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今日の朝刊にフランスの外相が、ブッシュ大統領の『悪の枢軸』発言を批判していたけど、 日本にきちんとアメリカに苦言を呈することの出来る政府首脳が欲しいですね。 私は アメリカ大好き人間ですけど、しばしば傲慢で独善的なところにはうんざりすることがあります。 それにしても、彼のレベルは歴代の大統領に比べても、かなり低いですね。 おっと! 過激発言でした。 m(_ _;; m
恩師から論文が帰ってきたので目下書き直し中、あと英語の添削受けて、共同研究者 にみせて今月中には投稿にします(断言!) 今度は最初からB狙いです >Iidaさん 気分転換に「世界の歴史」シリーズの『地中海とルネッサンス』;樺山紘一著、を パラパラと読みはじめたところ。 最初はフィレンツエ。 「イタリアは外せないな」と思い、地中海に出てみた途端、東奔西走でイタリアには 落ち着かず、挙句の果てに中央アジアまで走り廻ったのでここらで、腰を落ち着け。 イタリアの中世末期から近世を勉強してみたいですね ♪ 尤も浮気性なので、また何処かに飛び出てしまうかもしれませんが、、、 /(_ _;;
もりさんからもりさんの昨日の記述の写真補足3枚いただきました。 いつもありがとうございます。 http://www.greengrape.net/mori/spoleto/spoleto_16.jpg http://www.greengrape.net/mori/spoleto/spoleto_17.jpg http://www.greengrape.net/mori/spoleto/spoleto_18.jpg にとりいそぎput fileしました。 後日HTMLで関連ページにはりつけます。 あと、そろそろ、過去ログまとめないといけないですね(汗)
ばたばたしていて、書き込むタイミングを逃していましたが、 スポレートのサンテウフェーミアの補足です。 内部の柱頭には、彫刻があります。 シンプルなアカンサス紋様のなど。 聖書の場面を描いたようなものはありませんでしたが。 あと、柱身に 縦に溝が入っているのもありました。 1階の角柱には、柱身全体に同じ紋様が繰り返されたものもありました。 いずれも 画像12では全く分かりませんが。 説明不足で申し訳ないです。
>それでポスターで2ユーロ寄付を呼び掛けているのだとか 1カ月ほど前に、そのポスター、見ました。 パリのノートルダムでだったと思います。 写真は撮りませんでしたが。 でも2ユーロとは 高いのでは と思ってしまった私は不心得者でしょうか?? フランが手元に 大量に残っていたので 1月1日を過ぎてもフランで払っていたのですが、 おつりもフランで返ってくることが多くて、 ユーロにはほとんどお目にかかりませんでした。 向こうの方もフラン→ユーロに換算するのが面倒だし、 レジにユーロの用意がそれほどない所も多いからのようでした。 換算やユーロのコインを見分けるのに時間がかかるので 教会や美術館の入場券売場や売店などでも、 列が出来てしまい、結構待たされることが多かったです。
は是非見てみたい映画なのですが、私は涙もろいので 映画館で宣伝見ただけで、こりゃ映画館ではみれんわ、と思いました。 いずれビデオになって自宅でみようと思います。 最近見た映画は 「オテサーネク」ヤンシュワンクマイエル 「アメリ」 「ハリー・ポッター」 です。 良かった順もこのとおりです。 ところで今日新聞みてたらフランス教会の日曜ミサの寄付金 10フラン硬貨をみながいれていたのが、 1ユーロになると6.5フランだとかで収益減になるのが心配だそう。 それでポスターで2ユーロ寄付を呼び掛けているのだとか。 是非そのポスターをいれて教会を撮影したいなどといったらおこられるか。 >いつ何が起きるかわからないのが人生ですが、どんな悲しみにあっても再生していくことができる・・・ >主人公はもはや宗教にも救いは求めません。この点でも共感をおぼえました。 そうですね、フィリップ・アリエスの「死の文化史」でも 画像とともにその観点がとりあげられていたのを思い出します。
アンコーナが舞台というので見てきました。 冒頭の場面(主人公がジョギングしている)の港の丘にチリアコ聖堂がちらっと見えました。 それと主人公の妻が勤める出版社?の壁に 我が愛するカルロ・クリヴェッリの「聖母子」(アンコーナ市立美術館所蔵)ポスターですがでてました。 映画は精神科医とその家族の物語なのですが、いろいろ考えさせられる内容でした。 突然、事故で息子を亡くした主人公、妻、娘の心の動きを丁寧に描いています。 また患者のひとりが癌の宣告をうけてから、病んだ精神が立ち直っていくのも印象に残りました。 いつ何が起きるかわからないのが人生ですが、どんな悲しみにあっても再生していくことができる・・・ 主人公はもはや宗教にも救いは求めません。この点でも共感をおぼえました。
皆様、どうもお祝いの言葉ありがとうございました。 母子共ども元気でいます。 私はあまり世話していません(汗) そ、そのうち覚えます。 親バカ日記はこちら↓ http://www.greengrape.net/2002/02_01.shtml#0202 さて、表題にあるようにもりさんのページ更新しましたので 是非チェック下さいね。 不具合ありましたら連絡下さい>もりさん
今年4月に独立法人化した全国15ヵ所、研究者2500人に及ぶ産業技術総合 研究所(旧通産省工業技術院)は、はっきりとした数値目標を掲げましたね。 1)年間特許出願件数1000以上 2)論文5000報以上 3)上位1000報のインパクトファクター総数2500以上 (経済産業ジャーナル5月号、No361、2001年より) とっ〜ても判りやすいですね! 誤魔化しが効かない(涙) 我々の番は再来年。 先ほど論文を完成して、添付書類にて送付。 今、先生方に見て貰っているところです。 投稿は出来れば来月中にはしたいですね。 目下小休止中。 フ〜ッ
