の特別講座を受けました。
スライドを見ることを重点に、新約聖書の図像についてのレクチャーでしたが、とても分かり易く楽しかったです。
冬にも旧約聖書のロマネスクの講座があるとのこと、早速申し込みしました。(^^;)

モン・サン・ミッシェル、6月末に行ってきたばかりですが・・・(;_;)
体調が悪く修道院まで登れなかったのです。
島内のホテルの部屋から眺めただけ、ホント残念でした。
ですからiidaさんの写真を拝見して慰められています。
秋にはもうひとつの重要なミカエル、ガルガーノ半島のサンタンジェッロヘ行くつもりでしたが、
日程の都合でバーリ近辺のプーリア・ロマネスク聖堂をいくつか訪れるだけになりそうです。
今夏の旅はランスをはじめゴシック聖堂が多かったのですが、
印象に残ったのはシャンパーニュ(マルヌ)レピーヌ村のバジリカです。
カーゴイルが凄かった(恐ろしかった)です。
ヤフーのフォトにアップ中です。もう少しお時間ください。


TorinoはTurin? 投稿者:もり  投稿日:08月23日(金)04時51分37秒

先程の書き込みに関して、
「TORIN PORTA NUOVA」ではなく「TURIN PORTA NUOVA」でした。
すみません。視力が弱いもので。。。

Torinoは英語ではTurinと表記する、ということだと思いますが、
間違っていたら、申し訳ありません。


フランス国鉄のサイト 投稿者:もり  投稿日:08月23日(金)04時07分00秒

真理亜様 もうとっくに問題は解決しているかも知れませんが、念のため。

フランス国鉄のサイトで、パリのリヨン駅からトリノまでの値段を調べたいとのことでしたが、

フランス国鉄の予約画面(英語版ですと以下のURL)で

http://www.voyages-sncf.com/dynamic/_SvTermCommvoy1Std?_TMS=1030038734144&_DLG=SvTermCommvoy1Std&_LANG=UK&_AGENCY=VSC&_TMS=1030038733280

出発地にとりあえずParis、到着地にTorinoと入力し、
他の項目も選択して決定ボタンをクリックして出てきた 次の画面で

出発地のすぐ下の「or select here」をクリックし、出てきたリストの中から
PARIS GARE DE LYON などの適当な駅名を選択し、
同様に 到着地のすぐ下の「or select here」をクリック、
TORIN PORTA NUOVA などの適当な駅名を選択し、
(先程試してみると、なぜかTORINOのOが抜けていましたが??)
画面の指示に従って進むと、料金などが調べられます。
実際にECの便が出てくる所までは調べていませんので、
お役に立つかどうか分かりませんが、参考までに。


超遠心 投稿者:Hiroshi  投稿日:08月22日(木)17時52分15秒

以前私も経験があります、あります(涙)。 
サンプルが粗抽出液の場合はよく起るようですね。 最近はカラムにかける直前に
短時間超遠心かけてます、手軽ですが意外とこれは効果的ですよ、もし参考になればと。


サーバ 投稿者:iida  投稿日:08月22日(木)17時12分57秒

サーバは5時以降には復活していました。
まあ、そういうときもあるということで。

文明衰退の議論は古くはあの輝かしいローマでも
あれほど記録があっても不明なわけですから、きっと
むずかしいんでしょうね。

モンサンミッシェルもたぶん100年戦争がはじまったり
しなければまだまだ拡張したんじゃないでしょうか。
ゴシック教会が建設されなくなったことはそのせいにされていますし。

もりさんの石の色についてはテーマ化してきたようですね。
情報あつまったらレポートいただけると幸いです。

こちらの論文は恩師にペンディング。
これでペンディング5つめ。おいおいおいおい〜〜〜(涙)。
実験もスケールアップしたらなぜかカラムにブツが吸着。涙。

今日辺りはやく帰宅してモンサンミッシェルの続きを書こうと思っていたのに。。。。


サーバー停止? 投稿者:Hiroshi  投稿日:08月22日(木)09時30分44秒

昨日はtorideサーバーが動いていないようでしたね? 何度か接続しようとしたのですが
駄目でした。 今朝は大学のサーバーも動いていないようでした。 またウイルスでも
感染したのでしょうか??

ベルギーの都市ウイの栄光と衰退を描いた『西欧中世都市の世界』を読み終えましたが、
予想に反し、少し物足らなさが残りました。 この都市の、

『中世の素晴しい輝きを支えたのは、遠隔地商人による活発な商業と毛織物工業であった・・』p205 

としても、やがて競争相手の興隆などにより中世末期には衰退はじまり、それに替わる
べく興った、製鉄業も都市の衰退を止めることは出来なかった、ということらしいです。

しかし何故競争の中で敗れていったのか? 著者が何度も断わっているように、
「その詳細については歴史の霧に隠されよく知ることが出来ない」ということなので
しょう。 

リエージュ司教座第二の都市として一時期輝かしい繁栄を演出しつつもそれ以上の
段階を越えることの出来なかった小都市ウイと、中世から近世へと規模を拡大し繁栄
し続けた大都市との違いは一体何であるのか? 理解力の欠如なのでしょうが、よく
判りません。 今日、日本の繁栄の陰りを感じる者としてはここらへんが一番知りたい
ところなんですけどね。 

Biochemistryから論文をacceptしたとのFAXが届きました♪ とりあえず目出度し、目出度し。 次ぎはさらに上のNとかSとかを狙いたいですね!(汗)


「サルサの島」から戻って来ました 投稿者:Hiroshi  投稿日:08月19日(月)13時31分22秒

イエスもアンジェロも無縁でしたが、何故がマリアは沢山いました(謎) 
あちこちの新聞にも載ってますね↓

http://www.sankei.co.jp/news/020817/0817sha075.htm


ウンブリアの教会の石の色 投稿者:もり  投稿日:08月17日(土)01時42分07秒

以前投稿した ウンブリアの教会の石の色に関してですが、
http://www.greengrape.net/mori/foligno/index_02_3.html

BevagnaのSt.Sylvesterには Subasio山
http://www.parks.it/parco.monte.subasio/Epar.html

の岩が使われていることが分かりました。

このSubasio山のピンク色の石灰岩は、同じウンブリアのSpelloやAssisiでも
使われているようです。


また、BevagnaのSt.SylvesterとSt.Michele そしてFolignoのDuomoの
ファサードの扉口の装飾は、同じ彫刻家によってなされたようです。

http://www.artnet.com/library/00/0089/T008927.asp

http://www.umbria-travel.net/bevagna_umbria.htm のChurchesの項


しかしSpoletoのドゥオモのバラ窓の周りや、
Folignoのドゥオモのファサードに使われているピンク色の大理石は、
どこで採れたものなのかが 私にはまだ分かりません。
(http://www.greengrape.net/mori/foligno/index_02_2.html の画像7の部分などは
後に修復されているようですが)

この大理石について、何かご存知の方に ご教示いただければ、うれしく思います。
よろしくお願いいたします。

http://www.greengrape.net/mori/index.shtml


西欧中世都市の世界 投稿者:Hiroshi  投稿日:08月14日(水)14時35分00秒

;ベルギー都市ウイの栄光と衰退 アンドレ・ジョリス著、八朔社 ISBN-4-938571-51-X 

この数日共同実験施設が夏休みで使えなくなり、同時にスポーツクラブも休みに
入ったのでまとまって読書の時間がとれる様になりました。 それで今読んでいる
のが上記の本。内容は一般的で読みやすく、専門的な本というわけではないのですが、
歴史学に対する研究者の取組み方がかい間見られるようで、かなり面白い。 

例えば、ここでも会計簿の解析という単調な作業の中で、不正確な分類故に紛れ
こんでいた文書目録を偶然に発見し、そこから中世初期の都市史の画期的発見に
繋がった例が挙げてあります。時代はまさにロマネスク期ですが、早熟なる都市
もこの頃から早くも芽生え始めていたというわけですね!

『・・歴史家の仕事は、重要な資質である想像力や批判感覚以外に、当然持つべき
能力の中でも、とりわけ興味と洞察力、一言で言えば勘を必要とする』p45 

と述べた上で、リエージュ国立文書館のエミール・フェロンが古文書館で会計簿に
紛れていた15世紀初頭の「司教テオドワンともう一人の司教の印爾を押された
1066年の文書」の詳細なテキストを発見し、それをパズルの様に説き明かすこと
で11世紀の都市ウイのブルジョワジーの解放の歴史を明かしていった経過が述べ
られています。 その文書の中に現われていたのは都市ブルジョワジーの『領主の
恣意に対する制限と保護』p53 の歴史であり、『都市のアジール化』p49 であったわけです。 

最初の3章を読み上げただけで、これから各論に入るわけですが、ますます楽しみ!
 週末はイベントが控えていて、始まればそれに突入することになりそうなので 
URL ↓、是非ともそれまでに読み終えてしまいたいですね。 なんでも一気に読ま
ないとなかなか頭に入りませんから。

http://www3.coara.or.jp/~tiempo/events/isla_jp.html


アラム語は古代西アジアにおける共通語 投稿者:Hiroshi  投稿日:08月12日(月)08時14分40秒

なんだそうですね。 いや〜 知りませんでした。 てっきりキリストがたまたま
喋っていた1地方の言葉だと思っていました。 『不思議のイスラム』紅山雪夫著、
株式会社トラベルジャーナル ISBN 4-89559-369-X C0026 1996年第1判発行より

『・・・アラム人は陸で活躍した商業民族だ。 商業に記録は欠かせない・・・
アラム人は、当時の西アジア文化圏のほとんど全域にわたって交易活動を行ない、
アラム語が西アジアの広い地域において共通語になった』 p311

共通の言語を持たない宗教は力を発揮出来ない、だから死海文書なんかも最初アラム語
で書かれ、そして時代ともに当時の支配・知識階級の共通語であったギリシャ語へ、
さらにラテン語に。 そして最終的にキリスト教が一般庶民に影響力をもつ中世末期に
入った時点で、それぞれの国民の言葉に翻訳されなければならなかったということ
なのでしょうか?  2001/5/4の書き込み URL↓ 『たゆ様、お久しぶりです!』より
http://www.greengrape.net/bbs/rbbs_2001_0508.html

しかし、そう考えると今日まで、以前としてアラビア語でのみの記載が聖典とされる
コーラン、ハーディスといったイスラームの意はどのように考えたらいいのか、、、
 う〜ん、よく判らない。 ますます謎が深まった(汗)

http://www.greengrape.net/bbs/rbbs_2001_0508.html


モンサンミシェル&WS 投稿者:Hiroshi  投稿日:08月11日(日)10時05分25秒

6と7の画像を比べるとほぼ崖ぎりぎりのところまで増築されたのでしょうか? 
ちょっと見ると縮尺に誤差があるような感じで、崖に石垣でも組んで建物自体が
張り出したようにも見える。
http://www.greengrape.net/kazuhiro/romanesque/montstmichel/images_l/DSC00050.JPG
http://www.greengrape.net/kazuhiro/romanesque/montstmichel/images_l/DSC00051.JPG