昨夜のサルサ・パーティーの写真がTIのHPに出てました。 最後の写真に私も登場。 アフロヘアーの女性とのステップでした /(^o^;; でもはっきり映てなくてよかった〜
ではモアサックが出てましたね。 その他の知らない聖堂もいろいろ出てきてましたが、 残念ながら対象はフランスの巡礼路だけ。 スペイン国内のは最後のサンチアゴ・デ・ コンポステーラ以外はなし。 ちょっと、、いやすごく残念でした。 世界遺産の 登録は国が申請する、ということと関係あるのでしょうか。 でも、ピレネー越えの 後の山路も見たかったですね! まさにそこにあの巡礼路の意義があるような気も するのですが、、、 <ヨーロッパの思想文化> 教文社;金子晴勇著。 暫くイスラーム社会にはまっていて、すっかりロマネスクは ご無沙汰でしたが、久しぶりに関係書籍を徘徊。 古代末期(キリスト教受容以後) から現代までを、文芸や建築などにも枠を広げ、簡潔に纏められた思想史でした。 教科書として非常によく書かれたものだと思います。でも、ちょっと物足らないか? ルネッサンス近辺で興味が薄れて途中挫折しちゃいました。 でも本当に教科書と してはよい本だと思いますよ。 m(_ _;; m <昨夜はサルサの夜> URL ↓ 最初はレッスンで習ったステップを思い出しての「コワゴワ」発進でしたが、 後は適当にリズムに合わせての口でした。 出来不出来は別にして大変愉しめました。 ちょっとだけですが、女性を舞わせる(ターン)ようになりました。 (^o^)/ 男性が主導権をとっていかなければならないので、もう責任重大。
フィレンツェのサンミニアート・アルモンテに似た色大理石のファサードを持つ教会を発見しました。フィレンツェから近いですし鉄道駅もあり訪れやすそうです。 http://web.genie.it/utenti/e/enigmagalgano/Galleria/galleria4/empoli.html 英語版もありました。 http://www.comune.empoli.fi.it/notizie%20home%20page/turismo/vederei.html
iidaさん おめでとうございます。 お子さまの日々の成長ぶりが楽しみですね (^^) 昨日は便乗?して 自分と父のことを久しぶりに思い起こして、 感慨にふけりました。 S.Micheleですが、 画像11・13の渦巻き紋様の部分は、色石がはめ込んであるモザイク装飾です。 こういった渦巻き紋様を ローマ(サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラノの回廊やサン・クレメンテ等々)で 実によく目にしたし、 パリのルーヴル美術館の中近東の展示室でも見掛け、 起源や伝播の流れが気になりました。 蛇足ですが、ミラノのヒルトンホテルのバスルームや 凱旋門(パリ)のアーチの内側等でも見掛けたので、 思わず写真を撮ってしまいました(笑)。 >壁の内側部分とかには紫色が残っているような感じもします。 −とはどの部分をさすのかよく分かりませんが、 上記の渦巻き紋様の内側の層には、淡いバラ色の大理石が使われています。 彩色は されていたのかどうか分かりませんが、 地味ですかね?? タンパン部分は木製です。扉の部分も含め、後世のものだと思います。 扉のわきの彫刻の 衣の襞や羽の線や構図には、 ロマネスクならではの美を感じます。 それに手や足が大きいのが印象的でした。 眼に穴が開いているのも、強い印象を与えますね。 少し話が飛びますが、ポワティエの観光地図で、 極彩色に彩られたノートルダムの模型のようなものも印刷してあるのを 入手したのですが、 黄色・赤・緑・青の原色が、隙間なく塗られています。 当時本当にこのように彩色されていたのかどうか 分かりませんが、 今とはかなり違う印象です。
iidaさま、このごろご無沙汰と思っていましたら・・・それどころじゃなかったのですね。(^^) 「かさねちゃま」って呼びたくなる感じの古風なお名前ですが、素敵ですね。女の子は育てやすくて、おしゃまで可愛いですよ。 (我が家もふたり育てました) 私も一月生まれ、明後日が50代最後の誕生日、来年は赤いものを着ます。(^^;) ホントに月日の経つのは早いです。 子育て楽しんで下さいね!今想えばあの時期は大変だったけれど、 一番幸せな日々だったと・・・懐かしい。 もりさま、bevagnaの写真素晴らしいですぅ〜。拡大したほうが鮮明なので 入り口両脇の彫刻、天使?の表情も良く見えました。 これが目的でbevagnaまで行かれたもりさんのお気持ち、伝わってきました。 Hiroshiさま、アルザスのマルムティエ旧修道院のこと、はじめて知りました。調べていただいて感謝しています。 ストラスブールの大聖堂も赤い砂岩で、あの色は目に焼き付いています。 あのあたりはコールマールの祭壇画が目的で数年前に訪れたのですが、 また行きたくなりました。(^^;)
「今日の話題」のエコーの記録とか、まとめて新たにページ作ると 記念になるかもしれませんよ。
おはようございます。 個人的なことですが、ご報告。 第一子が誕生しました1/23。 女の子で名は「かさね」としました。 名は「奥の細道」に出てくる名で家人がえらんできました。 というわけでしばらくサイト更新とどこおると思いますが よろしくおねがいします。
の白地のファサードはどうみても地味すぎますね。 多分当時は極彩色に飾れて いたのではないでしょうか? 例えば入口の左右の(画像11.13)渦巻き門様中央 とかにはまだ色が残っていますし、壁の内側部分とかには紫色が残っているよう な感じもします。 とても地のままということはないでしょうから、これにコン ピューターグラフィックスで色をつけて当時を再現して貰いたいような(笑) それから中央入口(画像10)のタンパン部分、木製のような感じですが、どうなん でしょう?