でも、もしかするとそうかもしれないのは、崖が白色で、途中に石組みがみえること。
しかも画像7の右側の壁は崖に石垣を組んだようだし、まだまだ増築するつもりで
いたのでしょうか? 現在の模型もあればそこらへんのことも判るかもしれませんが、
如何がででしょうか? でもそうだとしたら、とてつもないことですね。

1泊2日で教育ワークショップなるものに行かされました(涙)。 とにかく時間に
終われて、次ぎから次ぎに作業を行ない、文字通り朝から晩までのスケジュールでした。 
その間、携帯も切らされて外部との連絡は遮断。 テレビもナシ。
まあ、オウム真理教のワークショップもこんなんじゃなかったのかな? 
と思うようなスタイルでした(冷汗) いや、いや、それなりに勉強にはなりましたよ(笑)。 
これからは大学も冬の時代、社会から求められる大学像の追及でしょうか?


ついにパソコン・プレゼンが標準 投稿者:Hiroshi  投稿日:08月08日(木)11時03分36秒

今年から某巨大学会のプレゼンもパソコン原則とのこと。 ついにそんな時代に
なりましたか! そろそろ年貢の収め時みたい。 パワーポインターの使い方も
覚えないといけません(涙) PowerBookG4も必要ですね。

、、、もっとも、口演に選ばれる保証はないか!(爆)

http://wwwsoc.nii.ac.jp/mbsj/


ありがとうございました 投稿者:yuxi  投稿日:08月06日(火)12時44分04秒

真理亜さん、もりさん、
情報ありがとうございました。
現状のスケジュールではモワサックは無理そうなので、
全体を見直してみたいと思います。
とはいえ、すでにホテルが全部FIXになっているので
ちょっと面倒ですが・・・

真理亜さん、お尋ねの件ですが、
SNCFの「BOOK」で金額が出せますが、パリ(リヨン)を出発地にすると
トリーノがdestinationに入ってこないですね。
これ以上の高等技術はわからないので・・・ごめんなさい。
http://www.voyages-sncf.com/dynamic/_SvHomePage?_DLG=SvHomePage&_CMD=cmdHomepageUK&WB=HP


私も質問お願いします 投稿者:真理亜  投稿日:08月06日(火)09時52分35秒

イタリアの列車はネットで詳細に調べられるのですが、フランスの列車について調べられません。
どこか好いサイトをご存じでしたら教えてください。
パリ(リヨン)からトリーノへのECは幾らくらい掛かるかご存じの方、いらしゃいますか?
数日有効チケットを買った方が得か比べたいのですが、パリからの値段が分からないのです。
すいません。


モワサック駅 投稿者:もり  投稿日:08月05日(月)22時54分44秒

yuxiさん はじめまして。
ご存知かとは思いますが、
モワサックへは電車だと 便数は少ないですが、
トゥールーズ−ボルドー間に乗り換え不要の便があります。

駅を背にして左手へ、道なりにまっすぐ 数分歩いていくと修道院に着きます。

一年を通してそうなのかは不明ですが、
少なくとも2001年12月末においては、
国鉄モワサック駅は、夜間駅舎が閉まっていました。

18時半頃駅に着くと、駅舎が閉まっており、
駅員の方も帰宅しているところでした。
当然 中の切符売り場で切符を買うことも出来ません。
ホームに自動券売機がありますが、
硬貨とクレジットカードしか使えないし、
操作が不安な場合は あらかじめ窓口で買っておいた方がよいでしょう。

待合室にも入られない為、寒い中ホームで震えながら
電車を待ちました。

トイレは駅舎とは別の建物にあるので、利用可です。

また駅員の方もいなくなるので、乗り場を尋ねることも出来ません。
ホームは2つしかなく、方面((=ボルドー(だったか?)かトゥールーズか))も
ホームに示してありますが、待っている間不安でたまりませんでした。
(←その日最後の便でしたので)
行きも電車で来た場合、自分がどの方向から、
どちら側のホームに降り立ったのか、しっかり覚えておくとよいかと思います。

以上、旅慣れた方には余計なお世話かもしれませんが、参考になれば。


宿題(イタリア聖堂は木造天井が多いか?) 投稿者:Hiroshi  投稿日:08月05日(月)17時00分53秒

以前この掲示板で話題にしたことで URL↓ 私の宿題になっていた件
についてですが、最近このような記載を漸く見つけました。 
2000/9/26の書き込み 「石の屋根」〜

オフィス・ド・リーブル編 『中世の美の様式』下巻 ロマネスク・
ゴシック美術編 連合出版 ISBN-4-89772-081-8  C0071 のイタリア
ロマネスクに関する記載の中で、

『同半島の北半分はゲルマン的精神の優位を特徴とし、一方南半分は、
古典古代と異民族の影響が遺産として残され、ロマネスクは、極めて
多彩な潮流を集めた複合美術の性格を帯びている。』p18 と述べた上で、

『中央イタリアのロマネスク建築は・・・多くの場合木骨天井で覆われた
バシリカ方式で・・』 

と記載されていました。 それに対し北部のロンバルディア建築は

『・・初期ロマネスク美術の時代に独創的形式によって豊かなもの
となった後、12世紀には一層の充実を見』・・さらに、『東方、
フランス、またドイツからの養分を摂取したロンバルディア・・』

また南部・シシリアは、

『ビザンチンやイスラム、ロンバルディア、ノルマンの折衷的性格』

とされていました。 つまり、私が以前 『イタリアの聖堂の天井は
木造が多いような気がする』 と述べたのは、中部イタリアについては
大体正しいかもしれないが、北部、南部については間違っているということでしょう。 
ロマネスクは多彩な様式を持つようですし、特にイタリアの場合は、
地方ごとに様々な特徴があるので、安易に一般化すると駄目ですね m(_ _;; m

http://www.greengrape.net/bbs/rbbs_2000_1010.html


ポワチエからモワサック 投稿者:真理亜  投稿日:08月04日(日)23時44分42秒

はバスもあり。
運転手は、もしそのバスが最終便だったら、ただのタクシー代わりになって、
ホテルの前まで巨大なバスを回してくれるかも?
私の場合はそうでした。
おまけにホテル値引き交渉やら、荷物運びもしてくれました。
でも国鉄の駅の直ぐ目前にかのタンパンはあるし、
駅の直ぐ横のホテルも親切で便利だから、ま、電車があれば最高と思いますけど、、、。

http://circle.excite.co.jp/club.asp?cid=o0300063 


お言葉に甘えて質問です 投稿者:yuxi  投稿日:08月04日(日)14時56分55秒

8/31〜9/16にMIDI-PTRENEESを中心に教会巡りを計画しています。
(電車・バス・自転車で移動の予定)
BORDEUAXからPOITIERSへ移動の途中にANGOULEMEで途中下車
できそうなのですが、ANGOULENEの見学にどれくらいの時間を
とればよいか、ご存知の方がいらしたら教えてください。
それと、MOISSACだけルートからはずれてしまい、どうにかして
いかれないものかと思案中なのですが、やはり順当に電車を
乗り継ぐしかないのでしょうか?
引き続きサイトでも検索を続けますが、情報がありましたら
ご提供いただけると助かります。
よろしくお願いいたします。 yuxi


ありだと思いますよ♪ 投稿者:Hiroshi  投稿日:08月03日(土)10時37分00秒

具体的な地名とか書いて貰えば、何方か知っていらっしゃる方がいるかもしれません。


質問なんですが・・・ 投稿者:yuxi  投稿日:08月02日(金)21時34分47秒

はじめまして。
9月にフランスの巡礼路巡りを計画している女子大生(ただし40才)です。
いま、日程をつめているのですが、質問があり・・・どなたかご存知の方が
いらっしゃらないか、質問を投げかけてみたい・・・
なんていうBBSの利用法は可能でしょうか???


もう8月ですね! 投稿者:Hiroshi  投稿日:07月31日(水)07時58分18秒

リバイスした論文を共同研究者に見て貰った後、昨日再投稿しました。 
追加実験はなし、RESULTSとDISCUSSIONを書き直しただけ。 それについて
共同研究者からも特に意見はなし。 結局一人で決めるしかないわけですね。 

てなわけで、昨日から数週間ぶりに実験を再開しました。 しかし無駄な動きが多い。
やはり暫く実験をしないと体が鈍ります。 今の仕事も今年中に論文に仕上げたいです
が、もう8月ですか、、、(汗)


再び「胃拡張の患者」から 投稿者:Hiroshi  投稿日:07月27日(土)14時12分58秒

このところ学会や論文のリバイスで非常に忙しい日々でしたが、ちょっと落ち着き
はじめたので、先日Iidaさん紹介された、ウンベルト・エーコの「中世美学史」の
題名に引かれ、検索URL↓したところ図書館にあることが判り、先ほど車で30分程
かけて行ってきました。
http://www.fsg.pref.fukuoka.jp/index.asp?cindex=6&rindex=1&col=6

ところが、夏休みだからでしょうか、『マニアック』なはずのこの本も貸し出し中(涙)
それで諦めて帰る途中、新刊書のコーナーに出たばかりの『地中海の暦と祭』が飾って
ありました。 手にとってみたところ、キリスト単性説についての記述と現代にまで
続くコプト教との関連とかが書いてあり、なんかとても面白そう! つい借りてしまいました。
 
まだイスラーム関係の本も読み終わってないのに、取り合えず読み込まないと落ち着
かない性格、困ったものです。 我ながら、つくづく『胃拡張』の患者だと思って
います。 URL↓ 「胃拡張患者」から、2001/4/25書き込み分

ところで、今読んでいる例の、中央公論社刊のシリーズもの「世界の歴史」8巻、
『イスラーム世界の興隆』予想通りの内容。 このシリーズはどうやら皆、そのよう
ですね。 著者自身の現代イスラーム社会との接触から入り、常に「いま」を意識
させる構成、とても私の好みです。 平凡な題名に似合わずどれも内容はユニーク。

http://www.greengrape.net/bbs/rbbs_2001_0508.html


サントルソのフレスコ 投稿者:もり  投稿日:07月23日(火)21時42分53秒

アオスタのサントルソのフレスコの画像は ネットではあまりないのでしょうか、
少し探してみたのですが、1つしか見つけられませんでした。(下記URL)

http://www.initaly.com/regions/church/church9.htm

フレスコの写真が載った本を持っていたので、
自分では写真は撮りませんでした。
フレスコがあるのは 外光が入らない暗くて狭い空間ですから、
(管理人の方が ほの暗い明かりはつけてくれますが)
撮ったとしても 私のウデではブレまくっていたと思います。


真理亜様ありがとうございました♪  投稿者:Hiroshi  投稿日:07月23日(火)08時23分57秒

それと書き込みされていた、グラン・シャルトルーズについて、杉崎泰一郎著の
『12世紀の修道院と社会』原書房に興味深い紹介がありましたので、それに
ついて、あちらの掲示板で書き込みしてみました。 

それから私らは「まいどっ!」とは言いませんゼ これ「今日は」という意味ですか?