12世紀中頃に造られた、このファサードは当時のもので、赤色と白色の組み合わせ が美しく堂々とした造りでした。 ただし、石材は砂岩で、大理石ではありません でした。m(_ _)m これはアルザスという土地柄を考えれば当然でしょうね。 なおこの図鑑は学研の「大系世界の美術」11;ロマネスク美術;編集者はあの 柳 宗玄先生です。 手元に置きたい1冊ですが、とても高そう。 先日から気になっていたので、昼休み都市高速飛ばして調べに行きました。/(^o^;; 中央市民図書館は超一級の図書館ですが、余に遠いのが困りもの、、
YUYUさん フィレンツェのサンティ・アポストリの件、 さっそくにありがとうございました。 サン・ミニアート・アル・モンテを訪れた時、 私も戸惑いました。 確かにロマネスクなのですが、それまで見てきたのとあまりにも違っていて。 同じ理由で、ピサのドゥオモでも戸惑いました。 事前に写真で見る機会も多かったのですが、実際に見て 改めて驚きました。 それにしてもラヴェンナの夏の音楽祭で2泊とは優雅ですね(ため息)。。。
途中で切れてしまいました。 因みに当時陸上輸送の主力であったラクダの運搬能力はトルコマンのラクダと呼ば れる「ヒトコブ半ラクダ」で、1頭につき200〜250キロの荷物を運ぶことが 出来たそうです。 それが最大級のキャラバンだと3000頭もつるんでいたらしい。 と、云うことは単純計算では600〜750トンを運搬出来る帆船1隻分に相当します。 、、、とはいえやはり海運力にはかないませんね。p155
先日から『タリバン』に引き続き、イスラム関連の書籍に転んでます。 中央公論社の『世界の歴史15;成熟のイスラム社会』 内容はコンスタンチ ノープル陥落以後で時代は下ります。 これは以前、この掲示板で話題にした 佐藤彰一、池上俊一両先生の『西ヨーロッパ世界の形成』と同シリーズ。 あの本も、両先生の個性がよく出ていたというか、、、 『修道院と農民』や 『ロマネスク世界論』が端々に見える本でしたが(汗) この本も著者の個性 がよく出ている本です。 教科書的ではありません。 著者の考えを全面に出し て自由に書いた、という感じです。 おそらくそれは編集の方針だったのでしょう。 ちなみに編者の一人は『ゴシック世界の思想像』の樺山紘一先生でした。 例えば その雰囲気はこんな記述にも現れます。 『そこで、われらもここらで一服して、しばらくは、コーヒー談義をすることにしよう』p135 <オスマン帝国> オスマン帝国はバルカン半島をどんどん征服したり、ウイーン包囲などもあって、 ヨーロッパ側からみれば「悪魔の帝国」と云った存在に捉えられていますが、 実際にはかなりプラグマティックな側面をもっていたようで、『収入さえ確保されれば、 つきあう相手を選ばない』だったそうです。 事実「オスマンの平和」の下でヴェネ チアやジェノヴァの地中海取り引き量はかえって増加したとのこと。p142 、、、ただそうは言うものの、コンスタンチノープル陥落が1453年で、新大陸の 発見が1492年だということは無縁ではないと私は思います(断言)。 この帝国は ヨーロッパ社会にとって東方への野望を断念する存在であったと思います。 また 歴史の皮肉、それが新大陸の発見、植民地化により西欧の繁栄への道筋を開き、 かって遥かに先進社会であったイスラム世界が後塵を拝することになるわけです。 またこんな記述は最近のアフガン情勢とも重なり複雑な思いになりました。 『オスマン帝国にいたるまでにトルコ人は、既に絵画の長い歴史をもっていた。 ・・・いわいるヘラート派(15〜16世紀にかけての現アフガニスタンのヘラート を中心に発達し、繊細な画風で知られる)を通じて西アジアへも流れ込んだ。 そうした絵にみられる「美の理想型」である「頬が丸々としてアーモンド形の 細い目をした人物像」はオスマン絵画の中にも見い出すことができる。』p177-8 この画風は確かによく見ますね。 シルクロードの中心都市、ヘラートに残された これらの絵画もイスラム原理主義により全て破壊されたのでしょうか? 著者は、 この豊かな地方が、その後荒廃していったのは19世紀の植民地化と、第一次世界 大戦後の中東諸国体制の成立によるトルコ、シリア、イラン、イラクといった国境線 が引かれ人物の自由な移動を制限したことによると考えています。 p156-7 因みに当時陸上輸送の主力であったラクダの運搬能力はトルコマンのラクダと呼ば れる「ヒトコブ半ラクダ
St. Andrew;美しいモザイクデザインのファサードをもつ、サンタンドレーア聖堂 でした。URL↓ 私が図鑑でみたのは正面からのもので、長く急な階段の先にある、 赤と白の石材の組み合わせが見事な教会でした。 真理亜様によれば19世紀に一度崩壊し、その後再建されたものとのこと。 知識 の浅いのがすぐばれてしまいますね /(_ _;; でも多分、あのアラブ・ノルマン的 なファサードですから13世紀初頭のデザインがそのままかもしれません。 シュトラーウスブルグの北の方にある、赤と白の石材の組み合わせが見事なファサ ードのロマネスク教会も果たして当時のものか、ちょっと心配になってきました。 図鑑は図書館にあるので確認せねばなりませんが、明日からセンター入試の監督です ので、いずれ近いうちに、ということで(汗) それにしてもほんとにネットとは便利なものですね!
>ファサードを色大理石であのように美しく飾ってあるロマネスク建築、 >他にもあるのでしょうか? イタリア・アマルフィーのロマネスク教会、あれもまさに贅を凝らした感じで、 色違いの色大理石(多分)を組み合わせてファサードを美しく飾ってあったと 記憶しています。 それからこれも今ちょっと名前が思い出せないのですが、 仏独国境の町、シュトラウスブルグの北の方にある、赤と白の石材(これは大理石 ではないかも?)を交互に組み合わせ、ファサードを美しく飾ってあるロマネスク 教会も記憶に残っています。 その他、ファサード全体がすき間無く装飾で覆われたポアティエのノートルダム・ グランド・ラ・グランド教会とか、当時は彩色豊かに飾られてあったのではない でしょうか? 、、、といってもいずれも実際に観たわけでなく、あくまで図鑑で観ただけ(泣) YUYUさんのようにあちこち実経験があるのが本当に羨ましい!
もりさま、サンティ・アポストリ教会はホントに小さい教会でした。 扉は開いていて入ってみましたが、蝋燭の灯りがようやく見えるだけの暗さでしたので・・・はっきりしたことはわかりませんでした。 今思えば目が慣れるまで居たら良かったのですが。(^^;) それで写真も撮りませんでした。 教会前の広場も狭く、外観だけはようやく写してきました。 他は堂々たる、しかも第一級のフレスコ画で飾られた教会が目白押しの、見物客でいっぱいのフィレンツェですが、 ここの一画は忘れ去られたように静かでした。 サンミニアート・アル・モンテ教会は、今まで見てきた素朴なロマネスク教会とは違ってちょっと戸惑いました。 ファサードを色大理石であのように美しく飾ってあるロマネスク建築、 他にもあるのでしょうか? もりさんのおっしゃるとおり内部の後陣のほう、下がクリプタになっているにしてもずいぶん高かったですね。 内部の装飾もデッラ・ロッピアのテラコッタ、ガッティのフレスコ画など、 これでもかといわんばかりに飾り立てられていて・・・ もとはフレンツェ独自な様式とはいえロマネスクには違いないのですが。 ホントに両極端なフィレンツェの二つの教会でした。 ポンポーザのサンタ・マリア教会、スライドでは確かアドレア海に面して建てられていたと思います。 煉瓦作りの鐘塔、東方的な孔雀のモザイクの装飾板?を外壁にはめ込んでいて魅了されました。 ラヴェンナから近いといっても50KMはあるのでしょうか? 1999年ラヴェンナの夏の音楽祭で2泊したことがありました。 ポンポーザのこと知っていたら、きっと行ってたでしょう。残念です。
YUYUさん 私はポンポーザへ 行ったことはありません。 写真で見て 見惚れているだけです。 フィレンツェのサンティ・アポストリ教会は ファサードの写真を見たことがありますが、 内部はどのような感じなのでしょうか?? 教えていただけますと、うれしいです。 サン・ミニアート・アルモンテ教会へは一昨年に行きましたが、 祭壇部分の床が、かなり高いのに驚きました。 BevagnaのS.Sylvesterの堂内でも同じことを思いました。(↓下記URL) あと、ヴェローナのサン・ゼノでも。 もちろん、装飾の感じなどは全く違いますが。 遅ればせながら iidaさん、いつも更新ありがとうございます。 なんだか お忙しそうなのに、申し訳ないですね。。。
以前ここで話題にして、URL ↓ 出典が判らなかったものについてですが、 『イスラム辞典』に出ていましたので、要約して書き込んでおきます(汗) 2001/3/6の書き込み、『すべての原理主義』 <人頭税=ジズヤとマスク> 人頭税はコーラン(9章29節)に根拠をもち、ムハンマドがユダヤ教徒と キリスト教徒から徴収したもの。 当時は地租と人頭税は併せて村落単位 で一括徴収されていたので,両者を区別する必要がなかった。 一方、コーランやスンナに根拠がなく、イスラム法では租税と認められない税を マクスという。 例として、贈物、帳簿手数料、両替手数料、送達吏報酬、貨幣 鋳造者報酬、水車使用料、婚姻税等。 イスラム法学者は、これらの雑税をコー ランやスンナに根拠がないので厳しく非難した。
それでもって職場には暖房が入っているので! (_ _# 今、Tシャツ1枚です。 いざ書き出してみるといろいろ穴が見えてきます。 早速追加実験を早速しなければ ならぬ羽目に(汗)。 日本人は、、、と云うか『私は』ですね、 m(_ _;; m いつも論理で詰めていく習慣がないことがよく判ります。 当然と思っていることも 実は証拠が無かったりして、、、 スコラ学者のしつこさを見習わなければ(冷汗) 同じことを毎回繰り返しているようで、学習が足りん! このところ暇をみてはイスラーム関係の書籍を徘徊中。 あの湾岸戦争以来ですね。 一神教の世界は、やはり基本に原理主義がありますね。 特にイスラム世界では 『聖と俗』の分離が不完全なので、聖的なものを究めようとすると、どうしても俗の 世界まで原理主義が吹き荒れてくるような気がします。 、、、そこが仏教との違い だと云ったら反論が沢山くるかな? でもオスマントルコの例は参考になるかも?
久しぶりの書き込みであがっていたらしいです。(^^;) 消せたら消していただきたいのですが・・・ iidaさま、今回の写真ですが、カメラを忘れてでかけたり、邪魔なおばさん(私のこと)が入っていたりで、ご覧いただけるようなものがなく残念です。 絵葉書はありますが、スキャナーが相変わらず壊れっぱなしなのでごめんなさい。m(--)m 先日はマルケ地方のだけ報告しましたが、同じ旅で訪れたフィレンツェの丘にあるサン・ミニアート・アルモンテ教会、 サンティ・アポストリ教会、アレッツォのサンタ・マリア・デッラ・ピエーヴェ教会もそういえばロマネスク様式でした。(^^;) メトロポリタン歌劇場、まだまだレヴァイン体制が続きそうですよ。 ベルクの『ルル』も見ますが、初めてなので予習CDを探しています。 確かiidaさまお好きでしたよね、ベルク・・・ベルクといえばシェーンベルクの『月に憑かれたピエロ』、12月札幌で内田光子のPで聴きました。 歌うように語る女優の声、弦楽器とピアノの緊迫感のある演奏でした。 Hirosiさま、 >藤女子大と云えば杉崎泰一郎先生が居られる と思いますが? 『12世紀の修道院と社会』他 何冊かを読んだ記憶があります。 <藤の卒業生ではないのでわからないのですが、そういう本も書かれた先生が身近にいられることも知らなくて・・・灯台もと暗しですね。(--;) 以前の投稿は確かにバーミヤンの大仏破壊の直後でした。 あの時はこれではすまない恐ろしいことが起きそうな予感があってメッセージしました。 実際は私などの想像をはるかに超える凶暴なテロをひきおこしたのですが。 次の投稿の方に西欧の価値観で批判するのはうんぬん〜と言われたのもこちらから遠ざかる一因になっていました。 過激に反応する恐れ有りでしたので・・・(--;) もりさま、ロマネスクの本や画集、イタリアやフランスでは地方毎のもあって豊富ですね。 重いのをつい買ってしまい、そのまま郵便局へ直行したこともあります。 モアサックへは1998年ツアーで訪れました。 絵葉書を買うだけであまり時間の余裕なかったのですが、そういえば私もガラスケース覗いただけ、全然見せてくれるそぶりなしでした。(^^;) ポンポーザ、行かれたことありますか? 真理亜さま、モアサックの磔刑像ですか・・・全然憶えてないのでお話できず残念です。ル・ピュイのデギレのは絵葉書もあって良く憶えてます。 結構装飾的な長衣を着た大きな目のキリスト、小品ですが印象的でした。 こちらとは全然似てないのですか? 近々パヴィーアに行く友人がいます。絵葉書おねだりしたくなりました。(^^)