お返事ありがとうございます 投稿者:真理亜  投稿日:07月22日(月)09時40分13秒

「時々は意見してますが、書き込みはマッチャ久しぶりの真理亜です。」
っていきなり、いい加減(キーボード)打ちの真理亜ですいませんでした。
時々「拝見」していて、「メッチャ」久しぶりなのですよね。  どーでもいいか。

ヒロシさん「まいどっ!」って、関東では言わないと思うけど、そっちでは言いますか?
挨拶の表現として。関西系の男の子が使うのを何回か聞いたので、、。
ユダとニンブスについて、ちょこっとあっちに書いときました。

もりさん、ありがとうございます。
アオスタの有名なフレスコなど良く撮影できましたか?
ネットならどこかで見られるでしょうか?
冬だと暗くて、いよいよ撮りにくいでしょ。

ち〜さな美術史講座準備で忙しい真理亜にどなたか愛の手を!
Grazie!

http://circle.excite.co.jp/club.asp?cid=o0300063 


素朴な疑問 投稿者:Hiroshi  投稿日:07月22日(月)07時38分52秒

いまカッパドキアに関する集英社の写真集を読んでいるのですが、1つ素朴な疑問
が湧いてきました。 アジアをゆく「カッパドキア;トルコ洞窟修道院と地下都市」
2001年第1版 ISBN4-08-199003-4 

この写真集に出ている12使徒のフレスコ画(12世紀頃のものか?)いずれも
 p24-25, p44-45 ユダの像に後光(あの頭の後ろの光輪ですが、何といいましかね?)
が射している。 特にp24-25の「最後の晩餐」の図では確かに古典的表現法でユダだけ
食卓の反対側に座っているのですが、それでもちゃんとユダにも後光が射している。 
この中途半端な表現はユダに対するどのような解釈から来たのか? このフレスコ画
が特別なのか、それともよくある表現様式なのかも知りませんが、不思議に思いました。 
何方か解説して貰えれば有難いです。 なお書くまでもないでしょうが、様式はビザンチン様式です


アオスタ 投稿者:もり  投稿日:07月21日(日)15時22分56秒

真理亜さん お久しぶりです。
アオスタへは行ったことがあります。
サントルソの回廊の柱頭を何枚か撮りました。
が、なにぶん広島県在住ですので、お目に掛けることが出来ませんね。。。

この冬にプロヴァンスとブルゴーニュへ行くことになりました。
サントルソとアルルのサン・トロフィームの回廊の類似性を指摘した文章を
何かの本で読んだので、その辺りも見てこようと思っています。


あ、真理亜様! 投稿者:Hiroshi  投稿日:07月20日(土)10時23分08秒

お久しぶりです!  て、実は何時も「イタリア!」は読んでいるので嘘ですね。
今度の戦う戦士のモザイクもなかなかいいですね! 「足元の三ッ葉の植物は何だろうか?」 
という問いが最初に浮かんだHiroshiでした m(_ _;; m


写真など質問 投稿者:真理亜  投稿日:07月19日(金)22時36分00秒

大変ご無沙汰しています。
時々は意見してますが、書き込みはマッチャ久しぶりの真理亜です。
イタリア中世美術史が論文テーマでした。
この9月に一ヶ月かけて、久々に懐かしいイタリアへ行ってくるのですが、
勿論ルッカの『聖十字架の祭典ルミナーラ』を目指していきます。
が、私の研究はルッカのヴォルトサントから世界に広がったコピーの研究で、
主に北イタリアからフランス街道です。
ルニジャーナと言われる当たり、ジェーノヴァ、ピーサの海岸線、
パールマ、ピアチェンツァ、パヴィーア、(チェルトーザも行きます)の内陸、
ベールガモ周辺地区、アオスタからフランスへ、、、、
で、その辺のお写真を取っていらっしゃる方がいらしゃるのではないかと思って、
お尋ねとお願いしたいのです。
1)私は東京在住ですが、直接見せていただけることはできますか?
2)もしぴったりのお写真があれば、コピー(ポジに)させていただけますか?
3)小さなサークルなどで使わせていただけますか?
などなどです。

突然で恐縮ですが、ココの方たちはみんな建築、特に聖堂などを
撮り慣れていらっしゃる方が多いと思ったので、お聞きしてみる次第です。
失礼でしたら、お許し下さい。

http://circle.excite.co.jp/club.asp?cid=o0300063


アンティオキア千年の歴史 投稿者:Hiroshi  投稿日:07月19日(金)07時52分39秒

2日程筑波にカン詰めになりwebにも接続せず本を読んでました。 たまにはいいですね。 
webをやりだすとその分、読書の時間がなくなりますから。 で、読んだ本の1つが、
G ダウニー著『地中海都市の興亡』アンティオキア千年の歴史;新潮選書。 古代から
中世初期までのアンティオキアの歴史を扱ったものでした。 あそこのモザイクは、
ポンペイのものが庶民的、俗的とすれば。 抽象的、哲学的観念を現わしているものが
あり対照的です。 やはりアンティオキアが単なる商業都市だけにあらず、初期キリスト教
発祥の地であり、ギリシャ・ヘレニズム文化の継承者としての位置を占める違いでしょうか? 