へのフランス巡礼路 (I);が来週20日、TBSの『世界遺産』で放映されます。 興味のある方はお見逃しなく! 昨夜の沖縄の世界遺産「グスク」は2度程訪問しましたが、余り好さが判りません でした。 登録されたのは2000年、、、ちょっと政治的な感じがしないでもない(汗)
年が明けから本格的に論文書きはじめています。 それで一区切りつけて後は本格的に脳そのものを 対象とした研究に入るつもり。 今回の論文は最初から分相応に専門誌狙いです。(汗) 気分転換には最近『タリバン』という分厚い本を読んでみました。 2000年10月出版ですので 便乗ものではないようです。 後書きによれば、タリバンに関する最初の本格的ルポだそうですが、 多分最後のルポにもなるでしょう。 ある歴史研究家が云われてました『語られなかった歴史がある』と。 もし、あのテロがなかったら、 現代アフガンの出来事は歴史の本の中に現れることはなかったかもしれませんね。 曰く、 『どの国にとってもアフガニスタンの分裂は都合が悪い、何故ならアフガニスタンの分裂は複雑な民族 の詰まったパンドラの箱を開き、国境を越えてこぼれ出す大量の難民や、麻薬、武器、イスラム原理主義 をもともと脆弱な周辺諸国に流入させるから、、、』p392 だから誰も病巣を切開手術しようとはしなかったとでも云うのでしょうか? 腐った膿が一杯詰まって 周囲に飛び散るのを恐れていた、とでもいうようですね。 新年早々重苦しい話しでしたが、全然知らな かった同時代の出来事でした。
真理亜さんへ ちょうどメールでお知らせしようと思っていたところでした。 モワサックの写本(のコピー)の件、もちろん覚えておりました。 が、見あたりませんでした。 売場の方の冷たい視線を感じつつ(←あなたに分かるの!?と言わんばかりの)(笑) カウンターのケースの中にしまってある本も、出して見せてもらったのですが。 ということで、あしからずご了承下さい。 以前おっしゃっていた、ドイツ語で書かれた 回廊の全ての柱頭の写真が納められた本もなかったですが、同じようなもの?で フランス語の新刊のものがあったので、自分には それを買ってきました。 動詞などの人称による変化についていけないので、 辞書を引き引き読むのも かなり大変そうですが。 ランゴヴァルド系の作品は あまり知らないので なんとも言えないのですが。。。(すみません) パヴィーアのものは図録で見ていると、窓辺や入口周りに 独特のリズムや美を感じます。 あと、YUYUさんが書かれていた ポンポーザの鐘塔、あれは美しいですよね!
そうでしたね、札幌でしたね。 確か、藤女子大と云えば杉崎泰一郎先生が居られる と思いますが? 『12世紀の修道院と社会』他 何冊かを読んだ記憶があります。 九州でもそのような講演があるといいのですが、、、気をつけているのですが、まだ 知りません。 もし何方ご存じであれば教えて下さい。 前回、YUYU様がこの掲示板に来られた直後に、ちょうどタリバンによるバーミアンの 大仏の破壊がありましたね。3/1〜3/12 頃の『アフガンの仏像破壊』〜『「悪」の側面 』 http://www.greengrape.net/bbs/rbbs_2001_0318.html 今でも所謂、「原理主義」に対する私の考え方は変わりません。 しかし当時は まだ私自身危機感が無かったように思います。 あれから世界は大きく変わった。 そんな錯覚に囚われます。ちょうど今『タリバン』という本を読んでいる最中ですが、 それについての感想を今日まさに酔鬼様の掲示板に書き込んだばかりです。URL ↓ Iidaさん紹介の、 フランスのコンクのページの写真は実にいいですね。壁紙に暫く使うつもりです。
ずーっと前に、モワサックへ行かれるなら写本を買ってきていただけないでしょうか?と、書き込みしたことのある真理亜です。 時々その後の様子を拝見してましたが、お願いできませんでした。 モワサックとシロスの回廊は、本当に共通点が多く、 私ももっと細かく調べたいと思ったことがありますが、なかなか時間が無くできていません。 ああいう作風はかなり好みなので、もりさんにお聞きしたいですが、 ランゴヴァルド系の作品はいかがですか? パヴィーアのものが特に素晴らしいですが、他でも結構その流れを見ることができます。 私は今ランゴヴァルドについて書かれた本を読んでいるところです。 それとモワサックは圧倒的に回廊が有名ですが、私はそれに加えて 木彫の磔刑像が印象的でした。 特に装飾的な様式が気になり、以後他の磔刑像と比べていますが、似たものを見つけていません。 知っている方があったら教えてください。
覚えております。 以前いただいたフォントネの写真もちゃんと保存してありますよ。 ロマネスク情報ありがとうございます。 また写真おくっていただけるとうれしいですがずうずうしい お願いでしょうか。 このページのログを作成するときに貼付けてもいいですし、 たくさん写真をいただければ別ページを作成します。 池田先生には私も一度お会いしました。 親切にパンフレットを下さって、 web作成に役立っています。 NYへオペラはメトロポリタンですか。今もレウ゛ァインですかね。 フランスからの回廊もいいですね。 気をつけていってきて下さい。 そうそう今日フランスドメインの方からコンクのページの websiteがあるよと教えてもらいました。 以下のURLでタンパンの写真もなかなかいいです。 ということはわれわれはこれより いいページにしないといけないということですね(笑)
ご無沙汰でしたが思い出していただけるかしら? 昨年はロマネスク主体の旅はしなかったので、あまり話題がなくて出てこられませんでした。(^^;) もりさんのイタリア・ロマネスク篇を拝見させていただいて思い出しまして・・・簡単な報告です。 マチェラータの野外オペラとカルロ・クリヴェッリの祭壇画をめあてに夏にマルケ地方(伊・中東部)を巡りました。 ついでみたいなものでしたが、アンコーナの港を見下ろす丘に建つチリアコ聖堂とマチェラータ郊外の二つの聖堂を見学することができました。 チリアコは丁度昼休みで中には入れませんでしたがファサードは伊に多い?獅子の柱の小玄関でした。 アドレア海からの潮風で傷みやすいようです。修復したばかりの白さを誇って?いました。 S・Claudio al ChientiとS・M・a pie di Chientiは平野に建つ素朴なレンガづくりで後陣も好ましいものでした。 内部の窓はアラバスターがはめ込まれていて、めぼしい柱頭彫刻はありませんがロマネスク以前からの聖堂のような古さを誇って?いました。 昨年12月中旬、池田健二先生のロマネスク美術の講義が札幌の藤女子大でありました。(4日間) 知人からご案内があり聴講させていただきました。豊富なスライドでしたが、マルケ地方のは一枚もなくてちょっと残念でした。 もっと南のプーリア地方(靴の踵に位置)や、ラヴェンナの北のポンポーザなどを見ましたが、とても興味をひかれました。 今年はあのNYへ新婚の長女(退職して暇になったので)をお供に行ってきます。テロの前にオペラのチケットを予約済みでした。 ロマネスク関係ではマンハッタン北のクロイスターズでフランスなどから移築した回廊などの見学が楽しみです。 遅れましたが、今年もよろしくお願いいたします。
私もロストバゲージ・破損いずれも経験しましたが、今は多分大丈夫です (^o^)/ と言うのは、荷物1つで何処でも行くようにしているからです。 それを可能にしたのはロッククライミング用のアタックザック。 幅は飛行機の 荷物棚の幅より小さいですが最大スーツケース3個分くらいは入ります。 また、 担がない限り運びにくいですし、目立ちますので(遭難とかのことを考え普通 目立つ色ですよね)荷物を盗まれる心配も無いんではないでしょうか。 一度試してみられては如何がしょう? 私もここんとこ行く機会が無かったので、今年は是非行きたいですね。
更新したら書き込みしようと思って遅くなってしまいました。 みなさん今年もよろしく。 もりさんおかえりなさいませ。 大変だったようですね。 ポワティエにいけなかったのは悔しかったですね。 私も昨年ロストバゲージだったのでこれから着一日は余裕をもって 日程を立てないといけないですね、といいながらそんな余裕 より早く目的地にでたいですよね。 昨年私がルーブルでよかったのはコプト・エジプトで これもデジカメ画像があるのでそのうちと 思っているのですが。。。。 東方の画像はロマネスクにインスピレーションを与えたというのは 本当だと信じられる位おもしろいですよね。 ゆっくり旅の疲れを取って下さいね、って明日からお仕事ですか。 >hiroshiさん 生分解性プラスチックは私は微生物生産の件はしらべていません。 来年にもゴミ最終処理場はいっぱいになるそうですから 日本はどうなるのでしょうか? 高橋さんもよろしくお願いします。 また関連の旅の情報がでたときなどよろしくお願いします。 今日は山本君の昔の卒論をアップしておきました。
以前コンクなどへのアクセスの件で、 こちらの掲示板を通して情報をいただいた もりです。 今日フランスから帰って参りました。 情報を寄せて下さった皆様に、この場を借りてお礼を申し上げます。 そして 遅ればせながら、あけましておめでとうございます。 旅行の方ですが、行きの便が欠航になり、 次の日の便に振り替えられたため、滞在日数が1日減ってしまいました。 そのため ポワティエへ行くのを断念しました(涙)。 おまけにロストバゲージで 到着日の翌日の午後まで荷物が届かず、 さらに帰国時には 預けた荷物の持ち手が壊されたという。。。 大分何があっても驚かないようになってきてはいるのですが、 エアー関係だけで3つもトラブルが重なると さすがにげんなりしました。 モワサック、コンクへは予定通り行けました。 コンクへは結局、タクシーをチャーターして行きました。 冬場だと ロダスからコンクへのバスが着くのは暗くなってからで、 コンクからロダスへのバスが発車するのは朝早い、ということは 明るいうちにタンパンを見ようと思えば、コンクに2泊しなければならず、 短い日程でそこまで日数はさけられなかったからです。 モワサックの回廊は素晴らしかったです。 でもスペインのサント・ドミンゴ・デ・シロス(ブルゴス近郊)のそれに似ていると思いました。 もっともシロスの方がモワサックの流れをくんでいるのでしょうが。 それにシロスの方がよりイスラム的。 あと、トゥールーズのサン・セルナンの南扉口や周歩廊や オーギュスタン美術館のロマネスク彫刻が期待以上に興味深かったです。 パリでもクリニュー美術館(中世の展示)や ルーブルの東方美術やイラン、メソポタミアの彫刻にどっぶりとはまって、 なかなか出てこられませんでした。 また、もっと知識があれば、色々分かるのだろうに、と己の不勉強さを思い知りました。 コンクの宝物は3月11日までルーブルで展示されるようです。
今朝の朝刊に3つのバイオ関係の記事が載ってました。 1つは人とチンパンジーの遺伝子との差が1.23%だということ。 これからは 自動DNA解析装置とスーパーコンピューター等のハイテクを用いた、網羅的、 個人的遺伝子解析の時代ですね、ゲノムの研究は私の手の届かない世界になった、 というのが実感です。 第2は免疫抗原をノックアウトしたクローンミニ豚の話し。 と、いってもまだ ヘテロの段階、果たしてホモでも問題なく生きれるのか? 内在性ウイルスの問題 とかハードルはあまりにも高い、それにしてもあの分野の競争は凄まじい。 あの 程度で紙面の1面を飾る。 、、、ただ、1つ気に懸かるのは全て9頭とも雌だということ。 意図的なのか? もしそうなら普通は雄を作りますね。 何故なら雄だと沢山の雌と交配出来るので 子孫を増やすのが簡単だから。 もし偶然だとするとかなり確率は低い 2^-9はずなのに? 雄が生まれない原因があるのかも、いずれにせよ新聞報道だけでは判断出来ませんね。 論文そのものに当たらなければ。 最後の1つは、生分解性のプラスチックを合成するバクテリアが見つかったという話し。 これまでも同様の報告は既に沢山ありますが、この種は酸素と水素と二酸化炭素だけ で増えるらしい。 要は有機物が増殖に不要だということ。 これは大きいですね。 合成コストが飛躍的に低くなる可能性があります。 いずれの分野も私の出る幕はなさそう(涙) Iidaさんとか最後のやつは関係あるのでは? と、振ってみる /(^o^)
先日から借りていた本数冊も何時の間にか読み終わり、休み用に何冊か借りに 行こうと思っているうちに図書館は正月休みに突入。 手持ち無沙汰。 と、云うわけで早速本屋で1冊ゲット。 後から「図書館で借りれた」というのも シャクなので、普段図書館では借りない本を買ってきました。「経済」の本です。 竹中平蔵氏の「経済ってそうゆうことだったのか会議」日経新聞社;1500円 しかし、読み出すと結構面白い。 1日で殆ど読み終え、ちょっと勿体ない感じ。 特別難しいことが書いてあるようには見えないのですが、結構勉強になります。 本はこうでないといけませんね。 誰でもに判りやすく、しかし、意外性や驚きを 与えることが出来る本。 さらに応用問題を解く為のヒントを与えることが出来れば最高!