その本の主題とは直接関係ありませんが、1つ関連事項として今回再認識したことは、
古代末期のキリスト教異端(具体的には単性説やアリウス派)は中世末期に現われる
さまざまな異端とはかなり性質の異なるものであったという点でした。 

はい、「異端」の問題は私の最大関心事の1つです。


おかえりなさいませ 投稿者:iida  投稿日:07月19日(金)00時44分24秒

次回は是非パワーポイント化を(笑)
私の方もパワーポイントにムービーはりつけようかと思っています。
堆肥化工場の取材とかの報告ですが(汗)。

職場のメールがウィルスさわぎでここ数日ストップさせています。
私は職場もマックなので関係ないのですが。
メールがこないおかげで自分の実験に集中できます。

通勤電車で読んでいるウンベルト・エコの「中世美学史」はマニアックですが、
思考や感性の表現と言う意味では、すでにギリシア・ローマあたりで
原型がでていてちょっと驚きです。


筑波より今帰りました 投稿者:Hiroshi  投稿日:07月18日(木)20時13分23秒

台風を追いかけ追い越し、筑波まで行ってきました。 いや〜 あそこはアメリカ
みたいな街で足がないと大変ですね。 環境はよさそうですが、あるのはファミレス
ばかり。 ホテルと会議場の往復だけでした。 田舎ですな(ボソッ) 

口演は殆どの人がパソコン使って(パワーポイントてやつですね)昔ながらのスライド
は当セッションでは私だけ(涙) ある人は、ネズミが痙攣起してぶっ倒れるシーン
を繰り返し見せてました。 ハイテクですな! 私の番が来たときに冒頭 『時代遅
れのスライドです』て、冗談飛ばしたのですが、これが全然受けず、鼻から落ち込み
ました(涙) でも、後で質問が沢山あったので、まあ吉としましょう。
 
パソコン持参したのですが、ホテルから何故か接続出来ず。 結局グレ電からメール
だけみて、このHPには接続しませんでした。 携帯メールの方が何かと便利。 
もっとも今回はパソ持参でしたので、携帯に転送せずにAOLに転送していたので結局
グレ電からメールみる羽目に(涙)


台風・雨の影響は皆様如何? 投稿者:Hiroshi  投稿日:07月11日(木)08時31分29秒

福岡は今回はたいしたことありません。

ここんところ日本の近世に凝ってまして、しばらく西欧中世もご無沙汰してました。
で、ちょっとロマネスクから離れますが、最近の感想めいたことを1つ。

ここ暫く、板坂輝子著の『江戸の旅を読む』と『近世紀行文集成』を読んでました。 
前者は読みやすい本ですが、後者は専門書で、古文を読まねばなりません。 しかし
いつも西欧中世の本は専門的な本を読む時でも日本語でしか読むことが出来ないのに
対しこれは実物!(といっても活字になったもので、手書きの写本ではない)
満足度が全然違いました。 それでも古文は高校以来初めて、大変苦労してます。 
で、感想ですが、

江戸時代の知識人の姿勢って、恐ろしく科学的で、迷信なんか全然信じてないて感じ
がしました。 本当に近代人! さまざまな言い伝えがある由緒ある事物についても、

『いふにもたらぬゑせもの(偽物)なれば、・・・』 とか、
『うけ(肯)がたきこと(ど)もなれば、みなもら(漏)しつ。』 とか、

江戸時代の国学者てのは戦前の国家主義に利用されたとか聞かされていたので、
ちょっと悪い印象をもっていましたが、見直しました。 


それから、9ヵ月通ったサルサのクラス、ようやく入門クラスから初級クラスに
昇級しました♪ 通っているとこは此処です↓

http://www3.coara.or.jp/~tiempo/


皆様よく御存じで... 投稿者:御水乃 未知  投稿日:07月10日(水)19時41分16秒

遅まきながら過去ログを拝見いたしました。
皆様よく御存じなんですね。おはずかし...
よく見ておくべきでございました。

修道院長様は、昔からのらりくらりと
 仲介役をやっていたようでございます
両国の趨勢を見ながら、寺領の維持のためにも、
「お互い喧嘩は止めましょう」と。
百年戦争当時は、修道院長様は島の外に優雅にお住まいで、
彼のいうこともきかず、島の中にいた修道僧や騎士達が勝手に
フランス側についたようでございます。
やはり、どろどろしていたのでございますね...
プランタジネット家は、中世のよとはいえ、それ以前から
遺産相続をめぐっての骨肉の争い、お家騒動がたえない御家族らしく、
日頃から愛想をつかされていたのかもしれません(と私の想像)

修道院が決定的に衰退に向かったのは、他の修道院と同じく
大革命の時なんでございますね。

もっとよく勉強しなければいけませぬ。


何とかなりそうです、多分? 投稿者:Hiroshi  投稿日:07月08日(月)14時11分20秒

今ようやくBから返事が来て、何とか旨く旨く持っていけばacceptされそうです。 

今回も1人のレフリーは文句なしでOK。 で、もう一人は 
Although this idea is centainly novel, - - - とあるのですが、あといろいろ文句が1ページ!
にわたって書いてありました(冷汗) 何とか大きな実験なしで済ませたいところ。 
さてまた忙しくなりました!


よろしく御教示下さいませ 投稿者:御水乃 未知  投稿日:07月06日(土)14時00分29秒

また、モン.サン.ミッシエル修道院の話題で申し訳ありません。
これしか見たことがないものですから。
いろいろなHPをみて、その歴史を考えておりますと、
どうも疑問が出てまいりました。
最初の伝説、大天使ミカエルが3度出現したので、709年、
司教が建設を決意した、ほんの小さな礼拝堂で今も残っている、
その司教の頭蓋骨が今も保存されている、といった話しは沢山出てまいります。
ところで、巡礼者の宿泊施設として機能を果たしていましたが、
ノルマンデイ公、リチャード1世が、
966年に教会参事会員をベネデイクト派の修道僧に入れ替えた。
元来ベネデイクト派は建築好きで、次々と造築し、
食堂や巡礼者の宿泊所、大寝室を建造していった、
という話しが出てまいりました。
また、ノルマンデイ公ギョームの時代に、
彼のイングランドへの出兵に際しては
4艘の船をかしてくれたお礼としてヘーステイングの戦いの後、
イングランドにも数カ所の領地、小修道院をあたえられたおかげで、
潤沢な資金を得た、という記述がございました。
このように、プランタジネット家とのつながりが極めて強い
政治勢力の一つであったわけなのですが、何度かの建築物の
大きな破損事故があり、
このときはフィリップ.オーギュストの資金援助を受け、
屋上の回廊、それを支えるための土台の大規模な補修など、大きな土木工事をしているようです。
14世紀の百年戦争の時代は、どうも完全にフランス側について
数々の血みどろの激戦の後、イギリス軍を撃退した、とありますが、
当然、イングランドにあった荘園は剥奪されたようです。
この間の、政治的、軍事的動きがどうもあっさりとしすぎていて、
私には、M.S.M側の、きっと腹黒いであろう修道僧達の動きがよく理解できません。
どなたか、この内幕を御存じの方、御教示下さいませんでしょうか。

また、ルネッサンス期以降、急速に、修道院は、政治的、経済的にに落ちぶれていったようですが、
この辺の事情になると、さらに記述が乏しく、全く私にはわかりません。
御存じの方、御教示いただけると有り難いのですが。


ルーヴルのコンク展 投稿者:もり  投稿日:07月02日(火)22時43分53秒

この1月に ルーヴルで聖遺物箱などの コンクの特別展を見ました。
1,2点ずつ透明のケースに収められていて、
色々な角度から見やすくて良かったです。
でもやはり、コンクで見たかった気はしました。

先日エミール・マールの『ロマネスクの図像学(上・下)』を読み終えました。
ロマネスクについて 今まで頭の中がごちゃごちゃになっていたのが、
これを読んで少しはすっきりしたような気がしました。
巻末に教会ごとの索引もついていて、教会ごとにたどって読むことも出来、
便利だな、と思いました。


ルーブルでのサント・フォア 投稿者:iida  投稿日:07月02日(火)09時08分04秒

Moriさんはいったんでしたよね?
ルーブルにきたコンク。

ルーブルのwebsiteにあるサントフォアさん、大きな画像で実際に見れない人にはうれしいかも。
私も10+α年前にみたんだけどはっきり覚えてないなあ。

http://www.louvre.or.jp/louvre/japonais/expos/conques.htm


モンサンミッシェル 投稿者:iida  投稿日:06月26日(水)21時54分09秒

については昔さらっとまとめました。
もしまだお読みでなければどうぞ。

この建築物はクレージーといえます。
ぜったい。
くわしくはそのうちまとめます。

http://www.greengrape.net/2000_romanesque/preview05_ms_michel.html


おもったこと 投稿者:御水乃 未知  投稿日:06月26日(水)14時31分47秒

 ロマネスクとゴシックとの差異、
という思わぬような大問題について
無学な私にもわかるように御教示下さいまして
有難うございます。
モン.サン.ミッシエル、あれもお教えいただきましたように
ロマネスク、ゴシックが入り交じった建築なんでございましょうか。
しかも、修道院としての宗教建築であると共に、
城塞としての軍事的建造物の性格を持たざるを得なかった、
そのような歴史的運命が
あの奇妙な魅力をもたらしたのでございましょうか。
建築というものには、様々な時代の様式を、見る者の目には
共時的に訴えかけてくるところに、他の芸術にはない
一つの面白さがあるのかもしれませんね。
ゴシックの美術思想上の位置付けについての御指摘、
大変興味深い卓見、とおもいました。


息を潜めていました(笑) 投稿者:Hiroshi  投稿日:06月25日(火)08時08分36秒

>だれかかいてくれんかな〜と思っていたのですが

実は、私もそう思いながら、息を潜めていました(笑) 書いても教科書の丸写し的
なことしか書けないし〜 

で私が思うのは、やはり人間が表に出てきたのがゴシックではないかとおもうのです
よね。 『ゴシックはルネッサンスに対立するのもではなく、準備するものだった』 
というのが私の理解です。


唐草模様 他 投稿者:iida  投稿日:06月25日(火)00時04分49秒

こんばんは。

シャルトルのものは見てみないとわかりませんが、
唐草はイスラムなどの当方由来のものも
多いようです。
組み紐はケルト独特のようです。
もちろんそれらが入り交じっていくので各論で
みていくのが面白いと思います。

ケルトといってもヨーロッパ中心部にいたケルトをさしていたり
そのころのたくさんあった部族をひとまとめにいっているだけなので
注意が必要なようです。

ロマネスクという表現は、特に最近思うのですが、
ローマスタイルが技術のせいで落ちぶれて地方色がでたのではなく、
各地の部族のスタイルにローマ風のスタイルが急速に
かぶさってきたものととらえた方が面白そうですね。
とはいえヨーロッパはローマの後継者たらんとしていたころの
近代のネーミングでは「ロマネスク」となってしまうのでしょうが。