新年明けましておめでとうございます。 今年もどうぞ宜しくお願い致します。 新ミレニアム元年から波乱を思わせる幕開けでしたが、 これから先 どうなることやら? パンドラの箱の底に、まだ「希望」が残っていた と信じていきたいですね!
ご無沙汰しております. このところネタ不足でROM状態ですが,一応生存表明ということで. いつも楽しく読ませて頂き,また勉強させて頂いております. 今年もよろしくお願い申しあげます.
をしました。 もりさんのウンブリアレポートで、Bevagna編開始です。 もりさんは今頃フランスついたかな? みなさん、来年もよろしくお願いします。
今年は色々お世話になりました。 来年も宜しくお願い致します。 今年、新ミレニアム元年、皆様にとってどのような年だったでしょうか? 私にとっては激動の年でした。 『転換の年』とでもいったらよいでしょうか。 まず第一に、「世界」を身近に感じました。 これまで「世界」といったマクロ コスモスと自己のミクロコスモスが重なりあるようことは「実感として」は余り なかったように思うのですが、今年はそれを色々な局面で感じました。 これも1つの、グローバリゼイションなのでしょうか? まず一番の事件は、あのテロで友人を失ったこと。 そしてそれに続く戦争、まだ あの事件は私にとって進行形です。 さらに構造改革の波が足下まで迫った年でも ありました。 大学という公的機関の中で「自分のやりたい研究」と「社会に求め られる研究」その接点を巡って模索の年でした。 しかしその反面、その結果として数年がかりの模索を経てではありますが、それまで の「癌研究」から「脳研究」に転換出来たこと。 これはそれなりに好結果でした。 ただ今のところ実績なしで、研究費だけ獲得したという、人が知れば怒られそうな 「ネジレ現象」を引き起こしているので、早く実績を論文の形で残したいと思って います。 特にアルツハイマー研究でScienceやNatureに投稿出来るような素晴しい 仕事をしたいですね <オジサンよ、大志を抱けの口 m(_ _;; m それから、趣味の世界としては、ロマネスク世界から少し広げてゴシック世界に挑戦 したいです。 それとおまけとして、スペイン語をちょこっと覚えたい。 ラテン ダンスだけではやはり物足らない「言葉も少しはね」の口です。 <まずはTVスペイン語会話(踊るスペイン語)くらいからでしょうか? (汗)
ヒロシさん、お帰りなさい。というかさようなら、というのか、、。 イタリア・パーティは大盛況で、二日間で23人の参加者が集まりました。 そんなわけで、ヒロシさんご自身とはあまりお話しできず残念です。 持ち歩ける範囲のウンブリアの資料を持参したので、 本当は書いてあることなど説明したかったのですができませんでした。 今このHPで写真が載ってる様々な聖堂にはほとんど行っていますし、 その歴史的背景などやり取りしたかったのですが、、。 一言、絞って言えば、スポレートはランゴバルド公国の首都であり、 サン・ピエートロ聖堂はその頃の色濃い影響の元に制作されたことです。 それではみなさま素敵な年末をお迎え下さい。 キリスト教徒のみなさま"Buon Natale!"
イタリア・ロマネスクのオフ会にも参加できてよかったです。 マリア様に感謝! 3時間も話していたとは思いませんでした。 結構あっという間でしたね。 次回もいつか機会があれば是非! さて班会議の方では、脳研究が最近非常なスピードで進んでいることを実感。 シンポジユウムで数学系の先生が人の『推論』の計算論的モデルの講演をされました。 しかし、私はとても歯が立ちませんでした(涙) ただ、話しの中で、痴呆の患者が 『各々のエピソードを覚えていても物語れない』と言われたことが印象的。 、、、そこに『推論』の欠如があるらしいとのこと(多分?) とにかく、 複雑系は超難解でした(汗) さて生物系の脳研究も長足の進歩でした。 どうやら、狂牛病(プリオン病)も アルッハイマーも、そのほかの痴呆も、仕組はそれぞれ違っても、 『脳の中に異常な蛋白が溜まることが最終的な原因』ということに落ち着きそうです。 ただ研究は進んでいますけど、果たして治療に結び付くか? それが難しいことは、 かって、癌研究で経験済み。 所詮人は死すべき存在なのでしょうか? <これって諦観? それから、背広持っていって正解でした♪ ジーンズの人はゼロでした(汗)
お役にたてたようで嬉しいです。 カワムラさんにかぎらずですが、 卒論などにも画像はつかっていただいてかまいません。 (この時期ときどきメールがきます。) 出典先としてここのURLをいれていただけると 嬉しいです。もしくは謝辞にでも(汗)。 ところでもりさんのページは今公開の5倍はあります。 年末年始も更新するのでお楽しみに。 もりさんメールだせなくてゴメン。ちょっと夜忘年会など がいそがしかった(汗)ので。実は今日も明日も忘年会(爆)。 モワサックやコンクの写真はまた投稿お願いしますねえ。 いやしかし、ロマネスク啓蒙本の資料をこえて 全体のレベルを高めたいものです(汗)。 そうすれば専門家もレベルの高いロマネスク啓蒙本を だしてくれるはずです(汗)。
こんばんは、はじめまして。 突然ですが、わたくし、建築科に通っておりまして、 今度、卒業設計ということで、ロマネスク風の建物を設計したいと思っています。 そこで、個人的な参考用としてこちらのページに掲載されている画像を 幾つかコピーさせていただいたのですが、よろしいでしょうか? 事後承諾で申し訳ないです。 では、失礼します。
ですが、補正していません。 この写真に限らず、全部そのまんまです。 全体的に実際より青白い感じに見えます。 元はフジカラーのネガフィルム。 ポジは私にはまだまだ敷居が高いです。 堂内全体が照明されていたし、外光も入ってきて、 明るいのは明るかったですが、この場合露出が合っていないのでしょう。 (そんなのを載せてすみません。) 堂内の明るさは− 確かに、信者ではない自分でも、それよって、ずいぶん受ける感じが違います。 単なる主観ですが、暗い空間の方がぐっと心に迫るものを感じます。 上昇感より、内へ向かう感じが自分にはありがたいというか。 信者の方にとっては、どうなのでしょうね。
は明るいですね。 これ画像処理したからでしょうか? それとも流石イタリア、地中海の明るい日差しがそうさせているのでしょうか? 同じキリスト教とはいえ、明るい南国の聖堂と、寒くて暗い聖堂の中で説かれた ものでは、受け取る側には違ったものに聞こえないか、そんなことを考えながら 拝見させて頂きました。
先ほど大分の湯布院から帰ったところです。 仕事がらみの温泉でしたが、満足 しました。 高速道路全面開通で福岡から1時間30分で到着します。便利ですね。 あそこはこれから発達するだろうな〜 と、思いました。 片道1車線のところ があり、道路公団が2車線にすべく工事中ですが、民営化で影響が出ないことを 地元の人は願っているでしょうね。総論は賛成でも各論になれば、、、大変ですね。 さて、以前から気になっていた聖女、ヒルデガルトに関する本を先日から読んでます。 精神病理学的にも、また何故彼女が異端とされなかったのか? さらに一介の修道女 が何故、世界の舞台に登場出来たのか? そして長く忘れ去られていた彼女が、何故 またこの現代に復活したのか? いろいろ興味が尽きないです。 まだ全部読んだわけではないですが、残念ながら、これらの疑問に答える類のもの ではありませんでした。 しかし、この本を信じる限り、彼女はとても「マトモ」。 幻視を見る人にありがちな異常性は感じられません。 というわけで、私の中で謎は さらに深まった感じ。来週は班会議で東京です。「イタリア」のオフ会にも参加予定♪
勝手に、ある掲示板( URL↓)での議論に、もり様の画像を使わせて貰いました。 事後承諾で、すんません m(_ _;; m
>饗庭孝男氏が『ヨーロッパの四季1』や『中世の光』『ヨーロッパ古寺巡礼』 >などで繰り返し言及されています。 何と、そうゆうことでしたか!! 何度か読んだことのある本なのに全然頭に残って いませんね!! /(_ _;; (大汗、冷汗) 家に帰ったら、読み直します。 明日から湯布院温泉に行ってきます。 でも遊びでなく恒例の「年度末研究成果報告 会と来年の国際シンポジュームの下見です。 来年教室主催で湯布院で行なう予定。 Cold Spring Harbor Symposium(医学・生物学研究分野で有名な国際シンポジウム) に対抗してHot Spring and Mountains Symposiumというのもいいかも(笑)
スポレートのサン・ピエトロのファサードの彫刻については、 饗庭孝男氏が『ヨーロッパの四季1』や『中世の光』『ヨーロッパ古寺巡礼』などで 繰り返し言及されています。 (『ヨーロッパの古寺巡礼』ではスポレートを「スポレット」と表記) それらを改めて読み返してみると、 画像7の最下部は木こりのようです。 この場面のもつ意味についても、上記の後の2冊に書かれています。 そして、Hiroshiさんがおっしゃるように、 聖人の場面と動物誌とで 上下に分かれているようですが、 きちんと調べたわけではないので、断言するのは避けておきます ^^;; かれこれ10年ほど前に上記『ヨーロッパの四季1』(東京書籍)を読んで この教会の存在を知りました。 この本にはファサードの 美しいカラー写真も載っていて、惹きつけられました。 自分で撮る時は、写真は単なる記録手段の一つに過ぎないと割り切って、 芸術性などは求めていませんので、あしからず。 しかし、こうして改めて見返すと、色々と反省点が浮かんできます(汗)。 ペンキが飛び散っているのを、 出版物で見たことがないので、最近のものかと思います。 教会の右側に続く部分が、修復中、というよりは工事中のような感じでしたが、 まさか不注意で散らしてしまったわけでもないでしょうし、 やはりいたずらですかね?? 文字などは書かれていなかったのですが。
最近、この雑誌で発表した URL↓(p 9977-9982) 大腸菌の蛋白と同じ活性を持つ ヒト蛋白を同定しましたが、この蛋白を大腸菌で過剰発現させたら、大腸菌の変異株 と同じ、酸化ストレス抵抗性を示しました。 これは同じ基質を大腸菌の酵素と奪い 合って、結果的に大腸菌の蛋白の働きを阻害する(専門用語で言うところのdominant negative効果)と考えると説明が着きます。 何とかこれで論文書けそう! しかも これが事実だとしたらヒトでの最初の報告! 今度も勿論大きなところを狙うつもりです(断言!) 次の山場は、これが果たして 予想通り、アルツハイマーと関係あるかどうか!http://acsinfo.acs.org/subscribe/journals/bichaw/jtoc.cgi?bichaw/40/33
画像7の一番下の彫刻は木こりを表したものでしょうか? となると上の2つの 「最後の審判」との兼ね合いは? 上2つに連続性があるので、その後の物語に 続くのでしょうか? でも「審判」の後に話しが続くというのも、、、 う〜ん、よく判りません?? それと左一番外側の5つの図にはそれぞれ関連があるのか? 上2つはあるかも しれないけど、下3つは動物達? 左右上2つのみ連続性があって下の3つは 独立の構図なのかな? そうか、そうか。 上2つと下3つを別ければいいので しょうか? つまり、タンパンより上側の2つは聖人伝で、下の3つは飾りと考 えればいいのかな? 右側の上2目には船が描かれているので、この教会が捧げられた、 ガリラヤの漁師、聖ペテロでしょうか? となると隣の漁師は弟の聖アンドレで 手を差し出しているのが、まさにキリストというわけですね! それにしても腕がいいですね。 青いペンキは落とせると思いますけど、最近の いたずらなんでしょうか?