ロマネスクとゴシックの違いは、書くのが大変でしょうから
だれかかいてくれんかな〜と思っていたのですが、
宗教:地方と巡礼路のロマネスクに対し、都市部の信仰、
建築:技術が発達途上のロマネスクと最大限に力の分散を計算できたゴシック
彫刻:人体表現がまるでマンガのロマネスクと均整のとれた表現
といったところでしょうか。

しかしあくまでもステレオタイプで、シャルトルはそれらがまじっているから
面白いわけですし、このHPに材料はそろえてありますのであとはご自分で
考えてみて表現して下さい。

2尾の人魚
ウンベルト・エコ「中世美学史」(而立書房)pp66に中世は対称性の原理を「本能的基準」
としたために柱頭のキリスト、ワシ、セイレーン(人魚)
が2人とか2頭とかにされたとか。Reau 1951と参考文献もあがっています。

では、なぜ対称性の原理がそこまで尊重されたのか?
という疑問になりますね。そこまでは残念ながら書いてません。
が、この本は刺激的です。


ゴシックとロマネスクの違いについて 投稿者:くさの  投稿日:06月21日(金)20時57分27秒

12世紀中世の見直しのなかで、ロマネスクとゴシックが出てきます。この二つの違いと、それ以前の芸術の違いを端的に知りたいのですが。

http://homepage3.nifty.com/demosu/index.html


唐草模様 投稿者:御水乃 未知  投稿日:06月21日(金)18時03分13秒

 もり様、おはつでございます。
おはつついでに、幼稚な質問をお許し下さいね、
と厚かましく、いっちゃいますが
唐草模様や組み紐模様は、
シャルトルのお玄関には、所狭しとございました。
これは、ケルト族の文化の名残りである、と、
ものの本で読みましたが、やはりそうなのでございましょうか。
 薔薇窓の模様や、床の迷路模様もそうなんだよ、
とききましたが、ケルト文化の影響とロマネスクというのは
きってもきれない、みたいなもんでしょうか。
 
 わたし、2年前の旅行では、
これぞ定番、モン.サン.ミッシエルいってまいりました。
バスで片道4時間、きつかった。でも、いったかいございました。
それはそれは、すんばらしい建築でございましたが、
釈迦に説法でございますのでやめておきます。


コプト その他 投稿者:もり  投稿日:06月20日(木)19時53分21秒

ルーヴルのコプトのページ、拝見しました。
下から2番目の画像の右上端に写っているのと同じような柱頭を
スペインのサント・ドミンゴ・デ・シロス修道院の回廊でだったか、見ました。
バスケット紋様とでも言うのでしょうか。懐かしく思いました。
他の唐草紋様なども興味深く拝見しました。

6月3日の私の書き込みについてですが、
私は饗庭氏の本の あの下りを(二股の人魚は)「性的な表現」というより
「生命の繁茂の象徴」である(とも言える)と受け止めていました。
上手く表現できませんが、ニュアンスが伝わりますでしょうか?
私の受け止め方がズレているのかもしれませんが。

御水乃さま、はじめまして。
私は行ったことがないのですが、ロアールも素敵ですよね。
大体毎週テレビ朝日系列のクイズ番組「アタック25」を見ているのですが(暗い?)
賞品のなかに「パリ・ロアールの古城とモン・ミッシェルの旅」とかいうのがありまして、
毎週モン・サン・ミッシェルとサン・マロの映像が流れるので、
毎週!モン・サン・ミッシェルへ行きたくなって困っています。


また遺伝子スパイ事件! 投稿者:Hiroshi  投稿日:06月20日(木)17時51分25秒

アルツハイマー関連遺伝子に続いて、今度は移植関連遺伝子ですか。 URL↓
20年前の日立の半導体スパイ事件を思い出しますね。 

学問・研究には公開性が必須だと思う私としては、最近のMoney Orientedの
風潮には何とも割り切れないものがあるが、それならそれで、こちらも腹を
括るしかないと思う。
http://www.asahi.com/national/update/0620/005.html

http://www.yomiuri.co.jp/00/20020620i104.htm


めるし〜 投稿者:御水乃 未知  投稿日:06月20日(木)12時41分50秒

 初回の御挨拶では失礼申し上げました。
あたたかなRES有難うございます。
私の、ロマネスク建築との出合いといっても美術図鑑でみただけで、
まだ実物をしっかりと目にしたことはございません。
2年前に、生まれ初めての海外旅行でフランスにいった時に、
見に行きたかったのですが、果たせずに残念でございました。
それでも、シャルトルの大聖堂を、早朝のまだ殆どひとのいない時間に
見学できたことで、大きな感銘を受けました。
ゴシックの建築なのでございましょうが、その豊穣な様式美と、
聖的な至高性と、磨きこまれた聖具が持つ怪しげな猥褻性が
同居しているような、バタイユ的な倒錯性を感じました。
 ロアールの、シャンポール城にバスで連れていかれる途中で、
通り過ぎた小さなむらの中にあった、ふるい教会をみたときは、
思わずバスをおりて見に行きたくなりましたが、窓から指をくわえて
みているだけで残念でございました。
なかなか、フランスにはいけませんが、今度いけた時には、
パリ近郊で、なんとか自分一人でもいけるような、無名の教会の一つでも
時間をかけてみてきたいな、そのような村と教会の歴史を知りたいな、
と思っております。